SSブログ

『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』(鈴木紀之) [読書(サイエンス)]

――――
 地球上の生物の多様性を生み出した進化はそもそも驚嘆に値するもので、私がくり返して強調するまでもありません。ただそうは言っても、すごくないように見える生き物の形や振る舞いがあるのも事実です。しかしながら、そこであきらめずにつぶさに観察していくと、一見すると不合理に見える形質ほど、実は「すごい進化」の秘密が隠されているのだと、私は考えています。
――――
新書版p.v


 不完全な擬態、まずい餌に特化した食性、壊滅的なまでに非効率な生殖システム。自然界にあふれる「すごくない」性質は、何らかの制約により進化が途中で止まってしまった結果なのか、それとも隠された理由まで考慮すると実は最適化されているのか。制約と適応のせめぎ合いから見えてくる意外に「すごい進化」の興味深い実例を通して、進化生態学の考え方を紹介するサイエンス本。新書版(中央公論新社)出版は2017年5月、Kindle版配信は2018年3月です。


――――
 生物の形質は常に適応と制約のせめぎ合いによって、完璧とはいえない状態にとどまっていると考えることができます。特に、機能的にあまりうまくいっていないように見える形質については、最適化されていない疑いが強く、制約の重要性の根拠とされてきました。
 ところがよくよく調べてみると、これまで制約だと片付けられていた現象の中には、実は制約がそれほど効いていないようなものも含まれていました。そこで、「適応をあきらめない」という姿勢を貫くことで、より合理的な仮説を立てることができました。自然界には不合理に見える現象があふれていますが、実はなんだかんだうまくできている――これが、本書全体を通じて伝えてきたメッセージでした。
――――
新書版p.224


 全体は4つの章から構成されています。


第一章 進化の捉え方
――――
 現在生き残っている生物は、すなわち自然淘汰を経てきたわけですから、「生物の形質は適応的である」という仮定は一定の正しさを含んでいます。ただし前に述べたように、生物の形質は必ずしも完璧ではありません。(中略)それでも、最適化を仮定して新たな仮説に取り組むほうが、「制約のせいで現在の形質には適応的な機能がない」という見方よりも実り多い研究プログラムなのです。予測が外れたときの適応主義による対応をグールドは批判しましたが、その対応こそが最適化アプローチの最大の強みだったといえるでしょう。
――――
新書版p.21、26

 生物の形質や振る舞いは適応的である・あるはずだ。いや、様々な制約により生物の特性は必ずしも適応的とは限らない。進化生物学で長年続いてきた適応主義をめぐる論争を整理して、「適応主義を仮定した研究アプローチは、実り多い成果をもたらすことが多い」という本書の立場を説明します。


第二章 見せかけの制約
――――
 しかしここで主張したいのは、形態的制約という暗黙の前提を取り除くことで、適応にもとづいた新たな仮説を提示するきっかけになったということです。栄養卵の進化に関しては、形態的制約という一応の説明があったせいで、「大きい卵で対処しない理由」について進化生態学者の思考が停滞していました。
(中略)
 ウラナミジャノメとテントウムシの研究で見たように、一見すると制約が効いていそうな形質も、調べてみると生存や繁殖に大した影響がないことがあります。このような「見せかけの制約」は、進化生態学の研究でしばしば登場します。制約が見せかけかどうかを判別するには丹念な観察と実験が必要ですが、そこにこそ進化生態学の醍醐味があるといっていいかもしれません。
――――
新書版p.58、59

 わざわざ孵化しない卵を産むテントウムシ、特定の植物しか食べない昆虫、共進化仮説。一見すると不合理な形質を発見したときに、「制約」の存在を前提に納得するか、それともあくまで「適応を信じて」仮説を探求するか。興味深い実例を通じて、適応主義的なアプローチの有効性を解説します。


第三章 合理的な不合理――あるテントウムシの不思議
――――
マツオオアブラムシはテントウムシにとって「まずい」「少ない」「捕まえにくい」という三拍子そろってひどいエサであるといえそうです。私たちの経済感覚でいうならば、まずくて食べづらくて高価なものにわざわざお金を払って毎日食べているようなものです。(中略)こんな罰ゲームのような生活は自然淘汰の結果なのでしょうか。
 まわりにおいしいエサがたくさんあるのに、なぜあえてまずいエサを食べるのか。クリサキテントウの不合理な選択を理解するためには、共進化や競争といったこれまで生態学で試されてきた正攻法ではうまくいきません。だからこそ、不合理な行動とみなされているのです。そこで私が取り組んだのは、異種への誤った求愛という「不合理な選択」を解明するところから、不合理なエサ選びを理解するというアプローチです。
――――
新書版p.101、110

 実験室では平気で他のエサを食べるのに、自然界ではわざわざまずいエサを選んで食べるテントウムシの謎。その理由は、他種のメスにも誤って求愛するオスの存在にあった……。意外な結末に驚愕する、まるでミステリー小説のような研究成果を紹介します。


第四章 適応の真価――非効率で不完全な進化
――――
有性生殖は二倍のコストという明らかな欠点を含んでいるにもかかわらず、自然界の生殖システムとして卓越しています。この矛盾が、進化学最大の問題という称号を与えられた所以です。ここからは、二倍のコストを克服していく生物学者の挑戦と限界を見ていきましょう。
(中略)
遺伝的多様性も赤の女王も、二倍のコストを覆すには十分ではありません。そこで最後に、生物学の教科書に載っていないばかりか、専門家の間ですらいまだほとんど知られていない、とっておきの仮説を紹介します。この仮説は、既存の仮説の問題点をクリアし、二倍のコストの問題に異なるアプローチから迫るものです。ひょっとしたら、真実に最も近い合理的なアイデアとして、今後世界に広まっていくかもしれません。
――――
新書版p.180


 無駄な形質や行動の進化を説明するハンディキャップ理論。あまりにも非効率な「性」という生殖システム。不完全でいいかげんな擬態。様々な実例を通じて、自然界にあふれる無駄と非効率こそ実は「すごい進化」であることを解明する研究を紹介してゆきます。なかでも、有性生殖がいかにして進化してきたのかという謎に対する(従来の、遺伝的多様性仮説や「赤の女王」仮説とは根本的に異なる)新しい仮説の紹介は必読です。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: