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『食虫植物 進化の迷宮をゆく』(福島健児) [読書(サイエンス)]

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 現代的な知識水準をもってしても、食虫植物が、累積淘汰を生き抜けるはずのない木偶の坊、あるいは宇宙一の同時進化を成し遂げた覇者のような、およそ理解しがたい生物に見えてしまうこともある。しかし、彼らが虫を捕らえる仕組みは現代生物学と整合的だし、その進化も、現代進化学を逸脱せずとも説明可能だ。
 可能性の提示とその証明ちは、依然として大きな隔たりがあることを軽視すべきではないが、「神秘」の霧はすでに払われた。彼らの進化は依然として謎多きものだが、それらが今後、科学の範疇において詳らかにされていくのは確かだろう。
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単行本p.132


 動物を捕獲して食べる植物、食虫植物。獲物に特化した罠の巧妙なつくり、その奇妙な生態。このような種がどのようにして進化してきたのかという謎。ダーウィンの心をとらえた食虫植物の様々な生態から最新研究成果まで、専門家がその魅力を伝えてくれる驚きに満ちたサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2022年3月です。


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 1860年11月24日、今度は友人の地質学者チャールズ・ライエルへ宛てた手紙で、

    世界中のすべての種の起源よりも、
    モウセンゴケの方が気がかりです。

と、ある種の爆弾発言を投下している。奇しくもこの日は『種の起源』初版の刊行日、1859年11月24日からちょうど一年後にあたる。これは親しい友人への私信で述べられたことに過ぎないが、チャールズ・ダーウィンの心のなかで、食虫植物が種の起源と比肩するほど大きな地位を占めていたことがわかる。
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単行本p.74




目次

1 食虫植物とはなにか?――当落線上にそよぐ食虫木
2 食虫植物の猟具
3 食虫植物の偏食――虫食う草も好き好き
4 食虫植物の葛藤
5 それでも虫を食べる意味とは?
6 食虫植物はなぜ「似てしまう」のか
7 複雑精緻な進化の謎
8 食虫植物のゆくえ




1 食虫植物とはなにか?――当落線上にそよぐ食虫木
2 食虫植物の猟具
3 食虫植物の偏食――虫食う草も好き好き
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 ウツボカズラの仲間は、ハエトリソウと並んで食虫植物の花形と目されるスター選手だ。ハエトリソウが一属一種の孤高の存在であるのに対し、ウツボカズラは169種を数え、近年も続々と新種が見つかる、伸び盛りのアイドルグループといえる。特筆すべきはその多様な生き方で、一種一種が決して埋もれない個性を見せる。
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単行本p.36

 トラバサミ、トリモチ、投石機、落とし穴、スポイト、ウサギ筒。食虫植物が獲得した様々な捕獲装置のメカニズムを紹介。水面の高さを調整する機構、獲物を消化するのをやめてトイレと宣伝看板を備えた快適な賃貸ワンルームとしてリフォームした落とし穴。巧妙な仕掛けに驚かされます。




4 食虫植物の葛藤
5 それでも虫を食べる意味とは?
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 食虫植物のゆりかごは、葉が帯びる二つの相反する使命に折り合いをつけ、あまつさえその関係を好転させる環境だった。捕虫と光合成の歯車がうまく噛み合ったとき、新たな食虫植物を作り出す余地が生まれる。裏を返せば、それ以外の環境で食虫植物が生まれる可能性は、限りなく小さいだろう。彼らは貧栄養環境「でも」生きられる万能植物なのではなく、貧栄養かつさまざまな条件が揃ったとき「だけ」出現しうる、環境特化型の植物なのだ。
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単行本p.92

 食虫は有利そうに思えるが、そのために機構を備えるコストは決して安くない。光合成の効率は下がり、受粉のために虫の助けを借りることも難しくなり、獲物が勝手に機構を利用したり食べてしまったりする。食虫植物が抱えているジレンマを解説し、食虫はコストに見合うメリットをもたらすのかというダーウィン親子が取り組んだ課題を追います。




6 食虫植物はなぜ「似てしまう」のか
7 複雑精緻な進化の謎
8 食虫植物のゆくえ
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 食虫植物の「中間型」は適応的だったのだろうか。葉で昆虫を誘引するだけの植物、消化液を出す植物、葉から栄養を吸収できる植物、もしそういった植物が実際に「中間型」として実在したとして、厳しい生存競争の中、他の植物に競り勝つことはできただろうか。もし、一つひとつの形質がコストにしかならないのであれば、累積淘汰――それら一つひとつの形質変化のたびに淘汰をくぐり抜けること――は見込めない。遠い未来で役に立つからといって、前借りで重宝されたりはしないのだ。
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単行本p.115

 食虫植物は何度も独立に進化してきたことが分かっている。だが、どうして「途中段階」における淘汰を回避できたのだろうか。捕虫機構のあまりの巧妙さゆえに、その進化の道筋はとても不思議に感じられる。ダーウィン親子が取り組んだ難問に、現代の研究者はどのようにアプローチしているのか。最新研究を含め、食虫植物の進化史という謎に迫ります。





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『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』(町田康) [読書(随筆)]

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 いい年をしてなんらの知識・教養もないというのは、格好が悪いというか、「年格好から見てこれくらいのことは当然、識っているだろう」と思った若い人に、助言を求められ、「我はアホゆえ知らぬ」と言うのはきわめて寂しく申し訳なく、それとは別に、内心に、そうして問われた際に有益な助言をして、尊敬されたい、凄い人だ、と思われたいという虚栄心もかなりあるからである。
 そこでこれまでどうしてきたかというと、いかにも知識・教養がある人、のような雰囲気を全身から発散せしめ、だけど謙虚な人間なのでこれをひけらかすようなことはしない、という卑怯未練な技法を用い、世間と自分を瞞着してきた。
 そうしたところ罰が当たった。それを真に受けたNHKカルチャーから連絡があり、十二回連続講座をやれ、と言われてしまったのである。
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単行本p.245


 シリーズ“町田康を読む!”第71回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、表紙にあるように“町田康、はじめての自分語り”ということで、NHK文化センターで行われた連続講演を記録した一冊です。単行本(NHK出版)出版は2022年8月です。

 自分語りといっても、自らの人生について事細かに語るというわけではなく、要するに自分の作品がどのように書かれたのかを解説してくれる本です。他の作家や古典の影響、笑いや文章のリズムについて、かなり詳しく手の内を明かしてくれます。


目次

第1回 本との出会いーー書店で見つけた『物語日本史 2』
第2回 夢中になった作家たちーー北杜夫と筒井康隆
第3回 歌手デビューーーパンクと笑いと文学
第4回 詩人としてーー詩の言葉とは何か
第5回 小説家の誕生ーー独自の文体を作ったもの
第6回 創作の背景ーー短編小説集『浄土』をめぐって
第7回 作家が読む文学ーー井伏鱒二の魅力
第8回 芸能の影響ーー民謡・浪曲・歌謡曲・ロック
第9回 エッセイのおもしろさーー随筆と小説のあいだ
第10回 なぜ古典に惹かれるかーー言葉でつながるよろこび
第11回 古典の現代語訳に挑む
第12回 これからの日本文学




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 ここまで文学の言葉と土俗・卑俗の言葉がメチャクチャに混ざっていて、それが小説として書かれて、普通に読めるということにムチャクチャに興奮しました。「これか。これやで!」というふうに思って。それから筒井康隆さんの本を探して貪るように読み続けたというようなことが、学校時代の自分の読書遍歴、私の文学史の一つとしてあったということです。
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単行本p.47




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 それをたとえば、もうちょっと範囲の広いことで統一感をなくして、わざと個別化してみるとか、言葉に方言を混ぜるとか。方言を混ぜることによってノイジーな要素が出たり、そこにある文体を構成しうる要素を入れて、それを配合することによって、そこに何か伝わる要素が出るというようなやり方をやっています。それが自分の文体の正体というか、一番核心なところだと思います。
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単行本p.94




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 つまり、おもしろいことというのは、実は、これはもう驚くべき暴論、極論に聞こえるかもしれないけれども、おもしろいことというのはこの世の真実であらねばならないんです。つまり、この世の真実こそがおもしろいことなんです。つまり、おもしろいことを書くということは、この世の真実を書くということなんです。と僕は思うんですね。「いや、それは暴論でしょう。極論でしょう」というのが、たぶん、おそらく差別意識の正体なんですよ。つまりそれは、だからこそ、この世の真実であるからこそ、隠されねばならないことなんです。それを隠すのが建前であり、常識です。それを破壊するときに噴出するものを描くのが、僕は文学なんじゃないか、表現じゃないかと、こういうふうに思うわけです。
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単行本p.121




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 それと逆に、感覚的な表現。要するに、文学的ではない表現、オートマチックな言葉による表現、突き詰めない表現。「感覚的」と言いましたけど、これを突き詰めない表現、オートマチックな言葉だけ使って、古典のところで言いました「情緒」とか、雰囲気だけをつくっていく、わりと安い材料で魂を形づくる。揶揄的に言ってしまえば、Jポップの歌詞のような言葉遣いは、バリアを強化していく。「ここから入ってこないでね」というものがものすごく強い。だから、傷つかないです。自分の脳内で、ずっとそればっかりを強化している。オートマチックな表現というのは、バリアを強化する。反オートマチックな文学的な表現というのは、バリアを突破していく。こういう効能があると思います。
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単行本p.239





タグ:町田康
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『増補新装版 オカルト・クロニクル』(松閣オルタ) [読書(オカルト)]

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 この本は2018年に洋泉社から出版された『オカルト・クロニクル』の増補新装版である。
 出版後ほどなくして洋泉社がなくなり、ひっそりと絶版となっていた。(中略)度重なる霊障を乗り越え、増補新装版として編集されたのが、本書である。(中略)
 書き下ろし『もうひとりのサジェ』に関しては、本来、旧版の続編――つまりは、予定されていた“幻の第2弾”のためにストックしてあった記事であるが、この第2弾も例によって霊障と思しき力で「実際に幻」となった(編集部註:第2弾、出す予定です……)。ゆえにSDGsの観点から蔵出しということで本書に収録されている。
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単行本p.5


 国内外で起きた謎の奇妙な事件を取り上げ、その真相に迫るオカルト・クロニクル、通称『オカクロ』。出版されるやたちまち絶版となったあのオカクロがとうとう帰ってきた! しかも新しい記事が5本も追加され、既存記事にも最新情報が追加されているという、おおばん振る舞い。さらには続編が出るとか出ないとか……。単行本(二見書房)出版は2022年9月です。


 オカクロ旧版についてはこちら。


2018年08月28日の日記
『オカルト・クロニクル』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-08-28


 なぜ被害者はそんな行動をとったのか、どうして犯人はわざわざそんなことをしたのか。ありえない超常現象は本当に起きたのか。偶然なのか何かの符合なのか。あまりにも奇妙な謎の事件が20件も収録されている本で、ただ紹介するだけでなく謎を解くべく情報を幅広く収集し、いくつかの事件については現場で取材し、様々な仮説を取り上げてはひとつひとつ検討してゆく、そんな一冊。文章はユーモラスながら(しばしばお寒いギャグが飛び出しますがそれも味)、ミステリー小説を読んでいるかのようにぐいぐい謎の中心へと引っ張ってくれます。

 個人的には海外の事例よりも日本の怪事件を扱った記事に惹かれました。特に「井の頭公園バラバラ殺人事件」や「八丈島火葬場七体人骨事件」、そして「赤城神社主婦失踪事件」といった記事については、その情報量と仮説検討の詳細さに感動しました。

 記事によっては旧版の内容に対する訂正や追加情報が入ったり。


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「北朝鮮による拉致説が濃厚」と考えていたオカクロとしては、2018年刊行の『オカルト・クロニクル』(洋泉社)において、不確かな当て推量を展開し、それを読まされてしまった遺族の方、読者諸兄に謝罪します(本書・新装版では削除)。そして、犯人扱いした北朝鮮拉致工作関係者も、疑ったりして、すみませんでした。
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単行本p.127


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 2022年(令和)5月。騒動から22年。この騒動が映画化(『N号棟』)され、やや話題になった。その影響もあってか、ご当地の岐阜新聞が『幽霊マンション騒動から22年、現地を取材「兆候」は過去にも?』と題して、追跡記事を掲載した。
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単行本p.253


 取り上げられている記事は次の通りです。★がついているのが新作。


◎ディアトロフ峠事件
  ロシア史上最も不可解な未解決事件

◎熊取町七名連続怪死事件
  日本版『ツイン・ピークス』の謎

◎青年は「虹」に何を見たのか
  地震予知に捧げた椋平廣吉の人生

◎セイラム魔女裁判
  村に魔女は本当にいたのか……

◎坪野鉱泉肝試し失踪事件
  ふたりの少女はどこへ消えたのか

◎「迷宮」
  平成の怪事件・井の頭公園バラバラ殺人事件

◎「人間の足首」だけが次々と漂着する“怪”
  セイリッシュ海の未解決ミステリー事件

◎「謎多き未解決事件」
  長岡京ワラビ採り殺人事件

◎ミイラ漂流船
  「良栄丸」の怪奇

◎科学が襲ってくる
  フィラデルフィア実験の狂気

◎岐阜県富加町「幽霊団地」
  住民を襲った「ポルターガイスト」の正体

◎八丈島火葬場七体人骨事件
  未解決に終わった“密室のミステリー”

◎獣人ヒバゴン
  昭和の闇に消えた幻の怪物

◎ファティマに降りた聖母
  7万人の見た奇蹟

◎赤城神社「主婦失踪」事件
  「神隠し」のごとく、ひとりの女性が、消えた

★もうひとりのサジェ
  170年以上前、北ヨーロッパで起きた「ドッペルゲンガー事件」の深層

★数奇なる運命に翻弄された一家
  城崎一家8人全滅事件

★山荘の怪事件
  10人が黒焦げで発見された「第二の帝銀事件」

★君と僕と呪われた脳
  世界の幽霊屋敷

★数字で学ぶ日本の異世界
  心霊スポット統計学





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