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『生まれ変わり』(ケン・リュウ:著、古沢嘉通・他:翻訳) [読書(SF)]

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 かかる高評価から、日本オリジナル作品集第三弾を編む要請が出、その結果が本書である。作品選択のポイントは、選択時の最新作「ビザンチン・エンパシー」(2018年6月)までに発表された膨大な作品のなかから、これはというものを選ぶのは当然として、多少のわかりにくさがあるため、従来、選択に逡巡していたものもあえて選んだ。
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新書版p.551


 『紙の動物園』『母の記憶に』に続くケン・リュウの日本オリジナル短篇集第三弾。新書版(早川書房)出版は2019年2月、Kindle版配信は2019年2月です。

 出版されるたびにSFまわりを越えて広く話題となるケン・リュウの短篇集。ちなみに既刊本の紹介はこちら。


  2017年09月06日の日記
  『母の記憶に』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-06

  2015年06月19日の日記
  『紙の動物園』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-19



[収録作品]

『生まれ変わり』
『介護士』
『ランニング・シューズ』
『化学調味料ゴーレム』
『ホモ・フローレシエンシス』
『訪問者』
『悪疫』
『生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話』
『ペレの住民』
『揺り籠からの特報:隠遁者──マサチューセッツ海での四十八時間』
『七度の誕生日』
『数えられるもの』
『カルタゴの薔薇』
『神々は鎖に繋がれてはいない』
『神々は殺されはしない』
『神々は犬死にはしない』
『闇に響くこだま』
『ゴースト・デイズ』
『隠娘』
『ビザンチン・エンパシー』




『生まれ変わり』
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 ある意味で、わたしは伝染性があるのだろう。生まれ変わったとき、わたしと親しかった人々、わたしがやったことを知っている人々、彼らがわたしを知っていることがジョシュア・レノンのアイデンティティの一部を形成していた人々は、ポートを移植されねばならず、わたしの生まれ変わりの一部として、そうした記憶は削除された。わたしの犯罪は、それがどんなものであれ、彼らに感染したのだ。
 その彼らが何者なのか、わたしは知りすらしなかった。
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新書版p.24


 犯罪者の“全体”を裁くのではなく、犯罪につながった自我の一部を削除し、さらにその犯罪に関わる記憶(本人に加えて関係者全員の)を消すことで更正させる「生まれ変わり」技術。だが、起こしたことを「なかったことにする」ことが、本当に正しい対処なのだろうか。個人のアイデンティティの問題から、戦時下の非人道的行為に対する歴史修正(否認)主義まで、読者の倫理観をゆさぶる作品。


『化学調味料ゴーレム』
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「しかし、このわたしが汝にそうするようにと言っておるのだぞ! 神の命令だ」
「でもさ、神さまの決めた規則や戒律なのに、ただの気まぐれで適当な例外を作るわけにはいかないでしょ。そういう仕組みじゃないと思う」
「なぜだ? わたしは神だぞ」
「神さまが独裁者みたいにふるまってた段階は、とっくに過去のものだと思ってたけど」
 口論は一時間つづいた。レベッカの熱意は少しも冷めることがなかった。
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新書版p.89


 ユダヤ人の血をひく中国人である少女に、神が命じる。人類の危機を救えと。しかし神は気づいていなかった。中国の娘がどれほど強情で扱いにくい民であるかを。そもそも自分の不手際で起きた問題の解決を他人に命じることの正当性から、安息日に人類を救済する仕事をすることの是非まで。いちいち説得し、なだめるはめになった神の苦労は報われるのか。楽しいユーモア作品。


『ホモ・フローレシエンシス』
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 たとえどうあろうと、われわれの世界が彼らの存在を突き止めたとき、彼らの世界はなくなってしまう。われわれは、自分たちにこんなにも近くて、こんなにも異質な種と平和に共存できたことが歴史上一度もない。どこであれホモ・サピエンスがやってきたところでは、ほかのヒト種は消えてしまっている。
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新書版p.127


 インドネシアで発見された謎の歯。つい最近まで生きていたと考えられるその持ち主は、人類とは別に進化したヒト属だった。ついに彼らの居住地を発見したとき、研究者は深刻なジレンマに陥る。アマゾンで発見された未開民族、インドネシアで発見されたフローレス原人化石などのトピックから、人類学などの科学に内在しているある種の暴力性に焦点を当てる作品。


『訪問者』
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 それでも、異星の探査機の近くでは、誰もが礼儀正しくふるまおうとする傾向があった。笑うときはより大きく、話すときはより熱心になり、ゴミがあれば拾い、喧嘩はやめる。よく考えてみると、馬鹿げている。どうしたら宇宙人によい印象をあたえられるのか、ぼくたちは何も知らないのだ。
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新書版p.137


 謎の異星人が地球全域に送り込んできた無数の探査機。捕獲することも破壊することもできない探査機の存在に、人類は慣れていった。だが、探査機に「見られている」という意識は、微妙に人々の行動に影響を与える。国際的な人身売買問題に取り組む活動家が、この現象を利用して人々の意識を少しでも変えようと試みる。悲惨慣れして無関心におおわれた世界でマスコミが果たすべき役割を扱った作品。


『数えられるもの』
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 有限の人生には無限の瞬間がある。現在に留まり、順番に経験していかねばならないとだれが言うのか?
 過去は過去ではない。おなじ瞬間が何度も何度も経験され、毎回、なにか新しいものが加わるだろう。充分な時間があれば、空白が有理数で埋められるだろう。線が一枚の絵を完成するだろう。世界の辻褄が合う。
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新書版p.267


 母親の恋人から虐待されている幼い少年。だが彼には数学の才能があった。そして自分の人生を構成している各瞬間を、時系列順ではなく体験できることに気づく。なぜなら瞬間は無限に存在するが、それは加算無限(アレフゼロ)であり、したがって任意に定める順序数と一対一対応することが証明できるからだ。ベタなプロットを数学的裏付けのある特異な語り口で語ってみせる作品。


『神々は鎖に繋がれてはいない』
『神々は殺されはしない』
『神々は犬死にはしない』
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 人間以後(ポストヒューマン)、シンギュラリティ以前の、世界最高のコンピュータ・ハードウェアのスピードと威力をもって天才人間たちの認知能力と結びついた人工直観体――便利であり、画期的なものだ。彼らはわれわれの世界で言う神々のような存在で、その神々は天上で戦争を行っている。
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新書版p.345


 人間の優れた直感力をコンピュータ上に再現する。初期の「意識のアップロード」実験は思いがけない結果をもたらし、世界を恐るべき勢いで改変してゆく。ポストヒューマン誕生から完全なシンギュラリティに向かう移行プロセスを扱った三部作。言語モジュールの非効率性ゆえポストヒューマンたちが人間とのコミュニケーションに絵文字を使うという発想が印象的で、実際に絵文字が多用される作品。


『闇に響くこだま』
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 盲目は俺の強みなんだ。俺の武術の流派には、これまで目の見えない達人がたくさんいた。彼らは夜間の戦闘技術を磨き、目の代わりに耳を使ってきた。この壁を造っている石とその利用法は、昔の達人から代々伝わってきたものだ。
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新書版p.417


 清朝に対して反旗を翻した反逆者のリーダーは「飛翔する蝙蝠」と呼ばれていた。暗闇で敵兵の位置を確実に読み取り倒してゆく彼の驚異の武術を目にしたとき、語り手はその技、すなわち音響定位(エコーロケーション)が持つ可能性に気づく。清代を舞台とした奇想武侠小説。


『隠娘』
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 わたしの心を読んだかのように男は言った。「わたしは二晩経てばここにひとりでいる。約束は違えぬ」「これから死のうとしている人間の言葉にどんな価値がある?」わたしは言い返した。
「暗殺者の言葉とおなじ価値がある」男は言った。
 わたしはうなずくと飛び上がった。本拠の崖の蔦をのぼっていくときのようにすばやくわたしは垂れ下がっている綱をよじのぼり、屋根に開けた穴から姿を消した。
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新書版p.480


 あらゆる暗殺術を仕込まれた凄腕の女暗殺者。だがあるとき、一人の男を殺すことをためらい、逆に彼を守る決意をする。それは、自分よりも腕のたつ姉弟子たちと闘うことを意味していた。中国古典に題をとった翻案小説ですが、個人的にはこの原作、舒淇(スー・チー)が主演した映画『黒衣の刺客』(ホウ・シャオシェン監督)の印象が強く、とにかくスー・チー美し。


『ビザンチン・エンパシー』
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 だが、巨大NGOと外交政策シンクタンクからなるすでに確立された世界を、なんの価値もない無名の暗号通貨ネットワークで変えることができると本気で期待できるだろうか?
 それにもかかわらず、この仕事は正しい気がした。そしてそのことがそれに逆らう形で思いつけるどんな議論よりも価値があった。
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新書版p.524


 世界中で起きている悲惨な出来事に対して、集められた寄付金プールを効果的に配分するための組織体制。だが、政治的な判断から無視されることになった人々の悲劇は、誰が救うべきなのか。

 一人のプログラマーがブロックチェーン(ビットコインなどの暗号通貨の基礎技術)を利用して、人々の共感(エンパシー)を通貨として流通させることで寄付金プールの配分判断を自動的に下す非中央集権的なシステムを作り出し、それは世界最大の慈善基金プラットフォームへと成長してゆく。だが、不確実でプロパガンダに流されやすい大衆の共感なるもので巨額の寄付金が動くことが正しいことなのだろうか。立場の異なる二人の登場人物の対立を通じて、慈善や富の再分配が抱えている倫理的問題を掘り下げる作品。



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