『うなぎばか』(倉田タカシ) [読書(SF)]
――――
祖父も、坂田さんたちも、父も母も、みんな悲しかったのだ。
ひとつの生物が絶滅するということ。
それ自体も、もちろん悲劇ではあるけれど、それによって、ひとつの文化が失われてしまうこと。幸せな思い出に彩られた、たくさんの人の営みの、足元が崩され、消え去ってしまうこと。それもまた、とても辛いことだった。その悲しみが、みんなの心に影を落としてきたのだ。
――――
単行本p.47
遠未来ポストヒューマンSF『母になる、石の礫で』の著者が、近未来ポストうなぎSFに挑む。うなぎ絶滅後、人類に迫る大きな決断。例えば、秘伝の「ウナギのたれ」を捨てちゃうのかどうか、とか。単行本(早川書房)出版は2018年7月、Kindle版配信は2018年7月。
――――
数年前に、ニホンウナギは「野生絶滅」という認定を受けた。これにつづいて、同じように絶滅の危機にあったほかの種のうなぎも世界的に禁漁になった。そのうちのいくつかの種については、すでに数が減りすぎていて、絶滅を防ぐことはできないのではないかともいわれている。
日本では、どんな種類であっても、うなぎを食用にすることは一切禁止されてしまった。
――――
単行本p.24
実際に絶滅危惧種に認定されているウナギ。近いうちに起きる「ウナギの絶滅」というこの人類史上未曾有の危機を前にして、とにかく頑張った日本人。流通量を確保するため密漁かどうか問わず海外から稚魚を大量に購入する、うなぎ蒲焼を値上げする、生協パルシステム「ウナギを食べて応援」キャンペーン。しかし、……。
[収録作品]
『うなぎばか』
『うなぎロボ、海をゆく』
『山うなぎ』
『源内にお願い』
『神様がくれたうなぎ』
『うなぎばか』
――――
母が静かにいう。
「お父さんがうなぎを背負っていかなくてもいいのよ。そんな義務はないんだから」
「わたしにはそうする責任がある。そして、本来なら、正人くんにも」
「ううん、どちらにもない」
母は語気を強める。
「うなぎがいなくなったことは、お父さんたちに責任があるんじゃないんだから。もっと大きい、簡単には変えられない状況がたくさんあって、その結果おきたことでしょ」
「それでもだ」
祖父の顔は、静かな決意に引き締まっていた。
――――
単行本p.39
うなぎ絶滅により廃業に追いやられた老舗のうなぎ屋。跡取りとなるはずだった息子は、うなぎからきっぱり手を引こうとする父と、うなぎ文化をあくまで守り抜くと決意した祖父の間で繰り広げられる、滑稽かつ切ない家族紛争に巻き込まれるが……。
『うなぎロボ、海をゆく』
――――
わたしは、ほそながーい形をしたロボットです。色は黒いです。体をくねくねと曲げられます。
頭に近いほうに、小さなひれがついています。なにに似ているかというと、うなぎに似ています。
そうです、あの、何年もまえに絶滅した、おいしい魚です。
おいしいからって食べつくしちゃうなんて、人間はすこしおバカなのかな?
でも、人間のお手伝いができると、わたしはとてもうれしいです。
――――
単行本p.61
乱獲によりニホンウナギが絶滅してから十年。魚の密猟を監視する任務についていた「うなぎロボ」は、様々な出来事から世界と人間について学んでゆく。マグロの絶滅をテーマにしたSFコミックや、魚介類がレーザーを撃ち合うゲームなど、様々な先行作品を連想させつつ、読後感はちょっとしんみり。
『山うなぎ』
――――
ここは南米のとある国。世界有数の大河があって、広い広いジャングルがある、といえば、おなじみのところ……このジャングルの奥に、真美たちの求める生き物がいる。
それは、「山うなぎ」と呼ばれていた。便宜上。
それは、とても、とても、おいしかった。
――――
単行本p.107
南米ジャングルの奥地に「山うなぎ」と呼ばれている謎生物の牧場があるという。サンプルの謎肉を試食したところ、これが絶品。やばっ……うわっ、やっば、なにこれ、うまい。すぐ独占契約しろとの社命を受けた四人。しかし、うまいからといってまた乱獲して絶滅させてしまうのではないのか懲りない日本人。懸念を抱きつつも、ジャングルの奥地を目指す彼女たちが目撃したものとは。
『源内にお願い』
――――
「まあ、だいたいわかった」
そういって、源内は火鉢に煙草の灰を落とした。
「ひとつだけ、わからねえことがある」
ふたりを見やった源内の顔に、少しだけ、困ったような表情が浮かんだ。
「その〈うなぎ〉ってのは、なんなんだい」
――――
単行本p.158
うなぎ絶滅を「なかったことにする」ために、江戸時代にタイムトラベルして平賀源内に「土用の丑の日には鰻を食べようキャンペーン」の考案を止めてもらうよう説得する。だが、源内の時代には既に「うなぎ」は絶滅していた!
うなぎ絶滅を阻止するための歴史改変計画は、思わぬ壮大な時間SFへとはじけてゆく。はたして「うなぎと人類の両方とも絶滅しなかった歴史」は存在可能なのか。
『神様がくれたうなぎ』
――――
「それはやめて、うなぎにしない?」
「……は?」
雄高はすっとんきょうな声を出した。
「願い事をさ、〈うなぎの絶滅をなかったことにしてほしい〉というのにしてみない?」
「え、意味わかんないです」
神はいう。
「あのね、うっかりやっちゃったことは、もう神自身では戻せないのよ。神なりの決まりがあって、そこは不可逆なの。でも、人間の願いごととして受理するなら、やっても大丈夫な範囲なわけよ。だから、ここできみがうなぎの復活を願ってくれると、すごく助かるんだけどな」
――――
単行本p.221
自宅に神がやってきて、特別キャンペーンで願い事をひとつだけ叶えてあげるという。じゃ、実は好きな女の子がいて……。「あ、それやめて、うなぎ復活を願わない?」と言い出す神。実は不手際でうなぎを絶滅させてしまったので、それを「人間の願いをかなえる」という大義名分で「なかったこと」にしたいという。あ、そういうの別にいいです、恋愛成就の方向でお願いします。そっかー、でも、うなぎかわいそうだと思わない? 食い下がってくる神。女か鰻か。意味わかんない心理戦が展開する。本書収録作品中で個人的に最も気に入った作品。
祖父も、坂田さんたちも、父も母も、みんな悲しかったのだ。
ひとつの生物が絶滅するということ。
それ自体も、もちろん悲劇ではあるけれど、それによって、ひとつの文化が失われてしまうこと。幸せな思い出に彩られた、たくさんの人の営みの、足元が崩され、消え去ってしまうこと。それもまた、とても辛いことだった。その悲しみが、みんなの心に影を落としてきたのだ。
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単行本p.47
遠未来ポストヒューマンSF『母になる、石の礫で』の著者が、近未来ポストうなぎSFに挑む。うなぎ絶滅後、人類に迫る大きな決断。例えば、秘伝の「ウナギのたれ」を捨てちゃうのかどうか、とか。単行本(早川書房)出版は2018年7月、Kindle版配信は2018年7月。
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数年前に、ニホンウナギは「野生絶滅」という認定を受けた。これにつづいて、同じように絶滅の危機にあったほかの種のうなぎも世界的に禁漁になった。そのうちのいくつかの種については、すでに数が減りすぎていて、絶滅を防ぐことはできないのではないかともいわれている。
日本では、どんな種類であっても、うなぎを食用にすることは一切禁止されてしまった。
――――
単行本p.24
実際に絶滅危惧種に認定されているウナギ。近いうちに起きる「ウナギの絶滅」というこの人類史上未曾有の危機を前にして、とにかく頑張った日本人。流通量を確保するため密漁かどうか問わず海外から稚魚を大量に購入する、うなぎ蒲焼を値上げする、生協パルシステム「ウナギを食べて応援」キャンペーン。しかし、……。
[収録作品]
『うなぎばか』
『うなぎロボ、海をゆく』
『山うなぎ』
『源内にお願い』
『神様がくれたうなぎ』
『うなぎばか』
――――
母が静かにいう。
「お父さんがうなぎを背負っていかなくてもいいのよ。そんな義務はないんだから」
「わたしにはそうする責任がある。そして、本来なら、正人くんにも」
「ううん、どちらにもない」
母は語気を強める。
「うなぎがいなくなったことは、お父さんたちに責任があるんじゃないんだから。もっと大きい、簡単には変えられない状況がたくさんあって、その結果おきたことでしょ」
「それでもだ」
祖父の顔は、静かな決意に引き締まっていた。
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単行本p.39
うなぎ絶滅により廃業に追いやられた老舗のうなぎ屋。跡取りとなるはずだった息子は、うなぎからきっぱり手を引こうとする父と、うなぎ文化をあくまで守り抜くと決意した祖父の間で繰り広げられる、滑稽かつ切ない家族紛争に巻き込まれるが……。
『うなぎロボ、海をゆく』
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わたしは、ほそながーい形をしたロボットです。色は黒いです。体をくねくねと曲げられます。
頭に近いほうに、小さなひれがついています。なにに似ているかというと、うなぎに似ています。
そうです、あの、何年もまえに絶滅した、おいしい魚です。
おいしいからって食べつくしちゃうなんて、人間はすこしおバカなのかな?
でも、人間のお手伝いができると、わたしはとてもうれしいです。
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単行本p.61
乱獲によりニホンウナギが絶滅してから十年。魚の密猟を監視する任務についていた「うなぎロボ」は、様々な出来事から世界と人間について学んでゆく。マグロの絶滅をテーマにしたSFコミックや、魚介類がレーザーを撃ち合うゲームなど、様々な先行作品を連想させつつ、読後感はちょっとしんみり。
『山うなぎ』
――――
ここは南米のとある国。世界有数の大河があって、広い広いジャングルがある、といえば、おなじみのところ……このジャングルの奥に、真美たちの求める生き物がいる。
それは、「山うなぎ」と呼ばれていた。便宜上。
それは、とても、とても、おいしかった。
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単行本p.107
南米ジャングルの奥地に「山うなぎ」と呼ばれている謎生物の牧場があるという。サンプルの謎肉を試食したところ、これが絶品。やばっ……うわっ、やっば、なにこれ、うまい。すぐ独占契約しろとの社命を受けた四人。しかし、うまいからといってまた乱獲して絶滅させてしまうのではないのか懲りない日本人。懸念を抱きつつも、ジャングルの奥地を目指す彼女たちが目撃したものとは。
『源内にお願い』
――――
「まあ、だいたいわかった」
そういって、源内は火鉢に煙草の灰を落とした。
「ひとつだけ、わからねえことがある」
ふたりを見やった源内の顔に、少しだけ、困ったような表情が浮かんだ。
「その〈うなぎ〉ってのは、なんなんだい」
――――
単行本p.158
うなぎ絶滅を「なかったことにする」ために、江戸時代にタイムトラベルして平賀源内に「土用の丑の日には鰻を食べようキャンペーン」の考案を止めてもらうよう説得する。だが、源内の時代には既に「うなぎ」は絶滅していた!
うなぎ絶滅を阻止するための歴史改変計画は、思わぬ壮大な時間SFへとはじけてゆく。はたして「うなぎと人類の両方とも絶滅しなかった歴史」は存在可能なのか。
『神様がくれたうなぎ』
――――
「それはやめて、うなぎにしない?」
「……は?」
雄高はすっとんきょうな声を出した。
「願い事をさ、〈うなぎの絶滅をなかったことにしてほしい〉というのにしてみない?」
「え、意味わかんないです」
神はいう。
「あのね、うっかりやっちゃったことは、もう神自身では戻せないのよ。神なりの決まりがあって、そこは不可逆なの。でも、人間の願いごととして受理するなら、やっても大丈夫な範囲なわけよ。だから、ここできみがうなぎの復活を願ってくれると、すごく助かるんだけどな」
――――
単行本p.221
自宅に神がやってきて、特別キャンペーンで願い事をひとつだけ叶えてあげるという。じゃ、実は好きな女の子がいて……。「あ、それやめて、うなぎ復活を願わない?」と言い出す神。実は不手際でうなぎを絶滅させてしまったので、それを「人間の願いをかなえる」という大義名分で「なかったこと」にしたいという。あ、そういうの別にいいです、恋愛成就の方向でお願いします。そっかー、でも、うなぎかわいそうだと思わない? 食い下がってくる神。女か鰻か。意味わかんない心理戦が展開する。本書収録作品中で個人的に最も気に入った作品。
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