SSブログ

『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』(小林武彦) [読書(サイエンス)]

――――
 もうひとつのヒトゲノムプロジェクトによる発見は、研究者たちにさらに大きな衝撃を与えました。ヒトゲノムプロジェクトで分かった30億塩基対の全ゲノムのうち、なんと98%がタンパク質をコードしていない「非コードDNA領域」だったのです。これは、多くの研究者の予想以上でした。なぜかというと、ヒトの体はタンパク質でできています。そのため、ゲノムはそのタンパク質を指定する情報(コードDNA)がメインだと考えられていたからです。実際、ヒトゲノムプロジェクトよりも前にゲノムが決定された細菌や酵母菌では、ゲノムの大半がコードDNA領域でした。
 では、この「非コードDNA領域」はいったい何なのでしょうか。
――――
新書版p.42


 遺伝子、すなわちタンパク質合成に使われる「コードDNA領域」がヒトゲノムに占める割合はわずか2%でしかない。では残りの98%である「非コードDNA領域」はいったい何をしているのだろうか。

 遺伝子の発現調節から進化の加速まで、かつてはジャンク(ゴミ)と見なされていた「非コードDNA領域」が果たしている驚くべき働きについて、最新の研究成果を教えてくれる興奮のサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年10月、Kindle版配信は2017年10月です。


――――
 ヒトのゲノムを大雑把にひとことで言うなら、「細胞の外から飛び込んできたトランスポゾンがゲノム中で勝手に増えまくり、加えてDNA合成酵素が空回りして同じ配列を何度も合成して繰り返し配列を増やし、その結果ゲノムの大部分は膨大な非コードDNAによって占領されてしまい、肝心のコード領域(エクソン)はぽつんぽつんと離れ小島のように浮かんでいる」といった状態なのです。(中略)ヒトのゲノムは、98%が非コードDNA領域であり、ここがゲノムの本体と言っても言い過ぎではないでしょう。ということは、非コードDNA領域がなんらかの機能を持っていると考えるのが普通です。では、その機能とはいったいなんなのでしょうか。
――――
新書版p.46、56


「内容が難しいというわけではなく、最新のデータとそれをもとにした著者の考えを織り交ぜて、非コードDNAの凄さを紹介します」(新書版p.110)とのことで、基礎から最新情報までを教科書的にまとめるだけでなく、そこから一歩踏み込んで、まだ分かってないことや、専門家としての著者の見解も、積極的に書いてくれる、どうにもワクワク感が止まらない一冊です。

 全体は4つの章から構成されています。


「第1章 非コードDNAの発見、そしてゴミ箱へ」
――――
 ヒトゲノムプロジェクトは完了したことになっていますが、じつは繰り返し配列が多い非コードDNA領域は正確には読めていません。それでも「ゲノムの解読は完了した」と言っているのは、「遺伝子領域は読めた。非コードDNA領域にはどうせ大した機能はないだろう」という見込みがあったからです。つまり、非コードDNA領域は意味のないものとして「ゴミ箱」に捨てられてしまったのです。
――――
新書版p.52

 まずは基礎のおさらいから。DNAの構造判明からヒトゲノム計画までの歴史を振り返り、非コードDNAの発見に至る経緯を再確認します。


「第2章 ゴミからの復権」
――――
 転写調節領域は遺伝子の発現の時期と量のみならず、遺伝子を転写し始める位置も変化させます。(中略)選択的スプライシングの情報も、非コード領域に存在します。以上のように遺伝子発現は非コードDNA領域によって制御されているのです。

 上で述べた遺伝子の発現の調節に関する非コードDNA領域の役割は、染色体の持つ「ソフトウェア」的な部分です。ゲノムを設計図にたとえれば、そこに書かれている内容に相当します。それ以外にも非コードDNA領域の「ハードウェア」的な、つまり設計図の複製、折りたたみ方、保存などに相当する役割も存在します。
――――
新書版p.80、81

 非コードDNAの短期的な仕事について。遺伝子の発現を調節する、DNAの折り畳みや展開を分子的に制御する、ゲノムの再編成を促す。ジャンク(ゴミ)と見なされていた非コードDNAが果たしている重要な役割の数々について、研究途上の最新情報も含めて詳しく解説します。


「第3章 非コードDNAと進化」
――――
 オートファジーのような一時的な転写誘導に加えて、長期的な変化というのもあります。その多くは、ゲノムの配列の変化によるものです。長期的な転写量の変化では、長期間にわたり特定のタンパク質の量が少なかったり、逆に多かったりするので、形態や生活習慣に変化をもたらす、いわゆる進化の選択因子になることがあります。
(中略)
 非コードDNAは、遺伝子の発現バランスを変化させることで、ヒトとサルの違いを生み出すきっかけを作りました。やがて遺伝子そのものが変化して進化が進行したと考えられます。ここではさらに踏み込んで、具体的に非コードDNAがいかに進化を加速してきたか考えてみます。
――――
新書版p.111、117

 非コードDNAの長期的な仕事について。非コードDNAが遺伝子発現を調節し、それにより加わる淘汰圧に応じて、遺伝子構成が長期的に変化してゆく。進化を先導、加速するメカニズムとしての非コードDNA、という驚くべき発見について解説します。


「第4章 非コードDNAの未来」
――――
Y染色体の進化速度から計算した今後の運命予測では、500万年後にはY染色体は消滅するという説もあります。オーストラリアの女性研究者ジェニファー・グレイヴスが主張している仮説です。テレビの番組で彼女が、なぜか嬉しそうに「500万年後には男性は地球上からいなくなるのよ」と言っていたのが印象的でした。
 いずれにせよ、Y染色体の運命としては悲観的な見方が多いようです。
(中略)
 Y染色体がなくなると予想される500万年後というのは、ゲノムが約1%変化するのに十分な時間です。ヒトとチンパンジーのゲノムの違いが約1%ということを考えれば、Y染色体消失以上のもっとショッキングな変化が人類に起こっていても不思議ではありません。
(中略)
 非コードDNA領域はコード領域を守りつつも、少しずつ変化しコード領域に影響を与えて進化を促します。すなわち非コードDNA領域は人類の行く末を決める重要な領域なのです。
――――
新書版p.186、196

 深刻なダメージからゲノムを保護しつつ、進化を加速する非コードDNA。ゲノムに占める割合がひたすら増え続けてきた非コードDNAが導く人類の未来とはどのようなものか。Y染色体消滅など大胆な仮説も含めた、自然進化によるポストヒューマンというテーマについて論じます。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: