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『日時計』(シャーリイ・ジャクスン、渡辺庸子:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「わたしたちはすでに、すべてのメッセージを受け取りました。それで、これはまだ、わかったばかりのことですが、宇宙人がやって来るのは――」
「宇宙人?」ハロラン夫人が小さくつぶやいた。
「宇宙人ですよ、土星からの。なぜ? あなた方だって――」
「いいえ、まったく」と、ハロラン夫人。
「とにかく、こちらの知るところでは、彼らがやって来るのは、八月の終わり頃になる予定です」
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単行本p.139


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「外の世界はね、ファンシー、屋敷を囲む塀の向こう側にぐるりと広がる世界は、本物じゃないの。内側にあるこの場所は本物。わたしたちは本物よ。でも、外側にあるものは、厚紙だの、プラスチックだので出来上がっているようなものでね。あちら側には、本物なんてなにひとつありゃしない。(中略)ある日、これこれの真実が世間の目に隠され続けているのは、それがみんなのためだからです、なんてことを聞かされたかと思うと、次の日には、その真実が隠され続けているのは、実はそれが本当に嘘だからです、と聞かされて、なのに、その次の日には――」
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単行本p.246


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「まだ足りないものがあるとしたら、それは、空からわたしたちを見おろす、チェシャ猫の頭だわね」ハロラン夫人はテラスの上から、今ではだいぶ自由に庭を動きまわっている大量の村人たちをながめた。そのなかにあって、日時計の姿は、そばへ見に寄る者がまるでいないため、すっきりとよく見通せた。うごめく人の波のなかで、それは小さな島のように、ぽつんと孤独に立っている。
(中略)
「ここにチェシャ猫がいたとしたら、ウィロー夫人は公爵夫人ってところかな」エセックスが面白がって言う。
「確か、公爵夫人はハートの女王の横っ面を叩いて、死刑を宣告されていたわね」ハロラン夫人は笑った。
「そいつらの首をはねてしまえ!」
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単行本p.277


 人里離れた土地に建てられた広大な屋敷に住んでいる、どこか奇妙で、どこか歪んでいて、互いに歯に衣着せぬ物言いでマウンティングに明け暮れる一族。そこに終末予言が降ってきた。近いうちに世界は滅び、屋敷にいる者だけが助かるというのだ。これまでの屋敷内権力闘争は、今や新世界の支配者をめぐる壮絶ないがみ合いへとスケールアップ。皮肉と風刺と辛辣なユーモアをたっぷり混ぜ込んだシャーリイ・ジャクソン流『不思議の国のアリス』。単行本(文遊社)出版は2016年1月です。


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この物語には友達になりたいと思える人物がひとりも出てきません。だれもかれもが自分第一で、自身の打算や愚かさを露呈しながら、相手に対してなんら配慮のないむき出しの感情を、時には悪意と呼んでさしつかえないものをぶつけます。けれどそれは、だれにとっても見覚えのある、自分のなかにも確かにある闇。それを、“不快”が“嫌悪”に変わるぎりぎりのラインを保ちながら、一定のユーモアを加えて「さあ、どうぞ」と読ませるシャーリイ・ジャクソンの手腕
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単行本p.329


 物語の舞台となるのは、ハロラン氏の広大な屋敷。といっても、ハロラン氏は身体が不自由な上にボケており、実権はハロラン夫人が握っています。思うがままに屋敷内恐怖政治を繰り広げるハロラン夫人。


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「これは今、わたしの屋敷だし、この先も、わたしの屋敷であり続ける。今の世界でも、次の世界でも、わたしはこの屋敷にある石ころひとつだって手放しはしない。このことは、全員の頭に叩きこんでおかないとね。それと、わたしは自分が手にした権力だって、一片たりとも手放す気はないんだってことも、いっしょに」
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単行本p.261


 遺産相続者であるハロラン夫人の一人息子ライオネルは“事故”で亡くなり、その妻のメリージェーンと幼い娘ファンシーはかなりの痛手を受けたところです。


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「あたしが突き落としてあげようか?」ファンシーが訊いた。「おばあちゃんがパパを突き落としたみたいに」
「ファンシー!」ミス・オグルビーが声をあげた。
「言いたいように言わせてあげて」メリージェーンが言った。「わたしだって、この子にはきちんと覚えていてほしいもの。さあ、ファンシー、もう一度、言ってごらんなさい」
「おばあちゃんがパパを殺した」ファンシーは素直にくり返した。「パパを階段から突き落として殺した。おばあちゃんがやった。そうでしょ?」
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単行本p.6


 使用人であるエセックスとミス・オグルビーも、誰はばかることなく率直なご意見を口にするし。


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エセックスが嫌悪もあらわに言った。「ライオネルのやつ、自分はさっさと死ねてよかったと喜んでいるんじゃないのかな」
「口を慎んで」ミス・オグルビーがたしなめた。「話相手がわたしでも、自分たちは使用人だということを忘れないでちょうだい」
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単行本p.7


 そして独裁者ハロラン夫人に対して、選民思想を武器に権力闘争を挑んでやまないファニーおばさま。


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「あなたが低い身分の生まれであることを、みんな、忘れないようにしなくてはね」ファニーおばさまは、さらに続けた「この世には、あなたのような生い立ちの人がどう頑張っても入りこめない、高尚なる領域というものがあるの。(中略)だからこそ、あなたは自分より優位に立つのが、このわたくしであることを認めなければならないし、この屋敷は、並はずれた生を受けた人間が、その心の求めるままに、無抵抗で手に入れるべき場所なの」
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単行本p.61


 二人の娘を連れて屋敷にやってきたウィロー夫人が求めているのは、権力ではなく、金です。それと、自分の娘と結婚するくらい愚かな男。


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「この子たちときたら、まったく手に負えなくなっちゃって。親のあたしも否定しようがないくらい、たとえば、ジュリアは小賢しい顔をしているただの馬鹿だし、愛らしい顔のアラベラは――」
「すれっからし」と、ハロラン夫人。
「まあね、あたしは“売女”と言いたかったんだけど、ここはあなたの家だから、そっちに譲るわ。で、本題に入るけど、要は、お金が必要だってことなの。こう言うと、ほかのものには困ってないみたいに聞こえるけどね」
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単行本p.78


 そんな屋敷に飛び込んできた若い娘グロリア。


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「グロリア――わたしは王冠をかぶり続けていいかしら?」
「訊かれたから、答えますけど」グロリアは遠慮なく言った。「ハロラン夫人、今のあなたは、とんでもなく間抜けに見えると思います」
「なるほどね。ありがとう、グロリア。そうやって、わたしの気持ちになんの配慮もなく答えてくれて。それで思ったんだけど、まだ手遅れってわけじゃないだろうから、あなたはお父さまのところへ戻ったらどう?」
「それで父に、あなたは気の狂ったばあさんで、頭に冠をのっけた姿で夕食の席についていましたと、報告すればいいですか?」
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単行本p.267


 みんな少しは、如才なさとか、おべっかとか、社交辞令とか、そういうものを身につけた方が……と辟易するほど。闘鶏のような辛辣な皮肉とあてこすりの応酬が続きます。何しろ裏表というものがなく、とてつもなく正直で率直で、思ったことをそのまま口にする人ばかり。作者のコメントもまたそれに輪をかけて辛辣で、登場人物たちに対する情け容赦というものがありません。


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今のハロラン氏にとって間違いなく信じられるのは、その日その日にわかる、今日もまだ死んでいない、という事実くらいなものであり、そして、そのほかの者たちが信じているのは、それぞれにとって、確かなもの――たとえば権力、酒がもたらす慰め、金、だった。
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単行本p.52


 しかし、読み進むにつれて辛辣な会話にも慣れてくると、これが段々と気持ちよくなってきて、厭な登場人物たちに親しみがわいてくるのが奇妙なところ。

 そんな屋敷に終末予言が降ってきて、権力闘争上有利なので「信じるふり」をしていた登場人物たちが、次第に本気で世界の終わりを信じるようになってゆき、それにともなって何となく結託してゆく感じが素敵です。最後の方になると終わってほしくない、いや世界はともかく、この物語は終わってほしくないな、と感じるように。

 作中で登場人物たち自身も指摘している通り、『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる雰囲気があります。心霊現象、終末予言、霊媒、UFOカルト、猟奇殺人(幼い娘による一家惨殺事件)といったオカルト要素も、シャーリイ・ジャクソン流ワンダーランドである屋敷に丸め込まれてしまい、すべてが不謹慎な浮かれ騒ぎに。

 というわけで、今まで翻訳されていなかったのが不思議なほど魅力的な作品です。『なんでもない一日 シャーリイ・ジャクスン短編集』と合わせて読むことをお勧めします。


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