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『行け広野へと』(服部真里子) [読書(小説・詩)]

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野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた
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金印を誰かに捺してやりたくてずっと砂地を行く秋のこと
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よろこびのことを言いたいまひるまの冷たいカレーにスプーン入れて
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花降らす木犀の樹の下にいて来世は駅になれる気がする
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三月の真っただ中を落ちてゆく雲雀、あるいは光の溺死
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あなたの眠りのほとりにたたずんで生涯痩せつづける競走馬
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 思いがけない比喩、不意打ちのような描写。これまで出会ったことのない言葉の組み合わせが、これはあり、いやむしろなぜ今までなかったのか、という驚きをもたらすメタファー歌集。単行本(本阿弥書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2018年9月です。


 喜びや悔しさなどの力強い感情を、これまで思ってもいなかった言葉の組み合わせで表現してのけた歌の数々、すごい、嬉しい。


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野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた
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金印を誰かに捺してやりたくてずっと砂地を行く秋のこと
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冬晴れのひと日をほしいままにするトランペットは冬の権力
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よろこびのことを言いたいまひるまの冷たいカレーにスプーン入れて
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幸福と呼ばれるものの輪郭よ君の自転車のきれいなターン
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 静かで繊細な気持ちも、そうくるかあという斬新な比喩を用いて表現されており、一瞬よくわからないけどあとからあとから何となくぴったりの例えのような気がしてくる不思議さ。


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花降らす木犀の樹の下にいて来世は駅になれる気がする
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印字のうすい手紙とどいて中国の映画の予告編のような日
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たったいま水からあがってきたような顔できれいな百円を出す
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草刈りののちのしずもり たましいの比喩がおおきな鳥であること
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海蛇が海の深みをゆくように オレンジが夜売られるように
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感情を問えばわずかにうつむいてこの湖の深さなど言う
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 アクロバット的なメタファーを駆使して、ごくありふれた光景を超現実的イメージに昇華してしまう歌も素敵です。


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東京を火柱として過ぎるとき横須賀線に脈打つものは
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フォークランド諸島の長い夕焼けがはるかに投げてよこす伊予柑
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鉄塔は天へ向かって細りゆくやがて不可視の舟となるまで
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地方都市ひとつを焼きつくすほどのカンナを買って帰り来る姉
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青空からそのまま降ってきたようなそれはキリンという管楽器
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 はじめて読んだのに、前から知っていたような気がする、そんな不思議な幻想的光景が脳裏に浮かんでくる体験にはしびれます。


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夜空から無数の輝く紐垂れて知らない言葉なんて話さない
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三月の真っただ中を落ちてゆく雲雀、あるいは光の溺死
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あなたの眠りのほとりにたたずんで生涯痩せつづける競走馬
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人の世を訪れし黒いむく犬が夕暮れを選んで横たわる
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花曇り 両手に鈴を持たされてそのまま困っているような人
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冬の火事と聞いてそれぞれ思い描く冬のずれから色紙が散る
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 ぐっとくるキーフレーズにしびれ、それが今まで一緒に使われたことがないような他の言葉としっくりきている様に驚き、現実の感情や光景を巧みに表現していることに感心する。こういう比喩もありなのか、という感動を覚える歌集です。



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