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『裏世界ピクニック ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「あの、もしかして、こういうことってよくあるんですか?」
「なんで」
「猿が喋ったってことに、特にコメントがなかったので」
「猫が忍者になるくらいだし、猿だって言葉くらい喋るでしょ」
「な、なるほどー」
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Kindle版No.194


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第10話。Kindle版配信は2018年8月です。


 タイトルからも分かる通りストルガツキーの名作SF『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネットロアの要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、ついには「百合」となって、SFセミナーで「“2018年の百合”について『裏世界ピクニック』著者の宮澤伊織先生に語っていただき、皆さんにも百合と“遭遇”してもらおうというドキドキの企画」(早川書房の4月30日付けツイートより)が開催されるという、もはやストルガツキーもタルコフスキーも関係ない世界に。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻に収録されています。既刊の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


  2017年11月30日の日記
  『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-30


 そして、ファイル9からサードシーズンが始まりました。


  2018年05月08日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル9 ヤマノケハイ』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-05-08


 ファイル9で鳥子に全身を撫で回されたせいか、ちょっと浮かれ気味の空魚。ついに裏世界に安全なルートを確保した二人は、それこそピクニック気分で裏世界に出入りするようになっています。思えば遠くに来たものだ。


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 未知の世界に私だけの場所を作るのが夢だった。その夢は今では少し変化して、「私だけの」ではなく、私と鳥子、ふたりだけの場所になった。
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Kindle版No.33


 そのうち「裏世界でずっと二人で暮らそう」などと言い出しかねない勢いの空魚。ところが立ち寄った小桜屋敷で、瀬戸茜理(ファイル7『猫の忍者に襲われる』に登場した空魚の後輩)に出くわして。


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 なぜこいつが小桜屋敷にいて、私たちを待っていたのか。見られていた? 聞かれていた? こいつはどこまで知っている? 私たちの、何を──。場合によっては、け、消すか? いや落ち着け、でも……。
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Kindle版No.116


 いきなり「け、消すか?」という発想。コメディシーンですが、どこかヒヤリとするのは、彼女は実際に誰でも簡単に「消す」ことが出来るから。

 言葉巧みに裏世界に誘い込んでそのまま放置してもいいし、面倒ならいきなり射殺して死体を裏世界に捨てれば。いやそもそも空魚の右目は強烈な邪眼。ほんの数秒、右目で凝視するだけで、どんな人間も即座に発狂してしまう。考えてみれば、ものすごい危険人物。むしろこれは裏世界の怪異存在に近いのではないか……。

 先輩のそんなぶっそうな一面を知らない茜理は、『猫の忍者』の件で空魚たちを怪異事件のスペシャリストと見込んで、知人が巻き込まれている怪事件について相談を持ちかけてきます。それも、いわゆる「実話怪談」というやつで、かなり本格的な……。


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 どうも茜理が持ってくる相談は中間領域の物騒な案件ばかりじゃないのか、という疑いが私の中で大きくなっていた。うかつに銃を使えないのに物理的な危険があって、ある意味裏世界よりも生きた心地がしない。
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Kindle版No.605


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 裏世界の深部にいる何者かは、私たちを認識している。沖縄のビーチで、紙越空魚、仁科鳥子という二人の名前を呼んで、接触してきたことがあるから、それは間違いないと思う。
 その〈かれら〉が、表世界で私たちにちょっかいを出そうとしているとしたら?
 もしかすると、茜理たちが怪異と遭遇して、助けを求めてくるこの一連の出来事自体が、私と鳥子に狙いを定めているのではないだろうか……?
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Kindle版No.220


 素直に後輩たちを助ければいいのに、変に勘繰って。というより、鳥子と自分の仲にちょっかいかけてくる相手を忌避あるいは排除する言い訳を探しているような、そんな空魚でありました。知ってた。

 というわけで、もともとヤバかった空魚が、いずれ歯止めがきかなくなって、行き着く先が暗示されるサードシーズン。今後も読み進めたいと思います。



タグ:宮澤伊織
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