『裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ』(宮澤伊織) [読書(SF)]
――――
被害者をやめるのは、その気になれば可能だった。
でも被害者じゃないなら、自分はなんなんだろう、という疑問に答えは出なかった。
加害者になるつもりはない。誰かを傷つけたいわけじゃない。
別に被害者と加害者は対立概念ではないけれど、なんだかその二つの間で、自分自身が宙ぶらりんになった気がしていたのだ。
そこに鳥子が現れて、あの言葉を投げかけてくれた。
――共犯者。
最初はピンと来なかったその概念が、大事なものになったのはいつからだろう。
あの一言で、鳥子は私に、新しい居場所を与えてくれたのだ。
――――
Kindle版No.491
裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第3巻。文庫版(早川書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年11月です。
ストルガツキーの名作SF『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。
もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという、すでにストルガツキーもタルコフスキーも関係ない世界に。
ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、そして文庫版第3巻にはファイル9から11が収録されています。既刊の紹介はこちら。
2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23
2017年11月30日の日記
『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-30
前巻のラスト、「コトリバコ」の凶悪な呪いを辛うじて生き延びた二人。そのときラスボスとして登場した閏間冴月。その姿が、どこにいても空魚の視界に入ってくるようになるところから第3巻が始まります。
――――
鳥子が探し求める閏間冴月が、今や裏世界深部、ウルトラブルーの向こう側にいる存在と繫がっている――。コトリバコ解体の果てに悟ったその事実を、私は二人にも、DS研の汀にも、伝えていなかった。伝えるべきかどうかもわからない。小桜は閏間冴月がいなくなったことを受け容れているようだけど、私の見るところ、鳥子はまだ諦めていない。下手をすると、思い詰めた鳥子はまた一人で裏世界の深部に行ってしまう。
裏世界に棲む〈かれら〉の狙いは、そうやって鳥子を誘い込み、閏間冴月と同様に、どこか遠くへ連れ去ってしまうことなのだろうか。
――――
Kindle版No.66
[収録作品]
『ファイル 9 ヤマノケハイ』
『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』
『ファイル 9 ヤマノケハイ』
――――
「こ――こうして二人きりでさ、知らない世界を探検できて、私すごく嬉しいの。鳥子が私を選んでくれて、ほんとに感謝してる」
喋っているうちに調子が出てきて、口からつるつる言葉がこぼれてきた。「あのとき、この世でいちばん親密な関係って言ってくれたよね。正直最初は、こいつ何言ってんだろって感じだったけど――」
「ちょ、ちょちょちょ、待って、なに?」
耐えかねたのか、鳥子が目を丸くして私を振り返った。
「どうしたの空魚、今日テンションおかしくない?」
「そ、そうかな。いつもこんな感じじゃない?」
「噓、ぜったい噓。ていうか大丈夫? なんか、変なもの見ておかしくなっちゃった?」
――――
Kindle版No.318
ゲートからゲートまで安全なルートを確保するという偵察ミッションのために再び裏世界に突入した二人。今回は割と気楽に(お弁当持って)裏世界に入り込んだのですが、もちろん裏世界はそんな甘いところではなく……。
『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
――――
「あの、もしかして、こういうことってよくあるんですか?」
「なんで」
「猿が喋ったってことに、特にコメントがなかったので」
「猫が忍者になるくらいだし、猿だって言葉くらい喋るでしょ」
「な、なるほど―」
――――
Kindle版No.918
ファイル9で鳥子に撫で回されたせいか、ちょっと浮かれ気味の空魚。ついに裏世界に安全なルートを確保した二人は、それこそピクニック気分で裏世界に出入りするようになっています。思えば遠くに来たものだ。そのうち「裏世界でずっと二人で暮らそう」などと言い出しかねない勢い。ところが立ち寄った小桜屋敷で、瀬戸茜理(ファイル7『猫の忍者に襲われる』に登場した空魚の後輩)に出くわしてパニック。いきなり「け、消すか?」という発想。
コメディシーンですが、どこかヒヤリとするのは、空魚は実際に誰でも簡単に「消す」ことが出来るから。ほんの数秒、右目で凝視するだけで、どんな人間も即座に発狂してしまう。考えてみれば、ものすごい危険人物。むしろこれは裏世界の怪異存在に近いのではないか。
先輩のそんなぶっそうな一面を知らない茜理は、『猫の忍者』の件で空魚たちを怪異事件のスペシャリストと見込んで、知人が巻き込まれている怪事件について相談を持ちかけてきます。それも、いわゆる「実話怪談」というやつ。しかもかなり本格的な……。
『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』
――――
そろそろと視線を上げた私を、閏間冴月が見下ろしていた。爛々と輝く、青い両目――私の右目よりずっと濃い、裏世界深部に続く穴のような恐ろしい目だった。その中に落ちていきそうな感覚をおぼえて、一瞬気が遠くなった。
そのときだった。車のブレーキ音が鳴り響いて、すぐそばに白いワゴン車が止まった。一瞬遅れてそちらを見たときにはもう、開いたスライドドアの中から二人の男が降りてきて、私の身体を摑んでいた。
「えっ……!?」
反応できないうちに、私の身体は持ち上げられて、車の中に放り込まれていた。ゴムシートの敷かれた床に打ち付けられて息が詰まる。さらに車内にいた二人が私を押さえつけたかと思うと、頭に袋をかぶせられた。
――――
Kindle版No.1631
つきまとう閏間冴月の影。ネット上にアップされた、いわゆる自己責任系と呼ばれる「見た者のところに怪異が訪れる」動画。謎めいたカルト集団の暗躍。そして拉致監禁された空魚。誰がどんな目的で「攻撃」してきたのか。そして閏間冴月との関係は。急展開する第3巻最終話。
まったくの余談ですけど、今まで影が薄かった汀が「当時はカスタネダが流行っていて……いや、やめましょうこの話は」(Kindle版No.2249)という黒歴史告白一発でキャラ立てに成功したのには驚かされました。
被害者をやめるのは、その気になれば可能だった。
でも被害者じゃないなら、自分はなんなんだろう、という疑問に答えは出なかった。
加害者になるつもりはない。誰かを傷つけたいわけじゃない。
別に被害者と加害者は対立概念ではないけれど、なんだかその二つの間で、自分自身が宙ぶらりんになった気がしていたのだ。
そこに鳥子が現れて、あの言葉を投げかけてくれた。
――共犯者。
最初はピンと来なかったその概念が、大事なものになったのはいつからだろう。
あの一言で、鳥子は私に、新しい居場所を与えてくれたのだ。
――――
Kindle版No.491
裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第3巻。文庫版(早川書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年11月です。
ストルガツキーの名作SF『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。
もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという、すでにストルガツキーもタルコフスキーも関係ない世界に。
ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、そして文庫版第3巻にはファイル9から11が収録されています。既刊の紹介はこちら。
2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23
2017年11月30日の日記
『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-30
前巻のラスト、「コトリバコ」の凶悪な呪いを辛うじて生き延びた二人。そのときラスボスとして登場した閏間冴月。その姿が、どこにいても空魚の視界に入ってくるようになるところから第3巻が始まります。
――――
鳥子が探し求める閏間冴月が、今や裏世界深部、ウルトラブルーの向こう側にいる存在と繫がっている――。コトリバコ解体の果てに悟ったその事実を、私は二人にも、DS研の汀にも、伝えていなかった。伝えるべきかどうかもわからない。小桜は閏間冴月がいなくなったことを受け容れているようだけど、私の見るところ、鳥子はまだ諦めていない。下手をすると、思い詰めた鳥子はまた一人で裏世界の深部に行ってしまう。
裏世界に棲む〈かれら〉の狙いは、そうやって鳥子を誘い込み、閏間冴月と同様に、どこか遠くへ連れ去ってしまうことなのだろうか。
――――
Kindle版No.66
[収録作品]
『ファイル 9 ヤマノケハイ』
『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』
『ファイル 9 ヤマノケハイ』
――――
「こ――こうして二人きりでさ、知らない世界を探検できて、私すごく嬉しいの。鳥子が私を選んでくれて、ほんとに感謝してる」
喋っているうちに調子が出てきて、口からつるつる言葉がこぼれてきた。「あのとき、この世でいちばん親密な関係って言ってくれたよね。正直最初は、こいつ何言ってんだろって感じだったけど――」
「ちょ、ちょちょちょ、待って、なに?」
耐えかねたのか、鳥子が目を丸くして私を振り返った。
「どうしたの空魚、今日テンションおかしくない?」
「そ、そうかな。いつもこんな感じじゃない?」
「噓、ぜったい噓。ていうか大丈夫? なんか、変なもの見ておかしくなっちゃった?」
――――
Kindle版No.318
ゲートからゲートまで安全なルートを確保するという偵察ミッションのために再び裏世界に突入した二人。今回は割と気楽に(お弁当持って)裏世界に入り込んだのですが、もちろん裏世界はそんな甘いところではなく……。
『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
――――
「あの、もしかして、こういうことってよくあるんですか?」
「なんで」
「猿が喋ったってことに、特にコメントがなかったので」
「猫が忍者になるくらいだし、猿だって言葉くらい喋るでしょ」
「な、なるほど―」
――――
Kindle版No.918
ファイル9で鳥子に撫で回されたせいか、ちょっと浮かれ気味の空魚。ついに裏世界に安全なルートを確保した二人は、それこそピクニック気分で裏世界に出入りするようになっています。思えば遠くに来たものだ。そのうち「裏世界でずっと二人で暮らそう」などと言い出しかねない勢い。ところが立ち寄った小桜屋敷で、瀬戸茜理(ファイル7『猫の忍者に襲われる』に登場した空魚の後輩)に出くわしてパニック。いきなり「け、消すか?」という発想。
コメディシーンですが、どこかヒヤリとするのは、空魚は実際に誰でも簡単に「消す」ことが出来るから。ほんの数秒、右目で凝視するだけで、どんな人間も即座に発狂してしまう。考えてみれば、ものすごい危険人物。むしろこれは裏世界の怪異存在に近いのではないか。
先輩のそんなぶっそうな一面を知らない茜理は、『猫の忍者』の件で空魚たちを怪異事件のスペシャリストと見込んで、知人が巻き込まれている怪事件について相談を持ちかけてきます。それも、いわゆる「実話怪談」というやつ。しかもかなり本格的な……。
『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』
――――
そろそろと視線を上げた私を、閏間冴月が見下ろしていた。爛々と輝く、青い両目――私の右目よりずっと濃い、裏世界深部に続く穴のような恐ろしい目だった。その中に落ちていきそうな感覚をおぼえて、一瞬気が遠くなった。
そのときだった。車のブレーキ音が鳴り響いて、すぐそばに白いワゴン車が止まった。一瞬遅れてそちらを見たときにはもう、開いたスライドドアの中から二人の男が降りてきて、私の身体を摑んでいた。
「えっ……!?」
反応できないうちに、私の身体は持ち上げられて、車の中に放り込まれていた。ゴムシートの敷かれた床に打ち付けられて息が詰まる。さらに車内にいた二人が私を押さえつけたかと思うと、頭に袋をかぶせられた。
――――
Kindle版No.1631
つきまとう閏間冴月の影。ネット上にアップされた、いわゆる自己責任系と呼ばれる「見た者のところに怪異が訪れる」動画。謎めいたカルト集団の暗躍。そして拉致監禁された空魚。誰がどんな目的で「攻撃」してきたのか。そして閏間冴月との関係は。急展開する第3巻最終話。
まったくの余談ですけど、今まで影が薄かった汀が「当時はカスタネダが流行っていて……いや、やめましょうこの話は」(Kindle版No.2249)という黒歴史告白一発でキャラ立てに成功したのには驚かされました。
タグ:宮澤伊織