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『ありか』(島地保武、環ROY) [ダンス]

 2017年9月10日は、夫婦でKAAT神奈川芸術劇場に行って島地保武さんと環ROYさんが共演する公演を鑑賞しました。

[キャスト他]

出演・演出: 島地保武、環ROY
振付: 島地保武
音楽: 環ROY

 引き延ばしたダンベル型というか、離れて設置されたそれぞれ三・四畳ほどの四角い舞台ふたつを細い「通路」でつないだというか、そういう形のステージが鎮座しており、観客席はその「通路」をはさむようにして両側に並び、観客は「通路」ごしに向き合って座るという、ファッションショーのような舞台。そこでダンサーとラッパーの「対決」を見守る、という65分の作品です。

 最初はそれぞれ自分の領分(つまりダンスとラップ)でパフォーマンスを披露しあうのですが、次第に相手の領分に踏みこんでゆきます。二人で踊ったり取っ組みあったり、ラップの応酬をやったり、ラップに合わせて強引に形態模写してみせたり。

 島地保武さんの動きはさすがの迫力。至近距離で観ていると、ひとつひとつの動作に力強い説得力を感じます。ただ、振付がどうも単調に感じられたのが残念。つい先日、森山開次さん振付作品『不思議の国のアリス』に出演している島地保武さんを観たのですが、そのときの振付の方が好みでした。こう、はっちゃけた感じで。

 体力温存する工夫を色々と重ねつつも、1時間強の長丁場を二人できっちり踊って発話し続けたのは素晴らしい。即興もかなり入っていたようなので、おそらく公演ごとに内容は少しずつ変わっているのでしょう。気に入った観客は、違いを確認するために何度も観ることになるんだろうなあ。


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『UFO事件クロニクル』(ASIOS) [読書(オカルト)]

 今年はUFO時代の幕開けから70周年。せっかくの機会だから、これまでのUFO史を年代ごとに振り返り、一冊にまとめた本を出そう。というわけで、おなじみASIOS(Association for Skeptical Investigation of Supernatural : 超常現象の懐疑的調査のための会)のオカルト謎解き本、その最新刊は、主要なUFO事件を年代ごとにまとめて紹介してくれる一冊。単行本(彩図社)出版は、2017年8月です。

 「ロズウェル事件」や「フラットウッズ・モンスター」のような有名どころから、「ブロムリー円盤着陸事件」や「ベッツ・ボール事件」のようにあまり知られていない(誰の趣味で選ばれたのかなあ)事件まで。米国はもちろん、南アフリカ、フランス、パプア・ニューギニア、そして日本といった具合に、世界各地で起きたUFO事件が紹介されています。

 全体的な傾向として、懐疑的な立場から検証重視で書かれている記事が多くなっています。予備知識がなくても読めるように工夫されていますので、UFO入門にちょうどいいかも。米国における公的なUFO研究プロジェクトの歴史についても学べるし。

 個人的には、「介良事件」に関する最新情報や、「甲府事件」に関するこれまでの検証を詳しく紹介してくれる本城達也さんの記事に感心。また、“とにかく現地に行って関係者にインタビューする”、という加門正一さんの活動には大いなる感銘を受けました。

 ちなみに加門正一さんの記事で「筆者は現地を訪れたことがある」と明記されているのは、「フラットウッズ・モンスター」「ケリー・ホプキンスビル事件」「ソコロ事件」「パスカグーラ事件」「キャッシュ・ランドラム事件」そして「毛呂山事件」の6本。すごいなあ。

 他に、UFOにまつわるコラム、人物事典、用語集、年表などが付いています。物理的に軽量なのもありがたい。必要なとき(例えば、創刊号が大きな話題となり今年の11月には早くも第2号が出るという噂の超常同人誌『UFO手帖』を読むときなど)に、手軽にさっと調べられる参考資料として本棚に並べておくと重宝しそうです。


[目次]

第一章 1940年代のUFO事件

 モーリー島事件
 ケネス・アーノルド事件
 ロズウェル事件
 マンテル大尉事件
 アズテック事件
 イースタン航空機事件
 ゴーマン少尉の空中戦

 コラム:ナチスドイツとUFO

第二章 1950年代のUFO事件

 捕まった宇宙人の写真
 ワシントンUFO侵略事件
 フラットウッズ・モンスター
 プロジェクト・ブルーブック
 ロバートソン査問会
 チェンニーナ事件
 ケリー・ホプキンスビル事件
 トリンダデ島事件
 ギル神父事件

 コラム:実在した空飛ぶ円盤 円盤翼機、全翼機の世界

第三章 1960年代のUFO事件

 イーグルリバー事件
 リンゴ送れシー事件
 ヒル夫妻誘拐事件
 ウンモ事件
 ソコロ事件
 ブロムリー円盤着陸事件
 コンドン委員会
 エイモス・ミラー事件

 コラム:宗教画に描かれるUFO

第四章 1970年代のUFO事件

 介良事件
 パスカグーラ事件
 ベッツ・ボール事件
 甲府事件
 トラビス・ウォルトン事件
 セルジー・ポントワーズ事件
 バレンティッチ行方不明事件
 ブルーストンウォーク事件

 コラム:円盤の出てくる活字SF

第五章 1980、90年代のUFO事件

 レンデルシャムの森事件
 キャッシュ・ランドラム事件
 毛呂山事件
 開洋丸事件
 日航ジャンボ機UFO遭遇事件
 マジェスティック12
 カラハリ砂漠UFO墜落事件
 ベルギーUFOウェーブ
 異星人解剖フィルム

 コラム:7人のオルタナティブ・コンタクティー
 コラム:オカルト雑誌「ムー」 正しいUFO記事の読み方

第六章 UFO人物事典

 海外のUFO関連人物
 日本のUFO関連人物

巻末付録

 UFO用語集
 UFO事件年表


タグ:ASIOS
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『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通・幹遙子・市田泉:翻訳) [読書(SF)]

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決して新しくはない、だが、現在、SFが書かなければならない物語を、卓越した小説家の彼は高い技術で完成した物語に仕立て上げていく。
――――
単行本p.512


「技術が私たちの心に植え付けた罪悪感を伝統的な物語で語り直した傑作」(藤井大洋)
『紙の動物園』に続く日本版第二短篇集。単行本(早川書房)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。

 SFまわりを越えて広く話題となった前作『紙の動物園』に続く短篇集です。ちなみに『紙の動物園』の紹介はこちら。

  2015年06月19日の日記
  『紙の動物園』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-19

 本書は16篇を収録した日本版第二短篇集。収録作はどれも傑作揃いという非常にレベルの高い一冊になっています。

[収録作品]

『烏蘇里羆(ウスリーひぐま)』
『草を結びて環を銜えん』
『重荷は常に汝とともに』
『母の記憶に』
『存在(プレゼンス)』
『シミュラクラ』
『レギュラー』
『ループのなかで』
『状態変化』
『パーフェクト・マッチ』
『カサンドラ』
『残されし者』
『上級読者のための比較認知科学絵本』
『訴訟師と猿の王』
『万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語』
『『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」』


『烏蘇里羆(ウスリーひぐま)』
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 獣と機械がたがいに突進し、雪のなかでぶつかった。爪が金属の表面をこする耳障りな音がし、同時に熊の荒い息と馬のボイラーから発せられる息んだいななきが聞こえた。二頭はおのれの力を相手にぶつけた――かたや古代の悪夢、かたや現代の驚異。
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単行本p.24

 かつて北海道で両親をヒグマに殺され自らも片腕を失った中松博士は、復讐のため大陸に渡り、満州奥地に宿敵を追う。片腕に装着したサイバー義手、蒸気駆動の戦闘用機械馬を武器に、彼はヒグマの生息域に踏みこんでゆくが……。改変歴史をベースに、熊と人間の激突を緊迫感あふれる筆致で描いた傑作。


『草を結びて環を銜えん』
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「あまりにもおおぜいの人が殺されているんだよ、雀。あたしは自分にできるどんな方法を使っても、天の不公平な計画の裏をかきたい。たとえほんのわずかでも、運命に逆らうのはあたしを幸せな気分にさせてくれるのさ」
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単行本p.67

 清王朝により何十万人もの人民が大量虐殺されたその現場で、抗いがたい運命に立ち向かった一人の女がいた。権力によって歴史は消されても、歌と詩は彼女の生きざまを後世に伝えてゆく。正史から抹消された揚州大虐殺を背景とする感動作。


『重荷は常に汝とともに』
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 畑を耕そうとも、石で形を作ろうとも、上位の者に仕えようとも、慰みに商いをしようとも、はるかな市場へ果実を運ぼうとも、他の者に物語を聞かせようとも、〈生の重荷〉は常に汝とともにある――いかなるときも。
――――
単行本p.85

 異星文明の廃墟で発見された碑文。それは「いかなるときも汝とともにある〈生の重荷〉」について繰り返し語っていた。異星文明が残した深遠な哲学なのか。それとも偉大なる叙事詩の一部なのか。たまたま発掘作業に同行していた税理士は、その意味することに気づいたが……。オールドスタイルな風刺SF。


『母の記憶に』
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「わたしはほかの母親よりも子どもに会えなかったけれど、ほかの母親よりも子どもを見つめていられたの」
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単行本p.103

 不治の病を宣告された母は、相対論効果による寿命の引き延ばしを決意する。数年毎に地球に帰還しては娘に会いにくる母。会うたびに成長してゆく娘。やがて娘は母の年齢を追い越して……。母と娘の愛と葛藤を描いたショートショート。わずかな枚数、使い古されたアイデア、それでいて見事に読者の心を揺さぶる手際が素晴らしい。


『存在(プレゼンス)』
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 一度も会ったことがない祖母のことをどう娘に説明しようか、とあなたは考える。娘が理解できるほど大きくなったときに、自分のことをどう説明するか、自分の決断をどう正当化するかと、あなたは考える。大洋を隔てた別の大陸での新生活のために払った代償について、あなたは考える。
 あなたはけっして訪れない罪の赦しについて考える。なぜなら、裁くのは、あなた自身であるからだ。
――――
単行本p.113

 故郷である中国を捨てて米国に渡った「あなた」は、テレプレゼンス技術を使って、故郷で死に行く母親を見舞いにゆく。それは罪悪感に対する言い訳に過ぎないことを知りながら。伝統的な苦悩をSFの手法で語り直した作品。


『シミュラクラ』
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 父は、現実を捕捉し、時を止め、記憶を保存する事業に携わっていると主張している。だが、かかるテクノロジーの実際の魅力が、現実を捕捉することにあったためしはない。写真やビデオ、ホログラフィーなど……そのような“現実捕捉”のテクノロジーの進歩は、現実について嘘をつき、現実を思い通りに形作り、現実を歪め、改竄し、空想を巡らせるさまざまな方法を蔓延させるものだった。
――――
単行本p.121

 意識のスナップショットコピーをとる技術、シミュラクラ。それが原因で引き起こされた父と娘の反目。母の死をきっかけに娘は和解を決意するが……。人の尊厳を損ないかねない技術の危うさを、父娘の葛藤として描いてみせる作品。


『レギュラー』
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「これがどれほど見込みのないことかわかっています。あなたは最初にお願いした私立探偵じゃありません。だけど、何人かがあなたを勧めてくれました。あなたが女性であり、中国人であるから、ひょっとしたら、ほかの探偵たちには見られないなにかを見てくれるかもしれない、と」
――――
単行本p.143

 チャイナタウンで起きた娼婦殺しの事件を追う私立探偵は、犯人の動機がサイバーインプラントと関係していることに気づく。サイバーパンク風のガジェットと伝統的ミステリのプロットを巧みに組み合わせてみせる作品。


『ループのなかで』
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(最悪なのは)とカイラは考えた。(人間は、決断しなくてはならないという経験のせいで壊れる可能性があることよ)
「そういう決断を人間から取りのぞいてやり、個々人を意思決定ループからはずしてやれば、結果として付随するダメージは少なくなり、もっと人道的で文明的な形態の戦争ができるはずだ」
――――
単行本p.210

 地球の裏側にある戦場を飛ぶ攻撃ドローン。それを遠隔操縦する仕事をしていた父は、誰をいつ撃つかを決断しなければならない重圧のために破滅する。娘はそのような悲劇が二度と起きないようにと、攻撃の自律判断を行うルーチンをドローンに組みこむ仕事に取り組む。だが、ソウトウェアに判断を任せることが「人道的で文明的な戦争の形態」なのだろうか。自律戦闘ロボット開発をめぐる倫理的問題に踏みこむ作品。


『状態変化』
――――
 リナは一台一台のドアをあけて中をのぞき込んだ。ほぼ毎回、ほとんどの冷蔵庫は空っぽに近かった。だがそれはどうでもよかった。冷蔵庫をいっぱいにすることに興味はなかった。チェックすること自体が生死にかかわる問題なのだ。魂の保存にかかわる問題なのだ。
――――
単行本p.227

 物品として具現化する魂。それを失いたくなければ、いつも身体のそばに置いておかなければならない。リナの魂は小さな氷だった。溶けてしまえば彼女は死ぬ。常に魂を入れた保温容器を持ち歩き、冷凍庫から冷凍庫へと移動するばかりの人生。誰とも付き合わず、ひたすら孤独な、それこそ氷のように生きてきたリナは、自分のそんな生き方に疑問を持つが……。人生の在り方を非常に即物的に具現化してみせる寓話的作品。


『パーフェクト・マッチ』
――――
われわれは今やサイボーグ民族なんだ。ずっと前にわれわれの精神をエレクトロニクスの領域に拡張しはじめた、そしてもはやわれわれ自身のすべてを自分の脳髄に無理やりもどすのは不可能なんだ。
――――
単行本p.279

 ネットに生活の隅々まで完璧に把握され、自分が何を選ぶか、いや好むかすら、自分で決めることは出来ない。そんな社会に疑問を持った男は、システム破壊を目指すグループに協力するが……。私たちのプライバシー情報を把握し、手に入る情報を勝手に取捨選択し編集しているグーグルやアマゾン。現代人の生活を風刺する作品。


『カサンドラ』
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 やつのせいでわたしはジレンマに陥る。わたしが未来を変えることに成功すれば、わたしの予知視はまちがっていたことになる。成功しなければ、そうなったのはわたしのせいだと言われるだろう。でも何もしなければ、わたしは自分を許すことができない。
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単行本p.303

 凶悪犯罪を引き起こす者があらかじめ分かってしまう予知能力に目覚めた女。先に相手を殺すことで大規模犯罪を阻止できることに気づいた彼女は、次々とターゲット抹殺を試みる。だが、彼女の前に現れた強力な敵。真っ赤なケープをなびかせ空を飛び、胸に「S」のマークを付けた男。人の自由意思とアメリカの正義を信じ、悲劇が起きた後でカメラに向かって「必ず犯人を捕まえる」とか言うだけの傲慢でいけすかない男。彼女ならわずかな犠牲で悲劇を阻止できるのに……。テロや大規模犯罪を防ぐためなら予防的逮捕や予防的排除を正当化できるか、という問題に思わぬ方向から切り込んでゆく作品。


『残されし者』
――――
〈シンギュラリティ〉以後、ほとんどの人間は死ぬことを選んだ。
 死んだ者たちはおれたちを哀れみ、“取り残されし者”とおれたちを呼ぶ――まるで間に合うあいだに救命ボートに乗りこめなかった不運な人々だとでもいうように。彼らはおれたちが取り残されることを選んだのだとは考え及びもしない。そして毎年毎年しつこく、おれたちの子どもを盗もうとする。
――――
単行本p.311

 コンピュータ上の仮想空間に意識をアップロードする技術が実用化された時代。だが、アップロードの際に脳は破壊される。ほとんどの人がアップロードして永遠に存在することを選んだが、アップロードを自殺だと考える少数派は断固として拒否していた。劇的な生活の変化を前にして生ずる深刻な対立を親子の葛藤に重ねて描く作品。


『上級読者のための比較認知科学絵本』
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 異なる世界に属する恋人たちの避けがたい別れについて、ぼくたちが語る物語はたくさんある。セルキー、姑獲鳥、天の羽衣、白鳥の乙女……。それらの物語に共通するのは、恋人同士の片方が、もう片方を変えられると信じているということだ。けれども実際は、彼らの愛の土台を形作っているのは二人の相違、変化への抵抗なのだ。やがて古いアザラシの毛皮や羽毛の肩掛けが見つかる日が来る――海や空へ帰るときが来たのだ。最愛の人の真の故郷である神秘的な世界へ。
――――
単行本p.348

 宇宙、そして異星文明探査に憧れる女。そんな彼女に恋した男。二人は結婚し、子供も生まれたのに、彼女は地球を離れ二度と戻れない旅に出ると言い出す。異星文明とのコンタクトのために、太陽が作り出す重力レンズのフォーカスポイントへと向かうのだ。残される子供のために、彼女は一冊の絵本を残す。想像力とSF魂にあふれた絵本を。著者の作風を象徴するかのような古風かつ型破りな物語。


『訴訟師と猿の王』
――――
権力を握った連中はいつだって、過去を消して黙らせたい、幽霊を埋葬したいと思うようになる。おまえはもう過去について学んだんだから、何も知らない傍観者ではいられない。おまえが行動しなければ、皇帝と血滴子によるこの新たな暴力、この抹消行為に加担することになる。
――――
単行本p.374

 正史から抹消された揚州大虐殺。その史実を伝えるべく目撃者が残した文書を守るために、命を捨てるべきなのか。それまで口先の弁論術だけで生きてきた訴訟師(弁護士)が、初めてぎりぎりの決断を迫られる。都合が悪い大虐殺を「なかった」ことにする歴史修正主義の暴威と、命を捨ててもそれに抵抗する者たち。日本の読者にとっても他人事ではない物語。『草を結びて環を銜えん』と合わせて読むべき作品。


『万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語』
――――
「わしが子どものころ、世のなかには五つしか味がなく、この世のあらゆる喜びや悲しみは、その五つの味をさまざまに混ぜ合わせたものから成り立っていると教わった。わしはそれからいろいろ学んで、それが間違っているのを知った。どの土地にも、そこに新しい味があるのだ。ウイスキーはアメリカの味だ」
――――
単行本p.403

 19世紀、アメリカ。アイダホの鉱山町に住む一人の少女が、不思議な中国の老人と出会う。親しくなるにつれ、老人は昔話をしてくれる。いかにして劉備や張飛と義兄弟となったか、赤兎馬にまたがり曹操軍の勇猛な武将たちを蹴散らしたときの話。中国からアメリカへの移民史を背景に、異なる文化のコンタクトと相互理解を活き活きと描いた作品。著者の経歴を連想せずにはいられない作品で、本書収録作品中、個人的に最もお気に入り。


『『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」』
――――
 長距離貨物輸送ツェッペリンは、揚力や速度でボーイング747と競合できないが、燃料効率と二酸化炭素排出量では、楽勝であり、陸上および海上輸送よりはるかに速い。アイクとわたしがいましているように蘭州からラスヴェガスまでいくのに、陸上および海上輸送では最速でも三、四週間かかるだろう
――――
単行本p.489

 中国からアメリカまで貨物を運ぶ長距離貨物輸送飛行船。その乗組員の生活を取材した記者が『輸送年報』に書いた記事、という体裁で、飛行船が長距離輸送の主役になった世界を描く改変歴史もの。飛行船の運行は臨場感たっぷりで、あり得たかもしれない「飛行船が空の主役となった世界」に憧れずにはいられません。



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『海に沈んだ大陸の謎 最新科学が解き明かす激動の地球史』(佐野貴司) [読書(サイエンス)]

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海山や海洋島のような小規模な高まりとは違い、幅が1000kmを超える広大な海底の台地が西太平洋にはいくつか存在します。これらは「巨大海台」とよばれています。中には高さが3000mを超えるものもあります。
(中略)
 ヌル教授たちは、これら巨大海台の構造や性質が周囲の海洋底とは違うため、大陸の一部であると考えました。かつて南半球に存在した巨大な大陸が分裂し、太平洋に散らばって巨大海台となっていると主張したのです。
――――
新書版p.23、24


 かつて太平洋に存在し、天変地異により海に沈んだという幻の大陸。ムー大陸は、はたして実在したのだろうか。パシフィカ大陸、ジーランディア大陸など、解明されつつある「海に沈んだ大陸」研究の最新成果を一般向けに紹介するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年7月、Kindle版配信は2017年7月です。

 太平洋の海底に存在する巨大海台、それはかつて存在した大陸の断片なのか。そもそも大陸とは何か、どのようにして出来たのか。最新の地球科学が明らかにしつつある大陸の姿を解説する一冊です。全体は6つの章から構成されています。


「第1章 ムー大陸は本当にあったのか?」
――――
 西太平洋の海底に散らばっている巨大海台は、かつて陸であったとしても、個々の面積に注目すると島とよぶしかなく、やはり幻のムー大陸に匹敵するとはいえません。世界最大の島であるグリーンランドよりも大きな巨大海台は存在しないのです。しかし、ヌル教授らが提案したように、太平洋の巨大海台が集合してひとつづきの陸を形成していたとしたら話は別です。すべての巨大海台を合わせた面積は約900万平方キロメートルもあり、これはオーストラリア大陸の面積(769万平方キロメートル)を超えます。
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新書版p.32

 南太平洋に点在する巨大海台はかつて一つの大陸を構成していた、という衝撃的な仮説とその真偽をめぐる議論を紹介します。


「第2章 南太平洋の失われた大陸」
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今世紀に入ってからも、継続的な海洋調査により熱残留磁化データは蓄積され、過去のプレート運動が詳細に復元されつつあります。太平洋の多くの地域で詳細な海底地形の調査も進み、パシフィカ大陸の存在の検証を可能にする材料が集まってきました。
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新書版p.82

 かつて南太平洋に「パシフィカ大陸」が存在した。もしこの仮説が正しいとしたら、どうして大陸は散り散りになって巨大海台と化したのか。大陸移動メカニズム=プレートテクトニクスの基礎から最新情報までを解説します。


「第3章 そもそも大陸とはなにか? その材料と成り立ち」
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地学の世界では、大陸と海洋を区別する基準は海水の有無ではありません。(中略)大陸の一部は標高が0kmよりも低く、海水に覆われていますが、地学の世界では、この部分も大陸とみなします。海底に存在する「大陸棚」という地形をご存じかと思いますが、これが大陸のうちで海水に覆われた部分です。大陸棚も含めた大陸地殻の面積は地球表面の40%にもなり、これは陸の面積の割合である30%を10%も上まっています。
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新書版p.88

 そもそも大陸とは何か、その組成は海底とどのように異なるのか。「海に沈んだ大陸」の存在を検証するために必要な基礎知識を解説します。


「第4章 大陸形成の歴史」
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 それでは、年代とともに大陸がどのように成長していったのかを見てみましょう。図4-6に、著名な4人の研究者たちがそれぞれ提案した大陸の成長史を示しました。
(中略)
 一見しただけで、4つの成長史に大きな違いがあることに気がつきます。地質学の世界では、各研究者の主張がこれだけ大きく異なることはまれです。つまり、大陸の成長史は、地質学において最も解明が進んでいない問題の一つなのです。
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新書版p.146

 大陸はどのように形成されたのか。「地質学において最も解明が進んでいない問題の一つ」である大陸形成史に関する最新情報を解説します。


「第5章 第七の大陸は実在する!」
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 海に沈む複数の大陸の中で「第七の大陸」とよべそうなのは、ニュージーランドを含む「ジーランディア」です。(中略)このジーランディアの面積は、およそ400万平方キロメートルにもなり、世界最大の島であるグリーンランド(217万平方キロメートル)の2倍近い広さがあります。そのため、オーストラリア大陸(769万平方キロメートル)に次ぐ世界7番目の大陸だという地質学者もいます。そこで、今後は「ジーランディア大陸」とよぶことにしましょう。ただし大陸といっても、その大部分は海面下に存在しています。
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新書版p.175

 大部分が海面下にありながら、地質学的に「大陸」であるジーランディア。まさしく海に沈んだ大陸であるジーランディアに関する研究成果を解説します。


「第6章 大陸沈没を超える天変地異」
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 ムー大陸やアトランティス大陸の伝説が広く興味を持たれている理由は、大陸が沈んだという現象よりも、天変地異によって国や文明が滅んだという悲劇をはらんでいるからでしょう。その証拠に、ムー大陸伝説を紹介した本はいずれも、優れた文明が大洪水に襲われて壊滅したという悲劇を克明に記述しています。その一方で、大陸が海に沈むメカニズムについて説明・検証した本はありませんでした。ムー大陸が沈んだメカニズムを地質学的に検証したのは、おそらく本書が最初でしょう。
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新書版p.198

 大陸を沈めるほどの大規模な天変地異。しかし地球がこれまで経験してきた天変地異のスケールは、そんなものではありませんでした。超巨大火山噴火、巨大隕石衝突など、地質学が取り組んできた巨大天変地異に関する研究を解説します。


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『イマジネーション・レコード』(矢内原美邦、ニブロール) [ダンス]

 2017年9月3日は、夫婦でKAAT神奈川芸術劇場に行って矢内原美邦さん率いるニブロールの新作公演を鑑賞しました。4名の役者と3名のダンサー、計7名が踊る70分の作品です。


[キャスト]

振付・演出: 矢内原美邦
映像: 高橋啓祐
音楽: SKANK/スカンク
衣装デザイン: 田中洋介
出演:浅沼圭、石垣文子、大熊聡美、中西良介、藤村昇太郎、皆戸麻衣、村岡哲至


 舞台上には円形のエリア。ここに映像が投影されると共に、出演者たちが踊ります。舞台上方にはそれぞれ畳サイズの半透明スクリーンが7枚、天井から吊られています。ここにも映像が投影されることに。他に、舞台左右にそれぞれ2枚ずつ、計4枚の半透明スクリーン、そして2脚の机が置かれており、そう、やはり映像が投影されます。

 映像と音楽とパフォーマンスの一体感は素晴らしく、映像を背景に踊っているというより、映像に囲まれ映像の中で踊っている、という感じです。最後には吊られていたスクリーンも着地して、7枚のスクリーンと床に投影された映像に包み込まれるようにして動き続けるのです。

 モダンダンスのような動きも使われていますが、中心となるのは「ポーズをつけながらの早口長セリフ、しばしば絶叫」という動きです。絶叫しながら倒れる、という動作が何度も繰り返され、緊迫感と切実感を高めてゆきます。

 同じセリフが複数の出演者間で持ち回りされるため、さらには衣装もさり気なく変更されてゆくため、登場人物らしき人々のアイデンティティは非常に希薄に感じられます。というより、誰が誰であるか、言及される過去や経験が誰のものであるのか、登場人物たちにも分かってない、という感じ。わざわざ自撮り棒を使って他人を撮影する、撮影された人は文句をつけながらもついついインスタ映えする決めポーズをとってしまう、という場面など、可笑しい滑稽なシーンのはずなのに、全然笑えないというか、寒々しさを感じます。

 失われるのはアイデンティティだけでなく、映像マジックにより過去・現在・未来、という区切りも失われてゆきます。セリフの意味も、状況も。ただ「逃げろーっ」とか「助けてっ」とか「うそつき!」とか、そういう叫び声が災害(特に津波)や流言・デマの流布という印象を強めてゆきます。

 70分というそれなりの長丁場ながら、最初から最後まで緊迫感が途切れないのは凄い。ずっと走り、叫び続けた出演者たちの体力にも感服させられます。終演後、全員汗だくで息を切らしていたのですが、あの状態で長いセリフを流暢に発声し絶叫しダッシュし足踏みしていたのかと思うと……。


タグ:矢内原美邦
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