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『フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人』(フレドリック・ブラウン:著、安原和見:翻訳) [読書(SF)]

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 ここでおもしろいエピソードを紹介しておく。猛烈な量の作品を書いていたフレドリック・ブラウンは、アイデアがなくなると、グレイハウンドバスに乗って数週間旅をしてまわることがつねであったという。それは決して、バスの窓から見た人々や風景を題材に使おうとしていたのではない。その逆で、彼はバスの後部座席に陣取り、外界の一切をシャットアウトして、ひたすら脳内の景色を見ていた。描写が最小限だという彼の作品群の特徴はそれと関係している。彼の小説世界は、登場人物の脳内の世界が中心的な位置を占めているのである。
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単行本p.363


 奇想天外なアイデア、巧妙なプロット、意外なオチ。
 短編の名手、フレドリック・ブラウンのSF短編を発表年代順に収録した全集、その第三巻。『地獄のハネムーン』『未来世界から来た男』『スポンサーからひとこと』など1950年から1951年に発表された作品が収録されています。単行本(東京創元社)出版は2020年7月、Kindle版配信は2020年7月です。


 子どもの頃、繰り返し繰り返し飽きずに読み返したフレドリック・ブラウンのSF短編。今でもアイデアからオチまですべて憶えているというのも凄いことだけど、それでも今読んでやっぱり面白い、というのが素晴らしい。既刊の紹介はこちら。


2020年03月16日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-16

2019年07月31日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-31


[第三巻 収録作品]

「存在の檻」
「命令遵守」
「フラウンズリー・フロルゲルズ」
「最後の火星人」
「地獄のハネムーン」
「星ねずみ再び」
「六本足の催眠術師」
「未来世界から来た男」
「選ばれた男」
「入れ替わり」
「武器」
「漫画家」
「ドーム」
「スポンサーからひとこと」
「賭事師」
「処刑人」




「地獄のハネムーン」
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「この可能性をジュニアに示して――作業仮説としてだ、事実としてではなく。それで、どうしたら確認できるか尋ねてみた。そしたら、夫婦を月に送ってハネムーンを過ごさせたらどうかというんだ。月では違う結果になるか確認してみるわけだな」
「なるほど、わたしはその夫婦を月に送り届ければいいんですね」
「いや、そういうわけじゃないんだ。それよりもう少し、その――」
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単行本p.78

 冷戦のさなか、男子がまったく生まれなくなるという全地球的危機が発生。原因を探るために、アメリカ人とロシア人から選ばれた一組の男女が月へ送られる。そこで彼らが目撃したものとは。登場するコンピュータのキャラクターが魅力的で、かなり無茶な設定を楽しく読ませる作品。


「六本足の催眠術師」
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「金星ドロガメの防衛手段の話に移ろうか。金星の生物はみなそうだが、この亀にも弱いテレパシー能力がある。そしてこの場合、そのテレパシーは特殊な進化を遂げている。一定の範囲内に近づいてきた生物に対して、一時的な健忘症を引き起こす能力があるんだ。だからその生物は、この亀のこと――つまり亀の存在じたいを忘れ去ってしまう」
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単行本p.153

 金星に棲息する珍しい亀。それは自分に近づいた者をテレパシーで攻撃し、金星亀に関する記憶を一時的に失わせる、という特殊能力を持っていた。極めて捕獲が困難なこの生物を、どうしても捕まえなければならなくなった男が思いついた妙案とは。難題に対するたくみな解決策を提示するミステリ風の作品。


「ドーム」
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 ひとりで生きるほうが、まったく生きられない――それも恐ろしい死を迎えて――のにくらべればまだましなのだ。
 三十年前、三十七歳のときに彼はそう考えた。六十七歳のいまもその考えは変わらない。自分のしたことに後悔を覚えたことはない。ただの一度も。しかし疲れた。もう百万回も千万回も――それとも一億回か?――考えたことをまた考える。そろそろあのスイッチを切ってもよいころではないだろうか。
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単行本p.222

 ついに核戦争が始まった。そのとき、一人の科学者が自宅をバリアで覆って外界から切り離してしまう。バリアを維持するのに必要な電力はわずかだが、いったん切ってしまったら再稼働は事実上無理。それから三十年がたった。外はどうなっているのだろう。人類は滅びてしまったのだろうか。究極の引きこもり作品。ラスト一行の余韻が素晴らしい。


「スポンサーからひとこと」
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 まる一秒間、凍りついたような沈黙のあと、やはりラジオから、今度は別の声が言った。
「戦え」
 ひとことだった――たったひとこと。ラジオの言う「スポンサーからひとこと」がほんとうにひとことだったのは、歴史上これ一回きりだったのではないだろうか。
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単行本p.235

 東西冷戦のピークのさなか、世界中のラジオから流れた謎のことば。たったひとこと。それが世界の命運を変えてしまう。いっけんささいなアイデアが強烈な効果と忘れがたい印象を残す傑作。個人的にはブラウンのSF短篇というとまずこれを思い出す。


「賭事師」
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 息切れがしてきて、喘息もちのようにぜいぜい言いはじめた。容器に手を伸ばしてあけようとした。しかしそうしたら、十三分の一の確率で死ぬのだ。数時間後か、あるいは数分後かもしれない。そう言えば、毒の効きめがどれぐらいで現われるのかも説明されていなかった。
 きみは伸ばした手を引っ込めた。たとえ十三分の一の確率だとしても、じっくり考えもしないうちに死ぬ危険を冒したくはない。
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単行本p.287

 地球侵略を狙う異星人と遭遇してしまった男が、自分の命と地球の命運をかけたギャンブルに挑戦するはめになる。酸素が複数の容器に分散保存されており、呼吸を続けるためにはひとつひとつ容器を開けてゆくしかない。しかしどれか一つの容器には猛毒ガスが仕込まれているのだ。生存確率は千分の一。まず絶対に勝てない博打。何か手は、ギャンブル好きの異星人がうっかり見逃したカードはないか。「六本足の催眠術師」と同じく、強引なSF設定からパズルを示しておいて、思いがけない解決策を提示するタイプの作品。





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