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『せかいいちのねこ』(ヒグチユウコ) [読書(小説・詩)]

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「おまえの不安なきもちは
 おれもほかのねこも
 みんなもっているんだよ」
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 猫のぬいぐるみの「ニャンコ」は、本当の猫、それも「せかいいちのねこ」になるために、友だちのアノマロカリスと一緒に旅に出ます。いろんな猫との出会いを通して、ニャンコは「せかいいちのねこ」になれるでしょうか。実際の猫をモデルに描かれた個性豊かな猫たちが登場する絵本。単行本(白泉社)出版は2015年11月です。


 持ち主である男の子が成長して大人になれば、自分は捨てられてしまうかも知れない。そう心配するぬいぐるみのニャンコは、本物の猫になればずっと一緒にいられると考えます。でも、どうすれば猫になれるのでしょうか。


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「そうか! ヒゲだ!
 ほんもののピカピカのヒゲを手にいれよう!
 ぼくはもっと愛されて
 せかいいちのねこになって
 男の子が大きくなっても
 いっしょにいるんだ!!」
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 読者の多くは「いやいや、せかいちのねこ、は、うちにいるから」と思うでしょうが、ニャンコは真剣です。友だちであるアノマロカリスのアノマロと一緒に、猫のヒゲを集める旅に出るのでした。

 旅先では、様々な猫との出会いが待っています。どの猫もモデルがいるそうで、顔つきがリアルというか、ちょっと怖い無愛想な「初対面猫」の顔をしているところがツボ。実は彼らとは何度か再会することになるのですが、再会したときには「馴染み猫」の厚かましい顔つきになっているのが、とても、猫。

 ちなみに、最後のページに、モデルとなった猫の写真と絵本に登場した猫の絵が並べられています。顔かたちや模様はもちろんのこと、とにかく雰囲気がそっくりなんで、思わず笑ってしまいます。


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ニャンコは いじわるねこも いままで会ったねこも
みんながせかいいちのねこだと思いました。
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 ねこはみんな、せかいいちのねこ。せかいいちのねこは、うちのねこ。
 誰もが知っている猫真理にようやく到達するニャンコ。

 ぬいぐるみの成長物語というより、はじめて猫を飼おうと決めた人が猫飼いになってゆく過程を描いた物語のような気もしますが、いずれにせよ、猫好きの読者の心にぐっとくる絵本です。


タグ:絵本
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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 1』(川口晴美:テキスト、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

 『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら』のスピンオフ作品、その第1作目です。発行は2014年11月24日。

 まず『双花町』というのは、電子書籍リーダーKindleで配信されている全6篇から構成された長編ホラーミステリ詩。不穏な言葉と、不穏な写真を、不穏な構成で組み合わせた、不穏な作品です。紹介はこちら。


  2014年10月08日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.1』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08

  2014年10月21日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.2』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-10-21

  2015年01月27日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.3』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

  2015年06月09日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.4』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-09

  2015年07月27日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.5』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-07-27

  2015年09月03日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.6』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-09-03


 この、最初から電子書籍としてのみ配信された『双花町』の、"paper version"という謎めいた存在。といっても電子書籍を紙に印刷したものではなく、『双花町』を構成しているテキストと写真を、『双花町』とは異なる方法で再構成したもので、デザイン担当の小宮山裕さんのこだわりが形になっちゃったという作品。

 現在までに"paper version 4"まで刊行されています。紹介はこちら。


  2015年07月06日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 2』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-07-06

  2016年08月02日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 3』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-08-02

  2017年07月10日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 4』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-10


 後に作成される"paper version"では、「紙片詰め合わせ」とか「カードデッキ」といった本からはかけ離れた形式も採用されるのですが、本作はさすがに第1作というべきか、一見してごく普通の冊子という形をとっています。

 しかしながら、開いてみると、折り込みページはあるし、写真そのものがページの間に挟み込まれていたり、写真がページに物理的に貼りつけられていたり、小さな封筒がクリップでとめられていたり。手作り感がすごい。

 封筒を開けてみると、ノートの切れ端をやぶって手書きの文字を書きつけた「手紙」(本編に登場したもの)が折り畳まれて入っています。

 写真とテキストの組み合わせから生ずる不穏さは最初から全開。帯の「画像と言葉が不穏に絡まり合い、どこかにあってどこにもない町が立ち現れる」というアオリ文がぴったりです。


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『この円盤がすごい!  1965年版』(超常同人誌「UFO手帖 創刊号」掲載作品)を公開 [その他]

 『映画秘宝』2017年7月号のレビューでも絶賛された超常同人誌「UFO手帖 創刊号」(2016年11月刊行)。『マゴニアへのパスポート 翻訳版』と共に、夏コミで販売されます。2017年8月13日(日)東W-11a「Spファイル友の会」ブースにて。詳しくはこちら。

  Spファイル友の会 NEWS
  http://sp-file.oops.jp/spf2/?p=1035


 宣伝を兼ねて、掲載作品『この円盤がすごい!  1965年版』を公開しました。

  『この円盤がすごい!  1965年版』
  http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~babahide/bbarchive/Sugoban1965.html


 なお、「UFO手帖 創刊号」の紹介はこちら。

  2016年11月24日の日記
  『UFO手帖 創刊号』(Spファイル友の会)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-11-24



タグ:同人誌
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『Down Beat 10号』(柴田千晶:発行者代表) [読書(小説・詩)]

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再放送の二時間ドラマをみながら父ちゃんは「お前犯人
わかるか?父ちゃん知っとんで。こいつや」言ってから
                      寝る。
檻のなかの薄い布団の下でタヌキはカッパに変身したの
です。引っ張ってもちぎれない手首のバーコードが証拠
です。
レンタルの病衣には橙の細いライン。サイドテーブルの
乾いた蜜柑の色より濃く、山下公園の救命浮輪の色より
                      薄い。
長身の看護士さんは、父ちゃんの毛のない手首と点滴棒
にぶら下げた薄茶の袋のバーコードをスキャン「夕食っ
す」
四角い座面の三辺からはみでていた尻しびれてかゆい。
――――
『307』(谷口鳥子)より


 詩誌『Down Beat』の10号を紹介いたします。お問い合わせは、次のフェイスブックページまで。

  詩誌Down Beat
  https://www.facebook.com/DBPoets


Down Beat 10号
[目次]

『電気も音を立ててなくことがある』(今鹿仙)
『港』(小川三郎)
『反町公園』『もし』(金井雄二)
『シミ』(柴田千晶)
『307』『867』(谷口鳥子)
『へちま』『朝比奈越え』(廿楽順治)
『円應寺』(徳広康代)
『暖海』『再会』(中島悦子)


――――
遠い記憶を
たぐろうとするときはたいてい
魚の名前を思い出すような気持ちになる。
波の合間を覗き込めばたいてい
死んだ人の気配がする。

港の周辺に立っている
ただ四角いだけの白い建物。
その中身にひどく愛着を感じる。
なくてはならない
大事なものがそこにはあると
わかっているくせに私はまだ
釣り糸を垂らしている。

またおじさんがやってきて
魚の名前を告げていった。
釣れた魚は
籠からいなくなっていた。
沖合では
船が何隻も停泊している。
一生そこにいるつもりでいる。
――――
『港』(小川三郎)より


――――
玄関脇の
小さな台所の窓に
蛇の影が映っていて
蛇は
磨りガラスを
ゆるゆると這い上がり
二階へ上ってゆくようで
蛇は
男の化身
などとは思わなかったけれど
蛇は
なぜ空っぽの二階へ
登っていったのだろうか
如月荘202号室の
畳に残る
人のかたちをした
黒いシミ
あたしもいつか
黒いシミになって
小さな台所の窓から
覗かれて
発見されたい
――――
『シミ』(柴田千晶)より


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長い間空家だったから、縁側には砂が溜まっている。掃除が行き届いていないと父が不機嫌になるからと言いながら、姉と雑巾がけをしていた。調理台には、鱈のぶつ切りとだだみ、板こんにゃく。母が夕飯にしようと、もう用意していたのかと思う。でも、まだ障子の破れや玄関の鍵がないことが気になっている。
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『再会』(中島悦子)より全文引用


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『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』(平山令明) [読書(サイエンス)]

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視覚や聴覚に関する研究に比較して、嗅覚に関する科学的研究は大きく立ち遅れているのが現状です。もっと合理的で明快な説明を期待された読者は少し落胆されたかもしれません。科学の進歩はあらゆる分野で歩調を合わせて進むものではありませんが、嗅覚に関する研究はただ単に疎かにされてきたのではなく、実は研究を非常に難しくしている原因があることを読者は気づかれたと思います。
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新書p.250


 他の感覚に比べて研究が遅れている嗅覚。しかし、化合物の分子構造と匂いとの関係、香りが心と身体に及ぼす作用の生理メカニズムなど、少しずつ解明は進んでいる。嗅覚に関する最新知見を一般向けに解説するサイエンス本。新書(講談社)出版は2017年6月、Kindle版配信は2017年6月です。


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一体私達は何種類の匂いを識別できるのでしょうか? 実は、この質問に対する明確な答えはまだ見つかっていません。2014年までは、大体1万種類の匂いを嗅ぎ分けられるというのが通説でした。ロックフェラー大学とハワード・ヒューズ医学研究所の研究者が、2014年3月21日の『サイエンス』誌に衝撃的な論文を発表しました。私達はなんと1兆種類以上の匂いを嗅ぎ分けられるというのです。匂いの研究や仕事に従事している人達は、この数字に非常に驚きました。しかし、この学説には反論も多く、アリゾナ大学の研究者達は、せいぜい5000種類の匂いしか、嗅ぎ分けることはできないと、2015年に主張しています。この数字は2014年までの通説の数字より、逆に少なくなっています。
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新書p.66


 いまだに「人間は何種類の匂いを識別できるのか」という単純素朴な疑問にすら満足に回答できないほど難しい嗅覚の研究。本書はその最新成果を紹介してくれます。

 第1章から第4章は基礎編で、身の回りにある香料、植物からエッセンシャルオイルを抽出する技術、嗅覚の基本的な仕組み、香水の分類、香りを表現するための語彙やフレグランス・ホイールなど香りの分類方法、といった話題が扱われます。


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嗅覚以外の視覚、聴覚、味覚および触覚の情報はまず視床に届き、そこで中継され、その後に大脳皮質の感覚中枢に入り、感覚として認識されます。つまり大脳新皮質で情報処理がされて、感覚が生じます。ところが嗅覚神経は2つのルートで脳に伝わります。
 1つのルートは、他の感覚情報と同じように、視床で中継されそこから大脳新皮質で処理されるルートです。もう1つのルートは、嗅覚神経が一番距離的に近い大脳辺縁系という領域に、ダイレクトに情報を伝えるルートです。大脳辺縁系は大脳古皮質とも呼ばれる領域で、記憶、学習、そして喜怒哀楽などを管理しています。この領域にある海馬は記憶の形成に、扁桃体は情動行動に深く関与しています。さらにその情報はその付近に位置する視床下部さらに下垂体にまで届きます。視床下部は自律神経系や免疫系に、下垂体はホルモン系に関与します。
 すなわち、嗅覚情報は大脳でその情報の解析を行う前に、原始的な脳の部分で感知され、私達の意識に関係なく、それに対処する活動がすでに体の中で起こるということです。したがって、匂いを嗅いだ瞬間、その匂いが何かを思い出す前に、ある種の感情がどっと湧いてくるという、嗅覚独特の反応が起こるのです。
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新書p.62、63


 「香り」が記憶や情緒、心理状態、そして免疫などに影響を与える生理メカニズムがある程度解明されているというのは驚きでした。

 第5章から第7章は、匂いの化学です。アロマ精油に含まれる各種分子を分離するための技術、香り化合物の分子構造、位置異性体による香りの違い、そして匂いの強さや質を客観的定量的に測定するための技術、といった話題が扱われます。


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 芳香族化合物と脂肪族化合物では、匂いの質に明らかな違いがあります。それが、これらの化学構造によることは明らかですが、現在のところ、なぜ匂いの質に差があるのか、その理由はよく分かっていません。
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新書p.116


 第8章から第11章は、匂いや香りの応用について解説します。主な天然の香り化合物のリスト(香水に使われる化合物の構造や性質をまとめた小事典)、さらに人工的に作られた香り化合物のリスト、香りが身体に及ぼす影響(有毒を含む)、などの話題が取り上げられます。


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各々の香りの分子の機能についての研究はまだまだ少ないのが現状です。アロマテラピーに携わっている人の中には、「アロマ精油は混合物であるから体に良い」と無条件に信じている人が少なくありません。彼らの多くは、各々の香り分子の効果を取り出して科学的に調べることに消極的のようです。しかし、これは誤った考え方であると著者は思います。私達は各成分分子の効果を純粋な形で明確に捉え、それらの総合的な効果を定量的に評価すべきだと思います。
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新書p.220


 というわけで、匂い化合物の分子構造特定など研究が進んでいるにも関わらず、なぜそれが人間にとっての「香り」の違いとして感じられるのか、「香り」を感じることでなぜ生理的な影響が現れるのか、という部分が意外に分かってない、それでも研究者は頑張っている、という状況がよく分かる一冊です。


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