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『現代ニッポン詩(うた)日記』(四元康祐) [読書(小説・詩)]


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いつかここにも篝火が焚かれるだろう
便利さはすべて失われるだろう
飢えと寒さのなかで
あたしたちは初めて見つめるだろう
傷だらけの互いの素顔を
――――
『夜のコンビニ』より


 現代日本の社会問題をテーマにした詩篇やエッセイを散りばめた異色詩集。単行本(澪標)出版は2015年8月です。


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いまの私をそう云う詩に駆り立てているものは、最近の日本社会の現実そのものかもしれない。
 教育現場やいじめの問題であれ、TPPや普天間基地などの経済や軍事の話であれ、五年前十年前に書いた詩のテーマは些かも色褪せていない。むしろより尖鋭的な課題として私たちの前に立ちはだかっている。
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単行本p.121


 差別、テロ、虐待、派兵、移民、詐欺、株価。さまざまな世相や社会問題を、詩の言葉でえぐる詩集です。一部のパートは「エッセイ+詩」という形式で連載されたものもあり、一つの主題について異なる表現形式が響き合う様を見せてくれます。

 テロや戦争をテーマにした作品はこんな感じ。


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もういいよ
もう平和はいいよ
みてくれよ、この俺の有様
ぎりぎりなんだよもう
(中略)
一人一人の心のなかに
しずまりかえった砂漠がかくれている
派遣してくれよたったひとりで
戦わせてくれ 俺を
俺だけの空と
素手で
――――
『砂漠へ』より


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「外傷はなし。だが肺と肝臓が破裂している」
若い医師が担架のわたしの胸を覗き込んで
怒ったように呟いた
わたしは知っていた 生まれたときから
からだの奥に蝶が隠れていて
たったいまそれが目を覚ましたのだと
頭の上でヘリコプターが旋回を繰り返している
裸の胸のなかで蝶が翅をのばす
すると静けさが溢れだす
このしじまに耳を澄ましさえしたなら
憎しみは萎えただろう愛する勇気とともに
粉々のガラスが道路一面に輝いている
お母さん! お母さん!
ものすごく巨きい青い淵が近づいてくる
そして蝶が舞いあがった
――――
『胸のなかの蝶』


 ホモソでミソジィな男の世界にも、巧みに蹴りを入れてきます。


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ごらん、あそこに男がいるだろう
淋しそうに風に吹かれて
騙されちゃだめだよ
やつらはいつも群れているのさ
ひとりきりのときだって
――――
『男たち』より


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いま降りかかるのは冷たい雨粒
やがて激しい回転と下降がはじまるだろう
机上の黒いダイヤル式の電話が鳴り続けている
放っておきなさい 連中からの指令は
「勝ち残れ」いつもそれだけだ
――――
『執務室のゴジラ』


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「みろ、どんなにいい学校でたって
嘘をついたらこのざまだ。いいか、ヨシオ
人間正直が一番だぞ 澄みきった月のように
公明正大なのがもっとも尊いんだ」
父は赤い顔に満足そうな笑みをうかべて
ぐいっと麦焼酎をのんだ
「プライドってものがないのかしら、この人」
汚らわしいものをみる目つきで母が言った
ぼくはひとりでどきどきしていた
いつかぼくも裁かれる
恐ろしい秘密をみんなの前に暴かれて
裸で立ちすくむだろう 矢を放たれるだろう
それはもう全くたしかなことなのに
ぼくはまだぼくの罪をしらない
――――
『罪と罰』より


 まるでショートショートのような、ストーリー性を感じさせる作品も多く、それぞれ世相をえぐります。


――――
誰でもいい、殺したいんだ
と男が叫んだ
私たちは答えて云った
「ご来店有難うございます」

誰か俺を止めてくれよう
男は泣いていた
私たちは答えて云った
「ポイントカードは
お持ちですか?」

俺がここにいるってことに
誰一人気づいてくれない
男は呟いた
私たちは答えて云った
「一万円からで
よろしかったですか?」
そして深々と頭を下げた
絶叫を発しながら
駆け出してゆく男の背中に
――――
『秋葉原無差別連続殺傷事件』より


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父が石になった
朝、ふとんの上でごろりと
サッカーボールほどの大きさだがめちゃくちゃに重くて
家族総がかりでもびくとも動かなかった
石の表面は滑らかに黒光りしていて
よく見ると金属の粉々みたいなものが混じっていた

気丈な母は翌週から仕事を探しはじめたが
四十九日を迎える前の晩、風呂場で
マリアナ海溝になってしまった

そして今日フォークリフトが父を母に投げ込む
――――
『父鉱石』より


 新聞に連載されたものが大半なので、社会問題に対する風刺という得心しやすい作品が並んでいるのが特徴。添えられたエッセイが解説の役目を果たしていることもあり、四元康祐さんの入門書としてもお勧めです。



タグ:四元康祐
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