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『怖い短歌』(倉阪鬼一郎) [読書(教養)]

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 たしかに、瞬間勝負の怖さ、思わずぞくっとする感じでは、短歌は俳句にかなわないかもしれません。しかし、俳句より言葉数が多くてより構築的な短歌ならではの怖さというものもまた、如実にあるはずです。
 本書では、そういった多彩な「怖い短歌」を集成しました。
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新書版p.3


 いきなり核心を突く「怖い俳句」の衝撃とはまた別に、言葉の配置や構造からにじみ出てくる怖さが「怖い短歌」にはある。怖さを感じさせる短歌を集めたホラー短歌アンソロジー。新書版(幻冬舎)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年11月です。


 怖い短歌アンソロジーといえば、三人の歌人による『怖いお話、うたいましょう』が有名です。ちなみに紹介はこちら。

  2013年10月22日の日記
  『怪談短歌入門 怖いお話、うたいましょう』
  (東直子、佐藤弓生、石川美南)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-10-22


 『怪談短歌入門』はコンテストの応募作から選ばれた新作が中心でしたが、本書は歌集から怖い短歌を集めたもので、『怖い俳句』に続く怖い詩歌シリーズの第二弾です。ちなみに同著者による短歌アンソロジーの紹介はこちら。

  2012年08月01日の日記
  『怖い俳句』(倉阪鬼一郎)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-08-01

  2017年01月31日の日記
  『猫俳句パラダイス』(倉阪鬼一郎)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-31


 本書では、短歌が表現している「怖さ」を9つのカテゴリーに分類しています。果たして本当に怖いのは、死者か、人の心か、それとも理解を超越した不可解さなのでしょうか。


[目次]

第1章 怖ろしい風景
第2章 猟奇歌とその系譜
第3章 向こうから来るもの
第4章 死の影
第5章 内なる反逆者
第6章 負の情念
第7章 変容する世界
第8章 奇想の恐怖
第9章 日常に潜むもの


第1章 怖ろしい風景
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ゆふぐれの神社は怖しかさぶたのごとくに絵馬の願ひ事あふれ
  栗木京子
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コインロッカーの長方体に区切られし扉の背後の闇、闇、闇
  小川太郎
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自爆テロのニュース見ながら「きゅうきゅうしゃ」「ばす」と画面を指さす子ども
  尼崎武
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雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁
  斉藤斎藤
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ぎしぎしと本の並べばもはやはや本とも思へず書店怖ろし
  佐藤通雅
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怪談の快楽を説く雑誌「幽」加門七海の写真が怖い
  藤原龍一郎
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第2章 猟奇歌とその系譜
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肉吊りの鉤に密かに血はしみて行方不明のひとり帰らず
  春日井建
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少年の肝喰ふ村は春の日に息づきて人ら睦まじきかな
  辺見じゅん
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       殺しのあと
   特に用事もないので
お庭にでて草引きなどする
  間武
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第3章 向こうから来るもの
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この部屋にたまごが来をり自らを卵といひて卵が来をり
  池田はるみ
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うしろの正面……誰もいる筈なき闇に言い当てられしわが名その他
  永田和宏
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ここは誰の記憶の町か 薄暗き駅舎に人の影うごめく
  谷岡亜紀
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運河から上がりそのまま人の間へまぎれしものの暗い足跡
  林和清
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夜の道に呼ばれてふいをふりかへるそこには顔があまたありすぎ
  林和清
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午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話
  石川美南
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みゅみゅみゅみゅと鍵の穴から青虫がやってきて部屋くらいにふくれる
  伊舎堂仁
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第4章 死の影
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空が晴れていて波が高くて 死ぬには最高の日だと あなたは言う
  筒井富栄
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惨劇などはどこにでもある幕間に読む本にその隣席に
  笹原玉子
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鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る
  山田航
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第5章 内なる反逆者
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不眠のわれに夜が用意しくるもの蟇、黒犬、水死人のたぐひ
  中城ふみ子
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だれぞ来て耳にささやく「なめくぢはある一瞬に空間を飛ぶ」
  小池光
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えいきゆうにしなないにんげんどうですか。電信柱の芯に尋ねる
  野口あや子
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山火事のごとく踊るよばんばらばんドッペルゲンガーばんばらばんばん
  渡辺松男
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これごっほ ごっほのみみよ これごっほ ごっほのみみよ がかのごっほの
  笹井宏之
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ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ
  中澤系
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第6章 負の情念
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一度でも我に頭を下げさせし
人みな死ねと
いのりてしこと
  石川啄木
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致死量の睡眠薬を
看護婦が二つに分けて
キヤツキヤと笑ふ
  夢野久作
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三万で買いし女のいとしくてガス・バーナーでガングロにする
  森本平
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時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ
  枡野浩一
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白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる
  野口あや子
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第7章 変容する世界
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眼のない鳥や眼のない魚や眼のない少女が棲むその街は、夜だけの街
  松平修文
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土手降りて橋の腹部をつくづくと見上げる 世界は終はつてゐた
  佐藤通雅
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ひゃらーんと青い車が降ってきて商店街につきささる朝
  笹井宏之
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ひとひらの雲が塔からはなれゆき世界がばらば らになり始む
  香川ヒサ
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第8章 奇想の恐怖
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巨樹の高いところに引つ掛かる赤い服の人形が笑ふ 死んだあなたの声で
  松平修文
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滅んでもいい動物に丸つけて投函すれば地震 今夜も
  我妻俊樹
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尾鰭つかみ浴槽の縁に叩きつけ人魚を放つ仰向けに浮く
  我妻俊樹
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みずからの斬らるる音を聞きとめし耳たちか塚の奥でひしめく
  渡辺松男
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赤い血は神社の奥に運ばれつ門外不出の幼児ゐるらし
  大津仁昭
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第9章 日常に潜むもの
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献血かぁ 始発までまだあるしねと乗ったら献血車ではなかった
  伊舎堂仁
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こわれやすい鳩サブレーには微量なる添加物として鳩のたましい
  杉崎恒夫
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それはこんな顔だつかかいとふりむきし女のやうな茹卵むく
  吉岡生夫
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死にかけの鰺と目があう鰺はいまおぼえただろうわたしの顔を
  東直子
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その中がそこはかとなくこわかったマッチの気配なきマッチ箱
  佐藤弓生
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3番線快速列車が通過します理解できない人は下がって
  中澤系
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