『三体』(劉慈欣:著、立原透耶:監修、大森望・光吉さくら・ワンチャイ:翻訳) [読書(SF)]
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人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。
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単行本p.29
「これまでも、これからも、物理学は存在しない」
謎めいた言葉を残して次々と自殺する科学者たち。粒子加速器から得られる混乱したデータ。視界に表示されるカウントダウン。明滅する宇宙背景放射。いったい何が起きているのか。その謎を追う科学者と刑事のコンビは、全人類に途方もない危機が迫っていることを知る。中国で2000万部を超えるベストセラーとなり、ケン・リュウによる英訳版がヒューゴー賞を受賞するなど、グローバルに話題となった中国SF長編。単行本(早川書房)出版は2019年7月、Kindle版配信は2019年7月です。
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「そう、人類の歴史全体が幸運だった。石器時代から現在まで、本物の危機は一度も訪れなかった。われわれは運がよかった。しかし、幸運にはいつか終わりが来る。はっきり言えば、もう終わってしまったのです。われわれは、覚悟しなければならない」
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単行本p.72
人類に迫る災厄の予兆を描いた長編で、三部作の第一作となります。
主人公はナノマテリアルを開発している応用科学者。あるとき、視界にオーバーラップするように謎の数字が表示されるようになり、それが毎秒ごとにカウントダウンされてゆく、という超常現象に襲われます。どこを見ても視界にカウントダウンが表示されているという悪夢。やましさに包まれたなら、きっと目にうつる全てのことはメッセージ。
どうやら似たような現象は他の科学者にも起きているらしく、何人もの一流科学者たちが「物理学は存在しない」など謎めいた言葉を残して自殺しています。
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「三日後の――つまり、十四日の――午前一時から午前五時まで、全宇宙があなたのために点滅する」
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単行本p.105
予言された時刻になると宇宙背景輻射のゆらぎが極端に増幅され、明滅するモールス信号となってカウントダウン情報を伝えてくる。彼のためだけに、全宇宙を通信機として使うなんて、何という贅沢。
あり得ない現象に、これまで科学者として信じてきた世界観を覆され、精神的に潰されそうになる主人公。彼を支えたのは、哲学的なことに悩まないタイプの刑事でした。
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「いま起きているこういうことすべてには、陰で糸を引いている黒幕がいる。目的はひとつ。科学研究を壊滅させることだ」
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単行本p.151
人知を超える超常現象を前にしても動揺せず、誰が黒幕なのか突き止めて倒すことだけを考える、その無神経というかタフな態度に救われる科学者。最初は反目しあっていた二人は、やがてコンビを組んで謎を追うことになります。だが、その先に待っていた真相は、二人の想像をはるかに超えるものでした。
というわけで、全体としては非常に暗く悪夢めいたサスペンス、あるいはノワール風バディものなのですが、あちこちに逸脱が仕掛けられているところが人気の理由かも知れません。
シリアスなシーンに「核爆弾を抱えた凄腕の殺し屋美少女」とか平気で登場させるし。恒星直列(!)による重力で地面から何もかもが浮き上がって宇宙へ吸い込まれてゆくシーンとか。宇宙背景輻射のゆらぎを増幅して通信に使うとか。あれとか、これとか。読者がネタを知っていて当然、という前提でアシモフの短篇の話題が出てくるとか。
ああ国は違えど私と同じ歳のSFファンが書いた話だなあ、と分かってしまう。
特に印象的なのが、始皇帝の指示により整列した数万人の兵士がそれぞれ論理ゲートとして動作することで人列コンピュータを構成するというシーンで、あまりにウケたのか、ここだけ切り出して独立した短篇『円』としてリライトされたほどです。ちなみに『円』はケン・リュウが編集した『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』に収録されています。
2018年06月21日の日記
『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-06-21
というわけで、ようやく読むことが出来た長編『三体』ですが、三部作の背景が明らかにされたところで終わってしまいます。第二部の翻訳が待たれます。
人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。
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単行本p.29
「これまでも、これからも、物理学は存在しない」
謎めいた言葉を残して次々と自殺する科学者たち。粒子加速器から得られる混乱したデータ。視界に表示されるカウントダウン。明滅する宇宙背景放射。いったい何が起きているのか。その謎を追う科学者と刑事のコンビは、全人類に途方もない危機が迫っていることを知る。中国で2000万部を超えるベストセラーとなり、ケン・リュウによる英訳版がヒューゴー賞を受賞するなど、グローバルに話題となった中国SF長編。単行本(早川書房)出版は2019年7月、Kindle版配信は2019年7月です。
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「そう、人類の歴史全体が幸運だった。石器時代から現在まで、本物の危機は一度も訪れなかった。われわれは運がよかった。しかし、幸運にはいつか終わりが来る。はっきり言えば、もう終わってしまったのです。われわれは、覚悟しなければならない」
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単行本p.72
人類に迫る災厄の予兆を描いた長編で、三部作の第一作となります。
主人公はナノマテリアルを開発している応用科学者。あるとき、視界にオーバーラップするように謎の数字が表示されるようになり、それが毎秒ごとにカウントダウンされてゆく、という超常現象に襲われます。どこを見ても視界にカウントダウンが表示されているという悪夢。やましさに包まれたなら、きっと目にうつる全てのことはメッセージ。
どうやら似たような現象は他の科学者にも起きているらしく、何人もの一流科学者たちが「物理学は存在しない」など謎めいた言葉を残して自殺しています。
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「三日後の――つまり、十四日の――午前一時から午前五時まで、全宇宙があなたのために点滅する」
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単行本p.105
予言された時刻になると宇宙背景輻射のゆらぎが極端に増幅され、明滅するモールス信号となってカウントダウン情報を伝えてくる。彼のためだけに、全宇宙を通信機として使うなんて、何という贅沢。
あり得ない現象に、これまで科学者として信じてきた世界観を覆され、精神的に潰されそうになる主人公。彼を支えたのは、哲学的なことに悩まないタイプの刑事でした。
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「いま起きているこういうことすべてには、陰で糸を引いている黒幕がいる。目的はひとつ。科学研究を壊滅させることだ」
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単行本p.151
人知を超える超常現象を前にしても動揺せず、誰が黒幕なのか突き止めて倒すことだけを考える、その無神経というかタフな態度に救われる科学者。最初は反目しあっていた二人は、やがてコンビを組んで謎を追うことになります。だが、その先に待っていた真相は、二人の想像をはるかに超えるものでした。
というわけで、全体としては非常に暗く悪夢めいたサスペンス、あるいはノワール風バディものなのですが、あちこちに逸脱が仕掛けられているところが人気の理由かも知れません。
シリアスなシーンに「核爆弾を抱えた凄腕の殺し屋美少女」とか平気で登場させるし。恒星直列(!)による重力で地面から何もかもが浮き上がって宇宙へ吸い込まれてゆくシーンとか。宇宙背景輻射のゆらぎを増幅して通信に使うとか。あれとか、これとか。読者がネタを知っていて当然、という前提でアシモフの短篇の話題が出てくるとか。
ああ国は違えど私と同じ歳のSFファンが書いた話だなあ、と分かってしまう。
特に印象的なのが、始皇帝の指示により整列した数万人の兵士がそれぞれ論理ゲートとして動作することで人列コンピュータを構成するというシーンで、あまりにウケたのか、ここだけ切り出して独立した短篇『円』としてリライトされたほどです。ちなみに『円』はケン・リュウが編集した『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』に収録されています。
2018年06月21日の日記
『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-06-21
というわけで、ようやく読むことが出来た長編『三体』ですが、三部作の背景が明らかにされたところで終わってしまいます。第二部の翻訳が待たれます。
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