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『紙の動物園』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳) [読書(SF)]

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このあとがきを書いている時点では、まだ自国で一冊も単独著作がないというのに、中国ではすでに三冊の短篇集が出版されており、ことし四月上旬にはフランスで短篇集が出る予定で、そしていまここに世界で五番目のオリジナル短篇集をお届けする。翻訳版のほうが先行して次々と刊行される、そんな作家は、前代未聞である。
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Kindle版No.5470

 不老不死、世代宇宙船、スチームパンクといったSFの人気題材。文化摩擦や政治問題。愛、信仰、人間性をめぐる真摯な問いかけ。それらを組紐のように精微に、美しくまとめ上げ、読者の心を強く揺さぶる一冊。魔法めいた傑作ぞろいの全15篇を収録した短篇集。単行本(早川書房)出版は2015年4月、Kindle版配信は2015年5月です。

 SFマガジンに掲載されたいくつかの短篇を読んで、決して悪くないけど個人的好みからするとやや情緒的に過ぎるかな、などと思っていたケン・リュウ。短篇集を読んで、その出来の良さに驚きました。

 驚異というべき短篇集で、とにかく駄作凡作が一つもありません。このレベルの作品がよくも集まったものだと感心しますが、「訳者あとがき」には次のように書いてあり、それこそ仰天です。

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本書と同レベルあるいはそれ以上の作品集は、今後何冊も作れるような気がしている。
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Kindle版No.5687

 コアSFというより、一般小説との境界線上に位置づけられるであろう作品が多いので、SFにあまり馴染みのない読者にもお勧めします。もちろんSF読者なら必読。

 特に、著者自身が何度も「私の作品はテッド・チャンから大きな影響を受けている」という旨を書いている通り、テッド・チャンの愛読者なら見逃してはいけないでしょう。


[収録作品]

『紙の動物園』
『もののあはれ』
『月へ』
『結縄』
『太平洋横断海底トンネル小史』
『潮汐』
『選抜宇宙種族の本づくり習性』
『心智五行』
『どこかまったく別な場所でトナカイの大群が』
『円弧』
『波』
『1ビットのエラー』
『愛のアルゴリズム』
『文字占い師』
『良い狩りを』


『紙の動物園』
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 そのときはわからなかったのだけど、母さんの折り紙は特別だった。母さんが折り紙に息を吹きこむと、折り紙は母さんの息をわかちあい、母さんの命をもらって動くのだ。母さんの魔法だった。
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Kindle版No.37

 人身売買のようにして米国人男性に嫁いだ中国の貧しい農村の娘。彼女の息子はそんな母親を恥じ、彼女のルーツである中国文化を拒絶してアメリカ人として生きようとするのだった。そして母親の死後、幼い頃に母に折ってもらった魔法の折紙が動き出す。漢字に乗せて、心を伝えるために。


『もののあはれ』
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「おまえの心が感じたその気持ちは----“もののあはれ”というものだ。命あるあらゆるものが儚いという感覚だ。(中略)もののあはれは、いいか、宇宙と共感することなんだ。それが日本という国の魂なんだ。
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Kindle版No.506、607

 小惑星衝突により破壊された地球。恒星間宇宙船に乗って地球を脱出した最後の日本人である青年は、自らの文化的ルーツに自信が持てず、外国人にそれを伝えることにも困難を覚える。だが、他の乗員を救うために自らを犠牲にするしかないという状況に追い込まれたとき、彼はようやく日本人の心の拠り所を、そしてなぜ彼らが静かに滅亡を受け入れたのかを、理解したのだった。


『月へ』
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だれもが物語を持っている。だけど、あなたたちはある種の物語しか聞きたがらない(中略)この世界にはおぞましい物語がたくさんあるが、法律は一部の話だけ耳を貸す価値があると見なしている
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Kindle版No.891、914

 中国からの政治難民を担当する米国の弁護士が、故国で横行している迫害と人権侵害に関わる恐ろしい体験談を、真実だと裁判所に認めさせるために努力する。だが、難民が語る体験談は、「野蛮な外国ではこんな酷いことがまかり通ってるんだって」という米国人好みの、彼らの優越感を心地好く満たすような物語でなければ、事実だと認めてもらえないのだった。


『結縄』
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ナン族の者はだれでも結縄文字を作れるが、たった一個の結び目が作られるまえに縄の最終的な形を読み取る目を持っているのはわしだけだ。
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Kindle版No.1028

 縄の結び目と折り畳み構造で言葉を伝える結縄文字。先祖代々、この結縄文字を伝えてきたミャンマーの山岳地帯に住む少数民族の村に足を踏み入れた米国の調査員は、ある老人が見せた驚くべき能力に、途方もない可能性を見出す。驚くようなクールなアイデアを核に、生物資源をめぐる途上国と先進国の対立、遺伝子組み替え作物による経済的支配など、現代の問題をからめた短篇。


『円弧』
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「死の尊厳は、死をまえにしてわれわれが感じる無力さを取り除くためにでっちあげた神話だ」かつてジョンがわたしに話してくれた。だけど、彼はすべてを知っていたわけじゃなかった。知ることができるほど長く生きられなかった。
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Kindle版No.3037

 不老不死が実現したとき、人間性は失われてしまうのだろうか。円のように永遠に続く人生よりも、始まりと終わりがある「円弧」を描く人生にこそ意味があるのだろうか。不死を獲得した一人の女性が、自らの人生をもってそれに答えようとする。次の『波』と対をなす感動作。


『波』
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プロメテウスは、生きながらえて、息子たちが父親たちに立ち向かったのを見てきた神。新しい世代が古い世代にとって代わるのを、毎回世界が新しくなるのを目撃してきた。だから、プロメテウスがなんと言ったのか、推測できる。
 逆らえ。変化こそ唯一不変のものだ。
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Kindle版No.3209

 何世代もかけて居住可能な惑星を目指す恒星間宇宙船に、地球から不老不死を実現する技術が届けられる。だが厳しい物資の制限から、自分たちが不死になるなら、子供たちの成長を止めなければならない。次の世代のために親の世代は年老いて死ぬべきなのだろうか。個人の人生に焦点を当てた『円弧』を、人類規模へと拡張させる本格SF。


『1ビットのエラー』
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 信仰への道を納得して進むために、必要なのは1ビットのエラーだ(中略)タイラーは自分自身の脳に1ビットのエラーを誘発してみようと決めた。もしリディアに会うための唯一の方法が天国にいくことなら、合理的に考えて、自分に神を信じさせる以外に選択肢はなかった。
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Kindle版No.3846

 恋人への愛ゆえに、信仰を持ちたいと願う男。しかし、どうしても心から神の存在を信じることが出来ない。信仰とは脳の現実認知プログラムのビットエラーに過ぎないと信じる彼は、肉体のハードウェアハッキングによる真の信仰獲得を目指す。だが、彼を待っていたのは、あまりにも皮肉な事態だった。著者が「出版まえにチャンの許諾を求め、了承を得た」と明記しているように、テッド・チャンの『地獄とは神の不在なり』にインスパイアされて書かれた出世作。


『愛のアルゴリズム』
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「わたしたちが日々たんにある種のアルゴリズムに従っているだけだとしたら?(中略)もし万一、わたしがいまあなたに話していることは、たんに事前に決められた反応に過ぎなかったとしたら、心のない物理の結果だとしたら?」
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Kindle版No.4254

 人工知能の開発者である女性が、あるとき恐ろしい疑問にとり憑かれる。私たちには心などなく、すべての言動は脳で走っている機械的なアルゴリズムの出力に過ぎないのではないか。

 いわゆる哲学的ゾンビ問題を扱った作品で、著者は「この話のトーンと中心的な葛藤はテッド・チャンのすばらしい短篇「ゼロで割る」を想起させる。チャンの作品にこれまでわたしは大きな影響を与えられている」と書いています。


『文字占い師』
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「こんな悲しい話を聞かせて申し訳ない、リリー。だが、中国人は長いこと、語って聞かせられるような幸せな話を持っておらんのだ」
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Kindle版No.

 台湾の米軍基地に住む少女が、「文字占い師」を名乗る地元の老人と知り合う。漢字から様々なことを占ってみせる老人は、やがて少女に悲しい体験談を語り始める。抗日戦争、国共内戦、台湾接収、二・二八事件。「日本」「中国」「共産党」、空虚で実体がないのにも関わらず、大勢の人々を生贄の羊のように殺してしまう言葉。その禍々しい魔力。だが、それでも老人は少女にこう教えるのだった。

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ほんの少しの魔法の言葉のせいでこんなにも大勢の人間が死んだあとでも、われわれは良いことを成し遂げてくれる言葉の力を信じつづけておるのだ。
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Kindle版No.4813

 はたして文学は、人々を殺す言葉に対抗できる力となるのでしょうか。本書収録作品中もっとも重く暗い物語を通じて、作家としての矜持と覚悟を静かに見せたような、凄みのある傑作。


『良い狩りを』
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 ぼくは身震いした。彼女がなにを言わんとしたのかわかったのだ。古い魔法が戻ってきたが、変化していた----毛皮と肉ではなく、金属と炎の魔法だった。
(中略)
 鋼索鉄道の線路伝いに艶が駆けていくところをぼくは思い描いた。疲れを知らぬエンジンが回転数を上げ、ヴィクトリア・ピークの頂上めがけて駆け上がっていく。過去のように魔法で満ちあふれた未来に向かって駆けていくのだ。
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Kindle版No.5451

 かつて見習いの妖怪退治師だった主人公は、美しい妖狐の娘、艶と出会う。奇妙な友情で結ばれた二人だったが、やがて時代は変わり、古い呪術や魔法は衰退してしまう。今や腕利きのエンジニアとなり、蒸気機関、機械工学、サイバネティクスといった新しい「魔法」を習得した主人公は、再会した艶の望みを、その力でかなえてやろうとするのだった。世界の変容と魂の再生を感動的に描いた短篇で、ごく短い枚数で聊斎志異の世界からスチームパンクへとスムーズに移行させる手際が素晴らしい。


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