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『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』(川添愛、花松あゆみ:イラスト) [読書(サイエンス)]

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「応用上はたいしたことのない問題を、必要以上にあげつらって「難しい、難しい」と言っている」と思われるかもしれません。しかし少なくとも、「この課題をクリアしない限り、言葉を理解しているとは言えない」という、「言語学者から見て絶対に譲れないライン」は提示したつもりです。この本を通して、言語の研究者が日々どのような「怪物」を相手にしているかを、読者の皆様に少しでも感じていただければ嬉しく思います。
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単行本p.263


 少なくとも何ができれば「言葉が分かる」といえるのか。自然言語処理における課題を明確にすることで、「言葉の意味を理解し、会話をする」という私たちがあまりにも簡単に行っている(ように感じられる)行為の驚くべき困難さを明らかにする好著。単行本(朝日出版社)出版は2017年6月、Kindle版配信は2017年6月です。


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 言語処理の世界に入ってしばらく経った頃、ここにもまた「報われなさ」があることに気がつきました。「子供にも分かるような言葉が、なぜ機械に分からないの?」「機械が将棋のプロに勝つ時代なんだから、言葉を話すぐらいできても別に驚かない」などと言われたりして、なかなか難しさが理解されないのです。とくに第三次人工知能ブームが起こってからは、「言葉が分かる機械なんて、ディープラーニングを使えばすぐにできるはずだ」などという声があちこちから聞かれるようになり、研究の現場で感じていることと世間の印象とのあまりのギャップに、違和感を通り越して危機感を感じるほどになりました。
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単行本p.261


 というわけで、「言葉の分かるロボット」を作ろうと悪戦苦闘するイタチたちの寓話を通じて、自然言語処理の現状と課題を解説する本です。同じ趣向のサイエンス本では、しばしば動物寓話パートがひどくつまらないことが多いのですが、その点、本書はひとあじ違いますよ。イタチたちの物語はそれだけ読んでも十分に楽しめます。

 あと、イタチたちがありがちな「誰もが共感を覚える頑張り屋さん」ではなく、どちらかといえば「性根は腐っているのに妙に律儀で勤勉、なのに、いざというときにサボる、無責任、上にはへいこら、下には横柄、悪の組織の下っぱ感むんむん」なのがとてもよいです。


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 イタチたちはみんなそれなりによく働いていましたが、心の奥ではいつも「もう、働きたくないなあ。働かなくてもいいようにならないかなあ」と考えていました。そんなある年、イタチ村では悪いことばかりが続きました。きゅうりが不作だったり、桃や柿を猿に食べられたり、村の通貨「イタチドル」が暴落したり……。そのせいで、みんなの「働きたくなさ」はますます強くなりました。
 そんなとき、他の村から妙なうわさが流れてきました。フクロウ村やアリ村やその他のあちこちの村で、何やら「便利なロボット」を作ったというのです。しかもそれらを使って、何やら「いい思い」をしているようなのです。
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単行本p.5


 他の動物が何やら「いい思い」をしている、許すまじ。イタチたちは自分たちもその「いい思い」をすべく、どんな努力をしてでも「言葉が分かるロボット」の開発に取り組むことにします。といっても、他の村にはすでに「言葉を聞き取る機械」「会話をする機械」「言葉による質問に的確に答えてくれる機械」などが存在するというので、それを奪うなり買い取るなりすればごく簡単に開発できそうに思えたのですが……。


『第1章 言葉が聞き取れること』
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商魂モグラ「ほらほら、このように、「声」を認識して、「書き言葉」としてモニターに表示するのです。どう? すごいでしょ?」
 商魂モグラはそう言いますが、イタチたちはあまりすごいと思いません。
イタチたち「「こんにちは」って言ったんだから、「こんにちは」っていう文字が出てくるのは、当たり前なんじゃない?
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単行本p.14

 意味を理解する以前に、まず言葉を聞き取る。たったそれだけのことが、機械にとっていかに難しいことであるかを解説します。


『第2章 おしゃべりができること』
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イタチたち「やっぱり、僕らはきちんと考えてる、と思う。その……証明とか、できないけど」
カメレオン「まあ、あんたたちがそう思うのなら、それでいいさ。それに、あんたたちの言いたいこと、俺にも分からなくはないよ。でも、自分が本当に何か考えているのかなんて、誰にも分かんないんだから、他人が本当に考えているかなんて、もっと分からないに決まってる。だから俺は、そういうことは考えるだけ無駄だと思うね」
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単行本p.42

 会話する機械、チャットボット。それは自分が話している言葉の意味を理解していない。では、「言葉の意味を理解している」とはどういうことなのか。


『第3章 質問に正しく答えること』
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イタチたち「それ、やっぱりおかしいよ。リンゴを見たことも食べたこともないのに、リンゴについての質問に答えるなんて、本当の意味で「言葉が分かってる」とは言えないと思うよ」
アリたち「何だと! 我々の蟻神は、立派に「言葉が分かる」と言えるぞ。質問に正しく答えられること以上に、言葉が分かるということがあるか? これ以上、どうしようというんだ!」
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単行本p.60

 どんな質問にも答えてくれる機械、検索エンジン。だがそれは言葉と言葉を結びつけているだけで、その意味内容は全く関知していない。言葉が分かる機械とは何か、を探すイタチたちのクエストは続きます。


『第4章 言葉と外の世界を関係づけられること』
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フクロウたち「言葉の意味ってのは現実世界にあるもんだ。言葉が分かるって言うんだったら、現実世界に結びつけられないと意味がない。「木」という言葉は木に結びつけられないといけないし、「フクロウ」という言葉は俺たちフクロウに結びつけられないといけない。つまり俺たちの機械だけが、言葉を分かっているんだ」
イタチたち「そこまで言っていいの?」
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単行本p.75

 現実世界のイメージ(画像)と言葉を結びつける機械、ディープラーニング。これこそ「言葉が分かる機械」と言えるのだろうか。


『第5章  文と文との論理的な関係が分かること(その一)』
『第6章 文と文との論理的な関係が分かること(その二)』
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 タヌキはニコニコしていますが、イタチたちは気が遠くなってしまいました。すでにタヌキからは「文の形を、推論パターンに入る形に変えること」、「文の構造に気をつけること」、「語彙の知識や常識を集めること」を言われています。その上、またわけのわからないことをやらされることになりそうです。イタチたちはもう何もかも投げ出したくなって、ついにこう言いました。
イタチたち「僕らには、このやり方は無理だよ!」
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単行本p.160

 言葉を並べた「文」が何を言っているのか、推論パターンに当てはめることで、その論理構造を分析する機械。しかし、現実にそれを実現しようとすると途方もなく面倒な課題が次から次へと発生する。追い詰められたイタチたちの明日はどっちだ。


『第7章 単語の意味についての知識を持っていること』
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メガネザル「こういうふうに、意味の近さの度合いを「ベクトルどうしの近さ」で表せるのは、機械が言葉を扱う上でとても便利です。しかも、完全に自動だから、とても楽です」
 イタチたちは、細かいことはよく分からないながら、いたく感心しました。とくに、「完全に自動」というところが気に入りました。
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単行本p.188

 あらゆる言葉と言葉の「意味の近さ」をすべて定量化しておけば、言葉の意味を理解したことになるのではないか。イタチたちの挑戦はついに実を結ぶか。


『第8章 話し手の意図を推測すること』
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タヌキ「今みなさんが抱えている問題は、「意図の理解」の問題だと思いますよ」
動物たち「意図の理解?」
タヌキ「ええ。話された言葉から、話し手の意図――つまり何が言いたいかを推測する問題です」
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単行本p.217

「イタチたちがついにやった。もう、誰も働かなくて良くなるんだ」
 喜びに湧く動物たち。しかし、ただ「言葉が分かる」だけでは実用性がないという深刻な問題が持ち上がる。


『終章 その後のイタチたち』
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 イタチたちは、「言葉が分かるロボットを作るために必要なデータを自動的に作るロボットが出したデータの間違いや不足を修正することができるロボット」を探す旅に出かけたのです。
 イタチたちは今度も、そういうロボットを見つけることができるでしょうか? そして、もし運良く見つかったとしたら、今度こそ彼らの暮らしは楽になるでしょうか?
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単行本p.251

 一つ難関をクリアするごとに、これまでより難しい課題が次々と持ち上がる。ちょっと考えると簡単そうな気がした「言葉が分かる」人工知能を作るという目標が、今現在、どれほど遠いところにあるのかを示します。でも、イタチたちも、そして私たちも、言葉の分かる機械の探求をあきらめず、あらゆる努力を惜しまないことでしょう。楽をするために。



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