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『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(森山至貴) [読書(教養)]

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 セクシュアルマイノリティに対する無知に基づく一方的な(仮に肯定的なものであるにせよ)意味づけが批判されるべきなのは、単に知らないだけでなく、積極的に知らないままにしておこう、多様な性の正確な把握に踏み込まないようにしようという欲望に裏打ちされているからです。表向きの好感の背後で「自分とは関係のない、よくわからない人たち」という感覚を手放そうとしない欺瞞、とも言えるかもしれません。
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Kindle版No.230

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見えてくるのは、セクシュアルマイノリティの個々の違いは考慮する必要がなく、とりあえず「LGBT」という目新しい言葉で括っておけば「良心的」な側に立てる、という報道のあり方です。性に関して「普通でない」人々を、知ろうとしないまま括っておける、それでいて語る側を「良心的」に見せる便利な総称として「LGBT」という言葉が使われています
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Kindle版No.269

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とりわけ、「LGBT」という言葉がこれほどまでに商業・消費の場面において使われているのを観察すると、「LGBT」という言葉はもはや、差別是正ではなくむしろ差別の隠蔽の指標として重要になっているとすら言えそうです。「LGBT」と誰かが言う場面では金が動いていて、さらに格差がそこに存在している、という経験則すら、私には妥当なように思われます。
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Kindle版No.1904


 差別をなくすためには、みんなが良心的になればいいのだろうか?
 セクシャルマイノリティに対する「善意」に基づいた差別や抑圧と戦うために、あるいは差別への加担を避けるために、必要な知識と、社会における多様な「性」の在り方について考える強力なツールでもあるクィア・スタディーズについて、基礎から学ぶための一冊。新書版(筑摩書房)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。


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 本書の肝となるのは、クィア・スタディーズという、性の多様性を扱うための比較的新しい学問領域です。クィア・スタディーズには、それまでの多様な性のあり方に関する研究にはなかった基本的発想や、それに基づいて生まれたいくつもの重要なキーワードがあります。現代の多様な性のあり方を分析するのにこれらの道具立てが「使える」ことを示すことが、本書のゴール地点です。ここまで達することができれば、かなりハードルの高い「もっときちんと知りたい」という欲求にも応えることができるはずです。
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Kindle版No.93


 全体は8つの章から構成されています。


「第1章 良心ではなく知識が必要な理由」
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「良心」に基づく差別をなくすには、仮にそれがよいものであろうと悪いものであろうと、投影されるイメージを確実な知識に置き換えていかねばなりません。ポイントは「よいものであろうと」の部分です。イメージの投影そのものが差別の温床であるのならば、「褒めている、持ち上げている」のだからかまわないわけではない、と考えることが重要です。
 だからこそ、「普通」を押しつけないため、差別をしないためには知識が、もっと踏み込んで言うならば学問が必要なのです。
(中略)
独りよがりで知ったかぶりの「いい人」アピールよりも、正確な知識を持っていることの方が、他者を差別しないためには重要なのです。じっくりと冷静に知識を得ることで、自称「いい人」から多くの人が脱皮することが、差別のない世の中を作る一番の近道だと、私は考えています。
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Kindle版No.301、322

 今も多くのセクシャルマイノリティを傷つけ続けている、「普通」の性を生きろ、という圧力。社会からこのような差別をなくしてゆくために必要なのは、良心や道徳ではなく知識であることを示し、学問というアプローチの意義を説明します。


「第2章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか」
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性の多様性を擁護する主張は、ともすると「なんでもあり」で片付けられがちですが、「なんでもあり」という浅い理解と共感は「大きな勘違い」と「知ったかぶり」の温床でもあります。いくつかの概念に基づき、「LGBT」の各項目を関連づけたり対比させたりしながら丁寧に理解していくことで、性の多様性をひとまずは一枚の地図の上に整理された形で描きましょう。
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Kindle版No.379

 第一歩として、性的指向、ジェンダー、性自認、といった基本概念を用いて、LGBTについて順番に解説してゆきます。同時に、ありがちな誤解や偏見を解いてゆきます。基本を理解させた上で、「性的指向という概念は、多様な性愛をとりあえず分類するには便利ですが、人々の性愛のリアリティを十分に掬い上げることができるほど万能ではありません」(Kindle版No.486)ということ、LGBTという言葉でまとめることで多くの重要なことがこぼれ落ちてしまうことを指摘します。


「第3章 レズビアン/ゲイの歴史」
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 ここまでの議論を、「同性愛(者)は大昔から存在した」という論は間違っている、という観点からまとめ直してみます。そのことで、本章の説明を振り返ると同時に、同性愛者の運動や政治的発言を無力化しようとするある種のレトリックが決定的な錯誤に満ちていることを明らかにできるからです。
(中略)
有名無名を問わず多くの同性愛者がそれぞれの場所で積み重ねた営為が、依然として差別は多いものの、かつてよりはずっと同性愛者にとって住みやすい社会を作ってきたという意義は、強調してもし過ぎることはありません。
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Kindle版No.818、860

 同性愛という概念の誕生が人々の考え方を変え、様々な社会状況を生み出していった、その歴史を簡単にふりかえります。ゲイ解放運動、レズビアンの社会運動、そしてフェミニズム。対立や葛藤を含む錯綜した歴史から、クィア・スタディーズへと続く流れを理解させます。


「第4章 トランスジェンダーの誤解をとく」
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 トランスヴェスタイト、トランスセクシュアル、トランスジェンダーと、割り当てられた「性別」と異なる性別を生きる経験に対する適切な名称を発明し、積み重ねる形で、現在の(広義の)トランスジェンダー概念は形作られました。当初「同性愛」と同一視されていた人々は、1990年代以降に完全に「トランスジェンダー」と名づけられ、別の性のあり方を生きる者とみなされるようになったのです。
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Kindle版No.1050

 トランスジェンダーという概念は、割り当てられた「性別」とは異なる性別を生きる人々に対する理解をどのように変えていったのか。同性愛者との混同、ゲイ解放運動による抑圧、フェミニストからの攻撃。トランスジェンダーが辿ってきた複雑な歴史をふりかえります。


「第5章 クィア・スタディーズの誕生」
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HIV/AIDSの問題およびポスト構造主義の影響を概括することで、クィア・スタディーズの基本的な視座とその重要性がより明確に理解できるはずです。つまり、解決のために新しい発想を必要とする問題の存在と、新しい発想を提供する学問潮流が出会ったから、今までとは違う視座からなされる一連の重要な研究が生まれたということです。
(中略)
何をもってクィア・スタディーズかを明確に定めることはできませんが、「ほとんどの場合セクシュアルマイノリティを、あるいは少なくとも性に関する何らかの現象を、差異に基づく連帯・否定的な価値の転倒・アイデンティティへの疑義といった視座に基づいて分析・考察する学問」がクィア・スタディーズの最大公約数的な説明となります。
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Kindle版No.1133、1330

 クィア・スタディーズの成立に至る歴史的経緯と、その基本的視座を紹介します。


「第6章 五つの基本概念」
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 本章では、クィア・スタディーズの基本概念、いわば専門用語をいくつかとりあげ解きほぐしていくことで、クィア・スタディーズが何を問いとしているのかをおおまかに理解することを試みます。これらの専門用語は具体的な題材に関する研究から生まれたと同時に、個別の文脈を越えて用いられる頻度の高いものでもあります。
(中略)
 またこの五つの概念からは、クィア・スタディーズ内での主要な問題関心の蓄積の歴史を見て取ることができます。フェミニズムからの強い影響を受けた時代(パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル)、セクシュアルマイノリティ間の連帯の方法を模索する時代(ヘテロノーマティヴィティ)、セクシュアルマイノリティの間の格差や、既存の差別的な社会体制のセクシュアルマイノリティ自身による強化を問題視する時代(新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム)と、クィア・スタディーズも変化し続けているのです。
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Kindle版No.1367、1619

 パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル、ヘテロノーマティヴィティ、新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム。これら五つの基本概念の解説を通じて、クィア・スタディーズの問題意識を把握できるようにします。


「第7章 日本社会をクィアに読みとく」
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 クィア・スタディーズの視座を同性婚・同性パートナーシップの議論に持ち込むと、多くのそれまで見えてこなかった論点が浮かび上がってきます。「結婚は男と女のもの」対「性別にかかわらずすべてのカップルに結婚制度を」という対立に問題を単純化せず、細かな論点を洗い出し、よりよい(婚姻・パートナーシップを含むさまざまな)制度設計へとつなげるために、クィア・スタディーズにできることは存外多いと言えそうです。
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Kindle版No.1778

 同性婚、性同一性障害、という二つのトピックを取り上げ、クィア・スタディーズの有効性を例証します。クィア・スタディーズの視座を応用することで、現代日本における社会問題を掘り下げてゆけることを示しつつ、セクシャルマイノリティ問題の背後にも、経済的搾取、所得格差、労働問題などの社会問題が重く横たわっていることを明らかにします。


「第8章 「入門編」の先へ」
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 選挙やデモやその他の社会運動においてさまざまな人が掲げている理念や政策を吟味する際、クィア・スタディーズはその本領を遺憾なく発揮します。「正しい」とされる性道徳の差別性や、一部のセクシュアルマイノリティにとっての「正しさ」が他のセクシュアルマイノリティを傷つける可能性などをいち早く察知し、警告を発することはクィア・スタディーズが得意とするところです。
 正しさに関する厳格な基準を自らに課してきた学問としてのクィア・スタディーズこそが持つこの種の軌道修正の能力こそ、クィア・スタディーズの魅力であり、クィア・スタディーズを学ぶものが身につけるべき知性の内実だと私は考えています。
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Kindle版No.2051

 本書全体の構成を振り返り復習しつつ、クィア・スタディーズという強力なツールを実践する道をひらきます。さらに先へ進んでゆくための道しるべとして、充実した推薦図書リストが付いています。



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