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『ウラミズモ奴隷選挙(「文藝」2018年秋号掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 その日私はみたこ様にいのりました。私は巫女になりたいので男断ちをしているのだ。みたこさま、美しいお遣い女さまよ、イカアナは今私のパンツをとっていきました、どうか私を選挙に勝たせてください。もし負ければ私はもう何も拝まない。ただあの糞イカアナキストを本当に殺します。刺してやります。突いてやります。死体の血を一滴も残しません。全部飲み干します。レトルトを貰って食べたくらいで人の尊厳を何ですか、尊厳という言葉を私はみたこから習いました。イカアナからすると悪の言葉らしい。だが悪が何だろう、私は悪が好きだ。悪に憧れる。あの汚らしい、五十がらみの坊っちゃまに胸や尻を踏まれたりつねられたりして起こされる位なら、どんな悪にでもなるよ。悪の女帝になるよ。
 だって、投票所にはとうとう国連の監視団が来ていたのです。
 そしてさらに神ではないものに私は祈りました。ウラミズモよ、「悪のウラミズモ」よ、女にセックスを断る自由を与えた、「権力の警察」よ、どうかひょうすべと、イカアナとヤリテとイカフェミを宇宙一汚い、便所に、叩き込んでください。なんぼ「正しく」ても「自由」でも私は自分の輝く玉の肌を、イカアナの便所にされるのは嫌です、と。
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文藝2018年秋号p.224


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第119回。

 おんたこ、ひょうすべ、TPP。だいにっほんシリーズ、舞台はついに女人国ウラミズモへ。原発利権の真相、エリート高の若者たち、火星人遊廓の発祥、みたこ教団、そしてついに詳細に書かれる(うわーっ)男性保護牧場の実態。2016年のTPP批准(作中設定)から、2067年に始まったウラミズモによるだいにっほん占領を経て、2086年のだいにっほん事実上の滅亡まで、歴史を一気に駆け抜ける、堂々たる『水晶内制度』続編。


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 ひょうすべは女の子なのよただおなかがすいているだけ、かわいそうな子供、お願い食べさせて苛めないでひょうすべに人間を喰べさせてちょうだい
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文藝2018年秋号p.217


 さて、2018年6月29日(忘れるな)、現実の日本において、TPP11関連法が可決・成立いたしました。作中の「にっほん」は、当初予定通り2016年にTPP批准をしています。2年の差はありますが、大した違いはありません。結果も似たようなものでしょう。


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 で? 現実の日本も、パラレルのにっほんも、いつしか気がつけば公文書は全て偽造、議会は多数決だけ。公約は破られるだけ。民を世界企業に売り渡す人喰い条約のTPP、それを使って一家を根こそぎにする事しか(両方の)政府は考えていない。故に民を煮るため鍋釜、下で燃やす薪、何もかも揃えて、政権は殺戮以外ではもう、興奮しなくなっていた。
 だって連中は既に、ただ搾り取るのにも飽きてしまったのだ。既に民を絶滅させなければ、寿司もうまくないし、風俗でも射精も出来なくなっているし、ただもう国民を苦しめて喰う事だけを楽しみにして、それで射精をしたいとだけ思っているのである。
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文藝2018年秋号p.135


 なぜそんなことばっかやってて政権支持率が下がらないのか。むしろ喝采を叫ぶような声が目立つのか。それはつまり、多くの国民が、別に騙されているわけでもなく、本当にまじに支持しているから。たとえ結果がわかっていても、面倒だから支持を続けるに違いないから。そのことを政権も確信しているから。


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 ばかりか、問題は民、そのものであった。というのもにっほんはいつしか自分で自分を奴隷化し奴隷的でいることを美徳とする国となっていった。それもけして勤勉が好きなのではなく、弱者に押しつける不要の苦しみが好き。女に向かって嫌な我慢をさせる事が生き甲斐。(中略)……男は職場奴隷、女はハウス奴隷、双方選挙権のある奴隷のカップル。またその一方で少女虐待国家というのも連綿と続いてきた流れである。つまり国家奴隷のそのまた下に、女奴隷家事奴隷メイ奴隷で性奴隷。
 実際は奴隷状態で使われていても「あれは奴隷じゃない○○婦だ」などと、言い口、表現を変えてすべてごまかす、つまり実態と表現を切り離した態度で通す。そもそもそれ以前に、奴隷というものがあまりにも全土にすべてに浸透しすぎていて、特に「強制」されなくてもいつも、誰かの所有物になっていて魂を売っている。
 にっほん人とは何か? それは奴隷とは何かについてまともに考えたことが一度もない国民。というよりかそれ以前に、自分とは何で今どんな状態かさえ、思考して言語化した記憶のない奴隷集団。
(中略)
 奴隷は選挙に行かない。行っても行かなくても奴隷根性に変わりはないし、奴隷でなくなった自分というものを想像出来ないから。
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文藝2018年秋号p.150、155


 で、TPPに種子法廃止、水道民営化。お得なバリューセットでこんなことに。


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水道料金の払えない人が増えていて、彼らは飲み水だけ買う。むろんペリエとかではなく、その安い川の水を。しかしそこには農薬ばかりか寄生虫も化学物質も入っている。その一方で、使える井戸などはお役所に見つかれば水源自主管理規制法等で埋められるそうだ。つまり、水源は世界企業が買い占めているのである。
 そんな中S倉には空っ風で、古新聞が飛んでくる。すると紙面ではまだ大都会の人間が「にっほんの水と自由は無料、いい気な国家批判」などと冷笑している。しかし県部では既に、庭に生えた七草も零れた種も、勝手に使っているとお縄になる。
 最近のにっほんでは、自分の取った種でも自分で汲んだ井戸水でも、勝手に使うことが禁じられていた。その原因は、世界的な大会社がお金を取りたいから。基本、全部の生存行為から手数料を取る。しかも、その値段を遠い外国で、勝手に決めてくる。
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文藝2018年秋号p.158


 これマジですよ。もう、ディストピアSF、とか言ってる場合じゃないです。でも、にっほんの男たちは、女を性的搾取する特権だけ与えておけば、どんな境遇にも堪えてくれます。お上に文句は付けません。むしろ文句をつける人を寄ってたかって叩いて黙らせてくれるのです。


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 電鉄会社は男性が快く女性に痴漢出来るようにと、痴漢し易い環境を男性客に提供し続け、それを一種のサービスと考え、痴漢を煽るような広告を駅に貼り続けた。女性専用車は今では痴漢に遭った恐怖でそこにしか乗れない女性を集めておいて、そこに集団でもっとも嫌ったらしく汚い卑怯者の痴漢に侵入させて嫌がらせをするという、そういう攻略プレイを無料でさせる、場所になっていた。
 女しか買わない商品の広告は一種類になっていた。出来るだけ多くの女性差別を盛り付けた挙げ句に、侮辱口調で買うように命令するものだった。しかもそうされたにっほんの女性は、買わないと殴ると脅されたも同然の状態なので恐怖のあまりに買ってしまうのであった。
 商売は強奪で価格は強制、選択は不可能、それが自由貿易である。
 かつてはにっほんの人口の半数を占めていた女性、その体力も労働力も破壊されていった。さらにはそこから、消費という消費が冷えていった。一方、男の経済効果は買春あるのみ。
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文藝2018年秋号p.145


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 取り敢えず少女と見たら因縁を付けて性的虐待、しかもそれだけでは欲ボケの身にはもの足りぬので、泣いている親や被害者に二次加害する、しかもこいつらときたらそれでもまだ足りないというので、どうやったら口汚く被害者を貶められるか、こうやってデマを流したら向こうはショックで自殺するか、それを朝から晩まで考えていて二十四時間、少しでも多く他人様から、何の理由もなく毟り取ろうとする。しかし実はそれはけしてただの極悪汚ないどすけべ、というそれだけではない、そう、大変に深い意味のある行為だった。
 むしろそれこそ、地球を滅ぼす不毛な「ネオリベ経済行為」と同じものなのだ。
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文藝2018年秋号p.152


 実際、ネットで見られる性犯罪被害に対する女性の声(しばしば「リプ欄が地獄」などの紹介付きで引用リツイートされてくる)からして、これは現実そのもの。出来ればディストピアSFであってほしかった。しかし、すでににっほんは、いや日本は、ものすごい勢いで高度ひょうすべ成長を遂げてニホンスゴイなことに。


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 要するに何もかも短期決戦で人材を育てず、人間主体の幸福追求をさせず、数字の発展が、個々からの収奪が、経済の達成であるかのような、見せ掛けを作り込んだ上で格差を広げていき、なおかつ国全体の赤字と災難は少女がもたらすのだ、その分の責任を少女が被れとまで宣伝し続けた。こうなると数字を信じて疑わず、その収奪ぶりを我が利益と思い込んで喜ぶ人間は、全員が弱いものいじめを徹底させる事で権力からなんとか褒められようとした。
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文藝2018年秋号p.153


 あまりの惨状に、選挙という合法的手段によってにっほんから独立しTPPからの離脱をはかる特区が続出。そのまま女人国ウラミズモに併合されてゆきます。住民の半数を切り捨てる(男は国外追放か、あるいは……)しかないところまで追い詰められた人々の決断。悔しさと祈りがウラミズモを呼ぶ。

 だいにっほん三部作でも、『ひょうすべの国』でも予告されていた、ウラミズモによるだいにっほん侵攻の始まりです。


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「さあ、笙野様、今からはもうウラミズモが侵攻してまいります。半年以内に、ここはウラミズモの植民地になるのですよ。私達にとっては有利かもしれません。でも、あなたにここに残られては作者は困ります」
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『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』単行本p.214


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二千六十七年春、ウラミズモはだいにっほんを占領した。
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『植民人喰い条約 ひょうすべの国』単行本p.183


 その翌年、2068年。今やウラミズモ占領下にあるS倉から新たな物語が始まり、やがて舞台はウラミズモ本国へと移ってゆきます。男から人権を奪い弾圧することが国是となっている国。思想統制を隠さない警察国家。「民主主義が死んだ後の世界」(文藝2018年秋号p.130)。しかし、……。


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自分は今生きている、机も水もある。昔と比べれば、やはり天国だ。しかし実は相当なディストピ天国、……。
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文藝2018年秋号p.201


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 これはもしかしたら、クリーンだがホラーな政治かもしれないと思う事があります。ただ、そう批判する自由もここにはあるのです。
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文藝2018年秋号p.190


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「私達は三百年後の男女平等を目指しています。けして男性を不幸な迷妄に閉じ込めてはおきません、その日が来たらきっときっと解放して、女性と同じ地位にしてあげようと、それまでは大切に保護してあげようと誓っております」
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文藝2018年秋号p.170


 『水晶内制度』発表から15年。おんたこ、ひょうすべ、を経て、ついに舞台はウラミズモに戻ってきました。「化粧していると国民的美少女、していない時は世界的美少女」(文藝2018年秋号p.197)な高校生や、政権中枢で働いている人など、様々な登場人物(土俗の古代神含む。金毘羅や荒神シリーズとの接近の予感も)を視点として、読者はウラミズモを見て回ることに。

 そして舞台は男性保護牧場に移るのですが、このあたりの紹介は今は勘弁してください。男性読者としては色々と、すくむのですよ。代わりにこういうの引用しておきます。


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至上のウラミズモギャグ、文金高島田、または「勝訴ストリップ」と呼ばれるものを自分の代で実現したい
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文藝2018年秋号p.189


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「百合にも百合イカがいる。リョナにもリョナイカがある。フェミにもイカフェミがある」
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文藝2018年秋号p.190


 というわけで、何しろあの『水晶内制度』の続編ですよ、「笙野頼子さんの近作は自分には向いてないようなので」などとおっしゃらず、ぜひ読んで頂きたいと思います。



タグ:笙野頼子
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