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『サイボーグ化する動物たち ペットのクローンから昆虫のドローンまで』(エミリー・アンテス、西田美緒子:翻訳) [読書(サイエンス)]


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生命をあれこれいじりまわすのに必要な新しいツール一式を科学が用意してくれたおかげで、私たちはまったく新しい方法で動物に手を加えられるようになった。今では遺伝コードの書き換え、壊れたからだの再建、自然に備わった感覚の強化が進められている。一風変わった新しい生きものの誕生が新聞の見出しをにぎわすことも多い。バイオニックビートル! 光るネコ! スパイダーゴート! ロボラット! こうしたブレークスルーは驚異的であるとともに不可解でもある。その生きものは、厳密に言うと何なのか? どんなふうに見えるのか? 誰が、どんな理由で作っているのか? そしてそれらの動物はほんとうに、今までになかったものなのか?
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単行本p.6


 バイオテクノロジーの発達により、動物と機械を融合させることや、遺伝子に手を加え新しい生きものを創り出すことが可能になった。しかし、本当のところそれは何を意味するのだろうか。生物工学の最先端を紹介しつつ、その社会との関わりについて論じるサイエンス本。単行本(白揚社)出版は2016年8月です。


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生きものの形をいくらでも変えられるようになった今、私たちが何を選んで作るかは、私たちがほかの種に何を望んでいるのか、そして私たちがほかの種のために何をしたいかを明白にする。だが、たとえこの地球を共有している生きものたちに特別な愛着を感じないとしても、動物を大幅に作りかえることは人間にとっても重要な問題だ。それは自分たちの未来を垣間見ることにもなるからだ。
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単行本p.14


 遺伝子操作により創り出された鑑賞魚や薬品生産動物、失われたペットや絶滅危惧種のクローニング、障害を負った動物のための人工装具、そして動物の脳神経をハックして「操縦」する技術。様々なバイオテクノロジーの驚異とともに、それがどのような論争を引き起しているのかを詳しく紹介してくれる本です。全体は8つの章から構成されます。


「第1章 水槽を彩るグローフィッシュ」
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こうした借り物の遺伝子によってゼブラフィッシュは蛍光色に変わり、ブラックライトまたはブルーライトで美しく光る。これがグローフィッシュ――米国初の遺伝子組み換えペットだ。
 人間はこれまで選択的な品種改良によってたくさんの種に干渉してきたが、この魚の登場はまったく新しい時代の幕開けとなる――私たちは友だちである動物の遺伝コードを直接操作できる力を手にしたのだ。この新しい分子技術は世の中を一変させるだろう。
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単行本p.18

 米国で一般販売が許可された初の遺伝子組み換え生物、グローフィッシュ。その実現と認可に至る道のりを追います。


「第2章 命を救うヤギミルク」
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「ファーミング」の分野は急速な拡大を続けていて、世界中の研究室と企業が独自の家畜小屋や放牧地を用意し、血友病から癌まで、さまざまな慢性病に効く薬を量産する動物の飼育に取り組んでいる。(中略)動物が役立つものになればなるほど、ますます動物を「利用」する可能性は高まる。遺伝子組み換え技術によって、私たちはほかの種を新しい理由と新しい方法で利用できるようになり、生きものの商品化がますます広がっている。
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単行本p.48

 遺伝子組み換えにより、動物を「薬品生産工場」に変えてしまうファーミング技術。その普及は、動物愛護という理念と両立できるのだろうか。あるいは動物の福祉と権利を守るために人間の難病患者を見捨てることは倫理的に正当化されるだろうか。新しい技術が生み出した価値観の対立を浮き彫りにしてゆきます。


「第3章 ペットのクローン作ります」
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クローニングの効率の悪さは動物の福祉についての懸念をさらに強めている。イヌ一匹を複製するために、実にたくさんの雌イヌに麻酔をかけて卵子を採取しなければならない。(中略)スナッピーを作り出すために、韓国の研究者たちは合計1095個のクローン胚を123匹の雌イヌに移植した。その結果生まれたのは二匹のみで、生き残ったのは一匹だった。(中略)ペットのクローニングをめぐる論争は、動物を愛するとは何を意味するかの議論であり、そこではさまざまな価値観や意見が絡み合い、全員が賛同することはあり得ないと思われる。
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単行本p.95、98

 死んだ犬猫を「復活」させたい。そんな愛犬家や愛猫家の夢を実現するクローニング技術。だがそれは、人間とペットとの関係を豊かにするのだろうか。


「第4章 絶滅の危機はコピーで乗り切る」
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今や種の保護は総力をあげて取り組むべき事業だ。たしかに、クローニングで本物の成功を実現させるためには、研究室の科学者が自然保護活動家と協力しなければならない。研究者は必要な動物相をそっくり複製できるが、研究室生まれの赤ちゃんには住む場所が必要になる。
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単行本p.130

 絶滅危惧種を救うためのクローニング技術の活用は正しいことだろうか。生息環境の破壊をとめない限り無意味、さらには逆に環境保護運動の足を引っ張ることになる、という批判とどのようにして折り合いをつけてゆくべきなのか。


「第5章 情報収集は動物にまかせた」
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最新世代のタグでは、動物たちが日々の暮らしを送っているあいだ、そのからだに取りつけられたコンピューターが動物の移動を記録するばかりか、海洋および変化する周囲の状況に関するデータも収集している。(中略)電子タグの小型化が進み、ほとんど目に見えないまでになるにつれ、追跡が可能な海と陸の生物はますます多種多様に広がってきている。カナダの企業が販売している無線発信器は指の爪より小さく、重さも0.25グラムと、ないに等しい。
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単行本p.137

 センサと追跡用の電子タグを野生生物の身体に取りつけ、その生物の生態のみならず人間が到達困難な場所の調査を代行させることまでが今や可能となっている。研究者にとって極めて有用なこの技術は、対象生物に対して、あるいは自然保護運動に対して、どのような影響をもたらすのだろうか。


「第6章 イルカを救った人工尾ビレ」
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からだの一部を失った動物にとって、これまでになく恵まれた時代だ。炭素繊維複合材や形状が変化する柔軟なプラスチックなど、実に多彩な素材が開発されたおかげで、飛んだり駆けたり泳いだりする患者のために人工の付属器官を作れるようになっている。義肢装具士はこれまで、ワシには新しいくちばし、カメには交換用の甲羅、カンガルーには義足を作ってきた。外科技術の発達により、獣医師はイヌやネコのからだにバイオニック義足(生体工学を用いて製作した義足)を埋め込み、そのままずっと使えるようにすることもできる。さらに神経科学の発達で、脳から直接制御できる人工装具も夢ではなくなった。
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単行本p.158

 事故で尾びれを失ったイルカのケースなどを取り上げ、動物に対する人工装具の発達とその意義を追います。


「第7章 ロボット革命」
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現代の野生動物追跡装置の開発を可能にした科学技術の進歩――サイズの小型化と、マイクロプロセッサー、受信機、電池のパワーの増大――によって、本物のサイボーグ動物の作製も可能になろうとしている。こうしたマイクロマシンを動物のからだと脳に埋め込めば、人間がその動作と行動をコントロールできるようになる。遺伝学の成果を利用すれば新たな選択肢も可能で、科学者は動物の遺伝子を組み換えて、操作しやすい神経系を作ることもできる。
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単行本p.188

 遠隔操作できるサイボーグ昆虫など、サイボーグ生物の実用化と普及がもたらす倫理的、社会的、そして軍事・諜報に関わる問題を明らかにしてゆきます。


「第8章 人と動物の未来」
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 私たち人間が、責任をもって新しい技術を利用したいと少しでも思うなら、この議論を避けて通ることはできない。私たちが遺伝子組み換えで病気に強い家畜を作りたいのは、そうすれば工場式畜産場の劣悪な飼育環境と不十分な医療をうまく言い逃れて、最大の利益を上げられるからなのか? それともそうした生きものを、家畜の暮らしを向上させる大規模キャンペーンを繰り広げる機会として利用したいからなのか? ある意味、これらの技術に対して私たち自身が感じる不安は建設的なものだ。私たちは、それが動物たちにどのような影響を及ぼすかについて、評価と再評価を繰り返していかなければならない。
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単行本p.221

 これまでに見てきたようなバイオテクノロジーの急激な発展を前に、人間と動物の関係、文明と自然との関係、私たち自身を改変することの是非、などの議論を避けることはもはや出来ないことを示し、道筋の整理を試みます。



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