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『超動く家にて 宮内悠介短編集』(宮内悠介) [読書(SF)]

『解説』(酉島伝法)より
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 そういった盆倉純度の高いものが短編小説としても書かれ、デビューから現在に到るまでの間に隙あらばと送り出されてきた。それらをまとめ、軌道上を漂っていた「星間野球」で蓋をしたのが、この『超動く家にて』――俗称、宮内悠介バカSF短編集である。本書担当編集者どうしで、どの作品が最もバカなのかが議論になったという。たぶん、あとがきじゃないだろうか。ともかく、ようやくこの短編集を手にとって読めるという喜びと共に、ほっとした気持ちがある。
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単行本p.325


 トラ技の圧縮大会から宇宙の野球盤まで、いい歳した大人が大真面目、真剣勝負。ジャンルのお約束事を突き詰めたらこうなった困惑小説。人気作家の文体パロディ。ジャンルをこえ多方面で注目されている作家による、脱力ミステリ馬鹿SF短篇集。単行本(東京創元社)出版は2018年2月、Kindle版配信は2018年2月です。


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 はじめての本である『盤上の夜』が、ほぼまとまった時期のことだ。『盤上の夜』はというと、著者がシリアスすぎて、なんか変なことになった短編集。このままでは、洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまわないだろうか。
 いま振り返ると「なぜそんなことで」と思うけれど、とにかく当時のぼくには深刻な悩みだった。
 深刻に、ぼくはくだらない話を書く必要に迫られていた。
(中略)
 楽しんでいただけたなら嬉しいし、失望されたかたには、こればかりは申し訳ありませんと頭を下げるよりない。しかし馬鹿をやるというのはぼくにとって宿痾のようなもので、もはや自分でどうにかできるものでないことも確かなのだ。
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単行本p.313、322


 あまりにも不真面目なことを生真面目に書く。あちこちに紛れ込ませるように発表された笑わせ短編を16本収録した短篇集です。


[収録作品]

『トランジスタ技術の圧縮』
『文学部のこと』
『アニマとエーファ』
『今日泥棒』
『エターナル・レガシー』
『超動く家にて』
『夜間飛行』
『弥生の鯨』
『法則』
『ゲーマーズ・ゴースト』
『犬か猫か?』
『スモーク・オン・ザ・ウォーター』
『エラリー・クイーン数』
『かぎ括弧のようなもの』
『クローム再襲撃』
『星間野球』


『トランジスタ技術の圧縮』
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「弟子なら断わっている。……もう、すべては終わったのだ」
 にべもない対応だが、梶原とて二日がかりでこの場所に来たのだ。簡単にひきさがるわけにもいかない。梶原は訴えた。幼いころ、アイロンの魔力に魅入られたこと。
 伝統を守りたい気持ちから、真剣に弟子入りを考えていること。
「御主は、実際にトラ技を圧縮したことがあるのか」
「それは……」おのずと言葉に詰まった。
 ない。
 それが現実なのだ。
「『月刊アスキー』なら――」
「帰るがよい」
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単行本p.9

 あまりにも分厚く、しかも広告ページが多いため、買ってきたらとりあえずバラして広告を抜いて厚さを「圧縮」してから本棚に並べるという雑誌「トランジスタ技術」。そのトラ技圧縮技術を競う大会にすべてを賭けた男たちの熱き闘い。いや本当にそういう話なんだってば。


『エターナル・レガシー』
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 現役だと主張する男の目からは、けれども一抹の懐かしむような光が感じられた。だからだろうか、ぼくがこの胡散臭い親爺を部屋にまで入れてしまったのは。
 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、しかし本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ねあわせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの実績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」
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単行本p.98

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男は「俺はZ80」と名乗る。念のため云っておきますが往年の8ビットマイコンの名前です。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『超動く家にて』
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もっとも「犯人当て」として見るなら、別に玄関がなくても困りはしない道理で、むしろないほうが好都合だともいえる。
 それより確認したいことは別にある。
「この家なんだけど」
「何か?」
「回ったりしないような?」
「いや、回るけど」
 ルルウが当然と言わんばかりに答えた。
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単行本p.113

 まず建物には出入り口がない。あとトリックを成立させるために回転している。
「一ページに一つ叙述トリックを仕込むことを目標とし、本文はすぐに仕上がったものの、図を作るのに数日かかり、後悔した」(単行本p.317)という、とにかくありがちな叙述トリックを詰め込んで新本格をおちょくる脱力ミステリ馬鹿SFの代表作。


『夜間飛行』
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「……連続飛行が四時間をオーバーしてる。そろそろ戻れる?」
「ああ」
「あと、時間外労働が六十時間を超えてる。もっと自分を愛してあげて」
「それは余計なお世話だ」
「まあね。でも、パイロットの状態管理はアシスタント・インテリジェンスの役目」
「見た目はまるっきりカーナビだけどな」
「で、なんだっけ、近くのコンビニ?」
「違うよ!」
「急激な情動の変化を検出」
「うるさいよ!」
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単行本p.137

 戦闘機のパイロットとアシスタントAI(美人ボイス)の漫才のような会話。ゲームなどでお馴染みの設定を使ったコメディ作品。意外にきちんとしたショートショートになっていて、その生真面目さに驚かされます。


『ゲーマーズ・ゴースト』
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 思うに人間、企画力とか営業力とかがあるように、駆け落ち力というやつがあるのだ。外部からの圧力にもめげず、わが道を通し、駆け落ちをなしとげる力。ね。これだよ。そこんところを、俺とナナさんは端から欠いているのだ。たぶん、愛があればいいとかそういうことではない。俺は俺で、ついつい、もったいないとか、行き先で足があったら便利だろうなとか、そんな浅知恵でもってライトバンなどを選択してしまう。そこにナナさんが、まるで犬猫でも拾うみたいにおかしな連中を拾ってくる。俺とナナさんは、こう、駆け落ちという目前のターゲットに専念できるタイプではなかったんだ。
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単行本p.181

 駆け落ちして追われる二人。そこに何やらヤバい事件に巻き込まれて逃亡中の変な外国人や高価な楽器を盗んで逃亡中の演奏家が合流。それぞれの事情で追われる四人は、よく分からないまま逃走を続ける。俺たちに明日はない。軽妙な会話でぐいぐい読ませるロードムービー調の作品。


『星間野球』
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 ふう、とマイケルがため息をつくとレバーから手を放した。
「いいのかい。こんなゲームに、おれたちの命運を賭けちまって」
「そっちが言い出したんだ。それに、どのみちここまで来ちまったんだ」
「いいんだな」
 立ち通しで、二人の体力も限界に近づいていた。しかし一瞬のタイミングが勝敗を分けるゲームである。二人とも椅子にはつかず、真剣な面持ちで中腰に盤面を見下ろしていた。
「投げてくれ」
 杉村の返答を受けて、マイケルがふたたびレバーに手をあてた。もう遊び球は投げないだろう。全力で投げるだけ。杉村も、全力でスイングするだけだ。
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単行本p.281

 地球を周回する宇宙ステーションの中で、いい歳したおっさん二人がムキになって野球盤で真剣勝負。カーブだ、シュートだ、消える魔球だ。イカサマは騙された方が悪い。もともとデビュー短篇集『盤上の夜』の最後を飾る予定だったという(マジか)、抱腹絶倒ながら意外にもプロットがしっかりしていて楽しめる作品。



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