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『宇宙の春』(ケン・リュウ:著、古沢嘉通:翻訳) [読書(SF)]

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『紙の動物園』出版以降、日本の読書界において、ケン・リュウが確固たる地位を築き、彼がどういう作家なのか、充分浸透したと判断し、ここにようやく訳出した次第である。なお、これによって本国版第一作品集収録の全篇が邦訳されたことになる。
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新書版p.302


 『紙の動物園』『母の記憶に』『生まれ変わり』に続くケン・リュウの日本オリジナル短篇集第四弾。新書版(早川書房)出版は2021年3月です。

 出版されるたびにSFまわりを越えて広く話題となるケン・リュウの短篇集。ちなみに既刊本の紹介はこちら。

  2019年06月25日の日記
  『生まれ変わり』
  https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-06-25

  2017年09月06日の日記
  『母の記憶に』
  https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-09-06

  2015年06月19日の日記
  『紙の動物園』
  https://babahide.blog.ss-blog.jp/2015-06-19




[収録作品]

『宇宙の春』
『マクスウェルの悪魔』
『ブックセイヴァ』
『思いと祈り』
『切り取り』
『充実した時間』
『灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹』
『メッセージ』
『古生代で老後を過ごしましょう』
『歴史を終わらせた男――ドキュメンタリー』




『マクスウェルの悪魔』
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 タカコは、ウランの原子がなんらかの化合物の形で気化しているところを想像した。その分子は、金属の箱のなかにある空気のように跳ねている。重いウラン238を含む分子は、軽いウラン235を含む分子よりも平均して少しだけ遅く動く。分子が管の内部で跳ねているところを想像する。霊たちが管の先端近くで待ち構え、より速い分子を通すため、扉を開けるが、遅い分子は内部に留めておくため、扉を閉める。
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新書版p.38

 第二次大戦中、日系人として強制収容所に収容されていた物理学者タカコは、米国のスパイとして日本に送られる。日本では沖縄人としてさらなる差別を受けるタカコだが、彼女にはユタとしての素質があった。彼女の力により霊が「マックスウェルの悪魔」として機能し、熱力学第二法則を打ち破れることを知った日本は、第二種永久機関を開発し兵器として利用しようともくろむ。だがタカコは「マックスウェルの悪魔」を応用すればさらに強力な超兵器の開発が可能になることに気づいていた……。多重差別構造や沖縄戦における強制集団自決の凄惨さ(そしてある種の理不尽な馬鹿馬鹿しさ)を、あえて途方もない奇想SFネタを使うことで、くっきりと浮き彫りにする強烈な作品。




『思いと祈り』
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 殺人犯がヘイリーの命を奪う一方で、アビゲイルは娘の姿をインターネットの底なしの食欲への捧げ物として差しだしたんです。アビゲイルのせいで、わたし自身のヘイリーの思い出は、彼女の死後にやってきた恐怖を通したものに永遠になってしまいました。アビゲイルは、個々の人間を集めて、ひとつの巨大で集合的な歪んだ視線に仕立て上げる装置を召還したのです。わたしの娘の思い出を捕らえ、噛み砕いて、終わらぬ悪夢にしてしまう装置を。
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新書版p.82

 銃乱射事件の犠牲者の母親が、殺された娘のために銃規制運動に立ち上がる。ネットで娘の画像やデータを公開し、娘は単なる統計数字ではなく生きた尊厳ある人間だったのだと訴える。だがその行為により、彼女はネットに巣くうトロールたちの標的となってしまった。無数のクソリプ、嫌がらせ、ヘイトスピーチ、悪意まみれのデマ、フェイク動画、見るに絶えない醜悪な改変写真が、洪水のように母親を襲う。ほぼ実話をもとに現代の社会病理をえがき、読んでいて胸の痛くなるような作品。




『充実した時間』
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「あたしは懐疑的な信者なんだ。テクノロジーは美しいけど、テクノロジーの本質は、解決すべき問題をより多く生み出すことなんだ。ネズミ同様、機械は自然の一部であり、あたしたちの暮らしはたがいの暮らしに埋め込まれている」
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新書版p.128

 家庭用ロボットを販売するハイテク企業に就職した技術者が、新しいアイデアによりイノベーションを起こそうと奮闘する。手の届かないパイプの中も自動的に綺麗にする掃除ロボット、育児のルーチンを任せられる育児ロボット。だが新しい技術は新しい問題を引き起こすのだった。軽いユーモアにくるんで、テクノロジーの発展は本当に問題を減らしているのか、と問い掛ける作品。




『歴史を終わらせた男――ドキュメンタリー』
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 証拠の不足が問題になった場合、彼らは反論の余地のない証拠を提供する方法を持っていました。劇のように歴史を起こったまま見られるのです。
 世界各国の政府は、狂乱の発作に陥りました。ウェイが七三一部隊の犠牲者の親族を過去に送りこみ、平房区の手術室や囚房でおこなわれた恐怖を目撃させる一方、中国と日本は法廷やカメラのまえで辛辣な言い争いを繰り広げ、過去に対するライバルの主張に反駁しました。合衆国はしぶしぶその戦いに巻きこまれ、そして、国家安全保障上の理由があると述べて、ウェイが朝鮮戦争中の(おそらく七三一部隊の研究に由来する)生物兵器使用疑惑の真相を調べる計画を発表したとき、ついにウェイの装置を停止させました。
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新書版p.288

 過去を、歴史的事実を、そのまま目撃する技術が開発されたら、何が起きるだろうか。発明者は、第二次大戦中の日本軍による蛮行、特に満州第七三一部隊による非道な人体実験と大量虐殺の真実を世界に明らかにするために、この技術を使う。だがその行為は激しい議論を招き、やがて事態は論争をこえて各国政府を脅かすところまでエスカレートしてゆく。「歴史」が実際にいまそこにあるものとなったとき、傍観者でいられる者は誰もいなかった……。七三一部隊をテーマに、様々な立場からのインタビューを並べる形式により、歴史否認主義にまつわる様々な議論をあぶり出してゆく力作。





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