SSブログ

『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、上田早夕里、宮内悠介、小田雅久仁、山尾悠子) [読書(SF)]

――――
 〈SFマガジン〉掲載の収録作が一編だけというのも、13年版、16年版と並んで過去最少。日本唯一のSF専門誌である同誌は、2015年に隔月刊化されて以降、連載・連作の比重が高まり、日本SFの読切短篇がめったに掲載されなくなっている。
 しかし、逆に言うと、SF専門媒体に頼らなくても、《年刊日本SF傑作選》を編むのに困らないくらいの(というか、むしろ候補が多すぎて困るくらいの)SF短編が発表されていることになる。(中略)本書収録作の初出一覧を見るだけでも、日本SF短編の発表媒体がいかに多岐にわたるかは歴然としている。
――――
文庫版p.8、9


 2017年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第九回創元SF短編賞受賞作を収録した、恒例の年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は2018年6月です。


[収録作品]

『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
『Shadow.net』(円城塔)
『最後の不良』(小川哲)
『プロジェクト:シャーロック』(我孫子武丸)
『彗星狩り』(酉島伝法)
『東京タワーの潜水夫』(横田順彌)
『逃亡夫人』(眉村卓)
『山の同窓会』(彩瀬まる)
『ホーリーアイアンメイデン』(伴名練)
『鉱区A-11』(加藤元浩)
『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
『階段落ち人生』(新井素子)
『髪禍』(小田雅久仁)
『漸然山脈』(筒井康隆)
『親水性について』(山尾悠子)
『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
――――
 さようならと言うんでしょう、こういうときには。さようなら、アーシャ。いろんなことを教えてもらえて楽しかった。自分が勝手に改変されたことには驚いたし、戸惑いもしたけれど、もう変えてしまったものは仕方がないし、あなたの話によると、この地球という惑星の生き物は、環境の変化に合わせて、どんどん自分の姿を変えてきたのでしょう。だったら、これぐらいの変化は許容範囲かもね。私はルーシィであり、プリムであり、新しい生き物に変わった。この多重性を大切にしたいと思う。本当にありがう。
――――
文庫版p.44

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『最後の不良』(小川哲)
――――
 認めよう――流行を追いかける行為は、ある意味ではとても虚しい。時間も金も投資するのに、そのお祭りは長く続かない。
 しかし、そうやって半ば暴力的に規範となる文化を取り入れることによって、それまで見えていなかったものが見えてくるのだ。なんとなくカッコ良さそうだからという理由で、理解できないフランス映画を観る。賢く見られたいからという理由で、ニーチェやマルクスやピケティを読む。人気だからという理由で、日本画やモダンアートの展覧会へ行く。そうやって、人は本来興味のなかったものに興味を持つ。
 桃山はその「暴力」が自分の仕事だと考えていたし、自分自身の人格もそうやって形成されていた。
――――
文庫版p.83

 他人からカッコよく見られたい、賢く見られたい、そのために背伸びして「流行」を追いかける。そんなことを誰もしなくなった時代。自分の知らないカルチャーに何の興味も持たない者ばかりの世界。廃刊が決まったカルチャー・ライフスタイル誌の編集者は、最後の反抗に出る。特攻服に着替え、改造単車にまたがり、パラリラ鳴らしながら一人で暴走する。俺は、人類最後の不良だ!


『山の同窓会』(彩瀬まる)
――――
「誰とも交わらない生涯になんの意味があるの。あなたを産んだ母体がかわいそう。全体に貢献しない自分勝手な生き方は醜い。産めば産むほど、尊くなる。生命として、上等になる」
「コトちゃん」
「交尾も産卵も、ものすごく幸せなことなのに、それがわからないのは不幸だと思う」
「コトちゃん、やめよう?」
「私は結局、そういう世界から出られなかった。成長するにつれてニウラがどんどんわからなくなって、わからないまま大事にする方法がわからなかった。……今はそれが、すごく、つまらない」
――――
文庫版p.196

 卵を産むたびに老化してゆく女たち。卵を三つ産んで衰弱して死ぬことが女の幸せ。そうしない女は、わがままで自分勝手で醜い。そんな世界で、交尾も産卵もしないまま、ひとりで生き続ける語り手の人生を描いた作品。


『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
――――
 カメラが引いて、メイの椅子の隣に立つ男が入ってくる。三十代後半とみえる色白細身の好男子で身なりからして常識的社会人に思えた。ところが彼は。
「わたしは地下組織『冥王星の権利を守る会』代表だ。これより冥王星は、ここにいるメイくんを国王として独立を宣言する」
 と、あらゆる意味でつっこみどころ満載の発言を世界にむけて発信したのであった。
――――
文庫版p.309

 惑星から準惑星に格落ちしてしまった冥王星。その名誉挽回のために立ち上がった地下組織『冥王星の権利を守る会』に拉致された主人公は、冥王星の初代国王になってほしいと持ちかけられる。冥王星を国家として承認させるため、彼らは国連の代表者と武道館で勝負することに。つっこみどころ満載のユーモアSF。


『髪禍』(小田雅久仁)
――――
 その儀式がおこなわれるあいだ、ひと晩じゅう何もせず、宗教施設のなかでただ座って見ているだけで、十万円が手に入ると言う。ただし、その儀式は建前上、秘儀として部外者の立入りが禁止されているので、その日、目にしたこと耳にしたことはいっさい他言無用とのことだった。つまり、十万円の内には口止め料も含まれていると……。
――――
文庫版p.377

 髪を神としてあがめる新興宗教。その特別な儀式に立ち会うだけで十万円の報酬が出ると聞いた語り手は、怪しみながらも参加を承諾してしまう。当日、人里はなれた宗教施設に集められた人々が目撃した「秘儀」は、予想をこえたものだった……。最初から最後まで真面目なホラーなんですが、やりすぎ感がすごくて思わず笑ってしまうという、そのあたりも含めて伊藤潤二さんのホラーコミックを連想させるものがあります。


『親水性について』(山尾悠子)
――――
 四辺の雲海はすなわち多数の竜体のうねりと渾然一体となり、そこへ射す薄汚れたひかりは暁とも日没ともつかない。竜の顔はすでに長く誰も見た者がない。血刀下げて叫ぶ一体の天使がこちらへ顔を向けるが、それはわたしの妹の顔をしている。
 停滞することなくつねに神速で移動せよ。速度のみが我らの在るところ。言の葉は大渦巻きを呼び、ものみなさかしまに攪拌されながら巻き込まれていく――堕ちていく――肺は水で満たされ、密かに鰭脚をそよがせると額に第三の目がひらく。
――――
文庫版p.450

 永遠に漂い続ける巨大船に乗っている姉と妹。神話的イメージを連打してくる高純度の山尾悠子作品。


『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
――――
「……わたしたちの世界を、神の奏でる音楽だと仮定してみましょう。その神様が、わたしたちには知るべくもないなんらかの深遠な意図をもってか、あるいは単に足を滑らせてか、ディレイのスイッチを踏んでしまった」
 踏むと表現したのは、ギタリストなどが扱うエフェクタは足元に並べられるからだ。
「こうしてディレイがかかったのだとすれば、もしかすれば、明日にも現象は止まるかもしれません。逆に、76年以上つづく可能性もある。あるいは、76年つづいたあと、また1944年の1月に戻って無限にくりかえされることも考えられます」
 真木が短くうなり、両肘をついて口元を覆った。
「どうする。戦後が終わらないじゃないか」
――――
文庫版p.470

 現代の東京に重なるようにして「再生」される太平洋戦争末期の東京。まるで立体映像のように現実と二重写しになった1944年の町並みと人々。やがてくる東京大空襲を前に、人々はそれぞれに対応を決めなければならなかった……。二つの時代の響きあいと家族の危機を並行して描く作品。


『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)
――――
 整地された平原にそびえ立つ巨大な九重塔が、五月の強まりつつある陽光を浴びていた。
 かつて、ある寺のことを「時間の海を渡ってきた美しい船」と表現した作家がいた。この壮麗な九重塔も、また眼を惹きつけて放さない。
 だが、この法勝寺は比喩ではなく、まさしく時空を渡る巨大な船――星寺である。
(中略)
 心柱を中心に、宇宙僧の上体が菊の花のように広がった。全員、足は蓮華座を組んだままである。
「佛質転換率百二パーセント。祈念炉出力百五パーセント」慧眼が報告する。
「管長。発進準備完了です」航宙責任者たる照海が告げる。
「抜錨せよ」
「抜錨します」
 巌真の命に照海は応えた。
 飛塔を大地に固定していた八本の縛鎖の先端にある錨が、一斉に蓮台から排出され、飛塔上部に巻き取られ始めた。
 続けて、巌真の声が一段と高く響く。
「法勝寺、発進。合掌!」
「合掌!」
 すべての僧が唱和し、合掌した。
――――
文庫版p.502、509

 交響摩尼車群の高速読経により圧縮された祈念量により法勝寺の祈念炉は臨界量に達し、今や第一宇宙速度に到達可能な推力を得た。佛理学の教えにより空間跳躍する飛塔が、いま発進する。合掌! 天駆せよ法勝寺!

 仏教用語と現代物理学をミックスした異様な造語の山で読者の度肝を抜く作品。山田正紀さんにも同趣向の作品がありましたが、こちらはもっと偏執的なまでに徹底しています。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: