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『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』(高野秀行) [読書(随筆)]

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 食の可動域が広がると、いろいろなものを食べてみたくなる。実際、辺境の地へ行くと、日本の都市部では考えられないような料理や酒が食卓にのぼる。
「こんなもの、喰うのか」とやっぱり驚くし、「ヤバいんじゃないか」とも思うが、現地の人たちが食べているのを見ると一緒に食べずにはいられない。食べてしまえば意外に美味いことが多い。すると、また食の可動域が広がった喜びに包まれる。
 感覚が「ヤバそうだけど食べてみよう」からやがて「ヤバそうだから食べてみよう」に変わっていく。人間、こうなると歯止めがきかない。
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単行本p.10


 サルの脳味噌、羊の金玉、水牛の脊髄、ヤギの吐瀉物。ヒキガエル丸ごとジュース、ゴキブリ・タランチュラ・巨大ムカデ。さらには人間の胎盤餃子から麻薬成分幻覚剤成分たっぷりサラダまで。誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをする辺境作家、高野秀行氏がこれまで食べてきたヤバめな料理とその食事体験を活き活きと描いた異端のグルメ本。単行本(文藝春秋)出版は2018年10月、Kindle版配信は2018年10月です。


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 普通の日本人が口にできないようなものや、口にしたくもないというものも食べてきた。
 じゃあ、いったいどんなものを食べたの? と言われて返答に躊躇するのは、記憶に残る代表的な料理や食材を挙げていくうち、「ゴリラの肉」と言うと相手が驚愕し、全ての会話が止まってしまうから。以後、何時間話しても私のことは「ゴリラを食ったやつ」としか認識されない。
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単行本p.24


 全体は「アフリカ」「南アジア」「東南アジア」「日本」「東アジア」「中東・ヨーロッパ」「南米」というように地域によって分類されています。以降の引用は、食材で分けてみます。まずは哺乳類から。


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 なぜか、コンゴ人も脳味噌は食べなかったので、私たち日本人グループのところに頭蓋骨ごと回ってきた。薫製になったサルは歯を剥き出し、仏教絵図で描かれる「餓鬼」そっくりの凄まじい表情をしているが、気にする者は誰もいない。一匹のサルには当然脳味噌は一つ、しかもせいぜいスプーン二口分だ。脳味噌は魚の白子か豆腐のような味がして、ここでは贅沢品だった。
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単行本p.34


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「脳味噌は何度も食べたことがあるから他のものは?」と訊ねると、「じゃ、羊の金玉のたたき」と答えた。今度はびっくりした。実際にはオーナーは自分の股間を指さして「睾丸」といい、次にタカタカタカタカと擬音を奏でながら包丁で刻む仕草をした。間違いなく「金玉のたたき」であろう。
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単行本p.62


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 入店当初から、台におかれた皿に、真っ黄色細い管がとぐろを巻くように載せられているのが気になっていた。太さ約1センチ、長さ1メートル弱。見るからに「異形」。小腸かと思うが、そのわりにはウネウネしておらずゴムホースのように滑らかだし、だいたい中身がつまっていて管ではなかった。「一体何だ、これ?」首をひねっていると、案内役の友人ミランさんが流暢な日本語で言う。
「これ、なんて言うかな、背中を通ってるズイみたいなもの……」
 え、脊髄!! 思わずピンと背筋を伸ばしてしまった。まさに脊髄反射だ。
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単行本p.84


 続いて虫たち。


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 まず、絵面が普通じゃない。真っ白のパスタと真っ赤なソース。それらと戯れる(?)ゲンゴロウやコオロギたち……。(中略)いったんげっそりしてしまうと、後は食べるのがとても苦痛になってきた。ゲンゴロウがゴキブリに酷似していることもあって、残飯のパスタの上に虫がたかっているようにしか見えなくなるからだ!
「残飯を食べてる虫を食べてる俺」というイメージが脳内をぐるぐる回って止まらない。
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単行本p.133


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 しばらくして、虫の盛り合わせが登場した。
「うわっ!」私たちは思わず、声にならない声をもらした。バッタ、セミの幼虫、巨大ムカデ、タランチュラ、サソリ。気持ち悪いなんてもんじゃない。
「これ、喰うのか……」
(中略)
 ものすごく気が進まなかったが、出されたものは絶対に食べるのが私の流儀。まず、ハードルの低そうなバッタから。口に入れるとボソボソして、でもぐちゃぐちゃと湿った感じもあり、まさにバッタの死骸という印象。味つけは大変薄い。でも、まあこんなものだろうか。
「中華には珍しく、素材感がありますね」と、顔をしかめながら食べているYさんに言った。
 続いてセミの幼虫。こちらは殻が固いビニールのようで、中は白くてぐじゅぐじゅしており、タンパク質が生々しい。Yさんは泣きそうな顔をしていつまでも口の中でくちゃくちゃ嚙んでいる。飲み込めないようだ。
 しかし、と首をひねる。どう考えても味が薄すぎる。塩か唐辛子が足りないんじゃないか。隣室にいる店長にそう言うと、彼女は大声をあげた。
「それ、料理してないよ!」
「え、じゃ、これ生!?」
「そうよ、見たらわかるでしょ! そんなの食べたら死んじゃうよ!?」
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単行本p.173


 そして、色々な意味でヤバげなタンパク質のあれこれ。


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 先日、某誌の企画で、発酵学の大家・小泉武夫先生と「世界の珍食奇食ランキング」を決めるという対談を行った。それぞれが過去に食べたゲテモノや臭い食品などを挙げていったのだが、最終的に一位を獲得したのは小泉先生が推した石川県産「猛毒フグの卵巣の糠漬け」。
(中略)
 こんな異常に高度な技術が江戸時代から培われていたというから、日本人の食い物に関する貪欲さは恐ろしい。だって、技術が確立するまでに何人が犠牲になったかわからないじゃないか。ほんの少しでも毒が残っていればアウトなのだ。他にも食べ物がたくさんあるわけだし、どうしてそこまでしてフグの卵巣に執念を燃やしたものかわからない。
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単行本p.142


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 この苦さは普通の料理のものではない。汁を飲むと胃の底からこみあげてくる――と思ったところでわかった。
 これは胃液の苦みだ。その証拠に強い苦みの中に酸味が混じっている。二日酔いで吐きまくって最後に胃の中に何もなくなったとき胃液を吐く。そのときの味。
 秋さん曰く、「この羊は高い山の上で清らかな草を何種類も食べている。その草には薬効がある。だからこの鍋を食べると、とても体にいいんです」かつては正月とか目出度いときにしか食べられなかった特別な御馳走だそうだ。
 それだけ聞くと爽やかな風が吹き抜けるようだが、目の前にあるのは羊の未消化胃液汁である。理念と現実がこれほど乖離している料理も珍しい。
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単行本p.201


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 感謝感激する私に、彼は強く釘をさした。「いいか、これは人には言わないでくれよ。日本人に中国人の肉を売ったなんて知れたら大変なことになるかもしれないから」
 うーんと唸った。中国人も決して胎盤を他の珍味と同列に考えているわけではない。ある種の「人の肉」として認識しているのか。
「気持ち悪いから早くこれを受け取ってくれ」と彼は袋を放ってよこした。
 胎盤は、ついさっき、誰かのお腹から出てきたばかりらしく、新鮮な刺身のような匂いがした。
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単行本p.204



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