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『ホロホロチョウのよる』(ミロコマチコ) [読書(随筆)]

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自分のことを書くのがこんなに難しいとは知らなかった。
打ち合わせの後、牧野さんと徳留さんと焼き鳥屋さんでお酒をのみながら私の小学校時代の作文を読み、「文章の書き方が何も変わっていない」と3人で大笑いした。まさかその作文が口絵に使われるとは。
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文庫版p.124


 独特のタッチと色彩で描く動物画や植物画で多くの人々を魅了する画家、ミロコマチコさんのエッセイ集。文庫版(港の人)出版は2011年9月です。

 まず、ミロコマチコさんの画風をご存じない方は、次のページを眺めてみて下さい。

  ミロコマチコ公式ページより「絵のいろいろ」
  http://mirocomachiko.com/painting/

 どこか懐かしく、楽しい気分になってくるこういう絵は、いったいどのようにして生まれるのでしょうか。その秘密が明らかに。


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 まず、黒いスプレーでもぐらの形を描く。少し離れて見る。いい。予想とは違うけど、いい。うんうん。ちえちゃんが後ろで眺めている。黒い目をグリグリ描いてみた。少し離れて見る。かわいい。うんうん、かわいい。たまごが半分に割れたようなギザギザした手を描いてみた。少し離れて見る。最高。いいよ、かわいいよ。

「いつもそうやって描くんですか」。突然ちえちゃんが話しかけてきた。「何かおかしいことがあるかい?」と聞くと、「すごく自分の絵を褒めるんですね」と言う。
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文庫版p.16


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 ある時、いつもの曲がり角にタイル張りの壁がどーんとあらわれた。タイルの一つひとつがぷかぷか波打って、まるでワニの背中みたいだと思った。歩きながら、あの壁がワニの背中だったら、私の駅までの道のりはどんなにエキサイティングでデンジャラスなんだろうと想像する。
 次の日、ワニの背中を見に同じ道を通ると、昨日のぷかぷかのタイルが嘘のように整然と平らに並んでいた。訳が分からず、私の頭がぷかぷかしてしまった。
 あのワニがどこへ行ったか誰も教えてくれない。だから私はこの場所に作ることにした。そしてこのワニがまた町に戻ってくることを願っている。
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文庫版p.28


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 クジラの体は、フジツボが付いていたり、食べる時に格闘するイカの吸盤の痕が付いていたり、ひどい時にはサメがかじっていったりするので、傷だらけだ。だから、群青色の体の上に銀色の絵の具を撒いた。絵の具を撒くと、布と養生シートに当たって、雨が降り始めた時のような音がする。銀色をたっぷりつけた筆を振ると、絵の具が飛び散る。パッパッパッ。もう一度振る。パッパッパッ。どんどん振ると、小さな星のように見えてきて、まるで宇宙のようになった。星を撒く。パッパッパッ。急にぐーんと頭の中が広がる。大きなクジラの中には宇宙があったんだ。ここは無重力の世界だ。浮かんでいるかのようにふわふわ踊りながら星を撒く。パッパッパッ。宇宙の音楽、パッパッパッ。
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文庫版p.96


 こんなに楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、絵を描く人はどんな人なんだろうと思っていると。


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 恐怖心はふいにやってくるけれど、一度想像を始めると止まらなくなって困る。引き出しが少し開いているあの隙間から誰かのぞいていたらどうしよう。私が出かけている間に、流しの下の棚に誰か入りこんでいたらどうしよう。鉄三があらぬ方向を凝視している。猫は幽霊が見えるんだ。「おーい、そっちを見ないで、私を見てよ!」と叫んでいる。小さい頃に聞いたくだらない話が走馬灯のように頭を巡りだす。
 怖いと心臓がどきどきしてくる。「怖がっている人には、おばけが面白がって余計出てしまうんだ!」などと考えだすと、どきどきがどんどん激しくなって体が揺れだす。そうしたら、「もはや地震かも!」と勘違いして、鉄三を抱いて風呂場へ走る。つけっぱなしのテレビを見ても地震速報が流れない。なんだ、勘違いか、と横になるがまたどきどきして体が揺れる。今度こそ地震だ! 鉄三を抱いて風呂場へ! 地震速報はまたもやないぞ! 横になる! どきどきする! 体が揺れる! 地震だ!
 こんなことを繰り返しているうちに空が明るくなり、ようやく体がぐったり重くなって眠りに入る。そんな日々が続いたりした。
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文庫版p.22


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 20代前半だったと思う。身の周りでやたらと事故や事件が起こるようになった。大きな交差点の角にあるお店でバイトをしていた時、何気なく窓の外を見ていたら大きなトラックと乗用車が衝突した。トラックはひっくり返った。車を4台も乗せているトラックだったので大惨事になった。別の日も、私の横を通り過ぎていったバイクが目の前で車に衝突した。電車に乗っていると、真後ろで殴り合いが始まった。私の乗っている電車に人が飛び込んだ。家に帰る途中、消防車や救急車がたくさん停まっていて道が通れない。隣の家が放火されていた。その家は全焼したが、私の家は奇跡的に無事だった。
 世の中物騒だな、と思っていた。こんなに事件が増えて、日本も怖いなー、なんて。ある日友だちとお酒を飲んでいてこの話をしたら、「それはおかしいから、私の母に会いに来い」と言われた。友だちのお母さんは、律師と言って、分かりやすく言うと偉いお坊さんなのだそう。そこで後日会いに行ってみると、友だちのお母さんは開口一番、「あんた、ぼーっとしてたらあかん」と言った。
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文庫版p.58


 そして、もちろん、猫エッセイもあります。


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 こうやっていざ、文章に書こうと思っても愛おしい。毎日、愛でる。胸が高鳴る。
(中略)
 飼い主の私であっても、突如噛まれたりひっかかれたりすることは日常茶飯事だ。毎朝顔を叩かれたり足の指を噛まれたりして起こされるのだが、かといって、鉄三は抱っこをされるのも撫でられるのも大っ嫌い。だけど、どれだけ攻撃されても私は懲りずに抱っこしてグリグリ顔を押し付ける。私の腕は傷だらけだが、最高に幸せだ。
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文庫版p.69、72


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しろねこのうた

  せんせいは どうして しろい ふくを きているの
  しろねこと くらして いるからよ

  むずかしい はなしを すると めが しろくなるね
  しろねこと くらして いるからよ

  とれたことのない とりを まいにち ねらう
  ほんものの ねずみを みたことない
  めを ダイヤにして いぬと たたかう

  わたしが おどりくるうのを くろめで みている
  うたを うたうと ひっくりかえる
  あしたも ぜったい とりを ねらう
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文庫版p.80


 何となく、はじめて翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイを読んだときの感激がよみがえってくるような気がします。



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