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『ゼロから学ぶ量子力学 普及版 量子世界への、はじめの一歩』(竹内薫) [読書(サイエンス)]

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 量子力学という分野は、一見、半世紀以上前の古い理論というイメージが強いのだが、今日でもなお、世界の最先端の論文として発表が続いている活気ある分野なのだ。また、世界中の数理物理学者たちが血眼になって追い求めている量子重力理論だって、その基礎には、やはり、量子力学がある。エンジニアだけでなく、物理や化学を専門的に勉強する人にとっても必須の知識であることはいうまでもない。
 この本では、ゼロからはじめて、量子力学のおぼろげな全体像をつかんでもらうように努力したつもりだ。ちょっと数式が多かったかもしれないが、途中を省略せずに、できるだけ導出を書いたつもりだ。だから、最初は飛ばしてしまった箇所も、後から1行ずつ追ってご覧になれば、きっと、わかるにちがいない。
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単行本p.273


 量子力学の教科書を読む前にざっと全体像を把握しておきたいという読者のための入門書。単行本(講談社)出版は2022年3月。ちなみに旧版の出版は2001年4月です。

「ゼロから学ぶ」というタイトルですが、それはあくまで量子力学についてゼロから学ぶということであって、数式は容赦なく出てきます。シュレーディンガー方程式も解きます。複素数の偏微分方程式の扱いくらいは予備知識として知っておいたほうがいいかも知れません。


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 うーむ、わからん。ゼロから学んでいるのに、この本には、数式がバンバン出てくるではないか。
 まあ、数式を使わないというのもわかりやすさかもしれないが、数式を使って、その数式をちゃんと説明する、というのもわかりやすさだと僕は思うのである。
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単行本p.159




目次

第1章 まずは前菜からどうぞーゼロから不確定性原理まで
第2章 メインディッシュへと進むー挑戦!シュレディンガー方程式
第3章 デザートで口なおしをするー量子論余話
第4章 レストランを出たあとでー行列、大活躍!




第1章 まずは前菜からどうぞーゼロから不確定性原理まで
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 この本は、
・生まれてはじめて力学ならぬ量子力学の世界を覗いてみようという好奇心旺盛な高校生から、
・学生時代に方程式の解き方は教わったが、頭に霞がかかったみたいで本当の意味が理解できなかったエンジニアの方々、そして、
・大学の演習の時間に、ふと、「でも、これってどういう意味なの?」という疑問を抱きつつ、先生にも同級生にも質問できないで悶々としている現役大学生……
こういった人々に読んでもらおうと思って書いた。
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単行本p.22

 まずは量子力学の基本的なイメージ、シュレーディンガー方程式、不確定性原理、マクロな世界との関係、といった話題から始めます。




第2章 メインディッシュへと進むー挑戦!シュレディンガー方程式
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 そもそも、量子力学が「何」かというのは説明が難しい。その理由の1つは、シュレディンガー流に微分方程式を解く流儀と、ハイゼンベルク流に行列の演算をする流儀が、一見、まったく別のことをやっているように見えるからだ。これは、おおまかにいえば、解析学でやるか、代数学でやるか、ということにほかならない。
 現実には、この2つの流儀に共通する抽象的な部分が、量子力学の本質なのであって、その本質を、どう見せるかは、趣味の問題でしかない。実際、現代数理物理学や素粒子論の最先端では、第3の流儀である「ファインマンの経路積分」というものを使うことがほとんどであり、シュレディンガー流とハイゼンベルク流は、どちらかというとナツメロ調というイメージのほうが強い。
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単行本p.175

 1次元の有限長の「箱」に入った粒子、調和振動子、水素原子の構造、トンネル効果。いよいよ実際にシュレーディンガー方程式を解いてみます。




第3章 デザートで口なおしをするー量子論余話
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 量子力学を深く理解するためには、ディラックの教科書を読むのが一番だといわれる。量子力学のバイブルというわけである。それは今でも変わらない。
 なぜ、ディラックの教科書がいいのか?
 それは、デュラックの教科書が量子力学の「根本精神」をとらえているからにほかならない。
 さて、そのディラックの精神にちょっとでも近づくために、「ディラックの記法」と呼ばれるものを導入する。これは、初歩的な教科書にはあまり出てこないが、おそらく、量子コンピュータの本にはたくさん出てくるし、原理的な話をするのには便利で欠かせない。
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単行本p.195

 シュレーディンガー方程式をいじくることがすなわち量子力学だと思われても困る。というわけで、ディラック記法からはじまって、ボームの量子ポテンシャル、量子からみあい、ベルの不等式、そしてこの話題は外せないでしょう「シュレーディンガーの猫」まで色々と解説します。




第4章 レストランを出たあとでー行列、大活躍!
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 とりあえずは、「ゼロから学ぶ」のに必要かつ充分な部分は、本文で完結するようにしたつもりです。ですが、僕も文筆家のはしくれなので、そこはそれ、独自の「こだわり」というものが、どうしてもあって、たとえ難解であっても、読者に伝えたいことは本からはずしたくない!
 というわけで、本が完成間近の局面になってから、僕のわがままを通してもらって、「難しいけれどホントは面白いこと」を最後のつけたしとして挿入させてもらうことにしました。
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単行本p.235

 ハイゼンベルク行列力学と場の量子論。難しくてもここは省きたくない、というポイントを最後に解説します。





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『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』(マンジット・クマール:著、青木薫:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 アインシュタインにとって物理学とは、観測とは独立した存在をありのままに知ろうとすることだった。アインシュタインが、「物理学において語られるのは、“物理的実在”である」と述べたのは、その意味でだった。コペンハーゲン解釈で武装したボーアにとって、物理学において興味があるのは、「何が実在しているか」ではなく、「われわれは世界について何を語りうるか」だった。ハイゼンベルクはその考えを、のちに次のように言い表した。日常的な世界の対象とは異なり、「原子や素粒子そのものは実在物ではない。それらは物事や事実ではなく、潜在的ないし可能性の世界を構成するのである」。
 ボーアとハイゼンベルクにとって、「可能性」から「現実」への遷移が起こるのは、観測が行われたときだった。観測者とは関係なく存在するような、基礎的な実在というものはない。アインシュタインにとって科学研究は、観測者とは無関係な実在があると信じることに基礎づけられていた。アインシュタインとボーアとのあいだに起ころうとしている論争には、物理学の魂ともいうべき、実在の本性がかかっていたのである。
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単行本p.347


 物理学史上に名高い「アインシュタイン=ボーア論争」とは何だったのか。
 黒体放射、光電効果、物質波、行列力学、波動力学、不確定性原理、そしてコペンハーゲン解釈。量子力学の発展に関わった多くの物理学者の人生とその成果を積み上げてゆき、やがて実在をめぐる論争とその意義の解説にいたるエキサイティングな一冊。単行本(新潮社)出版は2013年3月です。


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 本書には量子革命の百年の歴史が、じつに骨太に描き出されていたからだ。とくに、コペンハーゲン解釈はどのようにして生まれたのか、なぜコペンハーゲン解釈は、量子力学と同義語のようになってしまったのかが明らかにされていく。じっさい本書の狙いのひとつは、コペンハーゲン解釈がその役割を終え、量子力学についての理解が新たな段階に入ったという状況を明らかにすることなのだろう。(中略)今日では、コペンハーゲン解釈とはいったい何だったのか(コペンハーゲン解釈に関する解釈問題があると言われたりするほど、この解釈にはあいまいなところがあるのだ)、そしてアインシュタイン=ボーア論争とは何だったのかが、改めて問い直され、それにともなってアインシュタインの名誉回復が進んでいるのである。(中略)
 アインシュタインとボーアという類い稀なふたりの人物を得たことは、物理学にとって本当にありがたいことだった。その二人の巨人が、宇宙の本性をめぐって知的に激突した歴史的論争を、マンジット・クマールのみごとな描写で観戦していただけるなら、そしてわれわれのこの宇宙は、非局所相関のある量子的宇宙なのだということに思いを致していただけるなら訳者として嬉しく思う。
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単行本p.504、509、511




目次

第1部 量子
  第一章 不本意な革命ープランク
  第二章 特許の奴隷ーアインシュタイン
  第三章 ぼくのちょっとした理論ーボーア
  第四章 原子の量子論
  第五章 アインシュタイン、ボーアと出会う
  第六章 二重性の貴公子ード・ブロイ

第2部 若者たちの物理学
  第七章 スピンの博士たち
  第八章 量子の手品師ーハイゼンベルク
  第九章 人生後半のエロスの噴出ーシュレーディンガー
  第十章 不確定性と相補性ーコペンハーゲンの仲間たち

第3部 実在をめぐる巨人たちの激突
  第十一章 ソルヴェイ一九二七年
  第十二章 アインシュタイン、相対性理論を忘れる
  第十三章 EPR論文の衝撃

第4部 神はサイコロを振るか?
  第十四章 誰がために鐘は鳴るーベルの定理
  第十五章 量子というデーモン




第1部 量子
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 プランクの黒体放射の法則からアインシュタインの光量子へ、さらにボーアの量子論からド・ブロイの物質の波と粒子の二重性へと、四半世紀以上にわたって繰り広げられてきた量子物理学の進展は、量子的概念と古典物理学との不幸な結婚から生み出されたものだった。しかしその結婚は、1925年までにはほとんど破綻していた。アインシュタインは1912年の5月にはすでに、「量子論は、成功すればするほどますます馬鹿馬鹿しく見えてきます」と書いた。求められていたのは新しい理論――量子の世界で通用する新しい力学だった。
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単行本p.208

 プランク、アインシュタイン、ボーア、ド・ブロイ。初期量子力学を切り拓いていった物理学者たちの軌跡を辿ります。




第2部 若者たちの物理学
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 ボーアは、シュレーディンガーの波動関数に関するボルンの確率解釈をはじめ、さまざまな要素をひとつひとつつなぎ合わせ、それらを量子力学に対する新しい物理的理解の基礎とした。物理学者たちはのちに、たくさんのアイディアが混じり合ったその解釈のことを、「コペンハーゲン解釈」と呼ぶようになる。(中略)
 ボーアのイメージする実在は、観測されなければ存在しないようなものだった。コペンハーゲン解釈によれば、ミクロな対象はなんらかの性質をあらかじめもつわけではない。電子は、その位置を知るためにデザインされた観測や測定が行われるまでは、どこにも存在しない。速度であれ、他のどんな性質であれ、測定されるまでは物理的な属性を持たないのだ。ひとつの測定が行われてから次の測定が行われるまでのあいだに、電子はどこに存在していたのか、どんな速度で運動していたのか、と問うことには意味がない。量子力学は、測定装置とは独立して存在するような物理的実在については何も語らず、測定という行為がなされたときにのみ、その電子は「実在物」になる。つまり観測されない電子は、存在しないということだ。
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単行本p.330、347

 パウリ、ハイゼンベルク、シュレーディンガー。ついに原子の構造を明らかにした量子力学、その定式化をめぐって提示された二つの理論すなわち行列力学と波動力学。新しい物理学が確立されるまでの苦難の道のりを描きます。




第3部 実在をめぐる巨人たちの激突
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 第五回ソルヴェイ会議に招待された物理学者たちはみな、「電子と光子」というテーマを掲げたこの会議は、目下もっとも緊急度の高い問題、物理学というよりもむしろ哲学というべき問題について討論するよう企画されていることを知っていた。その問題とはすなわち、量子力学の意味である。量子力学は自然の本当の姿について何を教えているのだろうか? ボーアはその答えを知っているつもりだった。多くの人たちにとって、ボーアは「量子の王」としてブリュッセルに到着した。しかしアインシュタインは、「物理学の教皇」だった。
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単行本p.339

 ボーアやハイゼンベルクたちによる「コペンハーゲン解釈」によって完成されたように思われた量子力学。あらゆる物理量は、そして電子や光子は、観測されるまでは実在しないとするコペンハーゲン解釈に対し、観測とは無関係な実在を信じるアインシュタインによる批判が起こる。はたして物理世界は観測前に「実在」しているのか。物理学とは何なのか。二人の巨人による論争の詳細が語られます。




第4部 神はサイコロを振るか?
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 ボーアとの論争で決定打を出すことはできなかったものの、アインシュタインの挑戦は後々まで余韻を残し、さまざまな思索の引き金となった。彼の戦いはボーム、ベル、エヴェレットらを力づけ、ボーアのコペンハーゲン解釈が圧倒的影響力を誇って、ほとんどの者がそれを疑うことさえしなかった時期にも検討を促した。実在の本性をめぐるアインシュタイン=ボーア論争は、ベルの定理へとつながるインスピレーションの源だった。そしてベルの不等式を検証しようという試みから、量子暗号、量子情報理論、量子コンピューティングといった新しい研究分野が直接間接に生まれてきたのである。
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単行本p.467

 アインシュタイン=ボーア論争の実験的検証を可能としたベルの不等式、そしてアスペによる検証実験。その結果はアインシュタインの主張を否定した。しかし、だからといってコペンハーゲン解釈が正しいと証明されたわけではない。ド・ブロイ–ボーム理論やエヴェレットの多世界解釈など、様々な代替理論が提出されてゆく。物理学にとってのアインシュタイン=ボーア論争の意義を改めて考える。





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『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか? 生きものの“同定"でつまずく理由を考えてみる』(須黒達巳) [読書(サイエンス)]

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 自分の本にいただいたレビューを読んだり、他の図鑑のレビューを見たり、あるいはTwitterでの「この虫は何ですか」「これは○○です」「どこを見たらわかるんですか」というやりとりを眺めたりするうちに、私たちはこの同定という行為を非常に漠然と行なっているように思えました。わからない側の思考がぼんやりしているのはもちろん、わかる側も思った以上に「なんとなく」なのです。ともすれば、わかる側は、同定技術を「職人芸」たらしめるために、あえて丁寧に言語化することを避けている節すらあるかもしれません。簡単なことではないのはたしかなので、「軽んじられたくはない」という気持ちもわかります。
 その一方で、入口でつまずいて「同定嫌い」に陥ってしまっている方を見ると、「同定ってすごく面白いんだけどな」と、楽しさを伝えたい気持ちにも駆られます。同定は、この星の豊かな生物多様性をダイレクトに味わうことのできる、心躍る営みです。興味をもって近づいてきてくれる方に根づいてもらうために、なんとか橋渡しをできないものかとの思いから、本書『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?』の執筆を始めました。
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 生物を観察して、それから図鑑をひいて種の名前を確認する。この「同定」という作業が、実は慣れないと非常にやっかい。なぜ素人は生物種の同定で挫折しがちなのか。そして専門家がひとめで種の違いが「わかってしまう」「だけどなぜわかるのかをうまく言葉で説明できない」のはなぜか。同定という観点から自然を観る目を養うための本。単行本(ベレ出版)出版は2021年12月です。


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 同定は職人芸的な面が多分にあり、求められる技術やできるようになる過程を言語化するのが非常に面倒、というか困難です。すると、「どのように同定できるようになったのか、自分でもよくわからない」という状況が生まれます。また、同定それ自体も、いったい自分は何を見て見分けているのか、他者にうまく説明できないことがままあります。それを無理くり言葉にしようとした結果、「ピンとこない説明」になっている図鑑も少なくありません。
 同定って、どのようにやってのけているのでしょう? 図鑑を使う側の方も、つくる側の方も、いま一度一緒に考えてみませんか。そんな思いで執筆したのが本書です。
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目次
第1章 教本を買っただけではバイオリンは弾けない
第2章 目をつくるとは
第3章 知識ゼロからのシダの同定
第4章 みんなちがって、まちがえる
第5章 図鑑づくりの舞台裏
第6章 果て無き同定の荒野




第1章 教本を買っただけではバイオリンは弾けない
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図鑑を正しく使いこなすためには、目の前の生き物、そして図鑑の絵や写真から、特徴を正しく拾い上げることができなくてはなりません。生き物の名前を調べるために上げるべき「腕前」は、「特徴を正しく捉える目」なのです。図鑑には、先人の努力の結晶ともいえる膨大な知識が集積されています。ところが、いくら「ここで見分けられるよ」と教えてもらっても、使い手の腕前、つまり「目」が伴わなければ、思うように使いこなすことはできません。そして、一部例外的に天才じみた人もいますが、基本的には最初は誰もが当然にそうなのです。
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 まず同定のためには「生物の特徴を正しくとらえる目」が必要であり、それは練習で身につくものだということを解説します。




第2章 目をつくるとは
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 私のいう「目ができている」とは、つまるところ、「対象から多くの情報を得ることができ、サンプル同士の違いに気づくことができる」ということです。生き物を見ることに関して優れた腕前を持つ人は、言語化できるかはともかく、広い範囲から高い精度の情報を得ることができるわけです。
 バードウォッチャーの間で使われる「ジズ(jizz)」という言葉があります。これは、観察者が「雰囲気」として捉える総体的な情報といったような意味です。具体的な要素としては、形や姿勢、大きさ、色、模様、動作、鳴き声、そして生息環境などが挙げられます。観察者の感覚としては、それらの情報が「○○っぽい」という印象に統合されます。経験を積んだレベルの高い観察者ほど、さまざまな要素を手がかりにすることができるわけです。
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 蚊やウグイスの写真を題材に、同定のための「目」を養う練習をしてみます。




第3章 知識ゼロからのシダの同定
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 この章の執筆をいい機会として、シダの同定に挑戦してみようと思います。
 ここでの私の立ち位置は、「シダはまったくの素人。でも図鑑で生き物を調べることに関してはそれなりに経験がある人」です。そして、ひとまず目指すのは「シダの観察を楽しめる程度に見分けられる」レベルとします。まったくわからない状態から、どうやって調べていくのか、何に困るのか、どうやって解決していくのか、といった過程の参考になればと思います。
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 読者と同じ目線に立つために、著者自身がまったく素人であるシダ類の同定(に必要な目を養うこと)に挑戦してみます。




第4章 みんなちがって、まちがえる
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 同定ではしばしば、どれとどれが変異で、どれとどれが別の種なのか、という問題に直面します。違いのわかる観察眼が必要な反面、一個体一個体の違いにとらわれすぎていると、究極、図鑑の写真と完全に一致することはあり得ないので、いつまでもゴールにたどり着けなくなってしまいます。これは、観察力が少し上がってきた頃に陥りやすい状況です。「違いがわかるようになってきた」に続いて、「みんな違うように見えてきたぞ……? これは新種では?」となり、逆に同定できなくなるのです。(中略)生き物には「はずれ値」的な個体が必ずいるので、「変異の全貌」というのはキリがないともいえます。つくり手もそれは諦めるとして、しかし図鑑に書いている識別点は、「その種であれば、ある程度どの個体にも当てはまる特徴」を厳選しています。さっきの言葉でいえば「ブレない特徴」です。これは、多くの標本を検討して初めて確信をもって書くことができるものなので、図鑑の記述はまさに「先人の研究者たちの知の粋」なのです。それこそが、図鑑を「読む」べきであるゆえんです。
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 変異や個体差という、同定を難しくする障害について解説します。




第5章 図鑑づくりの舞台裏
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 人生、何があるかわからないので(少し前に東日本大震災があったばかりでした)、この『ハエトリグモハンドブック』が唯一遺せる本になるかもしれない。いまもし就職したら、慣れない仕事の片手間に、全力を出し切れないまま本をつくることになるだろう。未来の安定を優先するあまり、若い自分が目の前のやりたいことをないがしろにしてしまっていいのだろうか?(中略)フリーターになってからは、学生時代にクモを通じて得たつながりから、野外調査や標本の同定の仕事をもらって旅費を稼ぎ、日本産全種制覇を目指して、各地へハエトリグモの採集に出かけました。そして、多くのクモ仲間から情報をもらったり、場所を案内してもらったり、採集を手伝ってもらったりしながら、着々と種数を伸ばしていきました。途中、貯金残高が503円になるなどのピンチもありましたが、最終的に、当時の既知種105種のうち103種を撮影することができました。
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 『ハエトリグモハンドブック』を作成するために著者はどのような作業を行ったのか。同定の礎となる図鑑を作る側の苦労を解説します。




第6章 果て無き同定の荒野
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 こんなふうに、専門的な図鑑や論文、目録、モノグラフなどを頼りに一種ずつ同定していき、気づけば6年間で800種あまりを積み上げていました。種同定は、パラパラッと図鑑をめくって「おっ、これだ」と、たちどころにわかるような軽快なものではありません。慣れないグループや難しいグループなら、たった1種を同定するのに何時間もかかることもざらですし、何時間もかけたのに結局わからないこともよくあります。
 それでもこの同定という行為をやめることができず、暇さえあれば取り組みたくなってしまうのは、やはりわかったときの快感ゆえなのでしょう。人の一生は短く、たかだか学校の敷地内の虫でさえも、きっと全容を解明することはできません。しかし、1種新たに同定するごとに、「またひとつ、この星の自然について知っていることが増えた」とでもいいましょうか、一種一種は微々たる欠片にすぎないはずなのに、「今日は意味のある一日だったな」と、不思議な満足感に包まれて眠りにつくことができるのです(他のことがダメダメだったとしても)。
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 勤務している学校の校内にいる昆虫とクモのリスト作成に取り組んだ著者。実際の同定作業がどのようなもので、どれほど楽しいものかを語ります。





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『Life Changing ヒトが生命進化を加速する』(ヘレン・ピルチャー:著、的場知之:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 人口増加にともない、わたしたちが地球に与える影響は莫大なものになった。いまや人類は、とてつもなく効果の大きい進化的圧力だ。ヒトの活動は淘汰圧の源であり、地球上にくまなく存在する。わたしたちの行為がほかの生物の進化を過熱させている。新たな形質が生じ、わたしたちの目の前で、生命は変化している。わたしたちは都市を建設し、化石燃料を燃やし、海から資源を収奪するといった、大規模な集団的行為によって進化を操っているが、それだけではない。バス釣りや野鳥の餌やりといったささいな営みを通じても、変化を起こしている。わたしたちは荒れ狂う進化的変化の奔流をこの世界に解き放った。その結末は、いったいどんなものになるだろう?
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単行本p.223


 野生動物の家畜化、品種改良、遺伝子操作、クローニング、棲息環境の改変、人為進化、再野生化。人類の活動は地球上の生物すべてに影響を及ぼし、その進化の道すじに深く介入し、生態系の未来を操っている。様々なエピソードとともに、人新世における生物進化に人類が与えている甚大な影響を解説する本。単行本(化学同人)出版は2021年8月です。


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 ヒトが計画的に方向づけてきた進化もさることながら、ヒトがさまざまな活動に伴って地球の生命圏を無頓着に大々的に改変してきた結果、あらゆる生物の進化の軌跡に意図せざる影響が及んでいるのも、人新世のもうひとつの特徴です。人為と自然のバランスの崩壊を裏付けるデータは数多あれども、5000種を超えるすべての哺乳類を合わせたバイオマスのうち、家畜とヒトが96%を占めるという推定は、衝撃的というほかはありません。(中略)人類は万能とはほど遠く、長期的計画も俯瞰的視野もないまま、それでも広範で莫大な影響力という意味で、いつのまにか地球の生命進化の管理者の地位に就いてしまいました。
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単行本p.324、


目次

1章 おなかを見せたオオカミ
2章 戦略的ウシと黄金のヌー
3章 スーパーサーモンとスパイダー・ゴート
4章 ゲーム・オブ・クローンズ
5章 不妊のハエと自殺するフクロギツネ
6章 ニワトリの時代
7章 シーモンキーとピズリーベア
8章 ダーウィンのガ
9章 サンゴは回復する
10章 愛の島
11章 ブタと紫の皇帝
12章 新しい方舟




1章 おなかを見せたオオカミ
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 イヌはいまやすっかりわたしたちの日常生活の一部なので、気にも留めなくなっているが、イヌの出現はこの世界の自然史において画期的なできごとだった。イヌは最初の家畜動物だ。ヒトがある生物種を選びだし、もっと好ましいものにつくり変えたのは、これがはじめてだった。以来、わたしたちは進化の力に抗い、生物の本来の特性を、それとは別のポスト自然の方向へと誘導するようになった。イヌの誕生は、ほかの家畜を生みだす基礎となり無数の原因と結果の連鎖を引き起こして、世界に不可逆的な変化をもたらした。
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単行本p.9

 進化の道すじに対する人為的介入のスタートは、野生動物の家畜化だった。オオカミやキツネの例をもとに家畜化が進化史にどのような意義を持つのかを確認します。




2章 戦略的ウシと黄金のヌー
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 これが野生動物なら、わたしたちは状況をありのままに見て、問題を指摘するだろう。個体群が断片化し、遺伝的多様性が著しく低下していると。絶滅危惧種に指定するかもしれない。ホルスタインやアバディーン・アンガスといった産業的品種の誕生により、競争にさらされた農家は伝統品種の多くを放棄し、こうした利益を生むウシに手をだした。その結果、すでに100を超える家畜の在来種が絶滅し、さらに1500品種が同じ運命をたどると見られている。これにより、わたしたちの食料供給が危険にさらされるかもしれないと、遺伝学者たちは真剣にウシの未来を憂いている。
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単行本p.57

 選択交配による家畜品種創造の例としてウシを取り上げ、それが何をなし遂げ、どのような問題を引き起こしているのかを解説します。




3章 スーパーサーモンとスパイダー・ゴート
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 赤いカナリアから、薬を生むニワトリや蛍光熱帯魚を経て、スパイダー・ゴートまで。わたしたちは長い道のりを歩んできた。そして、CRISPRの登場により、ついに遺伝暗号を自在に書き換える能力を手にした。選択交配が進化の舵取りの手段だったとすれば、CRISPRは進化を完全に逸脱させられる。(中略)数万年前に最初の家畜を飼いはじめて以来、ヒトはずっと彼らのゲノムを改変してきた。CRISPR遺伝子編集が確立されたいま、従来の人為淘汰と自然淘汰の垣根を超えて考えるべきときがやってきた。わたしたちは、30億年を超える地球生命史のなかに、一度たりとも似たものさえいなかったような、まったく新しい生物を創造する力を手にしている。
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単行本p.91、92

 遺伝子を直接書換えて新しい生物種を創り出すことが可能になった今、人類はその力をどのように使うべきなのだろうか。クモの糸を生産する山羊、薬品を産むニワトリなどの例を取り上げて、ゲノム編集技術の登場とその意義について解説します。




4章 ゲーム・オブ・クローンズ
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 ヒツジのドリーが誕生してから20年以上が過ぎ、その間にさまざまな種のクローン動物がつくられた。生殖型クローン作成とよばれる、動物個体の遺伝的コピーをつくる手法により、選りすぐりの個体の独自のゲノムが保存され、もとの個体を繁殖という重労働から解放した。クローン作成により、ブランド肉牛や、探知犬などの使役動物、ポロ用馬をはじめとする競技動物が誕生した。民間企業を信用するなら、クローン技術は愛するペットを失った悲しみを和らげる助けにも、絶滅種を復活させる希望にもなる。
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単行本p.120

 元の個体と同じ遺伝情報を持つ新たな個体を誕生させるクローニング技術。優れた特質を持つ個体のコピーは、食料生産、使役動物、競技用動物などの分野ですでに実用化されており、死んだペットや絶滅種の復活にも使われることになる。クローニングの現状と展望を解説します。




5章 不妊のハエと自殺するフクロギツネ
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 ヒトが有害生物を多少なりとも抑制できるようになったのは、歴史的に見ればつい最近だ。近年までは化学的駆除剤が主力兵器だったが、いまでは研究者たちは、遺伝学の力を借りた高度な手法を開発している。新たな手法は、有害生物の局所個体群を全滅させるどころか、種そのものを地球上から一掃する力をわたしたちに授けた。これは進化の戦争だ。地球全体に及ぶヒトの支配が未曾有のレベルに到達したいま、こうした手法をいつ、どのように使うか、あるいはそもそも使うべきか否かについて、社会は判断を迫られている。
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単行本p.126

 病気を媒介する虫、ローカル生態系の脅威となる外来種など、人類から見た有害生物を駆除する新たな技術。不妊遺伝子を組み込んだ個体を放ち、遺伝子プールに「汚染」を自動的に広げるのだ。特定の生物種を駆逐するまで止められないこの技術を、わたしたちはどのように使えばよいのだろうか。




6章 ニワトリの時代
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 たくさんの種がわたしたちの指をすり抜けていく。現在の絶滅率は、ヒトが現れる前の1000倍にも及ぶと、研究でわかっている。(中略)推定によれば、毎日、30~150の生物種が地球上から永遠に姿を消しているが、そのほとんどはわたしたちには見えない。大半の種は、辺鄙な場所に隠れていたり、目立たなかったり、未調査だったり、正式に発見すらされていない。おかげでわたしたちは、大量絶滅に無知で無頓着なままでいられるのだ。
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単行本p.157

 驚くべきスピードで進む生物種の大量絶滅。その一方で、ニワトリに代表される工業的畜産(ファクトリーファーム)のために生みだされた生物種はひたすら増え続けている。人類が地球上の生態系を完全に造り変えてしまった事実を直視します。




7章 シーモンキーとピズリーベア
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 地球温暖化で北極圏の氷が融解し、ホッキョクグマはグリズリーと出会った。農業の拡大にともなってイエスズメがヨーロッパに進出し、イタリアスズメが誕生した。そして、イギリスの鉄道網は、オックスフォード・ラグワートの種子を在来のノボロギクの分布域へと運び込んだ。異なる種どうしの交流を妨げていた地理的障壁をヒトが次つぎに取り払うなか、種間交雑は現在進行形で起こっている。何より、ヒトが生物種を地球上のあちこちに移動させた結果、交雑の機会が激増しているのだ。
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単行本p.196

 生息域が重ならないため本来は出会うはずのなかった種が出会い、交雑して、新しい種を生みだしてゆく。人類の活動により地球全体で増え続ける交雑種が生態系に与える影響について見ていきます。




8章 ダーウィンのガ
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 ヒトは自然環境を改変し、生命はそれに応じて進化する。わたしたちは都市を築くとき、同時に生命を新しく予測不能なやり方でつくり変えている。都市空間は、適切な遺伝的特性をもつ個体には新たな可能性をもたらすが、誰にでも優しい場所ではない。都市生活に適応できず、よそに逃れることもままならないなら、遠からずその種は死に絶えるだろう。都市建設は進化の火遊びだ。だが、都市化はヒトがもたらすさまざまな淘汰圧のうち、最もわかりやすい例でしかない。そこまであからさまでなくても、同じくらい根本的な変化をもたらす人為的な淘汰圧は、ほかにもたくさんある。
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単行本p.209

 環境が変化すれば新たな淘汰圧がかかり、生物はそれに適応するために進化する。こうした環境変化の多くが今や人類の手によるものであり、都市化や汚染などの人為的淘汰圧は生命進化を加速している。




9章 サンゴは回復する
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 生物学者が生きものを「保全」するとき、彼らは意図して進化を方向づける。問題は個体数の減少、あるいは遺伝的多様性の喪失で、両方のことも多い。自然保護従事者たちは、野生動物を管理し、重要課題を解決する冴えたやり方を考えだして、絶滅危惧種にとって、そして全世界にとっての、明るい未来を切り拓こうとしている。
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単行本p.227

 生物種を絶滅から守るために、進化の道すじに介入する力を使うことは出来るだろうか。サンゴの人為進化を例に、新たな自然保護の試みについて解説します。




10章 愛の島
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 時代が6度目の大絶滅へと加速するなか、地球の反対側のどこかにある孤島で、巣の番人たちが薄っぺらなテ
ントに寝泊まりして、次世代のカカポを見守っていると思うと、胸が熱くなる。カカポ回復チームの仕事は、どんなに見通しが暗くても、決して絶滅を既成事実と認めてはいけないと教えてくれる。25年前、プログラムがはじまったとき、チームに成功の保証はまったくなかったが、彼らには希望と固い意志、それに底なしの発明家精神があった。彼らは科学とテクノロジー、それにカカポ自体と同じくらい突拍子もないアイデアを大切にした。彼らの献身は身を結びつつある。
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単行本p.279

 絶滅寸前だったニュージーランドのカカポ。その回復はどのようにして成功したのか。あらゆるテクノロジーを駆使したカカポ回復プロジェクトについて解説します。




11章 ブタと紫の皇帝
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 再野生化は、劣勢にあるたくさんの種の分布域を拡大し、個体数を増加させ、進化の道筋にポジティブな影響を与える可能性がある。わたしたちが与えた自然環境への損害の一部を帳消しにして、この星をもっと緑あふれる生物多様性豊かな未来へと導くチャンスだ。いまや世界各地で再野生化プロジェクトがはじまっている。
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単行本p.292

 生態系を大規模に回復させる再野生化プロジェクト。動物の再導入を含むその計画には批判の声もある。自然環境を単に保護するだけでなく積極的介入により生物多様性を復活させる計画にはどのような意義があるのだろうか。




12章 新しい方舟
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 わたしたちは不穏な時代を生きているが、奇妙なことに、生物多様性の喪失を食い止める手段はかつてないほど手元に揃っている。再野生化は選択肢のひとつでしかない。ウマのクローンをつくり、サンゴの人工受精をおこない、カカポの全個体のゲノムを解読できるなら、近い将来、ほかに何が可能になるか、想像してみてほしい。わたしたちは科学界の巨人の肩に立っている。技術が進歩すれば、いまは手の施しようがない環境問題にも、きっと解決策が見つかるはずだ。研究者たちは分子的手法を用いて家畜の遺伝子を組み換え、おおいに成果をあげてきた。どうしてここで止めるのか? 人類の利益のために動物をする代わりに、そろそろ動物自身に利益をもたらす改変をはじめてもいいのではないだろうか? だいそれた考えだといわれるかもしれないが、状況次第では野生動物の遺伝子に手を加えることも認められると、わたしは思う。
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単行本p.314

 人類は地球上のあらゆる生命進化に介入してきた。ならば生態系を救うために進化に介入することと正しい行いなのではないか。生命と進化の道すじに対する人類の責任について語ります。





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『図解・天気予報入門 ゲリラ豪雨や巨大台風をどう予測するのか』(古川武彦、大木勇人) [読書(サイエンス)]

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 現代の気象予報の中核をなすのはコンピュータによる数値予報です。使用されるコンピュータには、前編で解説してきたような季節ごとの天気図やそれによって起こりやすい天気のパターンなどがプログラムされているのではありません。また、低気圧や台風のモデル、前線の種類による天気の特徴などがプログラムされているのでもありません。(中略)現在の数値予報は、物理学の教科書に載っている基本的な物理法則と大気の状態にかかわる「数値」だけをもとにして、将来の大気の状態を数値としてはじき出そうとする手法です。
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単行本p.184、185

 長年培われた知識と経験を持った気象予報士が、天気図を見ながら経験とカンも活かして天気を予測する……。かつての気象予報のスタイルは、今ではコンピュータによる数値予報に代わっている。数値予報とは何か。それは信用できるものなのだろうか。従来の方法から最新の研究まで、気象予報の技術をまとめて紹介してくれる本。単行本(講談社)出版は2021年9月です。


〈目次〉

前編 人による予報の時代――観測、気象の理解から予報へ

第1章 温暖化で強靭化する「台風」、多発する「線状降水帯」
第2章 気象台も気象レーダーもないころの気象災害
第3章 現在の大気を知る――さまざまな気象観測
第4章 天気図と人による天気予報

後編 コンピュータによる予報の時代へ――数値予報とはなにか

第5章 大気をシミュレートする数値予報
第6章 数値予報を翻訳するガイダンス
第7章 天気予報のこれから




前編 人による予報の時代――観測、気象の理解から予報へ
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 数値予報が始まる以前から、「天気図」を作成するデータを得るために観測は不可欠でした。気圧を観測し、高気圧や低気圧の配置(気圧配置)を天気図に表すことにより、気象状況を概念としてとらえられます。天気図は、日本の気象台の始まりとともに作成され続け、気象状況を表す重要な資料となり、予報を行ったり、起こった気象を解釈する際に非常に重要な役割を担ってきました。
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単行本p.83

 まずは、気象に関する基礎知識と、従来から広く行われてきた気象予報の技術について解説します。巨大台風や線状降水帯など昨今の大きな課題となっている気象現象についても知識を深めます。




第5章 大気をシミュレートする数値予報
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 実際の数値予報は、格子点における数値だけで大気をシミュレートするのです。
 さて、ここまでの解説を経て、いろいろな疑問が湧き起こったのではないでしょうか? 例えば、

「すべての格子点で観測値があるのだろうか? そんなに細かく観測していないのではないか?」
「具体的にどんな物理法則が使われるのか?」
「計算するというが、どんな計算なのか?」
「20kmより小さなスケールの雲の影響は考慮されているのだろうか?」
「海か陸かの違い、地形の違いなどが考慮されるのだろうか? 森林地帯と砂漠地帯での違いは?」
「GPVの気圧、風、気温、湿度などだけで、本当に地球大気を表現できるのだろうか?」
「GPVが得られたとして、それで天気を予報できているのか?」

など……、疑問に感じて当然です。これから疑問を解いていきましょう。
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単行本p.190

 地球の大気全体を例えば20km×20kmの格子に分けて、それぞれの格子内の気温や気圧などの数値データ=GPVを割り当て、あとは物理の基本法則だけでGPVが時間と共にどのように変化するかを計算する……。本当にそんな単純な方法で実用的な気象予報が出せるものなのだろうか?
 全球大気モデルを元にしたスーパーコンピュータによる数値計算がどのように行われ、それで気象予報が可能となる仕組みについて解説します。




第6章 数値予報を翻訳するガイダンス
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 天気予報は人の生活の単位となる地域ごとに出される必要がありますが、格子点値は機械的に計算しやすくするために決めた点における値なので、いわば機械の言葉を人の言葉に「翻訳」するのがガイダンスであるともいえます。また、これによって、数値予報モデルで表現できない細かな地形などの影響によって系統的に生じる誤差などの補正も行うことができます。ガイダンスは「予報支援資料」あるいは「予報翻訳資料」とも呼ばれて、予報者にとっては一種の「虎の巻」のようなものです。
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単行本p.232

 大気を格子に区切って、それぞれの格子点における将来の気温や気圧などのデータが計算できたとしても、それがすなわち気象予報とはいえない。大量に並んだ数値の山を、何らかの方法で人間が理解しやすい天気図や天気予報チャートに「翻訳」する必要となる。そのために使われる「ガイダンス」について解説します。




第7章 天気予報のこれから
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 これらの先進的な数値予報モデルと次世代のスーパーコンピュータを用いた研究は、地球温暖化のシミュレーションに用いられると同時に、雲と降水のしくみに関する研究にも活用されています。より精密になった観測機器と高性能コンピュータを活用し、台風や線状降水帯の発生を全球雲解像モデルやその次世代モデルを用いて、積乱雲スケールの数値予報が実現できる日がくるかもしれません。その実現があってこそ、強靱化した台風による集中豪雨、活発化した前線、多発する線状降水帯による集中豪雨のより正確な予報ができる、次世代の天気予報が実現するでしょう。
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単行本p.271

 気象現象に本質的に含まれているカオス挙動の影響を抑えるために開発されたアンサンブル予報の技術、必要な空間スケールに合わせた階層的な数値予報モデルの採用、局地的豪雨など局所的気象の予報に向けた手法、より高性能な観測技術など、気象予報の精度と実用性を高めるために行われている様々な取り組みを解説します。





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