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『NOVA 2019年春号』(大森望:編集) [読書(SF)]

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 この三年間にSF界に登場したニューカマーは数多い。創元SF短編賞ハヤカワSFコンテスト、さらにはカクヨムWeb小説コンテストSF部門や(手前味噌ながら)ゲンロンSF新人賞などから、続々と新人がデビューしている。しかし、日本唯一のSF専門誌である早川書房〈SFマガジン〉は、2015年4月号から隔月刊となり、新作短編の載る量が激減。SFを書く人はたくさんいるのに書く場所がないという状況が続いている。
(中略)
 何が言いたいかというと、つまり、書き下ろしSFアンソロジーが何冊出ても供給に問題はないくらい、生きのいいSF作家がたくさんいるということ。

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文庫版p.450、451


 轟く叫びを耳にして、帰ってきた《NOVA》。書き下ろし日本SFアンソロジーNOVAが、三年間の休止を経て、ついに第三シーズンとして復活しました。文庫版(河出書房新社)出版は2018年12月です。


[収録作品]

『やおよろず神様承ります』(新井素子)
『七十人の翻訳者たち』(小川哲)
『ジェリーウォーカー』(佐藤究)
『まず牛を球とします。』(柞刈湯葉)
『お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ』(赤野工作)
『クラリッサ殺し』(小林泰三)
『キャット・ポイント』(高島雄哉)
『お行儀ねこちゃん』(片瀬二郎)
『母の法律』(宮部みゆき)
『流下の日』(飛浩隆)


『ジェリーウォーカー』(佐藤究)
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 誰も見たことのない生物の姿は想像力の滑走路となり、スタニックはそこで加速し、離陸して、高く舞い上がった。彼は生まれてはじめて、類のない造形を描くことができた。現実のモデルさえあれば力を発揮するクリエイター、スタニックはそんなタイプの人間だった。

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文庫版p.136


 ハリウッド映画のクリーチャー造形に関する第一人者。彼がコンピュータグラフィックによって創り出す怪物の姿は、衝撃的であると同時に生物的リアリティを感じさせる、誰にも真似の出来ないものだった。だが、そんな彼には創造の秘密があったのだ……。もちろんラブクラフト『ピックマンのモデル』のハリウッド版ですが、読者の予想通りに展開してゆくにも関わらず先が気になってぐいぐい読み進めてしまうだけの迫力があります。


『まず牛を球とします。』(柞刈湯葉)
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 いまどきの人間はだいたい人種民族その他をランダムに混ぜられて生まれてくるが、いくつかの機関は動物の遺伝子も使っているという話はたしかに聞いた気がする。
「てことは、お前のその白黒は、ホルスタイン種か」
「正解」
「なんでゼブラなんだよ。牛なら素直にそう名乗れよ」
「いやいや、ヌルイチだって『ニンゲン』とは名乗らないでしょ」
「つーかお前、さっき牛丼食ったろ。共食いじゃないのか」
「あれは大豆じゃん」
「たしかに」
 そう言ってからおれたちはしばらく黙った。これはもしかして喧嘩をしているのか、とお互いにちょっと思ったらしかった。
「まあ、この星で生き残ろうと思ったら、人間になるか、工業製品になるかの二パターンしかないもんね」
 ゼブラはぽつりと言った。そんな夜だった。

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文庫版p.185


 動物の権利団体から訴えられないように、まずは牛を球にします。人種差別とか起きないように、人間も工業製品化します。そうこうするうちに地球外から「外人」さんがやってきて、まっ平らにされてしまいます。自然環境や生態系や遺伝子プールに手を入れすぎてわけわかめ状態になった未来を描く好短編。


『お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ』(赤野工作)
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 あそこに浮かんでいる月、私が今こうして観測しているあの月は、今から77Fも前の過去の姿をしている。お前のいる場所から、私のいる場所まで、光が降り注ぐのに、38万4400Km、1.3秒、77F。遅い遅い遅い。それじゃあ何かも遅すぎるんだ。月明かりが地球に降り注ぐよりも速く、私はお前が何を考えているのかを読まなければならない。そうでなければお前に勝てない。分かるだろう。どうせお前が死ぬのなら、完膚なきまでに負けたまま死んで欲しい。死ね。

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文庫版p.208


 最後に池袋のゲーセンで対決してから数十年。お前はいま月に、俺は地球にいる。光速の限界による通信タイムラグは1.3秒、その間にゲームは何と77フレームも進んでしまう。隙の大きい必殺技でさえ、発動のタイミングを見切ることが出来ない。遅い遅い遅い。光速の限界という物理法則のバクは誰も修正してくれない。77フレーム先の攻防を見極め、相手のコマンドを読み切り、その対策を今ここで入力するしかない。でなければ勝てない。光速を超えろ。77フレーム未来のお前との勝負。勝つのは俺だ。あのときと同じように。対戦格闘ゲームのひりひりした「読み合い」を描く短編。プレーヤーたちがたぶん寝たきり老人というリアルさ。これからは懐古サイバーパンクの時代ですよ。


『クラリッサ殺し』(小林泰三)
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「レッド・レンズマンのクラリッサがアリシア人のメンターに訓練を受けるというところです」
「クラリッサはアリシア人には会ってないはずですけど」
「根拠は何ですか?」
「『第二段階レンズマン』で、レンズはアリシアからパトロール隊を通じて、送られてきて、訓練はキニスンに受けたとあります」
 男は顔の前で人指し指を振った。「『第二段階レンズマン』はメタフィクションなんですよ」

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文庫版p.232


 往年の名作スペースオペラ「レンズマン」シリーズをテーマにしたVRアミューズメントに参加した女子高生ふたり組。ところが仮想アトラクション世界内で、レッド・レンズマンであるクラリッサ役になった友人が殺されてしまう。これはゲームのシナリオなのか、それとも現実の殺人事件なのか。語り手は「キニスン」と共に事件の真相を探ることに。SF的要素は薄いなあ(レンズマンシリーズを読み込んでいる女子高生という設定を除き)と思って油断していると、ほら、何しろ作者が作者だし。


『母の法律』(宮部みゆき)
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 少子高齢化・人口減少社会のなかで、親に殺される子供も、子供に殺される親もなくすこと。子供たちの「親を選べない」という絶対的な不公平を緩和し、大人たちが「親になることに失敗したとき」セーフティ・ネットとなるシステムを設け、すべての国民に「生きがいのある人生」をつかむ機会を与えること。その理想を達成し得る、マザー法はまさに奇跡の法律だ。
 でも、救いきれないものはある。

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文庫版p.358


 頻発する児童虐待に対処するため創設された「マザー法」。児童虐待が確認されたら即座に親権を剥奪し、子供の身柄を公的機関の保護下に置いて養子縁組を推進する。虐待の連鎖を防ぐ反面、家族という聖域に国家が踏みこむことへの反発も根強い。果たして「親子の絆は何よりも強い」のだろうか。SF的な思考実験により児童虐待という社会問題を掘り下げてみせた傑作。



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