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『宇宙を解くパズル 「真理」は直観に反している』(カムラン・バッファ:著、大栗博司・水谷淳:翻訳他) [読書(サイエンス)]

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 本書には一貫したテーマがある。それは、物理的現実の根底にはたった一つの支配的な考え方でなく、相反するような概念がいくつも存在していて、それらが組み合わさって物理的現実を形づくっているということだ。相反するそれらの概念がどのようにからみ合って調和し、驚きの結果をもたらしているか、それを理解することが本書の大目標である。これまでに発見されてきた自然界の重要な原理のいくつかを、パズルを通じて見つめることで、それらの概念を説明できればと思う。
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「はしがき」より


 ニュートンの運動方程式は運動量保存則から導き出され、運動量保存則は空間並進対称性から導き出される。対称性、保存則、双対性といった物理法則の基盤に位置づけられる重要な概念を、簡単なパズルを解くことで学べる素敵なサイエンス本。単行本(講談社)出版は2022年10月です。




目次

序章 現代物理学への招待
第1章 対称性と保存則
第2章 対称性の破れ
第3章 単純で抽象的な数学のパワー
第4章 直観に反する数学
第5章 物理的直観
第6章 直観に反する物理
第7章 双対性
終章 本書をふりかえって




第1章 対称性と保存則
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 物理における対称性のそれぞれに対して、自然界で保存される量が一つずつ存在する。1918年に発表されたネーターの定理によれば、連続対称性が一つあるごとに、それに対応した保存則が必ず一つ成り立っている。この章の前のほうで説明したように、対称性は美しいだけでなく、物理学にとって欠かせない役割を果たしているのだ。
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「奇数人の兵士がいて互いの距離はそれぞれすべて異なる。各兵士は、自分から一番近い兵士を見守るよう指示されている。少なくとも一人の兵士が誰からも見守られていないことを証明せよ」




第2章 対称性の破れ
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 物理学者は長い学びを経て、対称性の自発的な破れがいかに強力であるかを認識するに至った。(中略)もしも対称性が破れていなかったら、宇宙には質量ゼロの粒子が光速で飛び交っているだけで、恒星や惑星、銀河やブラックホール、そして我々自身を含め、この宇宙に見られる驚くべき存在はいっさい形づくられなかったことだろう。
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「4つの都市が正方形の4つの頂点に位置している。最小のコストですべての都市を結ぶ高速道路網を設計せよ」




第3章 単純で抽象的な数学のパワー
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 ここで取り上げる概念の中には、きわめて深遠な形で姿を現しているものもある。また、きわめて基本的なレベルでは法則と制約条件の違いがなくなって、我々が原理とみなしている事柄の多くが、実は制約条件に由来していることがわかってくるはずだ。
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「負けても1回だけ敗者復活戦に挑むことができるトーナメント戦に64チームが参加する。優勝チームが決定するまでに何試合が行われるか」




第4章 直観に反する数学
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 数学に関して言うと、与えられた問題に対して、答えはこうであるはずだという先入観を持って挑んでしまうかもしれない。直観もときには役に立つが、惑わせることもある。しかし、数学的に単純に考えることで、物事がはっきり見えてくることが多いのも確かだ。
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「5組の夫婦だけが参加するパーティが開かれ、どの参加者もまだ知り合いではない人とだけ握手をした。あなたの配偶者を除いて全員が、それぞれ異なる人数(ゼロも含む)と握手したという。あなたの配偶者は何人と握手したか」




第5章 物理的直観
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 物理的直観は数学的真理を導き出すのにも使える。(中略)もともと数学の問題だったものに物理を当てはめると、ひらめきが得られて、もとの数学的な形式では難しそうに思えた答えを単純な形で導き出せるのだ。
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「ボールを投げて壁で跳ね返らせて、天上に取り付けられている特定の物体に当てたい。壁のどこを狙えばよいか」




第6章 直観に反する物理
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 多くの人は、現代物理学は直観に反するものだと思っているし、そういった感覚にもうなずけるところはある。現代物理学は分野外から見るとますます奇妙に映る。しかし、非直観的な物理はけっして現代になってから生まれてきたものではなく、もっとずっと昔に端を発している。その一例である浮力は、2000年以上前から知られている。そしてそんなに歳月が経っていながら、いまだにかなり直観に反している。
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「強力な小型送風機と、大きくて軽いビーチボールがある。送風機だけを使ってビーチボールを空中に安定的に浮かべるにはどうすればいいか」




第7章 双対性
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 近年、数学や物理学では、複雑な問題をそれと等価な、つまり双対的なもっとずっと易しい問題に置き換えようとする動きがたびたび見られる。その易しいほうの問題の答えを利用すると、複雑なほうの問題がほぼ自明になってしまい、もともと考えられていたよりもはるかに簡単だったことがわかるのだ。
 出来のよいパズルもそういうもので、解くために必要なのは視点の転換。重要なのは、どのように、そしてどのような形で視点を転換するかである。
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「平面上を4匹のアリが、互いに異なる方向に一定速度でまっすぐ歩いている。アリ1とアリ2のペアを除いて、すべてのアリどうしのペアはどこかで互いに衝突する(または衝突した)ことがわかっている。アリ1とアリ2もどこかで確実に衝突するといえるだろうか」





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『ヒトデとクモヒトデ』(福島健児) [読書(サイエンス)]

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 ヒトデ、クモヒトデ、ウニ、ナマコ、ウミユリからなる棘皮動物は、みな体のつくりが☆形なのである。口のほうから見てみると、これらは全部「五放射相称」の体のつくりをしている。すなわち、体が5つの同じような部分からなり、この5つが、口と肛門とを結ぶ軸をぐるりと取り囲んでいるのだ。
 ☆形をした動物は、棘皮動物以外にはいない。棘皮動物は、地球上の動物の中で、スターとなった唯一の動物たちなのである。
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単行本p.8


 知っているようで知らない海のスター、棘皮動物。そのなかでもヒトデとクモヒトデに焦点を当て、歩行、反転、消化、そして子育てまで、ちょっと意外な生態を教えてくれるサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2022年8月です。




目次

1 海の☆の正体――真の姿を知っていますか
2 歩いて、潜って、でんぐり返し――動きまわる☆たち
3 食べるためのあの手この手――☆たちの食事
4 ☆たちの子育て――知られざる一生
5 ☆形の謎
6 ヒトとヒトデとクモヒトデ




1 海の☆の正体――真の姿を知っていますか
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 明るい日中はほぼ均一な暗い茶色だが、日が暮れて暗くなってくると、灰色と黒の縞模様が現れるという。こうした色彩の変化は、色素体の形や配置を変えることによって実現されており、クモヒトデが腕に「眼」のようなしくみをもつことの発見にも一役買った。ただその一方、なぜ昼夜で色彩を変えるのかは、依然として謎のままだ。
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単行本p.21

 深海底を覆い尽くすクモヒトデの群れ、変幻自在に硬さを調整できる骨格構造、腕の先端にある「目」、昼夜で変わる体色。そして発光。ヒトデとクモヒトデの身体のしくみについて解説します。




2 歩いて、潜って、でんぐり返し――動きまわる☆たち
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 ヒトデの反転行動は意外と研究者の興味を惹くらしく、昔からそれなりに研究対象とされてきた。ひっくり返ってしまった無防備な体勢は、やはりいち早く解消したいだろうから、決まった腕を使ってこの動きを学習すれば短時間で反転できるのではないか……といった仮説のもと、行動の観察実験も行われてきたが、どうも繰り返しこの行動をさせてみても、学習できる結果は得られていないようだ。
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単行本p.32

 ヒトデとクモヒトデで異なる歩行方法。泳ぎ、潜り、クラゲにヒッチハイクし、そして反転する動き。ヒトデたちの運動能力について解説します。




3 食べるためのあの手この手――☆たちの食事
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 ヒトの消化管の中も見方によっては体「外」だが、ヒトデの場合は正真正銘の対外で、胃を反転させて、口から外に出してしまうのである。そうして、捕まえた餌をその場で消化する。このような口外摂食であれば、口に入らないような大きさの動物でも、餌とすることができる。
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単行本p.35

 二枚貝を全身で包み込んで、ちからわざでこじあけ、隙間から胃袋を押し込むという強烈な捕食法。待ち伏せ、濾過、そして集団での狩りまで。多種多様な捕食行動について解説します。




4 ☆たちの子育て――知られざる一生
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 さらにクモヒトデでは、よその家の子ならぬ、他の種のクモヒトデを子守しているとみられる例もある! 先述のダキクモヒトデと同様、小さいクモヒトデが大きなクモヒトデにしがみついているのだが、同種のオスとメスが口側と口側を合わせるダキクモヒトデとは異なり、大きい個体が小さい個体を背中側に「おんぶ」している格好であり、しかも、これが違う種なのだ。
 このような異種クモヒトデの共生は「ベビーシッティング」とよばれている。
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単行本p.70

 ペアリング、抱卵、幼生の生きざま、そして驚くべき子育て行動まで。謎多きヒトデたちの一生を解説します。




5 ☆形の謎
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 古生代の棘皮動物の多くは固着性の動物であり、動き回るものは後から進化してきた。2+1+2の五放射相称の体が進化してから、ウミユリ綱の系統と別の系統の二つに分岐し、この後者の系統の中から、残りの動き回る棘皮動物――真の☆たるヒトデとクモヒトデ、そして腕をもたないウニとナマコが進化した。☆たちのたどった道は、ざっとこんなシナリオのようだ。
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単行本p.94

 スター形、すなわち五放射相称の身体デザインはどのようにして進化してきたのだろうか。その進化史をたどります。




6 ヒトとヒトデとクモヒトデ
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 1個体のオニヒトデが、1年間に5~6平方メートルのサンゴを食べていたという報告がある。オニヒトデが大発生した地域では、その捕食でサンゴ礁が台無しになってしまう可能性があるのだ。
 そんな被害を食い止めるべく、ダイバーによるオニヒトデの駆除作業が行われている。しかし、さらに厄介なのは、オニヒトデがとても強力な毒をもっているということだ。駆除のさいにダイバーがオニヒトデに刺されてしまい、死亡事故も起きたことがあるほどの猛毒を、オニヒトデはもっているのである。
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単行本p.98

 サンゴを全滅させたり、世界の侵略的外来種ワースト100に挙げられたり、食用になったり、お土産品として売られたり、ヒトデとクモヒトデとそして人類の関わり合いをまとめます。





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『食虫植物 進化の迷宮をゆく』(福島健児) [読書(サイエンス)]

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 現代的な知識水準をもってしても、食虫植物が、累積淘汰を生き抜けるはずのない木偶の坊、あるいは宇宙一の同時進化を成し遂げた覇者のような、およそ理解しがたい生物に見えてしまうこともある。しかし、彼らが虫を捕らえる仕組みは現代生物学と整合的だし、その進化も、現代進化学を逸脱せずとも説明可能だ。
 可能性の提示とその証明ちは、依然として大きな隔たりがあることを軽視すべきではないが、「神秘」の霧はすでに払われた。彼らの進化は依然として謎多きものだが、それらが今後、科学の範疇において詳らかにされていくのは確かだろう。
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単行本p.132


 動物を捕獲して食べる植物、食虫植物。獲物に特化した罠の巧妙なつくり、その奇妙な生態。このような種がどのようにして進化してきたのかという謎。ダーウィンの心をとらえた食虫植物の様々な生態から最新研究成果まで、専門家がその魅力を伝えてくれる驚きに満ちたサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2022年3月です。


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 1860年11月24日、今度は友人の地質学者チャールズ・ライエルへ宛てた手紙で、

    世界中のすべての種の起源よりも、
    モウセンゴケの方が気がかりです。

と、ある種の爆弾発言を投下している。奇しくもこの日は『種の起源』初版の刊行日、1859年11月24日からちょうど一年後にあたる。これは親しい友人への私信で述べられたことに過ぎないが、チャールズ・ダーウィンの心のなかで、食虫植物が種の起源と比肩するほど大きな地位を占めていたことがわかる。
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単行本p.74




目次

1 食虫植物とはなにか?――当落線上にそよぐ食虫木
2 食虫植物の猟具
3 食虫植物の偏食――虫食う草も好き好き
4 食虫植物の葛藤
5 それでも虫を食べる意味とは?
6 食虫植物はなぜ「似てしまう」のか
7 複雑精緻な進化の謎
8 食虫植物のゆくえ




1 食虫植物とはなにか?――当落線上にそよぐ食虫木
2 食虫植物の猟具
3 食虫植物の偏食――虫食う草も好き好き
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 ウツボカズラの仲間は、ハエトリソウと並んで食虫植物の花形と目されるスター選手だ。ハエトリソウが一属一種の孤高の存在であるのに対し、ウツボカズラは169種を数え、近年も続々と新種が見つかる、伸び盛りのアイドルグループといえる。特筆すべきはその多様な生き方で、一種一種が決して埋もれない個性を見せる。
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単行本p.36

 トラバサミ、トリモチ、投石機、落とし穴、スポイト、ウサギ筒。食虫植物が獲得した様々な捕獲装置のメカニズムを紹介。水面の高さを調整する機構、獲物を消化するのをやめてトイレと宣伝看板を備えた快適な賃貸ワンルームとしてリフォームした落とし穴。巧妙な仕掛けに驚かされます。




4 食虫植物の葛藤
5 それでも虫を食べる意味とは?
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 食虫植物のゆりかごは、葉が帯びる二つの相反する使命に折り合いをつけ、あまつさえその関係を好転させる環境だった。捕虫と光合成の歯車がうまく噛み合ったとき、新たな食虫植物を作り出す余地が生まれる。裏を返せば、それ以外の環境で食虫植物が生まれる可能性は、限りなく小さいだろう。彼らは貧栄養環境「でも」生きられる万能植物なのではなく、貧栄養かつさまざまな条件が揃ったとき「だけ」出現しうる、環境特化型の植物なのだ。
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単行本p.92

 食虫は有利そうに思えるが、そのために機構を備えるコストは決して安くない。光合成の効率は下がり、受粉のために虫の助けを借りることも難しくなり、獲物が勝手に機構を利用したり食べてしまったりする。食虫植物が抱えているジレンマを解説し、食虫はコストに見合うメリットをもたらすのかというダーウィン親子が取り組んだ課題を追います。




6 食虫植物はなぜ「似てしまう」のか
7 複雑精緻な進化の謎
8 食虫植物のゆくえ
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 食虫植物の「中間型」は適応的だったのだろうか。葉で昆虫を誘引するだけの植物、消化液を出す植物、葉から栄養を吸収できる植物、もしそういった植物が実際に「中間型」として実在したとして、厳しい生存競争の中、他の植物に競り勝つことはできただろうか。もし、一つひとつの形質がコストにしかならないのであれば、累積淘汰――それら一つひとつの形質変化のたびに淘汰をくぐり抜けること――は見込めない。遠い未来で役に立つからといって、前借りで重宝されたりはしないのだ。
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単行本p.115

 食虫植物は何度も独立に進化してきたことが分かっている。だが、どうして「途中段階」における淘汰を回避できたのだろうか。捕虫機構のあまりの巧妙さゆえに、その進化の道筋はとても不思議に感じられる。ダーウィン親子が取り組んだ難問に、現代の研究者はどのようにアプローチしているのか。最新研究を含め、食虫植物の進化史という謎に迫ります。





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『思考実験 科学が生まれるとき』(榛葉豊) [読書(サイエンス)]

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 しかし、自然な状態での実験、いわば「尋問による供述」ではなく、加速器実験や超高磁場での実験などのような、ベーコン流にいうなら「拷問による自白」の信憑性をどうとらえるべきなのでしょうか。人間の犯罪であったら、刑事訴訟法により証拠として採用されないでしょう。
 ある法則が妥当かどうかを拷問で問い詰めると、ほかの法則に影響して変わってしまうこともありそうです。つまり、法則を別々のものとして、一方を固定して考えてはいけない場合もあるということです。
 しかし、それでもこの方法で真理に近づくことができる、と考えるのが近代科学の心性なのです。いやむしろ、この方法によってこそ真理に肉迫できる、都合がよい理想化された状況をつくりだして拷問にかけなければ、自然は白状しない、と考えるのです。異常な状態でのふるまいにこそ自然の本性が現れるのだという感覚です。そして、さまざまなパラメーターを自在に変化させ、極限状況をつくりだすというやり方は、思考実験ならではのものです。
 思考実験でこそ、手を替え品を替え、現実にはありえないような状況も制約なしにつくりだして、容疑者を傷つけることなしに拷問にかけることができるのです。
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単行本p.43


 マクスウェルの悪魔、テセウスの船、故障した物質転送機、マッハのバケツ、ボーアの光子箱、シュレーディンガーの猫、終末論法、ニューカム問題。実際に試すのではなく、極限的に理想化された状況を想定して頭の中で実験してみる。それにより既存理論に対する批判や検証、問題提起、判断、解釈、そして教育を可能にする思考実験。これまでに試みられてきた有名な思考実験を取り上げ、その意義とその後の展開を示す本。単行本(講談社)出版は2022年2月です。




目次
第1章 思考実験を始める前に
第2章 実験とはなんだろうか
第3章 思考実験の進め方
第4章 思考実験の分類
第5章 批判と弁護のための思考実験
第6章 問題提起のための思考実験
第7章 判断や解釈のための思考実験
第8章 教育的な思考実験
第9章 意思決定と思考実験 




第1章 思考実験を始める前に
第2章 実験とはなんだろうか
第3章 思考実験の進め方
第4章 思考実験の分類
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 2010年には、日本の鳥谷部祥一・沙川貴大・上田正仁らによって、マクスウェルの悪魔の設定を実現するという注目すべき実験が行われました。(中略)「悪魔復活」というとセンセーショナルですが、この実験は、ベネットの主張が万全ではない、すなわち「情報消去」の際の熱現象は必ずしも不可逆ではないことを示して、ある意味で悪魔と熱力学第2法則の共存が可能であることを指摘したものです。沙川らは、情報熱力学と呼ばれる最新の研究の成果を採り入れて、熱力学第2法則に情報量を含めた形の不等式を導いています。マクスウェルが望んだのはまさに、このような議論が生まれてくることだったのではないでしょうか。
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単行本p.77、78

 テセウスの船、物質転送機問題。2の平方根が無理数であることを示したピタゴラス、質量と落下速度の関係を洞察したガリレオ、加速度と重力の関係を見いだしたアインシュタイン、そして熱力学第2法則を検証するために考案されたマクスウェルの悪魔。名高い思考実験を例として取り上げながら、思考実験に関する基礎知識を確認し、その分類を示します。



第5章 批判と弁護のための思考実験
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 簡単にいえば、西欧近代科学の世界観は、物事を線形的に、時間の流れに沿って順次あらわれる因果の連鎖としてとらえる「ロゴス」の感性で成り立っています。頭の中で言葉によって行われる思考も、そうなっています。ところが量子力学の論理は、なにかネットワーク的で、部分に全体が含まれているような、時間順序によらない同時的な世界観でできているのです。ブール論理に慣れた人間からするとまったく違う次元の世界であり、理解に困難を感じて当然です。(中略)
 21世紀直前まで生きたポパーは、量子力学に関する思考実験は弁護的用法が多いといい、しかもそれらのほとんどに疵があると指摘したわけですが、しかし、このように量子力学が成立した20世紀初頭に物理学者たちが直面した状況を考えてみると、その思考実験をどのような文脈で見るべきか、提出者はどのような目的だったのか、それをどのような立場の誰が見たのかは、本当にさまざまなことが考えられるように思うのです。
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単行本p.127

 ニュートンとマッハのバケツ、ハイゼンベルクのガンマ線顕微鏡、アインシュタインとボーアの光子箱。既存理論に対してその難点を指摘しようとした思考実験を取り上げて紹介します。




第6章 問題提起のための思考実験
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 ウィグナーにとっては、友人も含めた部屋全体が観測対象であり、ドアを開けるまでは、部屋の中は重ね合わせの状態です。つまり、友人も二つの状態の重ね合わせになっていて、ウィグナーが部屋を開けて友人の報告を聞いたときに初めて、どちらかに収縮するのです。(中略)フォン・ノイマンとウィグナーは、意識が波束を収縮させると考えました。すると、この思考実験ではウィグナーの友人は、観測はしていても波束を収縮できないので、意識がないということになります。友人はいつのまにか、ゾンビのようになってしまったということです。この考え方を敷衍していくと、世界には自分しか意識をもつ存在はいないという唯我論につながります。
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単行本p.159

 量子力学における状態の重ね合わせをそのままマクロな物体に適用してみる「シュレーディンガーの猫」。その猫を友人に置き換えて箱の中で「観測」をさせる「ウィグナーの友人」。そして局所実在論の立場から量子力学の矛盾を指摘しようとした「EPRパラドックス」。量子力学の解釈をめぐる問題を提起した思考実験を紹介します。




第7章 判断や解釈のための思考実験
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 その状況で考えられるさまざまな行動原理のうちから選択を迫り、選択された原理は何か、それを選択したあなたの原理は何かを問うのが、判断や解釈のための思考実験です。どの原理が正しいということはなく、立場や嗜好、倫理観などによって答えはさまざまなはずです。変化法で細かな設定や、状況そのものを変えてみたりして、あなたがその原理を選んだ理由を探るのです。もちろん、あなたではなくほかの誰かが選んだ別の原理について考察を加えることもあります。そうして、複数の原理それぞれの本質をあぶり出し、比較検討するのです。
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単行本p.174

 トロッコ問題、チューリング・テスト、中国語の部屋、量子自殺、終末論法、眠り姫問題、射撃室のパラドックス、ニューカム問題。人間の判断基準や倫理観の本質を探ろうとする思考実験を紹介します。




第8章 教育的な思考実験
第9章 意思決定と思考実験 
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 ジョン・スチュアート・ベルは、1964年に、局所実在論の要請を満たすものであれば、どんな理論でもそなえていなければならないある条件を表現した不等式を導き、その一方で、量子力学にはその不等式を満たさない場合があることを示しました。この不等式を「ベルの不等式」といいます。
 これは重大な成果で、この不等式によって、局所実在論が正しいのか、それとも量子力学が正しいのか、実験で決着をつける道筋ができたのです。その後もいろいろなタイプの不等式が発見されて、1982年のアラン・アスペの実験を皮切りにたくさんの検証実験が行われました。
 その結果、自然はベルの不等式を破っていることがわかりました。量子力学でなければ説明できないものが存在することが、疑いの余地なくわかったのです。(中略)
 しかし、数学的な推論を説明されればそのときは納得した気もするけれど、やはりピンとこない、腑に落ちないというのが、多くの人の正直なところだったようです。
 これは社会的選択理論での、「アローの不可能性定理」とどこか似たところがあります。
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単行本p.216、217

 相対性理論を説明するときの光時計、ギャンブラーの誤謬、ベルの不等式、マーミンの思考実験。人間の直感が陥りやすいポイントを浮き彫りにする思考実験を取り上げ、それを意思決定に活かすにはどうすればよいのかを探ります。





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『エビはすごい カニもすごい -体のしくみ、行動から食文化まで』(矢野勲) [読書(サイエンス)]

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 本書は、このような「すごい」と思えるエビ・カニの巧妙な体のしくみと行動やしぐさについて紹介する。さらに、なぜそのような体のしくみを持ったり、行動やしぐさをとるのかについても説明した。
 ちなみに、そのいくつかを紹介すると、テッポウエビは、ハサミをパチンと鳴らして、その音で小エビなどの獲物を狩っている。また、サンゴ礁に棲む多数のテッポウエビがパチンと鳴らす音は、サンゴの幼生をサンゴ礁に呼び寄せることが明らかになっている。実は、この音は単なる音でなく、閃光とプラズマを放つ強い音圧の衝撃波である。本書では、その「すごい」と思えるスナップ音の発生のしくみを明らかにしている。
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「はじめに」より


 主に食材として親しまれているエビやカニ。しかしその生態は意外と知られていない。衝撃波とともに閃光とプラズマを放つテッポウエビ、数十万尾がいっせいに隊列を組んで渡りをするロブスター、武器として利用するイソギンチャクをクローニングするキンチャクガニ、そして感情表現豊かなカニ。エビとカニが持つ「すごい」と思える体のつくりや行動を紹介してくれる一冊。単行本(中央公論新社)出版は2021年12月です。




目次
第1章 エビ・カニとはどのような生き物なのか?
第2章 エビ・カニの五感と生殖
第3章 さまざまなエビたちの生態と不思議な行動
第4章 さまざまなカニたちの生態と不思議な行動
第5章 エビ・カニの外骨格の秘密
第6章 エビ研究の最前線からー交尾と生殖の解明
第7章 赤い色を隠すエビ・カニたち
第8章 私が愛したエビ・カニたち
第9章 エビ・カニの肉質の特徴と食文化




第1章 エビ・カニとはどのような生き物なのか?
第2章 エビ・カニの五感と生殖
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 自然界におけるフィロソーマ幼生とプエルルス幼生の暮らしの実態は、長い間、不明であったが、同じイセエビ下目のセミエビやウチワエビなどのフィロソーマ幼生が、海洋を浮遊するカラカサクラゲやミズクラゲなどのクラゲに取り付いていることが発見されている。この発見から想定すると、イセエビのフィロソーマ幼生も、クラゲの上に乗って広い海洋を漂いながら浮遊生活を送っている可能性が高い。仮に事実としたら、なんとも可愛らしい話である。
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単行本p.58

 エビ・カニの体の構造から生活史まで、まずは基礎知識をまとめます。




第3章 さまざまなエビたちの生態と不思議な行動
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 テッポウエビが餌とするクリーナーシュリンプが棲むイソギンチャクを外敵のファイヤーワームから守る習性は、まさに人類が野山を整備して食料などにする羊などを放牧する牧畜に似ている。(中略)仮にそうだとすれば、テッポウエビは人類が牧畜を始めるはるか以前の太古の昔に、牧畜の起源と思える、すごい行為をすでに行っていたことになると私は考えている。
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単行本p.87

 魚の口内を掃除するクリーナーシュリンプ。その棲息環境を調整して「牧畜」の対象とするテッポウエビ。そのテッポウエビが閃光とプラズマ衝撃波を放つしくみ。渡り鳥のように渡りをするコウライエビやフロリダロブスター。エビたちの「すごい」生態を紹介します。




第4章 さまざまなカニたちの生態と不思議な行動
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 イソギンチャクを持つキンチャクガニと持たないキンチャクガニを一緒に置くと、イソギンチャクを持たないキンチャクガニは、相手からイソギンチャクを奪うことを報告している。(中略)闘いを始めてから奪い取るまでの時間はなんと7時間ほどもかかり、両者の闘いはまさに死闘と言っても過言ではない。
 この後、イソギンチャクを奪い取ったキンチャクガニも奪い取られたキンチャクガニも、片方のハサミに挟んだイソギンチャクを縦に均等に2つに割って両ハサミに挟んで無性生殖を誘発しクローンを複製する。
 またシニッツァーたちはこのカニがハサミに挟むイソギンチャクの遺伝子を調べた。結果、各カニが持つ左右のハサミのイソギンチャクの遺伝子はまったく同じであり、他のカニのイソギンチャクとも互いに極めてよく似た遺伝子を持っていた。このことから、紅海に棲むキンチャクガニがハサミに挟むイソギンチャクは、もともと1つの個体であったことを示唆している。
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単行本p.121、122

 ズワイガニ、ガザミ、モクズガニ、サワガニなどの行動から、イソギンチャクを武器として使うキンチャクガニまで、さまざまなカニの「すごい」生態を紹介します。




第5章 エビ・カニの外骨格の秘密
第6章 エビ研究の最前線からー交尾と生殖の解明
第7章 赤い色を隠すエビ・カニたち
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 エビ・カニは、体を守るために外骨格を硬く堅固な組織にしただけでなく、比重を高くするために石灰化し、しばしば起きる飢餓に備えての栄養物質を貯蔵し供給する機能も持たせ、さらに外骨格に沈着したカルシウムを自由に出し入れするという、まさにすごいと思うほどのダイナミックな組織にしているのである。
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単行本p.141

 外骨格が果たしている様々な機能から赤い色をつくる色素アスタキサンチンが果たしている役割まで、エビ・カニの体のしくみをさらに詳しく見てゆきます。




第8章 私が愛したエビ・カニたち
第9章 エビ・カニの肉質の特徴と食文化
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 クルマエビが死んだふりをすることは、これまでまったく知られていなかったが、私は何度か人に話してきた。そうするとまず10人中10人が笑いながら「うそっ」と言う。なぜうそと思うのかと訊き返すと、エビにそんな高等なまねができるはずがないという答えが返ってくる。死んだふりは、賢い人間が熊に出会ったときにするもので、知能の低いエビにできるはずがないとはなから思っている。そこで私も、ついむきになって、エビ・カニの知能は発達していて、ときには人間以上に賢い行動をとると言い返す。
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単行本p.214

 弱いものいじめをするカニ、著者といっしょに遊ぶカニ、エサが遅れてムカついたので水草を切りまくって抗議したカニ、死んだふりをするエビ。著者が観察したエビ・カニの知能や感情、そして人間との関わりについて紹介します。





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