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『「居場所」のない男、「時間」がない女』(水無田気流) [読書(教養)]

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 この国の男性、とりわけサラリーマンには真の意味で仕事以外の人間関係が乏しく、居場所がなく、孤立しがちである。一方、女性には圧倒的に時間がない。しかも、お互いにその事実に気づいていない点もまた悲劇的である。
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単行本p.6


 家庭にも地域にも居場所がなく、職を失えばたちまち孤立する男。家事育児と仕事の両立という極めて困難な状況にすべての時間を犠牲にする女。性別分業という国家総動員体制の呪縛にとらわれ、誰も幸福になれないまま少子化によって滅びつつある日本社会の病理をえぐる好著。単行本(日本経済新聞出版社)出版は2015年6月です。


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 この国で、多くの夫と妻はたとえ「生涯」を共にしても、「生活」を共にしてはいないのである。いわゆる、夫が稼ぎ、妻が家事育児を引き受ける……という性別分業は、夫婦の生活時間と空間を分離してきた。
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単行本p.1


 離婚した母親が子育てしながら生きてゆくことの困難さを分析した話題作『シングルマザーの貧困』の著者が、今度は離婚していない夫婦が直面している不幸な状況を分析してくれます。ちなみに前著の紹介はこちら。


  2015年01月28日の日記
  『シングルマザーの貧困』(水無田気流)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28


 タイトルの通り、職場にしか「居場所のない男」と、自分のために使う「時間がない女」の間にある「暗くて深い時空の溝」について、様々なデータにもとづいて具体的に見てゆきます。ぞっとする、というか、こんな仕打ちに黙って耐えるだけの人生に何の意味があるのか、それは人間性に対する侮辱ではないのかと、真剣に考え込まざるを得ないような惨状。でも、これが、日本における平均的な夫婦の姿なのです。

 少子化問題にしても、女性の就労問題にしても、決して「女性の(ための)問題」ではなく、男性の問題でもあること、そして優先度を上げて真剣に対処しなければならないことがしみじみと分かります。どなたにも一読をお勧めします。

 全体は三つのパートから構成されています。


「第1部 居場所のない男」
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 実は日本の男性は、国際比較から見ても、突出して「孤立化リスク」が高い。これは、男性が就業以外の社会参加に乏しいという社会的背景による。労働時間が長く、家族や地域社会とのかかわり合いも希薄な日本人男性は、仕事の場以外の人間関係も築けず、失職や定年退職が、孤立に結びつきやすいのだ。この現状を、私は日本男性の「関係貧困」とよぶ。
(中略)
 退職後の自分の人生など考えたこともない、という貴兄にこそ、立ち止まって考えていただきたい。自宅では妻に鬱陶しがられて居場所がなく、近隣の図書館などで日がな一日新聞紙面をめくり、子どもの声がうるさいと市役所にクレームを入れる時くらいしか他人とのコミュニケーション機会がない……。
 そんな老後は、果たして幸福だろうか。だが、放っておけばそのリスクが非常に高いのが、この国の男性である。
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単行本p.114、134

 日本男性が抱えている孤立リスクについて具体的に検証してゆきます。就労第一主義にとらわれ、家庭に居場所はなく、地域社会からは疎外され、未婚あるいは離婚すればすぐさま孤立死まっしぐら。世界各国との比較データから見ても異常としか言いようがない「マイノリティと見られないマイノリティ」である日本男性の姿を明らかにします。まるでこの国では、いまだ国家総動員体制が解除されてないかのようです。


「第2部 時間のない女」
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 仕事と育児の両立は難しい。そのことは、骨の髄から実感している。育児には愛情がともなって当たり前と思われているが、愛情も慢性的睡眠不足の前には無力である。
(中略)
 あえて言えば、この国の女性は、家族のためにどれだけ時間を差し出すことができるかが、愛情深さのパラメーターとされてしまう。昨今は、有償労働の場で時短勤務や成果主義などが論じられる日本だが、女性の家事育児などの無償労働は、愚直なまでの長時間労働だ。
 家事も育児も細やかに愛情をもって自発的に「やって当たり前」。できなければ人格を疑われるほどの非難を浴びるのが、日本の母親である。この終わりのなさと報われなさは、いったいどこから派生したのだろうか。
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単行本p.142、150

 自らの体験も織りまぜながら、日本社会における仕事と家事育児の両立がいかに困難であるかを具体的に解説してくれます。海外に比べてあまりにも高い要求と責任を引き受けさせられる日本の母親。途方もない長時間労働でありながら、全く労働評価の対象にされない家事育児。出産タイムリミットに追われつつ就業と結婚という二つのターゲットを追わなければならず、一度の失敗で人生を根こそぎ奪われてしまう若い女性たちの労苦。

 正直、早めにドロップアウトして逃げた方が人間らしいと思えるほどのひどさ。未婚化、少子化が進むのも無理はないというか、むしろ人間の尊厳を守るための覚悟の抵抗とすら感じられます。


「第3部 時空の歪みを超えるために」
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 大きすぎて見えない問題を、英語では「リビングにいる象」という。見慣れすぎて、異常が日常風景に親和し、誰もそのおかしさに気づかなくなっている状態を意味する。(中略)見える敵は戦いやすいが、巨大すぎて見えない敵は戦う気にすらならないのが人間である。
 危機を正視し、その解消のためになし得ること。その第一歩は、性別に大きく偏った時空間の歪みである。近年推奨される「ワークライフバランス」も「ダイバーシティ」も、この歪みを正すことを眼目としている。
 そのためにも、今日本社会に最も必要なのは、男性も含めた総合的な雇用環境と社会保障の改善である。
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単行本p.229、265

 第1部と第2部で明らかにされた問題について、解決に向けた方策を探ってゆきます。「ベビーカー論争」に見られる不寛容さの問題、日本社会に根づいた性別分業モデルの破綻。オランダにおける労働制度改革の事例を参考にしながら、危機を乗り越えてゆくための道を示します。というか道を示そうとして思わず腕組みしてしまった観もありますが。


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 余談になるが、私もこのごろは「少子化」や「女性活躍」などのテーマでテレビの討論番組に呼ばれることも増えてきた。だが、このテーマは緊急のトピックが浮上するとたちまち差し替えられてしまうことに気がついた。
(中略)
 すでに70年代から今後の少子高齢化が指摘されていたにもかかわらず、なぜこれは常に「後回し」にされてきたのか。おそらく、「いつでも考えられる・後回しにできる」問題とみなされてきたからに違いない。だが、これらはすでに単独の課題を通り越して、日本社会の危機の根幹にある問題だ。
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単行本p.263


 個人的には、少子化や女性就労などの問題については、面倒くさいことは何でも奥さんに丸投げしてきたおじさんたちが「いざとなれば女が我慢すれば何とかなる」と思って後回しにしているのではないか、と疑っています。



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