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『星の林に月の船 声で楽しむ和歌・俳句』(大岡信:編) [読書(小説・詩)]

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天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
                柿本人麻呂歌集

中国の漢詩文からの影響、あるいはヒントがいろいろ指摘されている歌ですが、日本の古代詩歌で、これほど見事に天空の豊かさを幻想的にえがいた歌は他に見当たりません。
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文庫版p.21


 万葉集から近代詩歌まで、小中学生のために知っておくべき名作を選んで紹介する和歌・俳句の入門書。文庫版(岩波書店)出版は2005年6月です。


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詩歌作品は、年齢の上下によって理解できたりできなかったりするようなものではありません。ただ、使われていることばを理解するのに、少し背伸びをしなければならない、ということはあり得ます。背伸びしてでも、ちょっとむつかしいものに挑戦してみてほしい――本書を読んでくれる人たちには、そんなことも言ってみたい気持ちがあります。詩歌を楽しむということは、ことばの世界への探検旅行であると思うからです。
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文庫版p.10


「千数百年のあいだに日本語によってつくられてきたたくさんの詩歌作品の中から、小・中学生のみなさんにとって興味深いかもしれないと感じた作品を、選びだし時代の流れにそって配列したもの」(文庫版p.10)ですが、どの年齢で読んでも楽しめる一冊。全体は5つのパートから構成されており、年代順に並んでいます。


『星の林に月の船  『万葉集』から』
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萩の花 尾花葛花 瞿麦の花
女郎花 また藤袴 朝貌の花
                山上憶良

憶良は人生の苦悩、社会の矛盾、また妻子への愛情をはばからずに歌った、すぐれた歌人でしたが、時には花の名前をならべるだけのこんな楽しい歌もつくっています。このような歌は平凡なようで、知恵と知識がないとつくれません。
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文庫版p.30


『都ぞ春の錦なりける  『古今和歌集』『新古今和歌集』から』
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わが君は 千代に八千代に さざれ石の
いはほとなりて 苔のむすまで
                よみ人しらず

『君が代』の原歌です。「わが君は」ということばが現在のような「君が世は」に変わったのは、『古今和歌集』から百年ぐらいあとの『和漢郎詠集』からだと言われています。「君」は、あなた。かならずしも天皇を指すことばではありません。
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文庫版p.58


『舞へ舞へかたつぶり  中世の詩歌』
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月は船 星は白波 雲は海
いかに漕ぐらん
桂男は ただ一人して
                梁塵秘抄

古代から、夜空を大海原に見立てる想像力は、人びとにとっての一つの型だったのかもしれません。ただ一つちがっているのは、『梁塵秘抄』のこの歌には、月に住む仙人といわれる「桂男」が、あらわれていることです。「桂男」は美男子といわれていますから、「ただ一人して」というのは、どこか孤独な影を感じさせます。
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文庫版p.100


『鼠のなめる隅田川  江戸の詩歌』
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世の中に こひしきものは はまべなる
さゞいのからの ふたにぞありける
                良寛

 この世で何よりも恋しいものは、浜辺にころがっているさざえの殻のふただ。
 へんなものを恋しがっているものだと思いますが、この歌と同じときに弟にあてた手紙に、「目ぐすり入りの壺のふたによろしく」とありますから、海岸で適当な形のさざえのふたを探してほしいとたのんでいるわけです。
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文庫版p.141


『柿くへば鐘が鳴るなり  明治以降の詩歌』
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てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
                安西冬衛

これは「春」と題する有名な一行詩。文末に句点「。」があります。「韃靼海峡」はサハリン北部とシベリア大陸との間にある間宮海峡のこと。「てふてふ」は蝶々の古いかなづかいですが、蝶々の飛びかたが目に見える感じがします。
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文庫版p.193



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