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『困った作家たち 編集者桜木由子の事件簿』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

「解説」(細谷正充)より
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 では、本書の主人公は誰なのか。各話に登場する作家である。傲慢・姑息・小心……。様々な問題を抱え、事件を引き起こしたり、巻き込まれたりする作家たち。由子を翻弄し、強烈な存在感を示す彼らが、真の主人公なのだ。困った作家たちの肖像を引き立てるために、由子は黒子に徹している。そこも本書の巧妙な作劇の手法となっているのである。
 この他、作家という題材にこだわりながらバラエティに富んだショート・ショートや、作中で触れられる作家たちの小説など、多角的に物語が楽しめるようになっている。
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文庫版p.281


 編集者・桜木由子が担当しているミステリ作家たちは、どうにもトラブルメイカーばかり。暴言吐きまくる。他人のネタを盗作する。映画の公開中止を要求する。さらには密室内で殺されたり、密室内で殺したり。癖のあるミステリ作家たちをめぐる事件を扱った連作ミステリ短篇集。文庫版(双葉社)出版は2018年1月、Kindle版配信は2018年3月です。


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 この世に完全な人間が存在しないのと同様、彼女とて完全な編集者ではない。こちらがメールした五百枚の原稿を一瞬で削除してしまい、再度送った五百枚をまた一瞬で削除してしまい、などということはしょっちゅうなのだが、そういうミスを犯すのは、たいてい飲んだ翌朝である。女性編集者の中に酒豪が多く、また酒癖の悪い者が多いことはよく知られているが、彼女は間違いなくその両部門でチャンピオンになれる器である。
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文庫版p.272


 編集者・桜木由子と、彼女から仕事を依頼される探偵・鶴巻文久をレギュラー登場人物とする連作短篇6篇と、その間に挟み込まれたショートショート5篇(「謝辞」まで含めれば6篇)から構成されるという、『ハンザキ』『便利屋サルコリ』『ブラッグ』などでお馴染みの形式を採用した連作短篇集です。

 いずれも性格に問題のあるミステリ作家たちが、事件を引き起したり、事件に巻き込まれたりして、編集者である桜木由子をやきもきさせます。「~~の事件簿」という副題がついているミステリ短編集だと、その人物が次々と事件を解決してゆくような内容を想像するのですが、今作に限っては、じたばたする、探偵に泣きつく、酒を飲んでわめく、というのが彼女の役割。あくまでミステリ作家たちのエキセントリックぶりを楽しむ作品が並んでいます。


[収録作品]

『edit1 最終候補』
  ショートショート『七分の力』
『edit2 盗作疑惑』
  ショートショート『紙とペン』
『edit3 口述密室』
  ショートショート『学歴詐称』
『edit4 死後発表』
  ショートショート『良い筆名』
『edit5 公開中止』
  ショートショート『借りた本』
『edit6 偽愛読者』
  謝辞


『edit1 最終候補』
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「結果が出るまで候補者を隣の部屋で待たせておくという選考会は、今はもうなくなってしまいましたけど、××社のミステリー新人賞でもやってたんですよね」宝来が嬉々として言った。
「こういうのって、いやがる人もいるかもしれませんけど、僕は大歓迎ですよ。入選者だけが隣の部屋に呼ばれ、先生方から祝福を受ける。あとの者はすごすご帰る。じつにはっきりしてていいじゃないですか」
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文庫版p.14

 ミステリ新人賞の最終選考のあいだ、候補者たちは別室に集められ、全員で結果を待つことに。このなかの誰か一人だけが作家としてデビューが決まり、他の人はすごすご帰るはめになるのだ。そして、候補者の一人がひたすら暴言を吐きまくる……。

 『臓器賭博』を思い出させる登場人物たちのえげつない心理戦が展開される作品ですが、そもそも選考には何の影響も与えられないのに、ライバルを貶してでも心理的に優位に立とうと必死であがく心理がもの哀しい。


『edit2 盗作疑惑』
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「あの人の小説の場合、毎回『読者への挑戦』などと謳ってはいますが、前段を読んだだけでは真相に到達することは絶対に不可能な構造になっているんです。ところがこの手紙の主は、その『後付け』まですべて予想しているじゃないですか!」
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文庫版p.56

 何の伏線もなくいきなり「実はこうこうだった」と後付けの無理設定を持ち出して解決してしまう悪い癖があるミステリ作家。新作の謎解きが発表される前に、盗作を糾弾する手紙が送られてくる。そこには、読者には絶対に推理できるはずのない真相(いいのかそれで)が書かれていた。盗作疑惑を抱えたままでは出版できない、焦る桜木由子。はたして盗作なのか、そして差出人の正体は?


『edit3 口述密室』
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 テープに残されていた音声から推察すると、有坂の死は単純な転落事故とも考えられるが、そう断定できない不審な点が、少なくとも二つあった。
 一つは、なぜ鉄棒が簡単にはずれたのかということ。もう一つは、有坂が密室ミステリー『軌道上密室』を執筆中に、現実の密室内で死んだということだった。これは偶然の一致だろうか?
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文庫版p.110

 自室にカンヅメになって原稿を口述録音していたミステリ作家が、新作の密室トリックの謎解き部分を吹き込む直前に死んだ。現場は完全な密室。関係者には鉄壁のアリバイ。録音テープに残された微妙な物音。事故か、自殺か、それとも殺人か。連作中、最も本格ミステリ度が高い作品。


『edit4 死後発表』
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 三百枚の原稿! 内容は? あの事件の真相についてだ。それ以外ありえないではないか! 事件はまだ完全に忘れ去られたわけではない。出版すれば確実に話題になる。
 桜木には今こそ、鳴海の意図がはっきり理解できていた。あの事件について、生きている間は何も話すつもりはない。死んだあとで、すべてを明らかにする。そのために、ひそかに原稿を書き続けていたのだ。さすがの作家根性だ。
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文庫版p.154

 愛人を殺して逮捕された作家。密室と化した家のなかで、彼はなぜ遺体と共に長時間を過ごしたのか。逮捕された後も完全黙秘を貫き、真相を語らないまま有罪判決を受けた作家が残した原稿。そこに書かれているのははたして事件の真相なのだろうか。何としてでも遺稿を手に入れて出版しようと桜木由子は奮闘するが……。


『edit5 公開中止』
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「小説家なんてみんなそうだ。何も知りゃしないんだ。それがみんなから先生先生とおだてられて、いい気になってるうちに――」
「みなさん、落ち着いてください」熊谷が、興奮するみんなを懸命になだめながら、エージェントにたずねた。「すると、公開はできないんですか。大和さんがそう主張する限り」
「そういうことです」エージェントはうなずいた。「確かに作家一人のワガママです。しかしこのワガママは、六億円の映画の公開を止める力を持っている。持ってしまっているのです。現実として」
「そんな!」
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文庫版p.196

 新作映画の試写会に出席した原作者が公開中止を要求する。何度たずねても理由は不明。契約上このままでは映画はお蔵入りになってしまう。気に入らない部分があればカットするから、という申し出に対しても、かたくなに説明を拒む作家。説得にあたった桜木由子も担当を外されてしまう。何が作家の逆鱗に触れたのか。そこには誰も知らない事情があった。


『edit6 偽愛読者』
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「作家にとって最大の悪夢だ。自分の作品をモデルにした犯罪が起き、その犯人と面会しなきゃならないなんて」桜木によって鶴巻の事務所に連れてこられた芝は、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけようともせず、力無く言った。
「作家は、自分の小説が現実にもたらす影響について責任を持つ必要はないし、責任を持たされることなどあってはならない。だってそうだろ、小説はアジテーションじゃないんだから」
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文庫版p.146

 自分はある作家の愛読者で、その先生の新作に影響されて殺人事件を起こしたのだ、と供述した殺人事件の容疑者。いきなり名指しされた作家は、口では偉そうなことを言いながらも、小心者ゆえ震え上がってしまう。刑事責任はないにせよ、世間はどう反応するだろうか。このままでは作家生命もお終いだ。何とかして容疑者が嘘をついていると証明する他に助かる道はないが、いったいどうしたらそんなことが可能だろうか。作家、出版社、警察が協力して、前代未聞の火消し作戦が始まった。



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