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『シナモン』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

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 一切の物音、夜なかの軋むような音、床の軋り声を挙げる秘密の命――父はそれらを過たず感じとる鋭敏な見張りでありスパイであり共謀者であった。父はそのことに熱中するあまり私たちの届きようのない領域に沈潜し切ってしまい、私たちにその世界のことを説明する試みもしなかった。
 時おり父は見えない世界の気紛れがあまりにもばかげたものに思え、指を鳴らしたりあるいはちいさく笑い声を立てねばならぬこともあった。そんなとき、父は家の牡猫と目を交して頷き合った、猫もまた向うの世界の秘密に通じていて、縞のあるシニックな冷たい顔を上げ、退屈と無関心から斜目づかいに目を細めた。
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ブルーノ・シュルツ『肉桂色の店』より(工藤幸雄:翻訳)


 2015年4月28日は、夫婦でシアターXに行って勅使川原三郎さんの新作公演を鑑賞しました。ブルーノ・シュルツ作『肉桂色の店』に基づくダンス作品です。

 原作から抜粋したテキストを佐東利穂子さんが朗読し(録音)、また語り手である「私」を踊ります。勅使川原三郎さんはその背後や周囲で「父」や「馬」を踊り、ときおり鰐川枝里さんが飛び込んできては暗闇に蠢く謎めいたなにかを踊って去ってゆきます。

 舞台装置などは使わず、照明効果だけで舞台上に不可思議な夜の世界を現出させる手際は素晴らしく、実のところかなり怖い。左右の舞台手前床に配置された照明により影が背景に投影されるのですが、その影の存在感がとにかく凄くて。実際に動いている二人よりもむしろ大きくなったり小さくなったり消えたり現れたりする影法師の方が生々しい存在感を放っているようにさえ感じられます。

 佐東利穂子さんの動き、特に手の動きは、浮遊感に満ちていて、クラゲのような水中生物の動きを早回しにしたらこんな感じかも知れないという。勅使川原三郎さんの動きはいつものごとく超絶ですが、今回は見立てが多く、特に「馬」が佐東利穂子さんの周囲をかっぽかっぽと二周するシーンはユーモラスで好きです。

 鰐川枝里さんも頑張っていたのですが、多くの出番が「薄暗いところで蠢いているなにか」という感じで、個人的に加齢性白内障がはじまっているという問題もあって、細かい動きがよく見えなかったのが悲しい。一回だけ照明があたるところで踊るシーンがありましたが、ここはかっこ良かった。

[キャスト等]

構成・演出・照明・美術・衣装・選曲: 勅使川原三郎
朗読: 佐東利穂子
出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里


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