『三体III 死神永生(下)』(劉慈欣:著、大森望・光吉さくら・ワンチャイ・泊功:翻訳) [読書(SF)]
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本書には、劉式の核パルス推進システムに劣らない、度肝をぬくアイディアが次から次へと現れて、人類と三体文明の、そして暗黒森林理論が予言する通りに襲いかかってくる新たな脅威との接触が描かれる。程心たちは、時空が増え、宇宙がねじ曲がり、光速度が変わり、そしてこの宇宙が熱を失う瞬間にまで及ぶ旅に出る。その密度と、科学的な知見を元に描かれる情景の美しさは、第一部と第二部で、圧倒的に感じられた三体文明とのひりついた接触が色褪せてしまうほどだ。
劉慈欣は、宇宙とSFに、想像力を振るう余地がまだまだあることを教えてくれた。
――――
単行本p.434
「中国に遅れること11年、英語圏をはじめとする世界のSFファンたちに遅れること4年。ようやく日本の読者も、劉慈欣の描いた『三体』の最後のページを閉じることができる」(藤井太洋氏による「解説」より)
三体星系をあっさり破壊した黒暗森林攻撃。次のターゲットとなった太陽系では、生き残りをかけた人類の挑戦が始まった。だが実際の攻撃は誰もが予想しなかった形で行われる。SF史に残るトンデモスペクタクルを経て宇宙の終末まで突っ走る程心たちの旅の終着点はどこか。話題の中国SF長編『三体』三部作の完結編、その下巻。単行本(早川書房)出版は2021年5月です。
まず既刊である『三体』『三体II』および上巻の紹介はこちら。
2019年10月17日の日記
『三体』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-10-17
2020年10月14日の日記
『三体II 黒暗森林(上)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-14
2020年10月23日の日記
『三体II 黒暗森林(下)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-23
2021年08月05日の日記
『三体III 死神永生(上)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2021-08-05
いよいよ『三体』三部作もすべてに決着がつく最終巻。すべてというのは、つまり宇宙とか次元とか物理定数とか時間とか数理とか、そういうものすべて。要するに究極的なスケールのバカSFへと光の速さでぶっとんでゆきます。いやー、正直こういう展開を期待してたんですよ。
〔第三部〕(承前)
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現在、人類生存プロジェクトの主力は掩体計画であり、暗黒領域計画のほうは、未知の要素に満ちた冒険的プロジェクトであるという点で、面壁計画と似た位置にある。二つのプロジェクトは並行して進められているが、暗黒領域計画については、現時点でできることは基礎理論の研究だけであり、現実面への波及効果は小さい。国際社会に巨大なインパクトを与えられるのは掩体計画であり、大衆の支持をつなぎとめるためには、なにか大きな花火を打ち上げてみせる必要があった。
――――
単行本p.155
太陽系に迫り来る黒暗森林攻撃をどのようにして生き延びればよいのか。隠れてやり過ごす掩体計画、太陽系そのものを疑似ブラックホール化する暗黒領域計画、そして光の速さで外宇宙に脱出する光速宇宙船プロジェクトが考案される。最も現実的な掩体計画に、人類の最後の希望がかけられていた。
〔第四部〕
――――
「五十年以内に、われわれは曲率推進による光速宇宙船の建造を実現する。これは技術的な研究開発で、大量のテストを行なう必要がある。だから、その環境を整備するためにも、われわれは連邦政府に手の内をさらけだした」
「でも、いまみたいなやりかただと、すべてを失ってしまう」
「すべてはおまえの決断しだいだ」ウェイドが言った。「連邦艦隊の前で、われわれは無力だと思っているだろう。だが、そうじゃない」
――――
単行本p.219
あらゆる手段を持ってしても太陽系を救えなかった場合に備えて、わずかな人間を外宇宙に脱出させるための光速宇宙船開発プロジェクト。だがそれは政治的に極めて危険なものだった。極秘計画が進められていることを知らされた程心は人類の未来を決める決断を下すことになる。
〔第五部〕
――――
程心は、自分がぜったいに生き延びなければならないとわかっていた。程心とAAは、地球文明の最後の生き残りだ。もし自分が死んだら、地球人類の半分を殺すことになる。生き延びることだけが、自身のおかしたあやまちにふさわしい罰なのだった。
だが、この先の航路は白紙だった。程心の心の中で、宇宙はもう漆黒ではなく、無色だった。どこに行こうと、なんの意味がある?
「どこへ行けばいいの?」程心は小さくつぶやいた。
「彼らを探しにいけ」羅輯が言った。ウィンドウの中の羅輯はさらにぼやけ、いまはモノクロになっていた。
羅輯の言葉は、暗雲垂れ込める程心の心を稲妻のように明るく照らした。程心と羅輯は目を見交わした。二人とも、もちろん“彼ら”がだれなのか理解していた。
――――
単行本p.333
「このアイデアを思いついたとしても、それをこんなふうに正面から描いて読者の度肝を抜けるのは、世界広しといえども劉慈欣ただひとりだろう」(大森望氏による「あとがき」より)
ついに始まった太陽系に対する黒暗森林攻撃。それは人類の想像をはるかに超えるものだった。SF史上に輝くトンデモ馬鹿SFの地位を不動にするであろうスペクタクルシーンが炸裂。なすすべもなく崩潰してゆく太陽系を前に、執剣者である羅輯と程心は最後の会話を交わす。
〔第六部〕
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この宇宙の最後の審判の日、地球文明と三体文明に属する二人の人間と一体のロボットは、感極まって抱き合った。
彼らは知っていた。言葉と文字が変化するスピードは速い。もし二つの文明があれから長期間にわたって存在していたとしたら――もしくは、現在に至るまで存在しているとしたら――両文明で使用されている文字は、いまウィンドウに表示されている古代の文字とはまったく違うものになっているはずだ。しかし、小宇宙に隠れている人々に理解できるように、彼らはメッセージを古代の文字で記さなければならなかった。大宇宙にかつて存在していた文明の総数にくらべれば、157万という数はゼロにひとしい。
天の川銀河オリオン腕の永遠につづく夜、二つの文明が流れ星のようにすっと横切り、宇宙はその光を記憶していたのである。
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単行本p.415
1890万年の歳月が過ぎ去り、程心たちは智子と再会する。そして地球文明と三体文明を含む157万の文明の生き残りに届いた最後のメッセージ。息を潜め黒暗森林に隠れているあらゆる知的生命が、宇宙そのものの再生のために「永遠」を犠牲に出来るかが問われていた。
というわけで、ついに『三体』三部作が完結します。文革とVRゲームから始まった物語は、次元崩壊攻撃や光速低下障壁など物理法則そのものを武器にする星間戦争を経て宇宙の終わりまで到達。小説としての完成度は第二部の方が上でしょうが、やはりSF、それも極限的スケールの馬鹿SFである第三部が、正直、個人的に好みです。訳者あとがきによると『三体』関連の出版ラッシュはこれからも続くらしいので、まだまだ楽しめるようです。
本書には、劉式の核パルス推進システムに劣らない、度肝をぬくアイディアが次から次へと現れて、人類と三体文明の、そして暗黒森林理論が予言する通りに襲いかかってくる新たな脅威との接触が描かれる。程心たちは、時空が増え、宇宙がねじ曲がり、光速度が変わり、そしてこの宇宙が熱を失う瞬間にまで及ぶ旅に出る。その密度と、科学的な知見を元に描かれる情景の美しさは、第一部と第二部で、圧倒的に感じられた三体文明とのひりついた接触が色褪せてしまうほどだ。
劉慈欣は、宇宙とSFに、想像力を振るう余地がまだまだあることを教えてくれた。
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単行本p.434
「中国に遅れること11年、英語圏をはじめとする世界のSFファンたちに遅れること4年。ようやく日本の読者も、劉慈欣の描いた『三体』の最後のページを閉じることができる」(藤井太洋氏による「解説」より)
三体星系をあっさり破壊した黒暗森林攻撃。次のターゲットとなった太陽系では、生き残りをかけた人類の挑戦が始まった。だが実際の攻撃は誰もが予想しなかった形で行われる。SF史に残るトンデモスペクタクルを経て宇宙の終末まで突っ走る程心たちの旅の終着点はどこか。話題の中国SF長編『三体』三部作の完結編、その下巻。単行本(早川書房)出版は2021年5月です。
まず既刊である『三体』『三体II』および上巻の紹介はこちら。
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『三体』
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『三体II 黒暗森林(下)』
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『三体III 死神永生(上)』
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いよいよ『三体』三部作もすべてに決着がつく最終巻。すべてというのは、つまり宇宙とか次元とか物理定数とか時間とか数理とか、そういうものすべて。要するに究極的なスケールのバカSFへと光の速さでぶっとんでゆきます。いやー、正直こういう展開を期待してたんですよ。
〔第三部〕(承前)
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現在、人類生存プロジェクトの主力は掩体計画であり、暗黒領域計画のほうは、未知の要素に満ちた冒険的プロジェクトであるという点で、面壁計画と似た位置にある。二つのプロジェクトは並行して進められているが、暗黒領域計画については、現時点でできることは基礎理論の研究だけであり、現実面への波及効果は小さい。国際社会に巨大なインパクトを与えられるのは掩体計画であり、大衆の支持をつなぎとめるためには、なにか大きな花火を打ち上げてみせる必要があった。
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単行本p.155
太陽系に迫り来る黒暗森林攻撃をどのようにして生き延びればよいのか。隠れてやり過ごす掩体計画、太陽系そのものを疑似ブラックホール化する暗黒領域計画、そして光の速さで外宇宙に脱出する光速宇宙船プロジェクトが考案される。最も現実的な掩体計画に、人類の最後の希望がかけられていた。
〔第四部〕
――――
「五十年以内に、われわれは曲率推進による光速宇宙船の建造を実現する。これは技術的な研究開発で、大量のテストを行なう必要がある。だから、その環境を整備するためにも、われわれは連邦政府に手の内をさらけだした」
「でも、いまみたいなやりかただと、すべてを失ってしまう」
「すべてはおまえの決断しだいだ」ウェイドが言った。「連邦艦隊の前で、われわれは無力だと思っているだろう。だが、そうじゃない」
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単行本p.219
あらゆる手段を持ってしても太陽系を救えなかった場合に備えて、わずかな人間を外宇宙に脱出させるための光速宇宙船開発プロジェクト。だがそれは政治的に極めて危険なものだった。極秘計画が進められていることを知らされた程心は人類の未来を決める決断を下すことになる。
〔第五部〕
――――
程心は、自分がぜったいに生き延びなければならないとわかっていた。程心とAAは、地球文明の最後の生き残りだ。もし自分が死んだら、地球人類の半分を殺すことになる。生き延びることだけが、自身のおかしたあやまちにふさわしい罰なのだった。
だが、この先の航路は白紙だった。程心の心の中で、宇宙はもう漆黒ではなく、無色だった。どこに行こうと、なんの意味がある?
「どこへ行けばいいの?」程心は小さくつぶやいた。
「彼らを探しにいけ」羅輯が言った。ウィンドウの中の羅輯はさらにぼやけ、いまはモノクロになっていた。
羅輯の言葉は、暗雲垂れ込める程心の心を稲妻のように明るく照らした。程心と羅輯は目を見交わした。二人とも、もちろん“彼ら”がだれなのか理解していた。
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単行本p.333
「このアイデアを思いついたとしても、それをこんなふうに正面から描いて読者の度肝を抜けるのは、世界広しといえども劉慈欣ただひとりだろう」(大森望氏による「あとがき」より)
ついに始まった太陽系に対する黒暗森林攻撃。それは人類の想像をはるかに超えるものだった。SF史上に輝くトンデモ馬鹿SFの地位を不動にするであろうスペクタクルシーンが炸裂。なすすべもなく崩潰してゆく太陽系を前に、執剣者である羅輯と程心は最後の会話を交わす。
〔第六部〕
――――
この宇宙の最後の審判の日、地球文明と三体文明に属する二人の人間と一体のロボットは、感極まって抱き合った。
彼らは知っていた。言葉と文字が変化するスピードは速い。もし二つの文明があれから長期間にわたって存在していたとしたら――もしくは、現在に至るまで存在しているとしたら――両文明で使用されている文字は、いまウィンドウに表示されている古代の文字とはまったく違うものになっているはずだ。しかし、小宇宙に隠れている人々に理解できるように、彼らはメッセージを古代の文字で記さなければならなかった。大宇宙にかつて存在していた文明の総数にくらべれば、157万という数はゼロにひとしい。
天の川銀河オリオン腕の永遠につづく夜、二つの文明が流れ星のようにすっと横切り、宇宙はその光を記憶していたのである。
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単行本p.415
1890万年の歳月が過ぎ去り、程心たちは智子と再会する。そして地球文明と三体文明を含む157万の文明の生き残りに届いた最後のメッセージ。息を潜め黒暗森林に隠れているあらゆる知的生命が、宇宙そのものの再生のために「永遠」を犠牲に出来るかが問われていた。
というわけで、ついに『三体』三部作が完結します。文革とVRゲームから始まった物語は、次元崩壊攻撃や光速低下障壁など物理法則そのものを武器にする星間戦争を経て宇宙の終わりまで到達。小説としての完成度は第二部の方が上でしょうが、やはりSF、それも極限的スケールの馬鹿SFである第三部が、正直、個人的に好みです。訳者あとがきによると『三体』関連の出版ラッシュはこれからも続くらしいので、まだまだ楽しめるようです。
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