『食堂つばめ8 思い出のたまご』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]
――――
そのうれしそうな気持ちが、料理に現れているのだ。人のために料理を作って、それを「おいしい」と言ってもらえる。ノエの、本当の根っこの部分を作っているのは、その無上の喜びなのだ。
それを食べると、秀晴たちも幸せになれる。
それだけ覚えていれば、ノエはずっと存在する。少なくとも、秀晴は覚えている。
――――
文庫版p.161
生と死の境界にある不思議な「街」。そこにある「食堂つばめ」で思い出の料理を食べた者は、生きる気力を取り戻すことが出来るという。好評シリーズ「食堂つばめ」、いよいよ別れのときがやってくる最終巻。文庫版(角川書店)出版は2016年11月です。
――――
「じゃあ、ここはどうなるの?」
食堂つばめは?
そうたずねると、キクとりょうさんは戸惑ったように顔を見合わせた。
「なくなるのかもな……」
わかっていたのに、秀晴はショックを受ける。しかも、それはかなり身勝手なものだった。(中略)
時間を無駄にしないあの街へ行き、つばめで何か食べることは、秀晴の最大のストレス解消だった。わかっていたけれど、こんなに頼っていたのか、ということを初めて知った。
――――
文庫版p.48、51
「街」を訪れた臨死体験中のゲストが、四人のレギュラーとともに食堂つばめで美味しいものを食べるシリーズ、「食堂つばめ」もついに完結。途中の巻では基本的に「料理を食べてうまいうまいと喜ぶだけの食いしん坊」扱いというか、影が薄いところもあった秀晴が、最後に主役として頑張ります。
――――
……やっぱり、自分の納得したい「物語」みたいなものを求めているな。そして、どうにかしてそういう方向に持っていけるんじゃないか、とも思っている。自分になまじ変な力があるせいで。
あの街がわからないと同時に、自分の力だってわかっていない。何かとてつもないものを秘めているかもしれないじゃないか。
――まあ、多分ないんだけど。
――――
文庫版p.89
というわけで、これまでシリーズをずっと読んできた方は、ノエと「食堂つばめ」の行く末を確かめて下さい。また、1巻だけ読んで途中とばして本書に進んでも問題ないよう配慮されている上に、シリーズ初となる「家系図」まで掲載されているので、例えば「ぶたぶた」シリーズを読んで気に入ったので同じ作者の別シリーズもちょっと読んでみようかな、と思った方もどうぞ。
「あとがき」より
――――
「街」は確かに私の食いしん坊な願望そのものです。ただ、自分で書いていると、それほど癒されることはないのですよね……。書いていた時の苦労ばかりが前に出てくる。(中略)
こう言うとひどく傲慢な感じですけれども、私の小説で癒される人がうらやましい――。だって、私の願望ですからねー。私が一番に癒されて然るべきじゃないですか!? なのに、私は蚊帳の外――なんて悲しい。
――――
文庫版p.174
そこが小説執筆と調理の違いなのでしょうねえ……。
タグ:矢崎存美