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『困った作家たち 編集者桜木由子の事件簿』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

「解説」(細谷正充)より
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 では、本書の主人公は誰なのか。各話に登場する作家である。傲慢・姑息・小心……。様々な問題を抱え、事件を引き起こしたり、巻き込まれたりする作家たち。由子を翻弄し、強烈な存在感を示す彼らが、真の主人公なのだ。困った作家たちの肖像を引き立てるために、由子は黒子に徹している。そこも本書の巧妙な作劇の手法となっているのである。
 この他、作家という題材にこだわりながらバラエティに富んだショート・ショートや、作中で触れられる作家たちの小説など、多角的に物語が楽しめるようになっている。
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文庫版p.281


 編集者・桜木由子が担当しているミステリ作家たちは、どうにもトラブルメイカーばかり。暴言吐きまくる。他人のネタを盗作する。映画の公開中止を要求する。さらには密室内で殺されたり、密室内で殺したり。癖のあるミステリ作家たちをめぐる事件を扱った連作ミステリ短篇集。文庫版(双葉社)出版は2018年1月、Kindle版配信は2018年3月です。


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 この世に完全な人間が存在しないのと同様、彼女とて完全な編集者ではない。こちらがメールした五百枚の原稿を一瞬で削除してしまい、再度送った五百枚をまた一瞬で削除してしまい、などということはしょっちゅうなのだが、そういうミスを犯すのは、たいてい飲んだ翌朝である。女性編集者の中に酒豪が多く、また酒癖の悪い者が多いことはよく知られているが、彼女は間違いなくその両部門でチャンピオンになれる器である。
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文庫版p.272


 編集者・桜木由子と、彼女から仕事を依頼される探偵・鶴巻文久をレギュラー登場人物とする連作短篇6篇と、その間に挟み込まれたショートショート5篇(「謝辞」まで含めれば6篇)から構成されるという、『ハンザキ』『便利屋サルコリ』『ブラッグ』などでお馴染みの形式を採用した連作短篇集です。

 いずれも性格に問題のあるミステリ作家たちが、事件を引き起したり、事件に巻き込まれたりして、編集者である桜木由子をやきもきさせます。「~~の事件簿」という副題がついているミステリ短編集だと、その人物が次々と事件を解決してゆくような内容を想像するのですが、今作に限っては、じたばたする、探偵に泣きつく、酒を飲んでわめく、というのが彼女の役割。あくまでミステリ作家たちのエキセントリックぶりを楽しむ作品が並んでいます。


[収録作品]

『edit1 最終候補』
  ショートショート『七分の力』
『edit2 盗作疑惑』
  ショートショート『紙とペン』
『edit3 口述密室』
  ショートショート『学歴詐称』
『edit4 死後発表』
  ショートショート『良い筆名』
『edit5 公開中止』
  ショートショート『借りた本』
『edit6 偽愛読者』
  謝辞


『edit1 最終候補』
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「結果が出るまで候補者を隣の部屋で待たせておくという選考会は、今はもうなくなってしまいましたけど、××社のミステリー新人賞でもやってたんですよね」宝来が嬉々として言った。
「こういうのって、いやがる人もいるかもしれませんけど、僕は大歓迎ですよ。入選者だけが隣の部屋に呼ばれ、先生方から祝福を受ける。あとの者はすごすご帰る。じつにはっきりしてていいじゃないですか」
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文庫版p.14

 ミステリ新人賞の最終選考のあいだ、候補者たちは別室に集められ、全員で結果を待つことに。このなかの誰か一人だけが作家としてデビューが決まり、他の人はすごすご帰るはめになるのだ。そして、候補者の一人がひたすら暴言を吐きまくる……。

 『臓器賭博』を思い出させる登場人物たちのえげつない心理戦が展開される作品ですが、そもそも選考には何の影響も与えられないのに、ライバルを貶してでも心理的に優位に立とうと必死であがく心理がもの哀しい。


『edit2 盗作疑惑』
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「あの人の小説の場合、毎回『読者への挑戦』などと謳ってはいますが、前段を読んだだけでは真相に到達することは絶対に不可能な構造になっているんです。ところがこの手紙の主は、その『後付け』まですべて予想しているじゃないですか!」
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文庫版p.56

 何の伏線もなくいきなり「実はこうこうだった」と後付けの無理設定を持ち出して解決してしまう悪い癖があるミステリ作家。新作の謎解きが発表される前に、盗作を糾弾する手紙が送られてくる。そこには、読者には絶対に推理できるはずのない真相(いいのかそれで)が書かれていた。盗作疑惑を抱えたままでは出版できない、焦る桜木由子。はたして盗作なのか、そして差出人の正体は?


『edit3 口述密室』
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 テープに残されていた音声から推察すると、有坂の死は単純な転落事故とも考えられるが、そう断定できない不審な点が、少なくとも二つあった。
 一つは、なぜ鉄棒が簡単にはずれたのかということ。もう一つは、有坂が密室ミステリー『軌道上密室』を執筆中に、現実の密室内で死んだということだった。これは偶然の一致だろうか?
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文庫版p.110

 自室にカンヅメになって原稿を口述録音していたミステリ作家が、新作の密室トリックの謎解き部分を吹き込む直前に死んだ。現場は完全な密室。関係者には鉄壁のアリバイ。録音テープに残された微妙な物音。事故か、自殺か、それとも殺人か。連作中、最も本格ミステリ度が高い作品。


『edit4 死後発表』
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 三百枚の原稿! 内容は? あの事件の真相についてだ。それ以外ありえないではないか! 事件はまだ完全に忘れ去られたわけではない。出版すれば確実に話題になる。
 桜木には今こそ、鳴海の意図がはっきり理解できていた。あの事件について、生きている間は何も話すつもりはない。死んだあとで、すべてを明らかにする。そのために、ひそかに原稿を書き続けていたのだ。さすがの作家根性だ。
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文庫版p.154

 愛人を殺して逮捕された作家。密室と化した家のなかで、彼はなぜ遺体と共に長時間を過ごしたのか。逮捕された後も完全黙秘を貫き、真相を語らないまま有罪判決を受けた作家が残した原稿。そこに書かれているのははたして事件の真相なのだろうか。何としてでも遺稿を手に入れて出版しようと桜木由子は奮闘するが……。


『edit5 公開中止』
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「小説家なんてみんなそうだ。何も知りゃしないんだ。それがみんなから先生先生とおだてられて、いい気になってるうちに――」
「みなさん、落ち着いてください」熊谷が、興奮するみんなを懸命になだめながら、エージェントにたずねた。「すると、公開はできないんですか。大和さんがそう主張する限り」
「そういうことです」エージェントはうなずいた。「確かに作家一人のワガママです。しかしこのワガママは、六億円の映画の公開を止める力を持っている。持ってしまっているのです。現実として」
「そんな!」
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文庫版p.196

 新作映画の試写会に出席した原作者が公開中止を要求する。何度たずねても理由は不明。契約上このままでは映画はお蔵入りになってしまう。気に入らない部分があればカットするから、という申し出に対しても、かたくなに説明を拒む作家。説得にあたった桜木由子も担当を外されてしまう。何が作家の逆鱗に触れたのか。そこには誰も知らない事情があった。


『edit6 偽愛読者』
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「作家にとって最大の悪夢だ。自分の作品をモデルにした犯罪が起き、その犯人と面会しなきゃならないなんて」桜木によって鶴巻の事務所に連れてこられた芝は、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけようともせず、力無く言った。
「作家は、自分の小説が現実にもたらす影響について責任を持つ必要はないし、責任を持たされることなどあってはならない。だってそうだろ、小説はアジテーションじゃないんだから」
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文庫版p.146

 自分はある作家の愛読者で、その先生の新作に影響されて殺人事件を起こしたのだ、と供述した殺人事件の容疑者。いきなり名指しされた作家は、口では偉そうなことを言いながらも、小心者ゆえ震え上がってしまう。刑事責任はないにせよ、世間はどう反応するだろうか。このままでは作家生命もお終いだ。何とかして容疑者が嘘をついていると証明する他に助かる道はないが、いったいどうしたらそんなことが可能だろうか。作家、出版社、警察が協力して、前代未聞の火消し作戦が始まった。



タグ:両角長彦
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『超動く家にて 宮内悠介短編集』(宮内悠介) [読書(SF)]

『解説』(酉島伝法)より
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 そういった盆倉純度の高いものが短編小説としても書かれ、デビューから現在に到るまでの間に隙あらばと送り出されてきた。それらをまとめ、軌道上を漂っていた「星間野球」で蓋をしたのが、この『超動く家にて』――俗称、宮内悠介バカSF短編集である。本書担当編集者どうしで、どの作品が最もバカなのかが議論になったという。たぶん、あとがきじゃないだろうか。ともかく、ようやくこの短編集を手にとって読めるという喜びと共に、ほっとした気持ちがある。
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単行本p.325


 トラ技の圧縮大会から宇宙の野球盤まで、いい歳した大人が大真面目、真剣勝負。ジャンルのお約束事を突き詰めたらこうなった困惑小説。人気作家の文体パロディ。ジャンルをこえ多方面で注目されている作家による、脱力ミステリ馬鹿SF短篇集。単行本(東京創元社)出版は2018年2月、Kindle版配信は2018年2月です。


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 はじめての本である『盤上の夜』が、ほぼまとまった時期のことだ。『盤上の夜』はというと、著者がシリアスすぎて、なんか変なことになった短編集。このままでは、洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまわないだろうか。
 いま振り返ると「なぜそんなことで」と思うけれど、とにかく当時のぼくには深刻な悩みだった。
 深刻に、ぼくはくだらない話を書く必要に迫られていた。
(中略)
 楽しんでいただけたなら嬉しいし、失望されたかたには、こればかりは申し訳ありませんと頭を下げるよりない。しかし馬鹿をやるというのはぼくにとって宿痾のようなもので、もはや自分でどうにかできるものでないことも確かなのだ。
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単行本p.313、322


 あまりにも不真面目なことを生真面目に書く。あちこちに紛れ込ませるように発表された笑わせ短編を16本収録した短篇集です。


[収録作品]

『トランジスタ技術の圧縮』
『文学部のこと』
『アニマとエーファ』
『今日泥棒』
『エターナル・レガシー』
『超動く家にて』
『夜間飛行』
『弥生の鯨』
『法則』
『ゲーマーズ・ゴースト』
『犬か猫か?』
『スモーク・オン・ザ・ウォーター』
『エラリー・クイーン数』
『かぎ括弧のようなもの』
『クローム再襲撃』
『星間野球』


『トランジスタ技術の圧縮』
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「弟子なら断わっている。……もう、すべては終わったのだ」
 にべもない対応だが、梶原とて二日がかりでこの場所に来たのだ。簡単にひきさがるわけにもいかない。梶原は訴えた。幼いころ、アイロンの魔力に魅入られたこと。
 伝統を守りたい気持ちから、真剣に弟子入りを考えていること。
「御主は、実際にトラ技を圧縮したことがあるのか」
「それは……」おのずと言葉に詰まった。
 ない。
 それが現実なのだ。
「『月刊アスキー』なら――」
「帰るがよい」
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単行本p.9

 あまりにも分厚く、しかも広告ページが多いため、買ってきたらとりあえずバラして広告を抜いて厚さを「圧縮」してから本棚に並べるという雑誌「トランジスタ技術」。そのトラ技圧縮技術を競う大会にすべてを賭けた男たちの熱き闘い。いや本当にそういう話なんだってば。


『エターナル・レガシー』
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 現役だと主張する男の目からは、けれども一抹の懐かしむような光が感じられた。だからだろうか、ぼくがこの胡散臭い親爺を部屋にまで入れてしまったのは。
 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、しかし本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ねあわせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの実績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」
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単行本p.98

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男は「俺はZ80」と名乗る。念のため云っておきますが往年の8ビットマイコンの名前です。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『超動く家にて』
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もっとも「犯人当て」として見るなら、別に玄関がなくても困りはしない道理で、むしろないほうが好都合だともいえる。
 それより確認したいことは別にある。
「この家なんだけど」
「何か?」
「回ったりしないような?」
「いや、回るけど」
 ルルウが当然と言わんばかりに答えた。
――――
単行本p.113

 まず建物には出入り口がない。あとトリックを成立させるために回転している。
「一ページに一つ叙述トリックを仕込むことを目標とし、本文はすぐに仕上がったものの、図を作るのに数日かかり、後悔した」(単行本p.317)という、とにかくありがちな叙述トリックを詰め込んで新本格をおちょくる脱力ミステリ馬鹿SFの代表作。


『夜間飛行』
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「……連続飛行が四時間をオーバーしてる。そろそろ戻れる?」
「ああ」
「あと、時間外労働が六十時間を超えてる。もっと自分を愛してあげて」
「それは余計なお世話だ」
「まあね。でも、パイロットの状態管理はアシスタント・インテリジェンスの役目」
「見た目はまるっきりカーナビだけどな」
「で、なんだっけ、近くのコンビニ?」
「違うよ!」
「急激な情動の変化を検出」
「うるさいよ!」
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単行本p.137

 戦闘機のパイロットとアシスタントAI(美人ボイス)の漫才のような会話。ゲームなどでお馴染みの設定を使ったコメディ作品。意外にきちんとしたショートショートになっていて、その生真面目さに驚かされます。


『ゲーマーズ・ゴースト』
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 思うに人間、企画力とか営業力とかがあるように、駆け落ち力というやつがあるのだ。外部からの圧力にもめげず、わが道を通し、駆け落ちをなしとげる力。ね。これだよ。そこんところを、俺とナナさんは端から欠いているのだ。たぶん、愛があればいいとかそういうことではない。俺は俺で、ついつい、もったいないとか、行き先で足があったら便利だろうなとか、そんな浅知恵でもってライトバンなどを選択してしまう。そこにナナさんが、まるで犬猫でも拾うみたいにおかしな連中を拾ってくる。俺とナナさんは、こう、駆け落ちという目前のターゲットに専念できるタイプではなかったんだ。
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単行本p.181

 駆け落ちして追われる二人。そこに何やらヤバい事件に巻き込まれて逃亡中の変な外国人や高価な楽器を盗んで逃亡中の演奏家が合流。それぞれの事情で追われる四人は、よく分からないまま逃走を続ける。俺たちに明日はない。軽妙な会話でぐいぐい読ませるロードムービー調の作品。


『星間野球』
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 ふう、とマイケルがため息をつくとレバーから手を放した。
「いいのかい。こんなゲームに、おれたちの命運を賭けちまって」
「そっちが言い出したんだ。それに、どのみちここまで来ちまったんだ」
「いいんだな」
 立ち通しで、二人の体力も限界に近づいていた。しかし一瞬のタイミングが勝敗を分けるゲームである。二人とも椅子にはつかず、真剣な面持ちで中腰に盤面を見下ろしていた。
「投げてくれ」
 杉村の返答を受けて、マイケルがふたたびレバーに手をあてた。もう遊び球は投げないだろう。全力で投げるだけ。杉村も、全力でスイングするだけだ。
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単行本p.281

 地球を周回する宇宙ステーションの中で、いい歳したおっさん二人がムキになって野球盤で真剣勝負。カーブだ、シュートだ、消える魔球だ。イカサマは騙された方が悪い。もともとデビュー短篇集『盤上の夜』の最後を飾る予定だったという(マジか)、抱腹絶倒ながら意外にもプロットがしっかりしていて楽しめる作品。



タグ:宮内悠介
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『耳ふたひら』(松村由利子) [読書(小説・詩)]

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行儀よく方解石が割れるごと予定調和のニュース解説
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時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色
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「ヤフー」への嫌悪あふれて救いなき暗さに終わるガリヴァー渡航記
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全天を震わせ雷雨来るときに怒髪というものわたくしにある
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それは小さな祈りにも似てほの暗き森に灯れる発光キノコ
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耳ふたひら海へ流しにゆく月夜 鯨のうたを聞かせんとして
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 沖縄の自然、そして日本社会の理不尽さ。石垣島に移り住んだ歌人が刻みつける離島歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2015年4月、Kindle版配信は2016年2月です。


 まずは南国の美しい自然をうたった作品のまぶしさに心惹かれます。


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明け方のスコール上がり大空に二重の虹をかける太陽
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転調ののちの明るさスコールが上がれば島は光を放つ
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不意打ちの雨も必ず上がるから島の娘は傘を持たない
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子どもらは青き夏野を駆けてゆく積乱雲の育つ速さに
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海洋性気候という名の簡潔よ風が変われば季節も変わる
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ハイナップル・ピパーツ・パパイヤ南島に半濁音の明るさは満つ
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島時間甘やかに過ぎマンゴーの熟す速度にわれもたゆたう
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 激しい恋の歌も、いかにも躍動感に満ちています。


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てのひらのその先にある急カーブ曲がり切るにはアクセルを踏め
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握手したのちのぬくもり頬に当て違うんだなあとつぶやいている
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告げられぬ愛あるときにてのひらは遠い草原行き着けぬ場所
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巡り来る季節をいくつ重ねても飼い馴らされぬもの潜む森
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しなやかな獣いきなり抜け出して咆哮せし夜 月も見ていた
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 自然は分け隔てなしにしても、人間はそうではありません。島で生まれたわけでなく、あくまで余所者として扱われることへの屈託もたまってゆきます。


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南島の陽差し鋭く刺すようにヤマトと呼ばれ頬が強張る
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夜明け前の最も暗き夢の中おまえは来るなと山に言われる
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寄留者であった会社のわたくしも離島へ移り住んだわたしも
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面倒な外来種だと思われているのだろうかクジャクもわれも
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導火線と思ういくつか避けながら会話しており家族も他人
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言えぬこと呑みこむ夜に育ちゆくわが洞窟の石筍いくつ
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 やがて沖縄をめぐる情勢、日本国において沖縄がどのように扱われているのか、観光客には見えないその姿が次第に見えてきます。


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手つかずの自然という嘘 除草剤撒かねば道が塞がれる島
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来ては去る観光客に消費されどこか痩せゆく島の風景
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長き夏長き戦後を耐えてきて楽園なぞと呼ばれたくなし
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英霊と呼ばれることを喜ばぬ母の数など統計になく
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ソメイヨシノの咲かない島の老若に散華教えし国ありしこと
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ハイビスカスくくと笑いぬ東京と米国ばかり見ているメディア
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行儀よく方解石が割れるごと予定調和のニュース解説
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時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色
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縦と横きっちり測り男らは世界の耳をまた切り落とす
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 沖縄と日本の現実がクローズアップされ、怒りをこめて書き綴られてゆきます。


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春の夜の夢ばかりなる愚かしさ きれいな海が埋め立てられる
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みなテロと断じる時代かつてそれは抵抗(レジスタンス)と呼ばれしものを
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息詰めて腐臭を放ち開き行く花と見ており秘密保護法
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知らぬ間に桜は咲いて武器輸出三原則もあっさり消える
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棋士を負かす人工知能つくる知も停止させ得ぬ原子炉あまた
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年々歳々世界は縮みゆくばかり私の足を踏む足がある
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新聞が輝いていた日々思う1クリックでニュースを読めば
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「ヤフー」への嫌悪あふれて救いなき暗さに終わるガリヴァー渡航記
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あめりかの映画を観ればあめりかの女の人はまだ頑張っている
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全天を震わせ雷雨来るときに怒髪というものわたくしにある
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 絶望感とともに、遠い未来を幻視するような作品が並びます。


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人類史のページ繰りゆく電子化され残り何ページか分からぬが
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もはや発芽させることなき硬き土おやすみおやすみ私のからだ
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冬の卵ひとつ湖底に沈めたり千年のちの春に目覚めよ
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憲法改正そののちの闇思うときはつか明るき種子の方舟
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人類が死滅したのち一斉に芽吹く春あれ永久凍土に
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 そして再び沖縄の自然、ただし人がいない自然の姿がうたわれ、その透明な悲しみが胸を打ちます。


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月のない夜にむりりとガジュマルの押し広げたる粘性の闇
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それは小さな祈りにも似てほの暗き森に灯れる発光キノコ
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海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし
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耳ふたひら海へ流しにゆく月夜 鯨のうたを聞かせんとして
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 様々なトーンの言葉を注意深くバランスよく配置することで、沖縄の美しい自然と日本社会の理不尽さを掃き寄せたような状況を、深く岩に刻み込むような強い印象を受ける歌集です。



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『東京 しるしのある風景』(松田青子) [読書(随筆)]

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 風景印って不思議な存在だよなとしみじみ思う。
 なぜあんなに小さくてかわいく、デザインも一つ一つ違って面白いものが、ひっそりと郵便局にあるのか。
 そして、なぜ小さな頃からそれこそもう数えきれないほど郵便局を利用して来たのに、何かのタイミングで教えてもらわない限り、その存在を知らないままなのか。普段使っている郵便局に風景印があっても、ほとんどの人は知らないままだろう。
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単行本p.90


 郵便局で押してもらえる、その地域縁の名所旧跡などを絵柄にした印、それが風景印。東京23区(+番外編)の郵便局を歩き回って風景印を収集、その体験を描いた連作エッセイ集です。単行本(河出書房新社)出版は2017年11月。


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以前、収集をはじめたばかりの頃のOさんに、「生きる張り合いができました」と、風景印が押されたモレスキンのポケットサイズのノートを、打ち合わせの最中に突然見せられたことがある。本当に幸せそうで、そんなに良いものなのか、と感心した覚えがある。
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単行本p.10


 東京23区を歩き回って風景印を集め、それぞれの郵便局を舞台にしたショートストーリーを書く。そういう目論見で取材をはじめた作家ですが、早々に風景印収集そのものを主題とした体験エッセイに路線変更することに。


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 このあたりでもう、ショートストーリーにするのは、おそらく無理っぽいなと判断。それぞれの目的で郵便局に訪れた人々が、ふと風景印に出会う物語をなんとなくイメージして、いい感じだな! と悦に入っていたのだが、実のところ、風景印はそもそも「ふと」出会えるようなものじゃなかった。ほとんどの場合、郵便局には「風景印あります」などと、「冷やし中華はじめました」のごとくわかりやすい貼り紙が出ているわけでもないし、はっきりとした意志を持って、「風景印お願いします」と言わないと、風景印には出会えない。
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単行本p.16


 こうして、東京23区うろつきエッセイ、コミックでいえば衿沢世衣子さんの『ちづかマップ』みたいな雰囲気の連載になるわけです。最初は半信半疑だった著者も、次第に風景印収集の楽しさに目覚めてゆきます。


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 これまで毎月違う区を回っていて気がついたのだが、風景印が多い区と、風景印が少ない区がある。
 風景印を区内のほとんどの郵便局に置いている、風景印に対して意識的な区もあるし、反対に、あんまり置いていない区もある。
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単行本p.97


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 風景印を集めていると、風景印が置いてある郵便局を素通りするということができなくなる。さっと飛ばしていけばいいじゃないかと思うかもしれないが、どうしてもできない。またすぐ同じ街に来る用事があるかどうかもわからないし、風景印のある郵便局の前を素通りするとかもったいなくて、つらくなる。
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単行本p.62


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風景印収集は地味な趣味かもしれませんが、確実に喜びのひとつのかたちです。
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単行本p.3


 何かの収集に熱中したことのある読者なら、よく分かるこの気持ち。ハマるにつれて、自分なりの創意工夫も加えてきます。例えば、方向音痴の郵便局巡りという難関に、最新テクノロジーを駆使して対処するとか。


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 グーグルマップとポケモンマップを両方開いて歩いていたのだが、途中からグーグルマップの音声ガイドを俄然無視しはじめ、もうポケモン世界の地図しか見なくなった。それでも問題なかった。なぜなら公園や神社や様々な場所のほか、郵便局の多くがポケストップに登録されているため、ゲーム上のポケストップをたどっていくと、目的地に着けるのである。風景印ゲットとポケモンゲットの親和性の高さよ。
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単行本p.140


 さらに、風景印だけでなく、それを押してもらう切手にもコリはじめて。


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 何より私の背中を押したのは、羽田空港には、風景印を置いている郵便局がある、という事実だ。
 確実に飛行機の図案なのだから、ここは飛行機の切手を使うべきタイミングだ。でも、私が持っている飛行機切手は、1978年発行の新東京国際空港開港記念切手だけだ。この切手は50円切手なので、さらに2円を足さないといけないのだが、そうなるとうさぎ切手を貼ることになり、そうするとムードがぶちこわしになる。あと、この新東京国際空港開港記念切手のデザインをすごく気に入っているので、あんまり使いたくない。
 そういうわけで、切手の通販サイトであるスタマガネットからわざわざ飛行機の切手を取り寄せました。
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単行本p.77


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六月発売の特殊切手を紹介するチラシを見て、思わず「はっ!」と声を上げてしまう。夏のグリーティング切手が貝殻の図案なのである。常々この世界にもっと貝殻柄のものを増やして欲しい、貝殻最高! と思っているので、非常にうれしい。この切手を買うために生まれてきたんじゃないかと一瞬本気で考えたくらいうれしい。ダース買いしたい。
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単行本p.40


 ただ集めるだけでは物足りず、些細な違いにやたらと敏感になって調べてゆくあたりも、分かる分かる。


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 ほとんど池袋前郵便局と一緒だが、よく見ると微妙に違い、中でも最大の違いといえば、ツツジの位置が左右逆というところである。
 何の間違い探しなのか。もちろん風景印がたくさんある区は素晴らしいのだが、行く郵便局行く郵便局でこれをやられると、並行世界みたいで結構恐ろしかった。
 あまりにも不思議だったので、後で調べてみると、それなりに離れている場所にある郵便局でも、並行世界がさらにいくつか発生していた。
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単行本p.132


 そして、理解者との出会い。


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 風景印を渡してくれながら、
「寒い中ありがとうございます。この辺の郵便局、結構風景印あるんですよ」
 と、局員さんが笑顔で言うので、
「今から回ろうと思っていて」
 と答えると、
「ありがとうございます」
 と敬礼してくれた。風景印に対して、こんな当事者意識のある局員さんははじめてだ。最終回にこの人に出会えて良かった。
――――
単行本p.182


 というわけで連載は終わりますが、たぶんそうなるだろうなと読者が予想した通り、東京23区以外の郵便局(吉祥寺、姫路、富岡)めぐりが番外編として収録されています。おそらくその後も続いているのではないでしょうか。風景印収集。



タグ:松田青子
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『特別公演』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2017年3月2日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんの公演を鑑賞しました。仕事で世界中を飛び回っている二人が一時帰国して二日間だけ特別公演を行うとのことで、さすがに準備期間がないので、おそらく過去作品からの抜粋だろうなあなどと思っていたら、何と新作を踊ってくれました。上演時間60分の舞台です。

[キャスト他]

演出・照明: 勅使川原三郎
出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子

 二つの音源が交互に流れます。終演後トークによる伝聞ですが、クラシックのヴァイオリン曲がバッハの『無伴奏ヴァイオリンソナタ』(演奏は庄司紗矢香)、ジャズのピアノ曲が『Blackberry Winter』(ピアノ演奏はキース・ジャレット)。執拗に繰り返されるこれらの曲に乗せて、勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんが踊ります。

 二人とも最初はほとんど動いているように見えず、照明のぎりぎりな薄暗さと相まって、まるで彫像のようにも影のようにも感じられます。

 やがて少しずつ少しずつ動きが見えてくるのですが、動いたら動いたで、これが幻を見ているような凄さ。後半になると激しい動きも出てきますが、とにかく佐東さんのなめらかで解像度の高い腕の動きや、勅使川原さんの決然とした一振りなど、思わずはっとする動きが印象的です。

 全体的にどこかもの悲しい雰囲気が漂っています。途中までお互いに無関係に踊っているように見えた二人が、最後の最後に並んで立ち、はじめて相手の存在に気づいたかのようにやや驚いたような表情で、顔を見合わせるラストは感動的。

 これも終演後トークによる伝聞ですが、タイトルをつけるとすれば「赦し」とのこと。不寛容さと攻撃的な言説によりギスギスしている世の中に向けて何か大切なものを表現したかったそうです。あ、勅使川原さんが思い詰めたような表情で何やらつぶやきながら壁に触れていたのは、あれはスマホの画面だったのか(個人の感想です)。

 あと終演後トークでこれから入っている予定を教えてくれましたが、香港(『トリスタンとイゾルデ』@香港シティホール)、キューバ(新作『One thousand years after』『Lost in Dance』他@グラン・テアトロ・デ・ラ・ハバナ(アリシア・アロンソ劇場))、北欧(新作オペラ『ピグマリオン』)、そしてフランスといった具合に、とにかく過密スケジュール。

 加えて5月にはシアターΧで新作公演『調べ』、さらにアップデートダンス新作(「4カ月ぶりの新作公演!」という宣伝文句がすごい)。こんなに仕事を詰め込んで大丈夫なのかと心配になるような充実っぷりです。



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