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『中国メディアの現場は何を伝えようとしているか 女性キャスターの苦悩と挑戦』(柴静:著、鈴木将久・河村昌子・杉村安幾子:翻訳) [読書(随筆)]

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 中央テレビ局は体制内メディアであり、現在でも多くの制約をかかえている。他方で、年々強まるばかりの経済原理も、別の面からテレビ業界に大きな制約を与えるようになっている。こうした中国のテレビ業界をめぐる大きな状況のもとで、ニュース評論部の意味が浮かび上がる。ニュース評論部は、いわば、体制内メディアと経済原理のはざまにおいて、かろうじて残る理想主義の灯火を守り続けていると言えるだろう。こうしたメディア人が、小数であるかもしれないが確実に存在し、しかも彼らの番組が残っていること、言い換えれば一定の視聴者がついていること、それが中国メディアの一側面である。
 本書に収録したインタビューで明確に述べているように、柴静氏は、まさにニュース評論部の価値観を体現している。正確に言うならば、本書は、ニュース評論部が指し示す理想主義を真摯に追い求め、試行錯誤しながらその理想に一歩一歩近づいていくプロセスをありのままに描き出したものである。
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単行本p.299


 中国中央テレビ局における人気報道番組は、何を追い求めてきたのか。看板キャスターが取材の過程で悩みながら真実を追求する姿をありのままに描いた傑作ノンフィクション。単行本(平凡社)出版は2014年4月です。


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 原書の構成は、やや独特である。基本的には、この十年間に柴静氏が取材した社会問題が記されている。ところが同時に、試行錯誤を繰り返しながらテレビの仕事を続けてきた彼女の成長の記録ともなっている。社会問題の記録と、一人のキャスターとしての成長の記録が交錯している点に、最大の特色がある。あえて二つの次元の記録を交錯させたことで、本書は凡百の類書とは異なるものになった。中国の社会問題は、表面的に不正を追及するのは容易だが、従来の枠組みで語っていると、往々にして正義と不正の二項対立に陥ってしまい、問題の襞に分け入ることが難しくなる。中国の社会問題を、現場の感覚に則して表現するためには、自分の語り方をつねに反省し、新たな語り方を模索し続ける必要がある。柴静氏は、そのような誠実な努力を続けるメディア人の一人である。だからこそ、彼女の試行錯誤を表現した本書は、中国の社会問題の複雑さを示したものになりえた。
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単行本p.7


 新型インフルエンザの猛威、子どもの連鎖自殺、同性愛者への迫害、家庭内暴力、環境問題、動物虐待動画拡散、歴史認識、災害現場、土地問題、若者の犯罪、社会通念へのアンチテーゼ。

 中国が抱えている(その多くは日本と共通している)様々な社会問題をテーマに、徹底取材で真実を掘り下げてゆく人気報道番組のキャスターが、放映できなかったシーケンスを含めて、取材の現場で起きていたことを語ってくれる本です。

 取材対象にどのように対応すべきか、どのような形で番組を構成するか、そして様々な「圧力」にどう対処するか。ジャーナリストとしての悩みや気付きも率直に書かれており、その強い使命感に心打たれます。まずは取材シーンの臨場感。


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「実はみんなSARSだった」
 患者たちは知らなかった。
「事情を知らないで、別の病気で点滴に来た人は?」
「仕方なかった。みんなここにいた」
 もしスタジオだったら、「どうしてそんな無責任なの」と、きっと問い質しただろう。でもその場に立って、話をする彼の、表情を失った従順な絶望を見たら、心臓が何かにつかまれたようで、喉が詰まった。彼と彼の同僚たちもそこにいたのだ。人民病院ではスタッフ93人が感染した。救急診療室では64人中24人が感染し、2人の医師が殉職した。(中略)人民病院の医師と看護師は、最も基本的な防護服すらない状況下で、中庭で20数人の患者に向き合っていたのだ。その数日間のことを訊いた。彼は答えた。「何日間も鏡を見ないでいた。後になってふと、髪が真っ白になっていることに気づいた」
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単行本p.45


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 彼はフラフラで、酔っていた。顔は汗まみれで、熱があるようだった。目は赤く腫れ、手は震えていた。
「どうしてこんなに飲むの?」私はちょっと責めるように言った。
「耐えられないんだ」。彼は大きく口を開けた。まるで肺の空気が足りないかのように、苦しそうに口で呼吸をし、力なく地面に倒れ込んだ。「あの血のにおいが……」
 聞き取れなかった。
「あの大きな岩の下に……」
 私は腰をかがめ、やっと聞き取った。「俺は助けるって言った。だけど動かせないんだ。俺は叫んだ。狂ったように力を振りしぼった。だけど動かせないんだ。柴静。あの子にアメを二つやることしかできなかったんだよ」。彼は顔をこちらに向けた。苦しさのあまり、顔面が鬱血しているようだった。自分の拳に歯を立て、こらえていた。
 私は彼の腕に手をのせ、軽く叩いた。
 突然、彼は空を仰いだ。喉の栓が抜けたかのように、泣き声が放たれた。
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単行本p.207


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 2006年に孝義市長に取材した。スーツを着た色白の市長は、あらゆる問題を市の是正処置として語った。私は尋ねた。「この街では重い代価を支払っています。避けられなかったのでしょうか?」
「代価は悲惨だ」。市長は答えた。
「避けられなかったのでしょうか?」私は尋ねた。
「代価は悲惨だ」。市長は繰り返した。
「避けられなかったのでしょうか?」私はもう一度尋ねた。
 市長は水を一口飲み、私を見つめた。「政府はコークス化に冷静に対処してきた。対策を取ってからは抑え込んでいる」
「それなら、違反プロジェクトが30以上もあるはずはないのではありませんか?」
「あの頃は熱狂的な投資家がやりたがったのだ、市場の形勢も良かった。だが我々は断固たる態度で臨んだ」
「断固たる態度で臨んだのなら、違反プロジェクトはゼロのはずです」
 彼はまた水を飲み、私たちはにらみ合った。
 番組は放送できなかった。
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単行本p.128


 こうした取材場面と並行して、著者による「つぶやき」のような言葉があちこちに挟み込まれています。これが印象的なのです。


「ニュース記者は、功利性を求めるべきではなく、歴史研究者あるいは文学研究者の視野を持たなければならないのです」(単行本p.25)

「私はそれまで、最後の論評は解答でなければならないと考えていた。スタジオというセットで、役を演じているかのように、「民主と法治の社会が一日も早く到来することを期待しましょう」などと話せば、けりがつくと思っていた。本当の世界がどういうものか知るまで、解答なしに番組を締めくくるなど、思いも寄らなかったのである」(単行本p.71)

「インタビューとは何だろう? インタビューとは命と命の往来で、自分をより深く知り、他人をより深く知ることだ」(単行本p.114)

「取材相手が記者に要求するのは、ただ公正であることなのだ。公正とは、その人の本来の姿を示すこと」(単行本p.155)

「私たちが番組制作時に犯しがちな過ちは、山の頂上まで登ったとたんに赤い旗を地面に挿し、頂上踏破を宣告することだ」(単行本p.159)

「寛容は道徳ではなく認識である。物事を深く認識しなければ、世界の複雑さを理解し思いやることはできない」(単行本p.191)

「メディアの役割は、物事を判断するのに必要な思考方式を提示してみせることであり、一人の人間を公敵に仕立て上げることではない」(単行本p.192)

「私たちは皆、自分が報道する世界と生活を分けようと努力する。でもいつも、自分がすでにその一部になっていることに気づくのだ」(単行本p.220)

「私が質問を導いているのではなく、ロジックが私を導いている。ロジックがチェーンを一つずつ噛み合わさせており、どのチェーンもはずせない」(単行本p.241)


 こうした言葉のひとつひとつが響きます。ぜひ日本の報道関係者にも読んで頂きたい。

 ただ、日本語版は原著を構成する20章のうち半分強の12章だけを選んで翻訳したものであり、しかも翻訳された各章についても「彼女の成長物語を描く部分は大きく割愛した」とあって、それが残念でなりません。全訳版を期待します。


[目次]

第一章 あの暖かい脈動は、生きている
【SARS報道】

第二章 双城の傷
【少年少女連続服毒事件】

第三章 水が水に溶けるように
【麻薬中毒患者や同性愛者への迫害】

第四章 沈黙の叫び
【ドメスティック・バイオレンス】

第五章 山西よ、山西
【開発と大気汚染】

第六章 ただ理解してほしいだけ
【猫殺し映像をネットに流した人々】

第七章 新と旧の間には恨みも衝突もない、ただ真と偽は大敵である
【唐山大地震と日中戦争】

第八章 事実はかくのごとし
【幻の河南トラ騒動】

第九章 真実には万鈞の重みがある
【四川大地震】

第十章 ロジックの鎖
【土地問題】

第十一章 無能の力
【教育ボランティアのドイツ人青年】

第十二章 時代の病
【若者の犯罪】



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『数をかぞえるクマ サーフィンするヤギ 動物の知性と感情をめぐる驚くべき物語』(べリンダ・レシオ:著、中尾ゆかり:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 フンコロガシは、天の川のスナップ写真を頭にたたきこみ、この天体図を使って移動する。クマとニワトリは数をかぞえ、クジラは韻をふむ歌を作詞作曲する。アリは、鏡に映った自分の姿がわかるらしい。手話や絵文字を使って「おしゃべり」ができる類人猿は、物の名前がわからないときに、自分で言葉をつくる。そのいくつかは、驚くほど独創的だ。
(中略)
 この本を書くために動物の感情や賢さを物語るエピソードを集めたとき、いちばん苦労したのは、信頼できる科学的な証拠を見つけることではなかった。こんなにもたくさん集まったおもしろい話の中から、どれを採用するかだった。動物に関する驚くべき発見は、毎週のように、続々と報告されている。動物にはさまざまな感情があり、洞察力と知性でもって行動していることが証明され、私たちが動物やまわりの世界、私たち自身を見る目を根本的に変えている。
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単行本p.17、18


 道具や言語を作りだし、仲間の死を悼み、ライバルを騙し、他の種に対して利他的な思いやりを示す。動物の知性や感情について、研究者が発見した驚くべき成果を集めた一冊。単行本(NHK出版)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


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 動物は豊かな感情をもっている。ネズミはくすぐられると笑う。カササギは、墜落死した仲間を木の葉でおおって、死を悲しんでいるように見える。ザトウクジラのメスは、年に一度女子会をして、そのために何千キロも旅をする。幼いチンパンジーは、棒きれを赤ちゃんに見立てて、ごっこ遊びをする。オマキザルは不公平に扱われると憤慨し、犬はほかの種が悩んでいるとなぐさめる。であれば、アメリカアカシカが利他的な行動をしてもおかしくないだろう。
(中略)
 動物の視点に立って調べるという手法が使われるようになったのは、比較的最近だ。昔は、正しい設問をしなかったために、動物の知能についてまちがった結論を出すことがあまりにも多かった。(中略)人間の偏見を考慮するにつれて、科学者はもっと創意に満ちた質問をするようになった。そうすることで、いろいろな種類の、想像もつかないような、すばらしい知能が明らかになっている。
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単行本p.16、232


[目次]

第1章 人間を笑う:ユーモアといたずら
第2章 おしみなく与える:恩返しと協力
第3章 規則を守ろう:公平とズル
第4章 そばにいて:友情
第5章 楽しいことが好き:遊びと想像力
第6章 わけへだてのない親切:思いやりと利他行動
第7章 神聖な気持ちになる:死と霊魂
第8章 私は誰?:自意識
第9章 動物とおしゃべりしたい:言語
第10章 かぞえる:数の認識
第11章 野生の王国のテクノロジー:道具を使う
第12章 道を見つける:空間認識能力
第13章 芸術のための芸術:創造力と美的感覚
第14章 知能指数を考えなおそう:動物の脳力



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『「研究室」に行ってみた。』(川端裕人) [読書(サイエンス)]

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 受験に理系・文系の壁があることは、今の日本では動かしがたい事実だ。でも、この本をまとめる中で、つまり6人の研究者たちの言葉に耳を傾けるうちに、実際の世界はそのように動いていないと知ることが重要だと思えてきた。研究は、既存の「教科」の枠や、文理の壁を超えて、自由だ。普遍的なことを知りたいという気持ちは、枠からはみだし、壁を壊して、越境する。
 本書の中の研究者たちは、まさに、枠からはみだし、壁を壊す人たちだ。突破し、越境し、旅する人たちである。その力強さと楽しさが伝わって読者の胸に響いたら、本当にうれしい。
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新書版p.236


 サハラ砂漠にバッタを追う。ロケットを、ロボットを、新元素を、巨大宇宙構造体を、創り出す。そして世界の見方を変える。六人の研究者たちへのインタビューを通じて、研究者の興奮や喜びを活き活きと描いたノンフィクション。新書版(筑摩書房)出版は2014年12月、Kindle版配信は2015年7月です。


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 自分がまとめたものを再読しながら、つくづく思ったのは、自分が十代の頃にこういう人たちに出会いたかったな、ということだ。ちょっと斜に構えながらも、実は感化されやすかったぼくは、きっとタマシイが震えるような興奮を憶えただろう、と。
(中略)
 活動拠点が日本国内か国外か。大学などの研究機関の研究室なのか、それとも企業の研究室なのか。研究のスタイルは様々だが、自分の関心を研究として結実させていく力強さは共通する。多少の障害は勢いではねのけたり、粘り強く働きかけたりすることで、道を切り拓く、いわば突破する力を素直に感じさせてくれる人たちである。
 こういう生き方、研究の仕方があるのだと、知ることで世界が広がるような、夢を感じさせるような、本書の中だけに存在する素敵な「チーム」ができたと信じる。
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新書版p.4、5




[目次]

『砂漠のバッタの謎を追う』
前野ウルド浩太郎(モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所)

『宇宙旅行を実現するために』
高橋有希(宇宙ベンチャー開発エンジニア)

『生物に学んだロボットを作る』
飯田史也(チューリッヒ工科大学バイオロボティクス研究室)

『地球に存在しない新元素を創りだす』
森田浩介(理化学研究所超重元素合成研究チーム)

『宇宙エレベーターは可能である』
石川洋二(大林組エンジニアリング本部)

『すべては地理学だった』
堀信行(奈良大学文学部地理学科)




『砂漠のバッタの謎を追う』
前野ウルド浩太郎(モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所)
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 サハラ砂漠で、捕虫網を降る「バッタ博士」。
 サングラスをしていても、喜びが伝わってくるほどの躍動感で、バッタを白い網の中に追い込んでいった。
 本当に、楽しげである。学術的な研究とはいえ、捕虫網を振るのは童心に戻る作用があると思う。ぼくも、前野さんが必要な数を取り終えた後で、網を借りて少しだけ捕まえさせてもらった。実に、楽しいひとときだった。
 とはいえ、このバッタの幼虫は、「悪魔」と呼ばれるほどの凶暴さを発揮する成虫の、まさに直前の状態であることを思い出し、ふと現実に立ち返ったのだった。
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新書版p.21


 大発生すると農作物に壊滅的な被害を与えるサバクトビバッタ。その生態を調べる研究者は、サハラ砂漠のフィールドワークで捕虫網を振り続ける。前野ウルド浩太郎博士とその仕事については、ご本人の著作にも詳しく紹介されています。

  2017年06月22日の日記
  『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎)
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-06-22


『宇宙旅行を実現するために』
高橋有希(宇宙ベンチャー開発エンジニア)』
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 高橋さんはこんな「現場」で「国際宇宙ステーションとドッキングできる」仕様のドラゴン宇宙船開発にかかわり、その打ち上げをガラスで仕切られただけのミッションコントロールの外側で見守った。
「すごくワクワクしてましたね。宇宙ステーションのミッションはドラゴン宇宙船が地球に戻ってくるまで2週間くらいだったんですけど、ほとんど寝なかったです(笑)。何も見逃したくなかったので、寝てるときでさえもずっとヘッドセットで通信を聞きながら、何が起こってるかちゃんとモニターしてましたよ」
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新書版p.87


 南極から宇宙へ。民間企業で宇宙船開発チームに加わった研究者が、宇宙開発の現場の興奮を活き活きと語ります。


『生物に学んだロボットを作る』
飯田史也(チューリッヒ工科大学バイオロボティクス研究室)
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 ミツバチは、情報処理の計算能力を上げるのではなく、脳はシンプルなまま、目の構造をうまく調整することで、そもそも計算量を増やさずに済む方法を、何億年もかけた進化の中で獲得していたのだ。
 飯田さんは、ロボットについてのアプローチにしても、人間についての理解にしても、「脳」の役割を大きく見すぎているのではないかと感じているようだ。
(中略)
 飯田さんの研究室では、ロボットの研究をするにあたって、常に生物を意識する。
 生物がおそろしく「効率がよい」というのがその一つの理由として挙げられたが、それは、エネルギー効率やら計算効率やらを、身体そのもののメカニズムによってクリアしているという事実に基づいているようだ。我々は、自分たちの行動が脳によって支配されていると考えがちだが、飯田さんの観点からは、「体に脳がついていってる」のである。
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新書版p.111


 ロボットの動きをリアルタイムに制御するために高速情報処理を行うという発想から、身体の仕組みをうまく活用して計算量を減らし効率よく動くという、生物に見習ったロボットの基本原理を探求する。ユニークなロボットを創り出す研究とその背後にある哲学を解説します。


『地球に存在しない新元素を創りだす』
森田浩介(理化学研究所超重元素合成研究チーム)
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「1回目は、僕がシフトだったんです。先に帰る研究員が、じゃあお先にって部屋を覗いたときに、『森田さん、出てますよ。イベントですよ』って言って……めっちゃくちゃドラマティックですよ、ほんとに。もう気が狂いそうでしたよ。2個目はね、2005年4月2日午前2時過ぎ。3時間早かったらエイプリルフールなんだよね。もう死ぬほど興奮して、言葉にならない、というか」
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新書版p.160


 自然界に存在しない超重元素を創り出す。17年間ずっと空振りを続け、ついに新元素の生成を確認した研究者の粘り強さと意志。113番元素にまつわる研究者の体験を描きます。


『宇宙エレベーターは可能である』
石川洋二(大林組エンジニアリング本部)
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「設計本部から、設計と意匠の専門家を呼びました。そもそも静止軌道ステーションをどんな形にしたらいいか、ですとか。これは、自由度が高くて、みんな嬉々としてやっていましたね。制約がないし、お客さんにプレゼンして納得してもらう必要もないし(笑)」
 石川さんをはじめとして、気象・土木・意匠・設計・施行、といった専門家が集まり、プロジェクトは、現時点で考え得る宇宙エレベーターの構想を描いた。
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新書版p.181


 地表から静止衛星軌道までをつなぐケーブルを伝わって、人や貨物が格安に宇宙まで行き来する。「宇宙エレベーター」構想を単なる理論的なモデルではなく実際の建築物としてデザインする。東京スカイツリーを施工した大林組の研究チームが挑む宇宙エレベーター建造プロジェクトについて紹介します。


『すべては地理学だった』
堀信行(奈良大学文学部地理学科)
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 堀さんという地理学者の研究史を経て、ぐるりと一周すると、「すべては地理学である」という、そんな領域にまで連れて行かれてしまった。
 きっとその観点からは、本書で取りあげた、サバクトビバッタも、宇宙船開発も、ロボット工学も、原子核物理学も、宇宙エレベーターも、すべてが地理学だ。ほんとうに見事なまでに、そう言えてしまう。
 その一方で、どのような分野の研究であれ、その道を極めていくにつれて、自ずとそこから見る世界の描像があり、そこには地図ができる。すべてが地理学だった、というのは、そのまま、あらゆるジャンルの中にも地理学的な認識がかならずある、ということでもある。
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新書版p.232


 地理学とは何か。森羅万象あらゆるものを位置付け関連づける学問としての地理学を通して、本書で取りあげた様々な研究テーマを一つのビジョンへと統合してゆきます。



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