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『絶望名人カフカの人生論』(フランツ・カフカ、頭木弘樹:編集、翻訳) [読書(教養)]

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ぼくは時代を代表する権利を持っている。
ポジティブなものは、ほんのわずかでさえ身につけなかった。
ネガティブなものも、ポジティブと紙一重の、底の浅いものは身につけなかった。
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文庫版p.14


 誰よりも絶望し、挫折し、弱音を吐きまくり、自殺する実行力すら持てなかった偉大な作家、フランツ・カフカ。そのネガティブ精神あふれる言葉(というか愚痴)を集めた、読むだけでうっかり謎の勇気が出てしまう名言集。単行本(飛鳥新社)出版は2011年11月、文庫版(新潮社)出版は2014年11月、Kindle版配信は2015年2月です。


 世に溢れる前向きでポジティブな言葉に背を向け、ひたすらネガティブに語る箴言集としては、『心にトゲ刺す200の花束 究極のペシミズム箴言集』(エリック・マーカス)が印象的でした。ちなみに紹介はこちら。


  2012年09月21日の日記
  『心にトゲ刺す200の花束  究極のペシミズム箴言集』(エリック・マーカス)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-09-21


 しかし、ペシミズム箴言集でさえ、その多くからは「ネガティブこそ真実」という自信と、「真実だから正直に語るのだ」というポジティブな気持ちが感じられるものです。その点、カフカはすごい。真実とか正直とか関係なく、ひたすらネガティブな弱音を吐き続けるのですから。


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カフカは偉人です。普通の人たちより上という意味での偉人ではなく、普通の人たちよりずっと下という意味での偉人なのです。
 その言葉のネガティブさは、人並み外れています。
(中略)
 カフカほど絶望できる人は、まずいないのではないかと思います。カフカは絶望の名人なのです。誰よりも落ち込み、誰よりも弱音をはき、誰よりも前に進もうとしません。
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文庫版p.11、12


 あまりにネガティブなので、カフカの言葉の多くがポジティブに聞こえるよう勝手に「編集」「修正」を加えて広まっている、というのですから、むしろそのネガティブ言霊パワーに驚きます。


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 書籍やネットの名言集で、ときどきカフカの言葉をみかけることがありますが、それらはポジティブな発言ばかりです。
 でも、それらは、そうなるように前後をカットしているからなのです。
 たとえば、よくみかける言葉に、こういうのがあります。

  すべてお終いのように見えるときでも
  まだまだ新しい力が湧き出てくる。
  それこそ、おまえが生きている証なのだ。

 前向きで明るいですね。まさにポジティブです。
 でも、じつはこれには続きがあるのです。

  もし、そういう力が湧いてこないなら、
  そのときは、すべてお終いだ。
  もうこれまで。

 この後半こそが、カフカの味です。
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文庫版p.15


 というわけで、カフカが残した言葉と、その背景を解説した一冊です。目次を見ると「将来に絶望した!」「世の中に絶望した!」「自分の心の弱さに絶望した!」「親に絶望した!」「仕事に絶望した!」「夢に絶望した!」「結婚に絶望した!」「真実に絶望した!」という具合に何もかもに絶望しまくっており、さよなら絶望先生、という感じです。

 ちょっとだけ引用してみます。


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ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。
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文庫版p.36

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ぼくはいつだって、決してなまけ者ではなかったと思うのですが、
何かしようにも、これまではやることがなかったのです。
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文庫版p.40

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今ぼくがしようと思っていることを、
少し後には、
ぼくはもうしようとは思わなくなっているのです。
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文庫版p.80

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おそらく、ぼくはこの勤めでダメになっていくでしょう。
それも急速にダメになっていくでしょう。
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文庫版p.138

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いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
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文庫版p.34

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床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、
ひとりでいれば何事も起こらない。
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文庫版p.52

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誰かと二人でいると、相手が彼につかみかかり、彼はなすすべもない。
一人でいると、全人類が彼につかみかかりはするが、
その無数の腕がからまって、誰の手も彼に届かない。
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文庫版p.188

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それでも孤独さが足りない。
それでもさびしさが足りない。
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文庫版p.56

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この人生は耐えがたく、
別の人生は手が届かないようにみえる。
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文庫版p.58

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ぼくの罪の意識は充分に強い。
だから、外からさらに注ぎ足してもらう必要はない。
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文庫版p.112

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ぼくは毎朝、絶望に襲われました。
ぼくより強い、徹底した人間なら、喜んで自殺していたでしょう。
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文庫版p.126


 当時、ツィッターがあったら、カフカは一日中こんなことをつぶやき続けていたに違いありません。

 カフカが残した言葉の数々や、彼の人生の様子を知ると、おそらくは「こいつよりはマシ」という小市民的性根ゆえでしょうが、謎の勇気と自信が湧いてきます。名言集の類を読んでも生きる力が得られないという方に、ぜひ一読をお勧めします。



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