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『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(川上和人) [読書(サイエンス)]

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鳥類学の成果はあまり世間に知られていない。これでは、人類が刻んできた文化に対して、申し訳が立たない。おそらく、一般に名前が知られている鳥類学者は、ジェームズ・ボンドぐらいであろう。英国秘密情報部勤務に同姓同名がいるが、彼の名は実在の鳥類学者から命名されたのだ。隠密であるスパイに知名度で負けているというのは、実に由々しき事態である。スパイの名前が有名ということも、英国秘密情報部としては由々しき事態である。
 実利の小さい学問の存在理由は、人類の知的好奇心である。縄文人の土偶製作も、火星人の破壊工作も、ダウ平均株価には一切影響を与えない。それでも人は土偶や火星人の動向を知りたくてしょうがない。
 しかし、好奇心があってもきっかけがなければ、興味の扉を開くどころか扉の存在に気付きもしない。鳥類学者を友人に持たぬことは、読者諸氏にとって大きな損失である。そこで、ボンドに代わって鳥類学者を代表し、その損失を勝手に補填することに決めた。
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単行本p.4


 あるときは絶海の孤島に挑み、またあるときは外来種駆除に駆け回り、ときにキョロちゃんの生息環境やジオングの頭部が赤くない理由を考察する。知られざる鳥類学者の生態を紹介してくれる鳥類学者ウォッチングガイド。単行本(新潮社)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年5月です。

 以前に著者による『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』を読んで、そのユーモラスな文章に驚いたことがあります。ちなみに紹介はこちら。

  2015年03月27日の日記
  『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-03-27

 本作は鳥類学者の研究活動や生活について紹介する本です。内容は非常に真面目なのに、やはり最初から最後まで強引に笑わせに来るというのがすごい。全体は6つの章から構成されています。


「第1章 鳥類学者には、絶海の孤島がよく似合う」
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 夜の沖縄にはハブがいる。夜の海にはサメがいる。夜の中南米にはチュパカブラがいる。しかし、小笠原の無人島にはいずれもいない。夜間調査では比較的安全である。おかげで、私はあまりにも油断していた。
 入念に油断を研ぎすませていた丑三つ時、突如として頭に暴力的な衝撃が走った。
 頭がガンガンする! いや、バタバタする! さらに、ギチギチする! エイリアンに脳を乗っ取られたかのような強烈な頭痛だ。ワケがわからない。
(中略)
 頭の中に、虫がいる。
 夜間調査にヘッドランプは欠かせない。しかしランプには虫が寄ってくる。光に魅入られた蛾が耳穴に飛び込んだのだ。世界はこんなに広いのに、なぜその軌道を選んだ。
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単行本p.46

 鳥類研究のために絶海の孤島を駆け回る鳥類学者の生態を紹介します。


「第2章 鳥類学者、絶海の孤島で死にそうになる」
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 霧の中に点々と鳥の死体が落ちている。日常生活では、鳥の死体は反物質と対消滅してしまうため目にする機会は少ないが、南硫黄島には反物質がないので消滅しない。それどころか、ネズミやカラスなど死体を食べる脊椎動物もおらず、死体はゆっくり分解される。よく見ると、蔓や枝にも死体が引っかかっている。生体よりも死体が好きな私には、天国のような地獄絵図である。
(中略)
 突如わき上がったのは、口内の不快感と嘔吐の声だった。ランプに集まる無数の小バエが、呼吸とともに口と鼻から侵入してくる。このまま電送機にかけられたら、恐怖のハエ男も夢じゃない。死体天国は、分解者たるハエ天国でもあったのだ。豊かな死体に支えられた豊満なハエどもが、息のたびに肺腑に達する。
 もちろん息と共にハエも吐くが、不思議なことに入ったハエより出て行く数の方が少ない。
(中略)
 血の付いた手を洗うべく海水に指をひたす。次の瞬間、水中の石の隙間からエイリアンの口吻が飛び出してくる。鳥を殺した報復かと思ったが、そうではない。気味の悪い小型ウツボが血の臭いに反応したのだ。紙一重で避けると、一瞬前まで指のあった場所で数匹が絡みのたうつ。一見平和な自然の情景も突然牙をむく。
(中略)
 持ち帰ったサンプルを分析している頃、南硫黄島の映像がテレビで放映された。調査には映像記録班が同行していたのだ。そうして吃驚仰天した。なんと、画面に映った南硫黄島は非常に美しかったのだ。これは私の知る島じゃない。足元の死屍累々、未だ口内に感触の蘇るハエ呼吸、波打ち際にのたうつ地球外生命体こそが、あの島の真実である。
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単行本p.61

 南硫黄島の調査、それはどのような体験だったのか。臨場感たっぷりに語ります。


「第3章 鳥類学者は、偏愛する」
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ハイジとペーターには気の毒だが、小笠原では1970年ごろからヤギ駆除が実施されることになった。
 生態系保全といえば聞こえは良いが、現実は大型哺乳類を殺す行為である。これに抵抗を持つ人もいるだろう。実際のところ、駆除事業に対して厳しい意見が寄せられたこともある。しかし、放置するのは容易いが、目の前で進化の歴史性が失われていくのを見過ごすことはできない。何もしないことは現状維持にはならないのだ。研究者は殺しを推奨し、担当者は文字通り血と汗にまみれる。環境保全という綺麗な言葉の裏にある泥臭い現実を忘れてはならない。
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単行本p.80

 標本収集、外来種駆除、鳥の糞を経由して島へ渡るカタツムリ、鳥の頭部が赤く進化したのはシャア専用ザクと同じ理由なのかどうか。鳥類学者の幅広い研究活動を伝えます。


「第4章 鳥類学者、かく考えり」
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 毒による駆除はしばしば賛否の議論を引き起こすが、ネズミの存続により失われる生命と生物多様性を考えると、効率的な駆除の推進は不可欠である。
 その一方でネズミは生態系の中で重要な役割を果たしている。それは、オガサワラノスリの食物となることだ。この鳥は小笠原に固有のタカで、その食物の約半分がネズミとなっている。このため、ネズミがいなくなると彼らは食物不足に陥るのだ。私が調査している西島では、ネズミ駆除後にノスリが姿を消してしまった。別の無人島では駆除後にノスリの繁殖成功度が低下している。ノスリにとってネズミの喪失は、小麦粉抜きのお好み焼きに匹敵する衝撃的な事象である。それじゃただの野菜炒めだ。
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単行本p.126

 なぜ回転運動により移動する動物がいないのか。森永チョコボールのキョロちゃんはどのような環境で進化してきた鳥なのか。熊に襲われたとき「死んだふり」をしても本当に無駄なのだろうか。たとえ暇そうに見えるときでも、鳥類学者は常に鳥について考えていることを教えてくれます。


「第5章 鳥類学者、何をか恐れん」
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シカの研究をしている上司が、茶飲み話にニホンジカを襲うハシブトガラスを見たと話してくれた。まぁそんなこともあるだろう。奈良公園ではカラスがシカの耳にシカ糞を詰め込んで遊ぶという話を師匠から聞いたこともある。しかし、今回の襲い方は尋常ではなかった。なんと、血を吸うというのだ。(中略)こんな興味深いテーマを茶飲み話で終わらせるのはもったいない。シカの生き血をすする恐怖のカラスについて、早速論文にまとめることにした。
(中略)
 カラスはシカの背中をつついて皮膚を傷つけ、にじみ出た血液を飲む。思ったより地味だな。私の脳内には、嘴を突き刺してチュウチュウと血を吸うキャトルミューティレーション的カラカラ死体が横たわっていたが、事実は空想より凡なり。シカには悪いが若干残念だ。とはいえ、時には治療が必要なほど大きな傷を開けることもあるそうだ。
 そんなにされて、シカはイヤじゃなかったのだろうか。狙われるのは主に老齢の雌で、どうやら諦めムードが漂っていたようだ。壮絶なイジメにより無気力化していたのである。
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単行本p.168、169

 研究途中で突如コーヒー農場と化してしまったインドネシアの調査地。小笠原のヒヨドリに関する意外な事実の発見。吸血カラスの調査研究。鳥類学者の奮闘を描きます。


「第6章 鳥類学者にだって、語りたくない夜もある」
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 チャンスから目を背け、後でやるつもりだと8月下旬の小学生のような言い訳をしながら、私はこの件をのらりくらりとほったらかしてしまった。
 そして2011年8月を迎えたのである。
 ブライアンズ・シアウォーターは、アメリカにとって37年ぶりとなる新種の鳥として大々的に報道された。
 あぁ、やってしまった。いや、やらないでしまった。
 研究の世界は論文を書いたもの勝ちだ。いかに先に事実を知っても、論文化されていなければ学術的には存在しないと言える。私の怠惰が、日本からの鳥の新種記載という千載一遇の好機を失する結果を生んだのだ。
 日本では鳥の調査が進んでいる。おそらく国内で未発見の鳥が見つかることは金輪際ないだろう。私は最後のチャンスを逃したA級戦犯なのである。
(中略)
 罪の意識から早く解放されたくて、急いで報道発表する。絶滅を心配された種が見つかったのだから、もちろんめでたい話として受け入れられた。しかし一歩間違えなければ、これは小笠原での新種発見譚として語られたはずだ。
 再発見の喜びの笑みを浮かべて取材を受けていた私は張りぼてである。笑顔の裏で、栄誉あるチャンスを逃した後悔にむせび、血の涙をこらえながら取材に答えていたのである。
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単行本p.181

 新種発見の栄誉を逃した話、英語が下手な学者は国際学会をどのようにしのぐのか、リンゴジュースが赤くない理由、そして潜水性の恐竜が存在しないという謎。鳥類学者が気にする様々な話題が並びます。



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