『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(アンディ・ウィアー:著、小野田和子:翻訳) [読書(SF)]
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そして本書でも健在な作者の持ち味がもうひとつ。読んでいると自然にわくわく感が湧いてきて、ハラハラさせられるのも含めて楽しくなってくることだ。本書が『火星の人』の作者の新作という期待を裏切らないというのは、なによりもこの抜群のストーリーテリングのことである。
主人公も読者も、希望と絶望のあいだを何度となく往復させられつづけ、とくに下巻の最後三分の一はその頻度が増していくのに加えて、振れ幅も天国と地獄のどん底くらいに大きくなっていく。
残りページが数十ページを切っても、どうか油断することなく、作者の語り思う存分ふりまわされてください。
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単行本(下)p.314
人類を絶滅の危機から救うために深宇宙を飛ぶ宇宙船。そのなかで目覚めた主人公は、自分が誰であるかも思い出せない状態だった。地球から救出が来る可能性はなく、仲間は全滅し、たった一人で使命を達成しなければならない。失敗すれば全人類が死ぬ。成功しても自分は死ぬ。旧作『火星の人』よりもはるかにはるかに絶望的な状況に置かれた主人公は、それでも決してくじけずに、サイエンスだけを武器に過酷な運命に立ち向ってゆく。『火星の人』の著者による第三長編。単行本(早川書房)出版は2021年12月です。
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地球が困ったことになっている。太陽がアストロファージに感染している。ぼくは宇宙船に乗って、べつの太陽系にきている。この船をつくるのは容易なことではなかったし、クルーはみんな国籍がちがっていた。これは恒星間ミッション――ぼくらのテクノロジーでは不可能なはずのことだ。オーケイ。人類はこのミッションに多くの時間と努力をつぎこんだ。そしてそれを可能にしたミッシング・リンクはアストロファージだった。
筋の通る答えはひとつしかない――アストロファージ問題の解決策がここにある、ということだ。あるいは、その可能性があるということか。膨大な資源をつぎこむ価値のある有望ななにか。
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単行本(上)p.95
太陽の放射エネルギーが減少しつつある。このままでは地球は決して終わらない氷河期、そして全球凍結に突入するだろう。その原因はアストロファージだった。恒星エネルギーを吸収して運動エネルギーに変換し、宇宙空間を移動しては次々と恒星を感染させてゆく驚異の星間微生物。だがアストロファージ汚染星域の中心にありながら感染を免れている恒星系が発見される。そこを調査すればアストロファージの繁殖を阻止する何らかの方策が見つかるかも知れない……。
万策尽きた人類が最後の希望を託したのは、やぶれかぶれの一手「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。アストロファージを燃料とする恒星間宇宙船を建造し、目的の恒星系に送り込んで調査する。帰還燃料までは用意できない。情報を地球に送り返す小さな探査機を搭載するのが精一杯だった。
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これは帰るあてのない特攻ミッションだ。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴは家に帰るが、ぼくの長く曲がりくねった道(ロング・アンド・ワインディング・ロード)はここで終わる。ぼくはすべて承知のうえで志願したのだろう。しかしぼくの健忘症で穴ぼこだらけの脳にとっては初耳の話だ。ぼくはここで死ぬことになる。ここで、ひとりで死んでいくのだ。(中略)
オーケイ、死ぬのなら、その死を意味のあるものにしよう。アストロファージを阻止するためになにができるか考えよう。そして出た答えを地球に送ろう。それから……死ぬ。
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単行本(上)p.98、133
宇宙船に搭乗している現在の主人公と、少しずつ記憶を取り戻してゆく過程でフラッシュバックする過去の出来事が、交互に語られるという形式でストーリーは進んでゆきます。現在パートが中心ですが、何しろ絶対に諦めない人々ばかりがいる世界なので、過去パートも派手。
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「人類ははからずも過去一世紀のあいだに地球温暖化を引き起こしてしまった。われわれが本気になったら何ができるか、見てみようじゃありませんか」
彼の顔にたじろぎが見えた。「はあ? 冗談でしょう?」
「温室効果ガスの毛布のおかげで少しは時間が稼げる、そうですよね? 地球をパーカのように包みこんで、われわれが得ているエネルギーを長持ちさせてくれる。ちがいますか?」
「なにを――」彼は言葉に詰まった。「まちがいではない、がしかしスケールが……それに意図的に温室効果ガスを出すというのはモラルとして……」
「モラルなどどうでもいいんです」とストラットはいった。
「ほんとうにそういう人なんですよ、彼女は」とぼくはいった。
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単行本(上)p.305
ここまでで上巻の前半くらい。ここから先が圧倒的に面白くなってゆくのですが、詳細はまあ省略します。「ファーストコンタクトSF」としても「バディもの」としても傑作で、危機また危機の連続を通じて確実に胸が熱くなるでしょう。だいたい着地点が見えた、あとはエピローグが残ってるだけ、などと油断した後にやってくる読者の予想を超えた展開。すでに映画化が決まっているそうですが、映画版を観るのも楽しみです。
そして本書でも健在な作者の持ち味がもうひとつ。読んでいると自然にわくわく感が湧いてきて、ハラハラさせられるのも含めて楽しくなってくることだ。本書が『火星の人』の作者の新作という期待を裏切らないというのは、なによりもこの抜群のストーリーテリングのことである。
主人公も読者も、希望と絶望のあいだを何度となく往復させられつづけ、とくに下巻の最後三分の一はその頻度が増していくのに加えて、振れ幅も天国と地獄のどん底くらいに大きくなっていく。
残りページが数十ページを切っても、どうか油断することなく、作者の語り思う存分ふりまわされてください。
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単行本(下)p.314
人類を絶滅の危機から救うために深宇宙を飛ぶ宇宙船。そのなかで目覚めた主人公は、自分が誰であるかも思い出せない状態だった。地球から救出が来る可能性はなく、仲間は全滅し、たった一人で使命を達成しなければならない。失敗すれば全人類が死ぬ。成功しても自分は死ぬ。旧作『火星の人』よりもはるかにはるかに絶望的な状況に置かれた主人公は、それでも決してくじけずに、サイエンスだけを武器に過酷な運命に立ち向ってゆく。『火星の人』の著者による第三長編。単行本(早川書房)出版は2021年12月です。
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地球が困ったことになっている。太陽がアストロファージに感染している。ぼくは宇宙船に乗って、べつの太陽系にきている。この船をつくるのは容易なことではなかったし、クルーはみんな国籍がちがっていた。これは恒星間ミッション――ぼくらのテクノロジーでは不可能なはずのことだ。オーケイ。人類はこのミッションに多くの時間と努力をつぎこんだ。そしてそれを可能にしたミッシング・リンクはアストロファージだった。
筋の通る答えはひとつしかない――アストロファージ問題の解決策がここにある、ということだ。あるいは、その可能性があるということか。膨大な資源をつぎこむ価値のある有望ななにか。
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単行本(上)p.95
太陽の放射エネルギーが減少しつつある。このままでは地球は決して終わらない氷河期、そして全球凍結に突入するだろう。その原因はアストロファージだった。恒星エネルギーを吸収して運動エネルギーに変換し、宇宙空間を移動しては次々と恒星を感染させてゆく驚異の星間微生物。だがアストロファージ汚染星域の中心にありながら感染を免れている恒星系が発見される。そこを調査すればアストロファージの繁殖を阻止する何らかの方策が見つかるかも知れない……。
万策尽きた人類が最後の希望を託したのは、やぶれかぶれの一手「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。アストロファージを燃料とする恒星間宇宙船を建造し、目的の恒星系に送り込んで調査する。帰還燃料までは用意できない。情報を地球に送り返す小さな探査機を搭載するのが精一杯だった。
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これは帰るあてのない特攻ミッションだ。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴは家に帰るが、ぼくの長く曲がりくねった道(ロング・アンド・ワインディング・ロード)はここで終わる。ぼくはすべて承知のうえで志願したのだろう。しかしぼくの健忘症で穴ぼこだらけの脳にとっては初耳の話だ。ぼくはここで死ぬことになる。ここで、ひとりで死んでいくのだ。(中略)
オーケイ、死ぬのなら、その死を意味のあるものにしよう。アストロファージを阻止するためになにができるか考えよう。そして出た答えを地球に送ろう。それから……死ぬ。
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単行本(上)p.98、133
宇宙船に搭乗している現在の主人公と、少しずつ記憶を取り戻してゆく過程でフラッシュバックする過去の出来事が、交互に語られるという形式でストーリーは進んでゆきます。現在パートが中心ですが、何しろ絶対に諦めない人々ばかりがいる世界なので、過去パートも派手。
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「人類ははからずも過去一世紀のあいだに地球温暖化を引き起こしてしまった。われわれが本気になったら何ができるか、見てみようじゃありませんか」
彼の顔にたじろぎが見えた。「はあ? 冗談でしょう?」
「温室効果ガスの毛布のおかげで少しは時間が稼げる、そうですよね? 地球をパーカのように包みこんで、われわれが得ているエネルギーを長持ちさせてくれる。ちがいますか?」
「なにを――」彼は言葉に詰まった。「まちがいではない、がしかしスケールが……それに意図的に温室効果ガスを出すというのはモラルとして……」
「モラルなどどうでもいいんです」とストラットはいった。
「ほんとうにそういう人なんですよ、彼女は」とぼくはいった。
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単行本(上)p.305
ここまでで上巻の前半くらい。ここから先が圧倒的に面白くなってゆくのですが、詳細はまあ省略します。「ファーストコンタクトSF」としても「バディもの」としても傑作で、危機また危機の連続を通じて確実に胸が熱くなるでしょう。だいたい着地点が見えた、あとはエピローグが残ってるだけ、などと油断した後にやってくる読者の予想を超えた展開。すでに映画化が決まっているそうですが、映画版を観るのも楽しみです。
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