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『ホロホロチョウのよる』(ミロコマチコ) [読書(随筆)]

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自分のことを書くのがこんなに難しいとは知らなかった。
打ち合わせの後、牧野さんと徳留さんと焼き鳥屋さんでお酒をのみながら私の小学校時代の作文を読み、「文章の書き方が何も変わっていない」と3人で大笑いした。まさかその作文が口絵に使われるとは。
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文庫版p.124


 独特のタッチと色彩で描く動物画や植物画で多くの人々を魅了する画家、ミロコマチコさんのエッセイ集。文庫版(港の人)出版は2011年9月です。

 まず、ミロコマチコさんの画風をご存じない方は、次のページを眺めてみて下さい。

  ミロコマチコ公式ページより「絵のいろいろ」
  http://mirocomachiko.com/painting/

 どこか懐かしく、楽しい気分になってくるこういう絵は、いったいどのようにして生まれるのでしょうか。その秘密が明らかに。


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 まず、黒いスプレーでもぐらの形を描く。少し離れて見る。いい。予想とは違うけど、いい。うんうん。ちえちゃんが後ろで眺めている。黒い目をグリグリ描いてみた。少し離れて見る。かわいい。うんうん、かわいい。たまごが半分に割れたようなギザギザした手を描いてみた。少し離れて見る。最高。いいよ、かわいいよ。

「いつもそうやって描くんですか」。突然ちえちゃんが話しかけてきた。「何かおかしいことがあるかい?」と聞くと、「すごく自分の絵を褒めるんですね」と言う。
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文庫版p.16


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 ある時、いつもの曲がり角にタイル張りの壁がどーんとあらわれた。タイルの一つひとつがぷかぷか波打って、まるでワニの背中みたいだと思った。歩きながら、あの壁がワニの背中だったら、私の駅までの道のりはどんなにエキサイティングでデンジャラスなんだろうと想像する。
 次の日、ワニの背中を見に同じ道を通ると、昨日のぷかぷかのタイルが嘘のように整然と平らに並んでいた。訳が分からず、私の頭がぷかぷかしてしまった。
 あのワニがどこへ行ったか誰も教えてくれない。だから私はこの場所に作ることにした。そしてこのワニがまた町に戻ってくることを願っている。
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文庫版p.28


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 クジラの体は、フジツボが付いていたり、食べる時に格闘するイカの吸盤の痕が付いていたり、ひどい時にはサメがかじっていったりするので、傷だらけだ。だから、群青色の体の上に銀色の絵の具を撒いた。絵の具を撒くと、布と養生シートに当たって、雨が降り始めた時のような音がする。銀色をたっぷりつけた筆を振ると、絵の具が飛び散る。パッパッパッ。もう一度振る。パッパッパッ。どんどん振ると、小さな星のように見えてきて、まるで宇宙のようになった。星を撒く。パッパッパッ。急にぐーんと頭の中が広がる。大きなクジラの中には宇宙があったんだ。ここは無重力の世界だ。浮かんでいるかのようにふわふわ踊りながら星を撒く。パッパッパッ。宇宙の音楽、パッパッパッ。
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文庫版p.96


 こんなに楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、絵を描く人はどんな人なんだろうと思っていると。


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 恐怖心はふいにやってくるけれど、一度想像を始めると止まらなくなって困る。引き出しが少し開いているあの隙間から誰かのぞいていたらどうしよう。私が出かけている間に、流しの下の棚に誰か入りこんでいたらどうしよう。鉄三があらぬ方向を凝視している。猫は幽霊が見えるんだ。「おーい、そっちを見ないで、私を見てよ!」と叫んでいる。小さい頃に聞いたくだらない話が走馬灯のように頭を巡りだす。
 怖いと心臓がどきどきしてくる。「怖がっている人には、おばけが面白がって余計出てしまうんだ!」などと考えだすと、どきどきがどんどん激しくなって体が揺れだす。そうしたら、「もはや地震かも!」と勘違いして、鉄三を抱いて風呂場へ走る。つけっぱなしのテレビを見ても地震速報が流れない。なんだ、勘違いか、と横になるがまたどきどきして体が揺れる。今度こそ地震だ! 鉄三を抱いて風呂場へ! 地震速報はまたもやないぞ! 横になる! どきどきする! 体が揺れる! 地震だ!
 こんなことを繰り返しているうちに空が明るくなり、ようやく体がぐったり重くなって眠りに入る。そんな日々が続いたりした。
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文庫版p.22


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 20代前半だったと思う。身の周りでやたらと事故や事件が起こるようになった。大きな交差点の角にあるお店でバイトをしていた時、何気なく窓の外を見ていたら大きなトラックと乗用車が衝突した。トラックはひっくり返った。車を4台も乗せているトラックだったので大惨事になった。別の日も、私の横を通り過ぎていったバイクが目の前で車に衝突した。電車に乗っていると、真後ろで殴り合いが始まった。私の乗っている電車に人が飛び込んだ。家に帰る途中、消防車や救急車がたくさん停まっていて道が通れない。隣の家が放火されていた。その家は全焼したが、私の家は奇跡的に無事だった。
 世の中物騒だな、と思っていた。こんなに事件が増えて、日本も怖いなー、なんて。ある日友だちとお酒を飲んでいてこの話をしたら、「それはおかしいから、私の母に会いに来い」と言われた。友だちのお母さんは、律師と言って、分かりやすく言うと偉いお坊さんなのだそう。そこで後日会いに行ってみると、友だちのお母さんは開口一番、「あんた、ぼーっとしてたらあかん」と言った。
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文庫版p.58


 そして、もちろん、猫エッセイもあります。


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 こうやっていざ、文章に書こうと思っても愛おしい。毎日、愛でる。胸が高鳴る。
(中略)
 飼い主の私であっても、突如噛まれたりひっかかれたりすることは日常茶飯事だ。毎朝顔を叩かれたり足の指を噛まれたりして起こされるのだが、かといって、鉄三は抱っこをされるのも撫でられるのも大っ嫌い。だけど、どれだけ攻撃されても私は懲りずに抱っこしてグリグリ顔を押し付ける。私の腕は傷だらけだが、最高に幸せだ。
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文庫版p.69、72


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しろねこのうた

  せんせいは どうして しろい ふくを きているの
  しろねこと くらして いるからよ

  むずかしい はなしを すると めが しろくなるね
  しろねこと くらして いるからよ

  とれたことのない とりを まいにち ねらう
  ほんものの ねずみを みたことない
  めを ダイヤにして いぬと たたかう

  わたしが おどりくるうのを くろめで みている
  うたを うたうと ひっくりかえる
  あしたも ぜったい とりを ねらう
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文庫版p.80


 何となく、はじめて翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイを読んだときの感激がよみがえってくるような気がします。



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『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』(小林武彦) [読書(サイエンス)]

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 もうひとつのヒトゲノムプロジェクトによる発見は、研究者たちにさらに大きな衝撃を与えました。ヒトゲノムプロジェクトで分かった30億塩基対の全ゲノムのうち、なんと98%がタンパク質をコードしていない「非コードDNA領域」だったのです。これは、多くの研究者の予想以上でした。なぜかというと、ヒトの体はタンパク質でできています。そのため、ゲノムはそのタンパク質を指定する情報(コードDNA)がメインだと考えられていたからです。実際、ヒトゲノムプロジェクトよりも前にゲノムが決定された細菌や酵母菌では、ゲノムの大半がコードDNA領域でした。
 では、この「非コードDNA領域」はいったい何なのでしょうか。
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新書版p.42


 遺伝子、すなわちタンパク質合成に使われる「コードDNA領域」がヒトゲノムに占める割合はわずか2%でしかない。では残りの98%である「非コードDNA領域」はいったい何をしているのだろうか。

 遺伝子の発現調節から進化の加速まで、かつてはジャンク(ゴミ)と見なされていた「非コードDNA領域」が果たしている驚くべき働きについて、最新の研究成果を教えてくれる興奮のサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年10月、Kindle版配信は2017年10月です。


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 ヒトのゲノムを大雑把にひとことで言うなら、「細胞の外から飛び込んできたトランスポゾンがゲノム中で勝手に増えまくり、加えてDNA合成酵素が空回りして同じ配列を何度も合成して繰り返し配列を増やし、その結果ゲノムの大部分は膨大な非コードDNAによって占領されてしまい、肝心のコード領域(エクソン)はぽつんぽつんと離れ小島のように浮かんでいる」といった状態なのです。(中略)ヒトのゲノムは、98%が非コードDNA領域であり、ここがゲノムの本体と言っても言い過ぎではないでしょう。ということは、非コードDNA領域がなんらかの機能を持っていると考えるのが普通です。では、その機能とはいったいなんなのでしょうか。
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新書版p.46、56


「内容が難しいというわけではなく、最新のデータとそれをもとにした著者の考えを織り交ぜて、非コードDNAの凄さを紹介します」(新書版p.110)とのことで、基礎から最新情報までを教科書的にまとめるだけでなく、そこから一歩踏み込んで、まだ分かってないことや、専門家としての著者の見解も、積極的に書いてくれる、どうにもワクワク感が止まらない一冊です。

 全体は4つの章から構成されています。


「第1章 非コードDNAの発見、そしてゴミ箱へ」
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 ヒトゲノムプロジェクトは完了したことになっていますが、じつは繰り返し配列が多い非コードDNA領域は正確には読めていません。それでも「ゲノムの解読は完了した」と言っているのは、「遺伝子領域は読めた。非コードDNA領域にはどうせ大した機能はないだろう」という見込みがあったからです。つまり、非コードDNA領域は意味のないものとして「ゴミ箱」に捨てられてしまったのです。
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新書版p.52

 まずは基礎のおさらいから。DNAの構造判明からヒトゲノム計画までの歴史を振り返り、非コードDNAの発見に至る経緯を再確認します。


「第2章 ゴミからの復権」
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 転写調節領域は遺伝子の発現の時期と量のみならず、遺伝子を転写し始める位置も変化させます。(中略)選択的スプライシングの情報も、非コード領域に存在します。以上のように遺伝子発現は非コードDNA領域によって制御されているのです。

 上で述べた遺伝子の発現の調節に関する非コードDNA領域の役割は、染色体の持つ「ソフトウェア」的な部分です。ゲノムを設計図にたとえれば、そこに書かれている内容に相当します。それ以外にも非コードDNA領域の「ハードウェア」的な、つまり設計図の複製、折りたたみ方、保存などに相当する役割も存在します。
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新書版p.80、81

 非コードDNAの短期的な仕事について。遺伝子の発現を調節する、DNAの折り畳みや展開を分子的に制御する、ゲノムの再編成を促す。ジャンク(ゴミ)と見なされていた非コードDNAが果たしている重要な役割の数々について、研究途上の最新情報も含めて詳しく解説します。


「第3章 非コードDNAと進化」
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 オートファジーのような一時的な転写誘導に加えて、長期的な変化というのもあります。その多くは、ゲノムの配列の変化によるものです。長期的な転写量の変化では、長期間にわたり特定のタンパク質の量が少なかったり、逆に多かったりするので、形態や生活習慣に変化をもたらす、いわゆる進化の選択因子になることがあります。
(中略)
 非コードDNAは、遺伝子の発現バランスを変化させることで、ヒトとサルの違いを生み出すきっかけを作りました。やがて遺伝子そのものが変化して進化が進行したと考えられます。ここではさらに踏み込んで、具体的に非コードDNAがいかに進化を加速してきたか考えてみます。
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新書版p.111、117

 非コードDNAの長期的な仕事について。非コードDNAが遺伝子発現を調節し、それにより加わる淘汰圧に応じて、遺伝子構成が長期的に変化してゆく。進化を先導、加速するメカニズムとしての非コードDNA、という驚くべき発見について解説します。


「第4章 非コードDNAの未来」
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Y染色体の進化速度から計算した今後の運命予測では、500万年後にはY染色体は消滅するという説もあります。オーストラリアの女性研究者ジェニファー・グレイヴスが主張している仮説です。テレビの番組で彼女が、なぜか嬉しそうに「500万年後には男性は地球上からいなくなるのよ」と言っていたのが印象的でした。
 いずれにせよ、Y染色体の運命としては悲観的な見方が多いようです。
(中略)
 Y染色体がなくなると予想される500万年後というのは、ゲノムが約1%変化するのに十分な時間です。ヒトとチンパンジーのゲノムの違いが約1%ということを考えれば、Y染色体消失以上のもっとショッキングな変化が人類に起こっていても不思議ではありません。
(中略)
 非コードDNA領域はコード領域を守りつつも、少しずつ変化しコード領域に影響を与えて進化を促します。すなわち非コードDNA領域は人類の行く末を決める重要な領域なのです。
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新書版p.186、196

 深刻なダメージからゲノムを保護しつつ、進化を加速する非コードDNA。ゲノムに占める割合がひたすら増え続けてきた非コードDNAが導く人類の未来とはどのようなものか。Y染色体消滅など大胆な仮説も含めた、自然進化によるポストヒューマンというテーマについて論じます。



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『DOPE』(平山素子:ダンス、加藤訓子:パーカッション) [ダンス]

 2018年2月4日は、夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行って平山素子さんと加藤訓子さんの共演を鑑賞しました。スティーヴ・ライヒの初期代表作『ドラミング』全曲演奏とダンス、公演時間は70分です。

 『ドラミング』を使ったダンス公演というと、個人的にはローザス版とローラン版を観たことがあります。いずれも十名を超える出演者たちによる渾身の舞台でした。


  2015年04月20日の日記
  『ドラミング』(アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ローザス)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20

  2009年10月06日の日記
  『La Vie qui bat (躍動する生命)』(ジネット・ローラン、オー・ベルティゴ)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2009-10-05


 それが今回のバージョンは、演奏者もダンサーも1名ずつ、2人だけのデュオ公演という最小限構成というので驚きました。加藤訓子さんが『ドラミング』の各パート演奏を多重録音して流し、録音されてないパートを生演奏して共鳴させ、それをバックに平山素子さんが踊る、という舞台です。

 DOPEというのは薬物摂取(ドーピング)の略ですが、日本語にすると「ヤバい」に近い言葉。両名ともヤバさ全開の勢いで観客を引き込んでゆきます。

 平山素子さんのダンスは、ドラミングの強烈なリズムにそのまま乗るのではなく、その酩酊効果を背景にした小さな動きや姿勢変化(音に操られているような印象を受けます)から始まって、痙攣や転倒などの動きが加わり、観客の感情を刺激してゆきます。音とリズムに翻弄されつつも冷徹な視線で観客をまっすぐ見つめてくるので、正直ビビります。

 加藤訓子さんもダンスといってよいほど大きく、激しく動きます。演奏しながら両足でくっきりとしたステップを踏み、ここぞというタイミングでは腕を高く振り上げ劇的に振り下ろす会心の一撃。生演奏も録音も全パートを本人が演奏しているので、全体の統一感は素晴らしく、複数パートの共鳴による「うねり」効果も強烈。目眩が誘発されます。

 最後は加藤訓子さんも太鼓を叩きながら前に出てきて平山素子さんといっしょに踊り、まぶしい照明が観客席に向けられ目がくらむ中、何もかもが天国的というかヤバいもんキメた感が炸裂するなか唐突に舞台が暗転するという、まあ何かの過剰摂取による死を疑似体験してしまいました。



タグ:加藤訓子
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『another BATIK 『子どもたちの歌う声がきこえる』 『波と暮らして』』(黒田育世、佐多達枝) [ダンス]

 2018年2月3日は、夫婦で世田谷パブリックシアターに行って黒田育世さん率いるBATIKの公演を鑑賞しました。佐多達枝さん振り付けによる新作『子どもたちの歌う声がきこえる』と、2015年に初演された 『波と暮らして』再演のダブルビルです。上演時間は、『子ども』が50分、『波』が70分、総計2時間(+休憩時間20分)。


『波と暮らして』

 メキシコの詩人オクタビオ・パスの短篇小説『波と暮らして』を原作とするデュエット作品。2015年に初演されたものの再演ですが、初演を見逃していたので個人的には今回が初めての鑑賞です。


[キャスト他]

演出: 黒田育世
振付・出演: 柳本雅寛、黒田育世
美術: 松本じろ


 ショパンの夜想曲(アナログレコードの音に針とび等のノイズを混ぜたノルタルジックな音源)が流れるなか、原作における「僕」を柳本雅寛さんが、「波」を黒田育世さんが、それぞれ踊ります。海辺で「波」になつかれた男が、仕方なく彼女を連れ帰って奇妙な同棲生活を始めるのですが……。

 周囲をブルーシート(海を連想させます)で囲まれた空間。アナログレコードプレーヤーを除けばほとんど何もない寒々しい印象を与える部屋で、子どものように無垢で無邪気に男を翻弄する「波」、男の心が離れてゆくことに気づいて愁嘆場を演じる「波」、男の心を取り戻したと思って喜びはしゃぎ戯れる「波」。黒田育世さんの変幻自在で官能的な動きを、柳本雅寛さんがしっかりサポートします。

 とはいえ、黒田育世さんの苦悩の表現(叫び声、うめき声と共に、激しく同じ動作を繰り返す悲嘆のダンス)があまりにも胸に刺さるために、どのシーンも悲しく、切ない印象で上書きされてしまった感があります。もの悲しい犬の遠吠えが耳から離れません。


『子どもたちの歌う声がきこえる』

 黒田育世さんを含むBATIKのメンバー7名と、客演の男性ダンサー3名、合わせて10名が踊る幻想的な作品です。


[キャスト他]

振付: 佐多達枝
台本: 河内連太
振付助手: 斎藤隆子
出演: 
黒田育世、伊佐千明、大江麻美子、大熊聡美、熊谷理沙、田中すみれ、政岡由衣子(以上BATIK)
小出顕太郎(岩田バレエ団)、中弥智博(東京シティバレエ団)、牧村直紀(谷桃子バレエ団)


 投影された抽象絵画(深い森のようにも、カビのコロニーの拡大イメージにも見えます)を背景に、全員がフード付きの白い衣装を着て踊ります。人間界とは関わりのない、深い森の精たちが踊っているのを、こっそりのぞき見ているような印象です。単純に楽しく踊っているかと思うと、大きなものに怯えたり、割とあっさり死んでしまったり、けっこう感情を揺さぶってきます。

 森の木漏れ日を連想させる美しい絵を背景に、手前に倒れて死んでいるシーンはちょっと忘れがたいものが。

 全員が無個性な白い服で登場するにも関わらず、黒田育世さんが登場すると場の雰囲気が変わります。同じ振りでも、非常に細かく、精微に動いていて、どうにも「怖い」という印象が残りました。



タグ:黒田育世
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『猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選』(中村融:編集・翻訳) [読書(SF)]

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 ここにお届けするのは、猫にまつわるSFとファンタジーを集めた日本オリジナル編集のアンソロジーである。とはいえ、「猫にまつわるSFとファンタジー傑作選」では長すぎるので、副題には「猫SF傑作選」と銘打った。
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文庫版p.432


 マシュマロを焼く猫、人語を話す猫、宇宙戦艦に猫パンチかます猫、人間を出し抜こうと画策する猫。地上で、宇宙で、それぞれに魅力的な猫が活躍するSFとファンタジーの海外短篇を10篇収録した傑作アンソロジー。文庫版(竹書房)出版は2017年9月です。


[収録作品]

『パフ』(ジェフリー・D・コイストラ)
『ピネロピへの贈りもの』(ロバート・F・ヤング)
『ベンジャミンの治癒』(デニス・ダンヴァーズ)
『化身』(ナンシー・スプリンガー)
『ヘリックス・ザ・キャット』(シオドア・スタージョン)
『宇宙に猫パンチ』(ジョディ・リン・ナイ)
『共謀者たち』(ジェイムス・ホワイト)
『チックタックとわたし』(ジェイムズ・H・シュミッツ)
『猫の世界は灰色』(アンドレ・ノートン)
『影の船』(フリッツ・ライバー)


『パフ』(ジェフリー・D・コイストラ)
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 夏がすぎ、娘は目に見えて成長をつづけたが、パフは違っていた。いつ見ても永遠の子猫のままで、四六時中跳ねまわり、なにを見ても大喜びで、それはいかにも子猫らしかった。
 生物工学的に加えられた差異以外にも、パフにはひどく特別な点がある、とわたしがはじめて気づいたのは、彼がマシュマロを焼いているところに出くわしたときである。
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文庫版p.15

 成猫にならないよう遺伝子操作された子猫。だが生涯で最も学習能力の高い年齢のまま何年も生きている子猫は、制約なしに学習を続け、ひたすら知能を向上させてゆく。子猫がマシュマロを焼いているのを見たとき、語り手はそれが意味する危険性に気づいたが……。人為的に知能を向上させられた猫による復讐譚。ややホラーテイストであるにも関わらず、賢い猫がすごく可愛い。


『ベンジャミンの治癒』(デニス・ダンヴァーズ)
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 なぜベンが生き返り、そして生きつづけているのか、ぼくは知らない。手掛かりひとつない。それに答えが得られるまでは、以上が結論だ。神にはなにか計画があるのかもしれず、その場合なんの明確な指示も受けていないぼくは、なにをしようとその計画を台無しにするだろう。だが、もし神になんの計画もないのなら、ぼくは現状以外のことを考えだす義務が自分にあるとは感じない。だれもが死ぬという現状以外のことを。それが世の常というものだ。ベンを例外として。
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文庫版p.79

 奇跡が起きた。死んでしまった猫が蘇ったのだ。それからずっと、歳をとらない猫と一緒に過ごしてきた語り手。やがて歳月は流れ、ついに誰とも家庭を持たないまま猫と二人だけで生きてきた語り手の命がまさに尽きようとしているとき、猫がとった行動とは。ぼろぼろに泣けるファンタジー作品。律儀な猫がすごく可愛い。


『ヘリックス・ザ・キャット』(シオドア・スタージョン)
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「ま、きみが愚かなのはしかたがないが、それ以上愚かになることはないよ、ピート。吾輩が変わったと思っているようだが、それは違うね。きみにとっては、そのことをはやく理解するにこしたことがない。それと、頼むから吾輩に対して感情的になるのはよしてくれないか。退屈だ」
「感情的?」ぼくは叫んだ。くそったれ、たまにちょっとくらい感情を表に出すのがなぜいけない? とにかくいったいどうなってるんだ? この家の主人はいったいだれだ? だれが家賃を払ってる?」
「そりゃあきみだよ」とヘリックスは穏やかに言った。「おかげでますますきみがバカに見えるがね。吾輩なら徹底的に楽しめることでないかぎり、なにひとつしないのに。さあ、もういいかげんにしたまえ、ピートくん。子どもじみたふるまいをする年じゃなかろう」
 ぼくは重い灰皿をひっつかみ、猫に向かって投げつけた。ヘリックスは優雅に身を伏せて灰皿をかわした。「おやおや! そこまでしてバカの実例を見せてくれなくても」
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文庫版p.160

 とある事情で人語を話すようになった猫。当然ながら一人称は「吾輩」で、飼い主のことは下僕あつかい、上から目線で馬鹿にしてくる。飼い主と猫とのカトゥーンめいた戦いをユーモラスに描く作品。生意気な猫がすごく可愛い。


『宇宙に猫パンチ』(ジョディ・リン・ナイ)
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戦闘態勢にあるケルヴィンの背中の毛が逆立ち、尻尾は瓶洗い用のブラシさながらに太くふくらんでいる。ちっぽけな生きものが自分の千倍も大きな敵を威嚇するために、せいいっぱい自分を大きくみせようとしている姿に、ジャーゲンフスキーは心を打たれた。
「ふんぎゃあぁぁぁぁぁ!」ケルヴィンはわめいた。その声は怒りの度合いを示すかのように高く低く響き渡った。目は巨大なメインスクリーン上の赤い、ヘビのような戦艦をしっかと見据え、ふくらんだ尻尾が前にうしろに揺れている。
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文庫版p.206

 人類の宇宙船が、敵性エイリアンの宇宙戦艦から攻撃を受ける。まず船内の乗組員をすべて麻痺させた敵は、次に船体を破壊すべくレーザー砲を向けてくる。だが、船内には麻痺していない獣が一匹残っていた。怒りのあまり飛び上がって、メインスクリーンに映る敵戦艦の鼻先に、猫パンチ、猫パンチ、猫パンチ。それを火器管制コンピュータは攻撃命令と解釈した……。船猫がたった一匹で宇宙戦艦と戦う痛快なスペースオペラ作品。獰猛な猫がすごく可愛い。


『共謀者たち』(ジェイムス・ホワイト)
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第三生物研究室――巨大な〈船〉の半分以上も離れたところにある――で〈大きな者たち〉や、中継任務についていない〈小さな者たち〉に囲まれているホワイティを思いうかべたとたん、フェリックスはしばし畏敬の念に襲われた。その全員が〈脱出〉のために働いているのだ。そして第三研究室を種子貯蔵庫、中央司令室、機関室のような場所とつなげている別のテレパシー中継役たち……。外の通廊にいる〈小さな者〉からのじれったげな思考を捉えて、フェリックスはあわてて心を報告にもどした。
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文庫版p.222

 恒星間宇宙船に積み込まれていた実験動物たちが、無重力環境に長くさらされたため、知能を発達させた。自分たちの運命に気づいた彼ら、すなわちネズミ、モルモット、そしてペットである鳥と猫は、宇宙船からの脱出計画を立てる。人間の乗組員に絶対に気づかれないよう準備を進めなければならない。だが、猫はその凶暴性ゆえに他の共謀者全員から不信感を持たれていた……。動物たちを主役にしたサスペンスフルな『大脱走』。悩める猫がすごく可愛い。



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