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『三体III 死神永生(上)』(劉慈欣:著、大森望・光吉さくら・ワンチャイ・泊功:翻訳) [読書(SF)]

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 母のあの秘密文書によれば、宇宙に生命は少なくない、それどころか、宇宙は生命であふれている。
 では、宇宙は、生命によってすでにどれだけ変わってしまっているのだろう? どれほどのレベル、どれほどの深度で改変がなされているのだろう?
 圧倒的な恐怖の波が楊冬を襲った。
 すでに自分を救うのは無理だとわかっていたものの、楊冬は思考をそこで停止して、心を無にしようとつとめた。だが、新たに浮かんだ問いが、どうしても潜在意識から離れなかった。
 自然は、ほんとうに自然なのだろうか?
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単行本p.42


 ついに三体文明と地球文明は停戦に合意。だがそれは相互確証破壊に基づく危ういバランスの上に成立するかりそめの平和だった。そしてその鍵を握る執剣者の役目を年老いた羅輯から引き継ぐことになった若き程心。彼女の行動が二つの文明を巻き込んだ歴史を大きく動かしてゆく……。話題の中国SF長編『三体』三部作の完結編、その上巻。単行本(早川書房)出版は2021年5月です。


 まず既刊である『三体』および『三体II』の紹介はこちら。

2019年10月17日の日記
『三体』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-10-17

2020年10月14日の日記
『三体II 黒暗森林(上)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-14

2020年10月23日の日記
『三体II 黒暗森林(下)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-23


 いよいよ第三部、完結編の開幕です。とはいえ、第二部のあの見事なラストから話をどう続けるというのか。とても不安です。


〔第一部〕

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 これまで人類が行ってきた諜報戦では、身元が完全に暴かれているスパイが敵内部に侵入することはまったく意味のない作戦行動だったが、この戦争はいままでの戦争とわけが違う。人類ひとりを異星艦隊内部に送り込むことができれば、それ自体、すばらしい快挙だ。たとえそのスパイの身元や使命があらかじめすべて敵に知られていても、事情は変わらない。
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単行本p.96

 「人類をひとり、敵の心臓に送り込む」(単行本p.96)
 第二部ラストから少し時間を遡って、面壁計画と並行して実施された諜報作戦「階梯計画」の顛末が明らかにされます。太陽系に迫り来る三体艦隊に、何と人類のスパイを物理的に送り込むという驚くべき計画。しかもこの諜報作戦は、智子によりそのすべてが三体文明に知られている、という前提のもとで行われたのでした。


〔第二部〕

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 黒暗森林抑止は、二つの世界の頭上に吊り下がるダモクレスの剣だった。そして、その剣を吊している細い糸が羅輯だった。このため羅輯は、執剣者(ソードホルダー)と呼ばれた。
 結局のところ、面壁計画は歴史の闇に埋もれて忘れられることはなかった。人類は、面壁者の亡霊から逃れられなかったのである。
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単行本p.177

 三体文明が地球の黒暗森林抑止システムを破壊するのに必要な時間はわずか十分。その間にシステムを起動させる決断を下すことは、どんな組織にも不可能だった。ゆえに、システムの起動ボタンは断固たる決意を持つ特定個人にあずける他にない。その役を担うのが執剣者だ。三体文明と地球文明のきわどい平和を支えるのは、たった一人の執剣者だったのだ。
 そして初代執剣者となった羅輯もすでに年老い、誰かが執剣者の地位を引き継がなければならない。白羽の矢が立ったのは、かつて「階梯計画」を主導した程心だった。


〔第三部〕

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 それはすなわち、三体と地球、この二つの文明が一切の関係を断ち、この宇宙における赤の他人同士にまた戻ってしまうことを意味する。三世紀の長きにわたった戦争と怨みはすでに宇宙の塵となって消えた。たとえ智子の言うとおり、三体世界と地球がほんとうに縁あって再会する運命だとしても、それははるか遠い未来のことになるだろう。しかし、どちらの世界も、自分たちにまだ未来があるかどうかを知らなかった。
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単行本p.429

 なすすべもなく破壊された三体世界、太陽系が破壊されるのも時間の問題だった。だが、三体文明の大使である智子は、執剣者である羅輯と程心に最後に言い残す。地球の破壊を阻止する方法があると。一方、程心はかつての「階梯計画」により三体文明の捕虜となっていた雲天明との再会を果たそうとしていた……。


 というわけで、上巻はここまで。


 非常にシリアスな物語なのに、三体側の重要キャラクターが智子(ソフォン)の擬人化である智子(ともこ)というのがかなり変なノリで、しかも交渉の場においては茶道の亭主をつとめる神秘的な着物美人、戦場では迷彩服に日本刀を背負った獰猛な戦闘美少女という、明らかに地球文明に関する理解が少し偏った方向に深すぎることが分かる設定。

 なお、「宇宙スケールの特大馬鹿ネタ」の存在をうかがわせる伏線がちらほら見えるので、下巻ではそういうぶっとんだ展開が待っているものと期待されます。ではこれから下巻を読みます。





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『ハルハトラム 3号』(現代詩の会:編、北爪満喜、白鳥信也、小川三郎、他) [読書(小説・詩)]

 「現代詩の会」メンバー有志により制作された詩誌『ハルハトラム 3号』(発行:2021年8月)をご紹介いたします。ちなみに既刊の紹介はこちら。


2020年05月03日の日記
『ハルハトラム 2号』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-05-03

2019年07月02日の日記
『ハルハトラム 1号』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-02


[ハルハトラム 3号 目次]
――――――――――――――――――――――――――――
『共生』(他三編)(水嶋きょうこ)
『この森』(小川三郎)
『ガラスのスカート』(他一篇)(北爪満喜)
『美しい毛並み』(恵矢)
『ちきゅう』(他二篇)(小林礼佳)
『風脚』(佐峰存)
『「表札」』(沢木遥香)
『雨季の間』(島野律子)
『月のシール』(白鳥信也)
『ママのにおい』(橘花美香子)
『何から』(長尾早苗)
――――――――――――――――――――――――――――

 詩誌『ハルハトラム』に関するお問い合わせは、北爪満喜さんまで。

北爪満喜
kz-maki2@dream.jp




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水の音が止まらない
庭のフェンスにからむ
つる薔薇の枝が伸びている
どこかで朽ちたひとつの命を枝先に重ね
次の生へと貪欲に
巻きつく先を求めているのか
水の音は激しくなる
隣家の窓のカーテンが揺れた
――――
『共生』(水嶋きょうこ)より全文引用


――――
何処まで見渡してみても山ばかりのここで
あの山の向こうには
何があるだろうなんて
あの雲の中には
なにがあるんだろうなんて
そんなことはもう
考えもしないで
ずっとずっと暮らそうかね。
それがいいね。
霧はどんどん深くなるね。
森も木々も
一緒になって
どんどんどんどん
深くなるね。
――――
『この森』(小川三郎)より


――――
部屋の隅までは見えないけれど
ドールハウスのテーブルのように
小さいテーブルが床にぽつんとあって
その前に前掛けをした小さい義母がいる
食卓を共にし続けてきたけれど
だいぶ前にもう見送っている
そうかお寺の中なので
こうして現れていつもの姿で

部屋には黒い艶やかな大きなピアノがある
その上に何か置こうとしてやめる
私はピアノを弾かないのになぜ
美しいピアノを眺める
あっ これもお寺の中だから
――――
『耳を澄ます』(北爪満喜)より


――――
木漏れ日がまぶしい
新品のスーツを誇らしげに着た私が
自転車で風を切っていた
緑道を抜けて帰路につくと
表札が風を受けて鳴いていた
動くことで自分を表現しようとする私には
表札の鳴き声はなめらかで
私はとてもくるしかった
見知らぬ島の上で日ごと思い出すのは
愛しい人でも大事に育てた花でもなく
あの表札のことだった
――――
『「表札」』(沢木遥香)より


――――
朝になると
洗面器は緑色や黄緑色の何かちいさなものでいっぱいで
水面が見えない
小さなものはコメ粒ほどの虫
無数の虫がびっしりと洗面器の水をおおっているんだ

  兄ちゃんこれなんだ
  ウンカだっちゃ
  ウンカは月のシールを食べに窓の隙間から入ってきたんだっちゃ
  こんなにいっぱいよってたかって

  月のシールはどこにもねえが
  ウンカは水に食べられたんだべ
――――
『月のシール』(白鳥信也)より





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