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『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット、関美和:翻訳) [読書(教養)]


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 この本の縦糸は、その3本だ。ひとつ目はmp3の生みの親でその後の優位を築いたあるドイツ人技術者の物語。ふたつ目は、鋭い嗅覚で音楽の新しいジャンルを作り、次々とヒット曲を生み出し、世界的な音楽市場を独占するようになったあるエグゼクティブの物語。そして、3つ目が、「シーン」と呼ばれるインターネットの海賊界を支配した音楽リークグループの中で、史上最強の流出源となった、ある工場労働者の物語だ。
 この3つの縦糸が別々の場所で独立して紡がれる中、横糸にはインターネットの普及、海賊犯を追う捜査官、音楽レーベルによる著作権保護訴訟が絡み合う。3人のメインキャラクターに加えて、リークグループの首謀者、それを追うFBIのやり手捜査官、ジェイ・Zやジミー・アイオヴォンといったこの20年でもっともヒットを生み出した音楽プロデューサー(今や既得権益側になってしまった!)が登場し、謎解きと冒険を足して2で割ったような群像活劇が繰り広げられる。
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単行本p.353


 その昔、CDという高額商品の形で流通していた音楽。だが、音楽はネットから無料で手に入れるものとなり、従来の音楽業界は崩壊した。どうしてそんなことになったのか。mp3を開発した技術者、音楽業界の重鎮、そして音楽ファイルのリークに邁進した海賊犯。事態の中心にいた三人の人物を追うことで、「革命」の経緯を明らかにする衝撃と興奮のノンフィクション。単行本(早川書房)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


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 数年前のある日、ものすごい数の曲をブラウジングしていた時、急に根本的な疑問が浮かんだ。ってか、この音楽ってみんなどこから来てるんだ? 僕は答えを知らなかった。答えを探すうち、だれもそれを知らないことに気づいた。(中略)
 音楽の海賊行為はクラウドソーシングがもたらした現象だと僕は思い込んでいた。つまり、僕がダウンロードしたmp3は世界中のあちこちに散らばった人たちがそれぞれにアップロードしたものだとイメージしていた。そうしたバラバラのネットワークが意味のある形で組織されているとは思いもしなかった。
 でもそれは間違っていた。
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単行本p.10、11


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 そして、やっとノースカロライナの西にある田舎町にたどり着いた。(中略)この町で、ある男がほとんどだれとも関わりを持たずに、8年もの年月をかけて海賊音楽界で最強の男としての評判を揺るぎないものにしていた。僕が入手したファイルの多くは、というかおそらくほとんどは、もともと彼から出たものだった。彼はインターネットの違法ファイルの「第一感染源」だったのに、彼の名前はほとんどだれにも知られていなかった。
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単行本p.13


 ネットからいとも簡単にダウンロードできるようになった海賊版音源。CDが発売される前に高音質の曲データが無料で手に入るのですから、CDを買う人がいなくなったのも無理はありません。しかし、そもそも誰がそんなことを可能にし、誰がどうやって発売前のCDからデータを抜いてネットに流出させたのでしょうか。そしてデジタル海賊という脅威を前に、音楽業界はどう対処したのでしょうか。

 本書はこの疑問に答えるために、「主役」となる三人に焦点を当てて、彼らの人生を追ってゆきます。最初に登場するのは、音楽圧縮ファイル形式であるmp3を開発した技術者の物語。


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 予想に反して、mp3は12分の1のサイズでCDの音をほぼ完璧に再現した。アダーは言葉を失った。驚異的な技術だった。アルバムがたった40メガバイトに収まるなんて! 未来の計画なんて忘れていい。今ここでデジタルジュークボックスが実現できる!
「自分がなにをやってのけたか、わかってる?」最初のミーティングのあとにアダーはブランデンブルグに聞いた。「音楽産業を殺したんだよ!」
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単行本p.78


 インターネットの普及とmp3の実用化。そんな破壊的イノベーションが生まれたことに気づかぬままこの世の春を謳歌していた音楽業界。その頂点に君臨するエグゼクティブの物語が続きます。


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業界最高の年に世界最大のレコード会社を経営していたモリスは、地球上でもっとも権力のある音楽エグゼクティブというだけではなかった。歴史上、もっとも力のある音楽エグゼクティブだった。(中略)ユニバーサルの市場シェアはワーナー時代よりもはるかに大きくなっていた。アメリカ国内で販売されるアルバムの3枚に1枚、世界中の4枚に1枚はユニバーサルのものだった。
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単行本p.150、243


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続々とヒットが生まれていた。8年前、ユニバーサル・ミュージックは存在しなかった。今では世界市場の4分の1を支配し、この地球上で最大のレコード会社になった。モリスは指導者のアーメット・アーティガンと同じく、この時代の伝説的存在になるべき人物だった。ニューヨーカー誌に憧れの人として紹介されるほど、有名になって当然だった。「大物」として認められるべき人物だった。
 でもそうはならなかった。
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単行本p.199


 そして最後に登場するのは、無名の貧しい工場労働者。ただし、彼が働いていたのはCDプレス工場だったのです。


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 全体としては、優雅な人生とは言えなかった。グローバーは工場で働き、実家の裏庭に置いたトレーラーに彼女と住んでいた。ピットブルを20匹も飼い、週末にはストリートレースとオフロードでバイクを飛ばす。彼女は不機嫌で、入れ墨はばかげていたし、借金もかさんでいた。いちばん好きな音楽はラップで、2番目がカントリーで、グローバーの人生はそのふたつがぐちゃぐちゃに混じりあったようなものだった。
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単行本p.93


 そんな彼がデジタル時代の海賊王となり、FBIの追求をかわしつつ、音楽業界を追いつめてゆく運命にあるとは、いったい誰が想像できたでしょうか。


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 でもそこにインターネットがやってきた。それは別世界への入口だった。(中略)グローバーは発売前CDの世界一の流出元になった。ユニバーサルで、彼はいい立場にいた。度重なる企業統合で、工場に驚くほどのヒットCDが次から次に流れてきた。グローバーはだれよりも何週間も早く、ヒットアルバムを文字通り手に入れることができた。
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単行本p.93、182


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グローバーが持ち出したアルバムは世界中のトップサイトを通してピンクパレスのような個人のトラッカーサイトにアップされ、そこからパイレートベイやライムワイヤー、カーザーといった公開サイトに広がった。数億、おそらく数十億というmp3のコピーファイルの元をたどると、グローバーに行きついた。この期間にユニバーサルが音楽市場を独占していたことを考えると、グローバーのリークした曲がiPodに入っていない30歳以下の人間はほとんどいなかったはずだ。グローバーは音楽業界のがんで、アンダーグラウンドの英雄で、シーンの王様だった。史上最高の音楽泥棒だった。
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単行本p.325


 彼を含む海賊たちはネット上で組織化され、海賊団として音楽業界を荒し回るようになります。


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 あらゆるジャンルのアルバム3000枚を毎年リークした。彼らは潜入と拡散の世界的なネットワークを作り上げた。インターネットの陰に隠れて違法コピーの山を築き、解読できない暗号にしてそれを保管していた。FBIの専門家集団と大勢の私立探偵がこのグループに潜入しようと試み、5年もの間挑んでは敗れていた。彼らが音楽業界に与えた損失は間違いなく本物で、何億、何十億ドルにものぼっていた。
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単行本p.332


 底辺が、頂点に、挑む。音楽ビジネスの未来が賭けられた世紀の戦い。海賊行為の是非はともかく、わくわくさせられる展開です。


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海賊版が販売に打撃を与え、2000年のピークからCD売上は3割も減っていた。市場シェアを急速に伸ばしたユニバーサルでさえ、売上を維持するだけで精一杯だった。音楽業界はどこを見ても火の車だった。タワーレコードは一直線に破たんへと向かっていた。ソニーのコロンビア部門はいまだに社内の家電部門と内紛状態にあった。EMIは借金でクビが回らなくなっていた。BMGは音楽事業を売却しようとしていた。
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単行本p.200


 というわけで、まるで映画のシナリオのような劇的なノンフィクション。実際に映画化が予定されているそうです。音楽ビジネスモデルの急転換、海賊行為と知的所有権、インターネット上で活動しているカウンターカルチャーグループの実態など、興味深い話題がてんこ盛り。お勧めの一冊です。



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