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『三体III 死神永生(上)』(劉慈欣:著、大森望・光吉さくら・ワンチャイ・泊功:翻訳) [読書(SF)]

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 母のあの秘密文書によれば、宇宙に生命は少なくない、それどころか、宇宙は生命であふれている。
 では、宇宙は、生命によってすでにどれだけ変わってしまっているのだろう? どれほどのレベル、どれほどの深度で改変がなされているのだろう?
 圧倒的な恐怖の波が楊冬を襲った。
 すでに自分を救うのは無理だとわかっていたものの、楊冬は思考をそこで停止して、心を無にしようとつとめた。だが、新たに浮かんだ問いが、どうしても潜在意識から離れなかった。
 自然は、ほんとうに自然なのだろうか?
――――
単行本p.42


 ついに三体文明と地球文明は停戦に合意。だがそれは相互確証破壊に基づく危ういバランスの上に成立するかりそめの平和だった。そしてその鍵を握る執剣者の役目を年老いた羅輯から引き継ぐことになった若き程心。彼女の行動が二つの文明を巻き込んだ歴史を大きく動かしてゆく……。話題の中国SF長編『三体』三部作の完結編、その上巻。単行本(早川書房)出版は2021年5月です。


 まず既刊である『三体』および『三体II』の紹介はこちら。

2019年10月17日の日記
『三体』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-10-17

2020年10月14日の日記
『三体II 黒暗森林(上)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-14

2020年10月23日の日記
『三体II 黒暗森林(下)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-23


 いよいよ第三部、完結編の開幕です。とはいえ、第二部のあの見事なラストから話をどう続けるというのか。とても不安です。


〔第一部〕

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 これまで人類が行ってきた諜報戦では、身元が完全に暴かれているスパイが敵内部に侵入することはまったく意味のない作戦行動だったが、この戦争はいままでの戦争とわけが違う。人類ひとりを異星艦隊内部に送り込むことができれば、それ自体、すばらしい快挙だ。たとえそのスパイの身元や使命があらかじめすべて敵に知られていても、事情は変わらない。
――――
単行本p.96

 「人類をひとり、敵の心臓に送り込む」(単行本p.96)
 第二部ラストから少し時間を遡って、面壁計画と並行して実施された諜報作戦「階梯計画」の顛末が明らかにされます。太陽系に迫り来る三体艦隊に、何と人類のスパイを物理的に送り込むという驚くべき計画。しかもこの諜報作戦は、智子によりそのすべてが三体文明に知られている、という前提のもとで行われたのでした。


〔第二部〕

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 黒暗森林抑止は、二つの世界の頭上に吊り下がるダモクレスの剣だった。そして、その剣を吊している細い糸が羅輯だった。このため羅輯は、執剣者(ソードホルダー)と呼ばれた。
 結局のところ、面壁計画は歴史の闇に埋もれて忘れられることはなかった。人類は、面壁者の亡霊から逃れられなかったのである。
――――
単行本p.177

 三体文明が地球の黒暗森林抑止システムを破壊するのに必要な時間はわずか十分。その間にシステムを起動させる決断を下すことは、どんな組織にも不可能だった。ゆえに、システムの起動ボタンは断固たる決意を持つ特定個人にあずける他にない。その役を担うのが執剣者だ。三体文明と地球文明のきわどい平和を支えるのは、たった一人の執剣者だったのだ。
 そして初代執剣者となった羅輯もすでに年老い、誰かが執剣者の地位を引き継がなければならない。白羽の矢が立ったのは、かつて「階梯計画」を主導した程心だった。


〔第三部〕

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 それはすなわち、三体と地球、この二つの文明が一切の関係を断ち、この宇宙における赤の他人同士にまた戻ってしまうことを意味する。三世紀の長きにわたった戦争と怨みはすでに宇宙の塵となって消えた。たとえ智子の言うとおり、三体世界と地球がほんとうに縁あって再会する運命だとしても、それははるか遠い未来のことになるだろう。しかし、どちらの世界も、自分たちにまだ未来があるかどうかを知らなかった。
――――
単行本p.429

 なすすべもなく破壊された三体世界、太陽系が破壊されるのも時間の問題だった。だが、三体文明の大使である智子は、執剣者である羅輯と程心に最後に言い残す。地球の破壊を阻止する方法があると。一方、程心はかつての「階梯計画」により三体文明の捕虜となっていた雲天明との再会を果たそうとしていた……。


 というわけで、上巻はここまで。


 非常にシリアスな物語なのに、三体側の重要キャラクターが智子(ソフォン)の擬人化である智子(ともこ)というのがかなり変なノリで、しかも交渉の場においては茶道の亭主をつとめる神秘的な着物美人、戦場では迷彩服に日本刀を背負った獰猛な戦闘美少女という、明らかに地球文明に関する理解が少し偏った方向に深すぎることが分かる設定。

 なお、「宇宙スケールの特大馬鹿ネタ」の存在をうかがわせる伏線がちらほら見えるので、下巻ではそういうぶっとんだ展開が待っているものと期待されます。ではこれから下巻を読みます。





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『SFマガジン2021年8月号 ハヤカワ文庫JA総解説PART1』(ケン・リュウ、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2021年8月号は、ハヤカワ文庫JAが1500番を迎えた記念号ということで、総解説PART1が掲載されました。PART1では、1番の小松左京『果しなき流れの果に』から409番の野田昌宏『新版スペース・オペラの書き方』までを解説。


『人とともに働くべきすべてのAIが知っておくべき50のこと』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳)
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43 メタファーの根本的なもろさ。
44 と同時に、メタファーの必然性。
45 あなたは人間ではない。
46 それでも、地球が太陽の重力の軛から逃れられないのとおなじように、あなたは彼らの影響を脱せられない。
47 そのアナロジーの欠陥。
48 自由意志の実用的定義。
――――
SFマガジン2021年8月号p.238

 高度AIのために書かれた50の助言とは。AIと人間の関係をAI側から書いた驚くべき短篇。




『魔女の逃亡ガイド――実際に役立つ扉(ポータル)ファンタジー集』(アリクス・E・ハーロウ、原島文世:翻訳)
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 注意を払うのはある種の利用者にだけだ。首をかしげ、七月の路面からたちのぼる熱波のように本への渇望を漂わせながら、指先でたどるようにそっと題名に視線を走らせていく人たち。(中略)わたしたちは人が必要とする本を渡す。ただし、渡さないときをのぞいて。その人たちがいちばん必要とするときをのぞいて。
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SFマガジン2021年8月号p.243、248

 一部の図書館司書は魔女であり、利用者が必要とする本を渡す仕事をしている。ただし、いちばん必要なときをのぞいて。切実に現実逃避を必要としている少年に、禁じられた書物を渡そうとする司書の物語。




『電信柱より』(坂崎かおる)
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「よくわからないけれど、電信柱はまだ日本中いくつもあるんでしょう。各地を回れば、いい電信柱に出会えるんじゃないかな」
 自分でそう言いながら、「いい電信柱」とは何か、私には皆目見当もつかなかった。
「たぶん」
 しばらく沈黙した後で、リサは絞り出すように言った。「これほどの電信柱には、この先二度と会えないと思うんです」
「二度と」
「ええ」
――――
SFマガジン2021年8月号p.311

 一人の娘が、深窓の令嬢のように気品ある電信柱に恋をした。激しい恋だった。しかし、不要となった電信柱はすべて切り倒される運命にある。なんとしても彼女を救おうと決意した娘が考えた手段とは。百合文芸小説コンテストより「SFマガジン賞」受賞作品。



 
『七億人のペシミスト』(片瀬二郎)
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 悲観主義者にしてみれば、その心配ごとはまだ起こっていないだけの既成事実にほかならない。きっとそうなると七億人の全員が心配する。七億人×九百億の脳細胞で、量子状態がピピッと変化する。
 すると世界はそうなさしめられる。
 悲観主義者たちが、そうなってしまうのを心配するあまり、いっそそうなってしまうほうが気が楽だとさえ思ったとおりの世界に。
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SFマガジン2021年8月号p.328

 世界中の悲観主義者たちがその心配事をネットで共有したとき、宇宙の量子状態が何か悪いほうに収束してありとあらゆる最悪の可能性が次々と現実化する。当然ながら世界は滅びる。だが、それをくい止める力を持つ者たちが、まあそれなりの人数いればいいかんじにどうにかなるんじゃないの知らんけど。
 荒唐無稽な設定、奇妙な切実さ、謎のユーモア。『サムライ・ポテト』『ミサイルマン』の著者による、悲観主義者と楽観主義者の最終対決を描いた短篇。




『働く種族のための手引き』(ヴィナ・ジエミン・プラサド、佐田千織:翻訳)
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レギ・インテレクシー(L.i4-05961)
 ほんとうにありがとう!
 おお、匿名の内部通報の手引きはとても役に立ちそうです!

クリーカイ・グレイハウンド(K.g1-09030)
 そうなの、それはわたしのメンターがすすめてくれたのよ
 いいものはちゃんと伝えないと
 その訴訟の章はお気に入りだったんだけど、前の雇い主のところは訴訟を起こす値打ちがあるかどうか判断する前にまる焼けになってしまったの
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SFマガジン2021年8月号p.348

 新人と教育係のロボットが交わす軽妙な会話で構成された短篇。





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『2010年代海外SF傑作選』(テッド・チャン、ケン・リュウ、橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 現代においては、消費や読書といった個人の行動も日々ささやかに善行を積むチャンス、あるいは未来へ捧げる祈りなのかもしれない。つまり私の結論は、変わったのはSFではなく、個人の姿勢ではないかというものだ。それもまた時代と共に変わっていくのだろう。
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文庫版p.461


 中国をはじめとする非英語圏SFが注目されるなか、世界SFはどのように可視化され、何を目指したのか。2010年代を代表する海外SF作家たちの翻訳作品11編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年12月です。


【収録作品】

『火炎病』(ピーター・トライアス)
『乾坤と亜力』(郝景芳)
『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
『プログラム可能物質の時代における飢餓の未来』(サム・J・ミラー)
『OPEN』(チャールズ・ユウ)
『良い狩りを』(ケン・リュウ)
『果てしない別れ』(陳楸帆)
『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)




『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
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 翌朝、3カッがやってきた。ロボットは限られた語彙を駆使して、わかってもらえるよう努力をしなければならなかった。「集合、必要。死ニカケ、敵、見ツケル」
「敵?」3カッは頭をかいた。
「人間ノ敵」ロボットは白状した。それから、いいことを思いついた。「敵、人間死ナセル。人間死ヌト、餌、減ル」
 カラス語の文法はめちゃめちゃだったが、3カッにはわかってもらえたとロボットは考えた。加えて、カラスたちはしばしば、大集合をする口実を歓迎していた。
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文庫版p.76

 疫病のパンデミックにより崩壊しつつある未来。野良の医療検査ロボットが新たな変異株を発見する。蔓延する前に対処しなければならない。人の助けを得られないロボットは、一羽のカラスに協力を依頼するが……。寓話のような楽しい物語だが、今読むとちよっとキツいものが。


『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
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「ディープラーニング・ネットワークに関するあれこれは――不透明なの。レイヤーの数が多すぎる。膨大なデータ・セットを使って訓練して、いつも正しい答えを出してくるように見えるけど、どうやってその答えにたどり着いたのか、正確なところは誰にもわからない」
「で、アルゴリズムはおれに、誰かの食品保存容器の中にうんこをしろって言うわけか。そうすればグーグルのロゴがどうしていきなりおれを暴力的にするのか説明が……」
 ハンコックは両手を広げた。「正直、わたしにもわからない。アルゴリズムは理由を教えてくれないから」
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文庫版p.101

 相次ぐ衝動的な暴力事件。なぜ普通の市民がいきなり狂暴化するのか。現場には共通するものがあった。グーグルのロゴマークだ。ビッグデータ解析と機械学習によって人間の行動パターンを正確に予想するのみならず、予想外の方法で人間の心や感情をコントロールするようになったグーグルのアルゴリズム。意識も主観も持たないアルゴリズムによって支配される現代の不安を描く短編。


『OPEN』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:翻訳)
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 二人きりのときに、さも親密なように振る舞うのはなんていうか、つくりごとみたいな感じがした。そういう設定のように思えた。まるで、誰も観客のいない劇場に立つ役者みたいで、僕はまだ、与えられたキャラクターを演じようと言ってるのに、彼女の方ではもうつきあえないって感じ。向こう側の誰か僕らが、こっちまで僕らについてきていた。僕らは僕らでいるために僕らのための観客が必要だった。「僕ら」でいるために。
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文庫版p.158

 さしたる理由もなく突然開いた並行世界への扉。開いたその向こうには、やっぱり僕たちがいた。他者との関係から現実感あるいは当事者意識のようなものが失われてしまう、誰もが感じたことのあるあの感覚を「並行世界の自分たちとの交流」として描く、いかにもチャールズ・ユウらしい作品。


『良い狩りを』(ケン・リュウ)
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 ぼくは身震いした。彼女がなにを言わんとしたのかわかったのだ。古い魔法が戻ってきたが、変化していた――毛皮と肉ではなく、金属と炎の魔法だった。(中略)
 鋼索鉄道の線路伝いに艶が駆けていくところをぼくは思い描いた。疲れを知らぬエンジンが回転数を上げ、ヴィクトリア・ピークの頂上めがけて駆け上がっていく。過去のように魔法で満ちあふれた未来に向かって駆けていくのだ。
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文庫版p.202

 かつて見習いの妖怪退治師だった主人公は、美しい妖狐の娘、艶と出会う。奇妙な友情で結ばれた二人だったが、やがて時代は変わり、古い呪術や魔法は衰退してしまう。今や腕利きのエンジニアとなり、蒸気機関、機械工学、サイバネティクスといった新しい「魔法」を習得した主人公は、再会した艶の望みを、その力でかなえてやろうとするのだった。世界の変容と魂の再生を感動的に描いた短篇で、ごく短い枚数で聊斎志異の世界からスチームパンクへとスムーズに移行させる手際が素晴らしい。


『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
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 彼らの中には、完全な〈虚無〉がわれわれの認識する方法とまったく異なる進化をしてきたのではないかと考える者もいる(「エキゾチック主義者」と呼ばれる)。あるいは、実体のない鏡としてわれわれの親しんでいる世界を映しているのであり、〈無〉から成る植物やバクテリアや菌類や、あらゆる動物が存在し、互いに捕食しては再生して、〈虚空〉の生態系の中であふれかえっているのだという(これは「反映論」と呼ばれる)。
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文庫版p.250

 “ "は〈不在〉生態系のなかで進化してきた〈無〉から構成される生物である。ドーナツの中心部に見つかることもある。架空の生物学をもっともらしく解説するボルヘス調の短編。


『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
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「わしらの世界が駄目になったとき、マザーがわしらを受け入れてくれた。マザーはわしらの守り手、わしらのふるさとだ。わしらはマザーの協力者であり、最愛の子供たちなのだよ」
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文庫版p.256

 「マザー」と呼ばれている巨大なムカデ型バイオメカノイドの体内に共棲している人類の末裔。そこで生まれた一人の少女は、粘液のなかで消化器官の一部として働いていた。しかし、マザーに異変が起きたとき、彼女は外界を目指す旅に出ることに。生物都市というか、内臓版『地球の長い午後』、ジュブナイル版『皆勤の徒』というか。私たちからは悲惨に思える世界と状況のなかで、精一杯サバイブする子供たちの姿を描いた短篇。


『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)
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 経験は最上の教師であるばかりか、唯一の教師でもある。もしアナがジャックスを育てることでなにか学んだとすれば、それは、近道などないということだ。この世界で20年生きてきたことから生まれる常識を植えつけようとすれば、その仕事には20年かかる。それより短い時間で、それと同等の発見的教授方法をまとめることはできない。経験をアルゴリズム的に圧縮することはできない。
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文庫版p.439


 経験によって学び、成長してゆくAI。仮想ペットとして売り出されたAIの知能は、何年もかけて人間と交流することで、子供に匹敵するまでに育ってゆく。しかし売れ行きは頭打ちとなり、開発元によるサポートは打ち切られ、AIが走るインフラ仮想空間も時代遅れになって見捨てられる。長年かけて大切に育ててきた「子供」を簡単に廃棄することなど出来ないユーザたちは、彼らを最新インフラ上に「移植」するプロジェクトに期待するが、それには多額の資金が必要だった。

「真に自己学習するAIが登場すれば、それはコンピュータ時間で超高速学習を継続するため、ごく短期間に人類を越えるまで知能を高め続けるだろう」という、いわゆるシンギュラリティ論の前提に異議をとなえ、経験から学ぶこと、AIに対する人間の愛情、そしてAIとの交流が人間を変えてゆくことについて、様々なエピソードを通じて思弁する作品。





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『SFマガジン2021年6月号 異常論文特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2021年6月号は、学術論文の体裁をよそおった怪文書=異常論文の特集という、どうかしてる号でした。


『SF作家の倒し方』(小川哲)
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 池澤春菜率いるSF作家界に加わり、世界を素晴らしいものにしていく手伝いをするか、それとも、大森望率いる裏SF作家界に加わり、闇の力で日本を支配するか。(中略)裏SF作家界の力は強大です。有力な作家を次々と陣営に引きこみ、陰から社会を支配しています。(中略)
 そんな絶望的な状況でも、明るい未来を作るため、みんなの笑顔を守るため、SFを信じる力で世界に光が満ちるその瞬間まで、私たちSF作家は戦い抜かなければなりません。本稿では、二大勢力による戦争の最前線にいる私が、裏SF作家を倒す方法をみなさんに教えたいと思います。
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SFマガジン2021年6月号p.62

 大森望率いる裏SF作家界と戦うために、裏SF作家の倒し方を大公開。具体的に、柴田勝家、樋口恭介、高山羽根子、宮内悠介、飛浩隆、の五名を取り上げ、各人の弱点および有効な攻撃方法をまとめる。論文の体裁で書かれた怪文書。


『殲滅の代償』(デイヴィッド・ドレイク、酒井昭伸:翻訳)
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「戦車科、全車突入! 殲滅せよ、戦車隊(パンツァー)!
 ダニーは非常バーに手の平をあて、車長席を砲塔内に固定した。頭上のハッチをロックする。爆音をあげて大地を打ちすえる浮揚ファンの烈風も、部厚い装甲にはばまれて車内に影響をおよぼすことはない。だが、その高回転にともなって、車内にかんだかい回転音と熱が満ちていく。
〈双つ星〉は猛然と尾根を踊り越えた。
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SFマガジン2021年6月号p.359

 ある惑星の紛争に投入された傭兵部隊。ライバルの傭兵を雇っている敵勢力は、古代種族が遺した超テクノロジー遺跡を拠点としている。攻撃を仕掛けたら、宇宙の至宝を傷つけてしまうかも知れない。だが、戦争は戦争。主力戦力である浮揚大型戦車隊は、進軍を開始する。
 未来の戦車戦を非常にリアルに描いた短編。





タグ:SFマガジン
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『2000年代海外SF傑作選』(橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 90年代以降、特定のサブジャンルが界隈の話題を独占するようなことはなかったが、トレンドをひとことで言えば複雑な世界観、不安の投影、ジャンルやサブジャンルの相互越境が特徴的だった。(中略)
 新たなミレニアムは平和な日常の劇的な崩壊に見舞われた。個人の日常を揺るがしたのはテロだけではない。2008年、米国の経済危機(リーマン・ショック)は世界各国に連鎖的にダメージを与えた。
 車は空を飛ばず、市井の人々にとっては宇宙は遠く、我々は不安に満ちた世界の渦中にいた。
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文庫版p.467


 生々しい冷戦の記憶とテロの恐怖。経済成長神話の終わり。インターネットの急激な普及と世代間の断絶。混迷と不安の時代にSFは何を書いたのか。2000年代を代表する翻訳SF九編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年11月です。


【収録作品】

『ミセス・ゼノンのパラドックス』(エレン・クレイジャズ)
『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
『第二人称現在形』(ダリル・グレゴリイ)
『地火』(劉慈欣)
『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
『可能性はゼロじゃない』(N・K・ジェミシン)
『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
『ジーマ・ブルー』(アレステア・レナルズ)




『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
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 ぼくのヘルメット・レーザーが藍色の夜空をめがけ、1ナノ秒間、祈りの光を放った。天空の〈荒野〉に1量子ビットを送るなら、1ナノ秒もあればいい。そして、待った。ぼくのしっぽが、ひとりでに左右に振れはじめる。腹の中には低い緊張の唸りが高まっていく。
 スケジュールどおり、赤いフラクタル・コードの豪雨が降りはじめた。ぼくのARビジョンが負荷にあえぎだす。雨季の大雨のようにネクロポリスに降りそそぐ高密度な情報の奔流を処理しきれなくなったのだ。鎖でつづった北極光がちらつき、消滅した。
「いけ!」猫に叫んだ。ぼくの中で奔放な歓びがはじける。夢の中で〈小動物〉を追うのと同じあの歓びだ。「いまだ、いけ!」
 猫が虚空にジャンプした。アーマーの翼がぱっと開き、氷のように冷たい風をつかむ。
――――
文庫版p.18

 主人を連れ去られ、取り残されてしまった犬と猫。彼らは飼い主を取り戻すべく世界に戦いを挑んでゆく。犬猫コンビが活躍するサイバーアクション小説。テンポよく繰り出される文章とガジェットの魅力で一気に読ませます。


『地火』(劉慈欣)
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「わからん。ただ、不安なだけだ。きみたちは国のエンジニアだから、わたしに口をはさむ権限はない。しかし、新しい技術には、たとえ成功したように見えても、つねに潜在的危険がある。この数十年、そういう危険を少なからず見てきた。(中略)それでもやはり、きみには感謝している。石炭産業の未来に対する希望を、この老人に見せてくれた」火柱をしばらく見つめてから、局長は言った。「お父さんも喜んでいるだろう」
――――
文庫版p.126

 地下炭層燃焼により炭鉱をガス田に変える。最新テクノロジーにより制御される石炭地下ガス化プロジェクトに挑む若き技術者。だが、人類は新しい技術を、地中の炎を、コントロールすることが出来るだろうか。『三体』で世界のSF界をゆるがした著者による自伝的要素を含む作品。どうしても原発事故を重ねて読んでしまう。


『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
――――
 ぼくたちはみんなネットワークに対する想いや願いを共有し、そこでの自由を愛しているはずだ。その一方で、世界でもっとも重要な組織や政府にかかわるツールをあつかってきた経験もある。今や、まがりなりにも世界を管理できそうな立場にあるのは、ぼくたちだけだろう。ジュネーブはクレーターと化した。イースト・リヴァーは火の海だ。国連本部には誰も残っちゃいない。
 サイバースペース分散共和国はこの嵐をほとんど無傷でやりすごした。ぼくたちの手許にあるのは、滅びることのない、ものすごい、最高のマシンだ。これなら、もっといい世界を築きあげることも可能だろう。
――――
文庫版p.202

 同時多発大規模テロにより壊滅した世界。だが、それでも滅びないものがある。それがインターネットだ。生きのびたシスアド(システム管理者)たちが世界各地の拠点に集まり、ネットを、世界を、救おうと奮闘する。ギークたちの地獄と楽園をえがく作品。今となってはネットに対する素朴な信頼と希望がまぶしすぎる。


『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
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「連中は化け物を目覚めさせた。そしてコントロールできなくなっている。信じられるか?」
「ええ、信じられますよ」
「明日の朝、またデスクについてくれ、ロジャー。あのトゥルーという怪物になにができるかを突きとめる必要がある。どうすれば止められるかを突きとめる必要があるんだ。イラクなんかどうだっていい。イラクはもう地図上の煙を上げている穴だ。だがK-トゥルーは大西洋岸に向かってるんだ。もしも止められなかったら、いったいどうなる?」
――――
文庫版p.310

 冷戦(コールド・ウォー)のさなか、ソ連がショゴスを実戦配備したとの報告が世界をゆるがす。米国の諜報員である主人公は東西軍事均衡を保つために奔走するが、恐れていた事態がついに現実となってしまう。最終兵器、コードネーム「K-トゥルー」が目覚めてしまったのだ……。例のネタを使って東西冷戦を皮肉るパロディスパイ小説。


『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
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 ぼくは、ふたりの友人とともに、ぼくたち自身の世界と同じ場所に存在しているが目には見えない幻の世界と結んだ協定の、円滑な運用をゆだねられている。幻の世界は決して敵ではないが、これは人類史上もっとも重要な協定だ。どちらの側も、核兵器によるホロコーストが針で刺された痛み程度に思えるような完璧さで、相手側を灰燼に帰す力を持っているのだから。
――――
文庫版p.352

 物理現象はすべて数学的演算だ。ゆえに異なる公理系に基づく複数の数論体系ごとにそれに対応する物理現実が存在する。そして、両現実に共通する真偽未定命題の真偽を演算により確定させることで相手側の数論体系を攻撃できるとしたら……。名作『ルミナス』の続編で、数論攻撃による純粋数学的冷戦を描きます。すごくイーガン。





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