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『眠れる海』(野口あや子) [読書(小説・詩)]

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奔馬のよるの・水道のさびしきうねり・水の奥には過去があること
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失速はしないしきみもゆるさない 前のボタンははずして言えよ
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白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる
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風邪ひかないようにねいずれは死んでね 煙草の丸い断面燃やす
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芹吐けり冬瓜吐けりわたくしのむすめになりたきものみな白し
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大丈夫だいじょうぶなどと子を抱いて隣人を殺しに行くような日々
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 ごくありふれた光景からひそやかに繰り出される鋭い刃。愛憎に刺されるような暗器歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年9月です。


 まずは、日常的なシーンに油断しているうちに不意にほとばしる負の激情が胸を刺してくるような作品が印象的です。


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バスタブに湯を張りながら憎しみが水中花のようにひらくのをみる
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シロップに撓むレモンよこんりんざいよけいなことしたくない
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あたためたミルクの膜のひだ寄せて厭世は濡れながらよりきたり
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ああきみは首尾よく日々を組み立てて羽毛布団のなかにしずめり
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カステラが人気の街でカステラを食べず引っ越す 子供も産まぬ
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奔馬のよるの・水道のさびしきうねり・水の奥には過去があること
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 親しい人、おそらくは恋人に対して投げかけられる小さな敵意の鋭さ。皮膚にかすかに痛みが走ったあと血がにじんでくるようです。そして出血が意外に止まらない。


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失速はしないしきみもゆるさない 前のボタンははずして言えよ
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くせのある毛髪にワックス伸ばしあなたはみんなあかのたにんだ
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ねむりたるきみののどへと刃をむけるあそびのように追い詰められて
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白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる
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糸屑を指から指にうつしつつ いっしょう好きよ/死ぬまで嫌い
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風邪ひかないようにねいずれは死んでね 煙草の丸い断面燃やす
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 日々の暮らしもまるで戦場。でも逃げない、引かない、折れない。


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玄関でショートブーツを脱ぐまでのふりかえったら奈落に落ちる
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あまぐもよ 傘ももたずに受け止めてあげるすべての悪意でおいで
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うなじから裂けばゆっくりあふれ出る都ありけり、戦場である
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ミソジニーとめどなきひとわれを抱きしばらくわれをわすれておりぬ
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芹吐けり冬瓜吐けりわたくしのむすめになりたきものみな白し
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大丈夫だいじょうぶなどと子を抱いて隣人を殺しに行くような日々
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 というわけで、どこにどんな刃が仕込まれているか分からない、皮膚がちりちりするような気持ちで読む歌集です。



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『短歌タイムカプセル』(東直子、佐藤弓生、千葉聡) [読書(小説・詩)]

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 五七五七七の音数律をもつ短歌は、1300年以上も前から現在まで受け継がれている詩形です。教科書に載っている『万葉集』や『古今和歌集』は、タイムカプセルなのです。私たちはそれを掘り返し、開けてみることで、一千年以上も昔の人の思いを知り、その人に心を寄せることができるのですから。
 2000年代の最初の世紀に入った今、私たちは『短歌タイムカプセル』を作りました。まさに現在、多くの人に愛されている現代歌人の作品を、未来に届けたい名歌を、この一冊にまとめました。
 この本が一千年後、タイムカプセルの役割を果たすことを願っています。そして、はるかな未来にいる誰かの笑顔を想像しながら、今、みなさんにこの一冊をお渡しします。
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単行本p.7


 現代歌人115人の作品から選ばれた総数2300首を「一千年の未来のためのタイムカプセル」としてまとめた一冊。単行本(書肆侃侃房)出版は2018年1月です。


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 ときどき「短歌をもっと読んでみたい」「自分でも短歌をつくりたい」という生徒が現れる。私は嬉しくなって、手もとにある歌集を貸す。それを返しに来るとき、生徒は言う。
「こういう短歌の本は、どこで買えますか?」
 多くの歌集は一般の書店に置かれていないし、わりと高価だ。生徒たちの小遣いで買える短歌の本をつくりたい。できれば一冊で、たくさんの歌人に触れることのできる本がほしい。
 その願いが、この本で叶えられた。これから短歌の世界に入っていく人たちにとって、心強いガイドとなる一冊である。多くの方が、それぞれの心の自由を守れますように。
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単行本p.245


 現代歌人115人を取り上げ、それぞれの作品を一人あたり20首選び、さらにそのうち1首につき編者による解説を加える、というフォーマットで書かれた短歌アンソロジーです。

 これまでに紹介したことがある現代短歌アンソロジーとも一部重なっていますが、とにかくこの三冊で現代短歌の全貌に触れることが出来るわけですから、「古典じゃない今の短歌」を読みたいと思った方は、まずはこの三冊から始めるとよいと思います。ちなみに他の二冊の紹介はこちら。


  2017年03月08日の日記
  『桜前線開架宣言』(山田航)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-08

  2017年04月20日の日記
  『太陽の舟 新世紀青春歌人アンソロジー』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-20


 本書『短歌タイムカプセル』に収録された現代歌人は次の通りです。(あいうえお順に掲載されています)


安藤美保
飯田有子
池田はるみ
石川美南
伊舎堂仁
井辻朱美
伊藤一彦
内山晶太
梅内美華子
江戸雪
大口玲子
大滝和子
大塚寅彦
大辻隆弘
大西民子
大松達知
大森静佳
岡井隆
岡崎裕美子
岡野大嗣
荻原裕幸
奥村晃作
小野茂樹
香川ヒサ
春日井建
加藤治郎
加藤千恵
川野里子
河野裕子
北川草子
木下龍也
紀野恵
葛原妙子
栗木京子
黒瀬珂瀾
小池純代
小池光
小島なお
小島ゆかり
五島諭
小林久美子
今野寿美
三枝昂之
斉藤斎藤
佐伯裕子
坂井修一
笹井宏之
笹公人
笹原玉子
佐藤弓生
佐藤よしみ
佐藤りえ
陣崎草子
杉﨑恒夫
仙波龍英
染野太朗
高野公彦
高柳蕗子
竹山広
辰巳泰子
田丸まひる
俵万智
千種創一
千葉聡
塚本邦雄
寺山修司
堂園昌彦
土岐友浩
永井祐
永井陽子
中島裕介
永田和宏
永田紅
中山明
西田政史
野口あや子
服部真里子
花山周子
花山多佳子
馬場あき子
早川志織
早坂類
林あまり
東直子
平井弘
福島泰樹
藤本玲未
藤原龍一郎
フラワーしげる
干場しおり
穂村弘
前田透
正岡豊
枡野浩一
松平盟子
松村正直
松村由利子
水原紫苑
光森裕樹
三原由起子
村木道彦
望月裕二郎
柳谷あゆみ
山崎郁子
山崎聡子
山下泉
山田航
山中智恵子
雪舟えま
横山未来子
吉岡太朗
吉川宏志
吉田隼人
米川千嘉子
渡辺松男


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『Down Beat 11号』(柴田千晶:発行者代表) [読書(小説・詩)]

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          大森、ああ哀愁のふたり
くるったようにへんな貝をばくばく喰っている
          モース博士ごめんなさい
       死んだことや生きていることが
           まるで他人事のように
    とてもせんめいに晴れわたっています
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『大森貝塚』(廿楽順治)より


 詩誌『Down Beat』の11号を紹介いたします。お問い合わせは、次のフェイスブックページまで。

  詩誌Down Beat
  https://www.facebook.com/DBPoets


Down Beat 11号
[目次]

『帰路』『夏下』(小川三郎)
『アヴェ・ヴェルム・コルプス(k618)』『一杯の珈琲』(金井雄二)
『青空 scene11』(柴田千晶)
『歩く』『走る』(谷口鳥子)
『大森貝塚』『高幡不動様』(廿楽順治)
『たぬきばやし』(徳広康代)
『堕秋』(中島悦子)
『冬の旅/オートバイ』(今鹿仙)


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電車の乗客が
川の流れを見下ろしていた。
川には魚が住んでおり
電車の乗客を見上げていた。

何人かの乗客は
その川が終点だと思い込んで
飛び込んだ人もいた。

魚どもは優雅に円を描いて泳ぎ
川の面と川の底から
時間を消失させていた。

雲はどんどん湧き上がり
いまや空の頂点にまで達していた。
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『夏下』(小川三郎)より



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『SFが読みたい! 2018年版』 [読書(SF)]

 今年もやってきました、昨年のベストSF発表。自分がどれだけ読んでいたか確認してみました。2017年におけるSF読書の結果です。

 国内篇ベスト30のうち読んでいたのは7冊、海外篇ベスト30のうち読んでいたのは6冊。総計して、2017年のベストSF60冊のうち、13冊しか読んでいませんでした。ヒット率22パーセント、過去最低記録を着々と更新中。パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……。

 参考までにベストSF2017のうち私が読んでいた作品について、読了後に書いた紹介をリストアップしておきます。これから読もうかと思っている方に参考になれば幸いです。


2017年11月06日の日記
『公正的戦闘規範』(藤井太洋)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-06


2017年06月06日の日記
『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-06-06


2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


2017年10月26日の日記
『機龍警察 狼眼殺手』(月村了衛)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-26


2017年08月30日の日記
『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、上田早夕里)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-30


2017年02月21日の日記
『AIと人類は共存できるか?』(早瀬耕、藤井太洋、長谷敏司、吉上亮、倉田タカシ、人工知能学会:編集 )
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-02-21


2017年01月26日の日記
『カブールの園』(宮内悠介)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-26


2017年09月06日の日記
『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通・幹遙子・市田泉:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-06


2017年09月28日の日記
『時間のないホテル』(ウィル・ワイルズ、茂木健:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-28


2018年02月01日の日記
『猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選』(中村融:編集・翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-02-01


2018年01月11日の日記
『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-11


2017年01月17日の日記
『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』(ヘンリー・カットナー、フリッツ・ライバー、フレデリック・ポール、他、伊藤典夫:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-17


2017年07月26日の日記
『ピンポン』(パク・ミンギュ、斎藤真理子:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-26



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『子ら子ら』(康本雅子、小倉笑) [ダンス]

 2018年2月11日は、夫婦でYCCヨコハマ創造都市センターに行って康本雅子さんの新作公演を鑑賞しました。


[キャスト他]

振付・演出: 康本雅子
出演: 小倉笑、康本雅子


 シアタートラムで観た『絶交わる子、ポンッ』から5年。ついに康本雅子さんのダンスを再び観ることが出来ました。小倉笑さんと二人で、母と子のあれこれを演じます。突然のぐずりに絶叫、キレる母、暴れる母、意味不明な激突、唐突な仲直り、差し込む暴力、発作的愛情表現、何だかもうよく分からないやりとり、吹っ飛び散り散り母子の会話。

 もう焼けたかな(子どもひっくり返し)、まだかな(子どもひっくり戻し)、もう焼けたかな(子どもひっくり返し)、まだかな(子どもひっくり返し)。

 康本雅子さんも今や二児の母とのことで、おそらくご自身の体験が存分に活かされているであろう爆裂子育て発狂育児リアリティ吹き荒れる80分。あまりの不穏さに観客席の子どもが泣き出してしまうという。

 康本雅子さんがソロで踊るシーンには思わず見入ってしまいます。特に奇矯な動きはしてないのに、意表をつかれまくる不思議な踊り。うまく把握できないでいるうちに、どんどん踊っていっちゃう謎のダンス。とても心地よいのに、なぜだか居心地悪さも同居しているような、独特の雰囲気に会場がのまれてゆきます。



タグ:康本雅子
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