SSブログ

『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』(梶田隆章) [読書(サイエンス)]


――――
太陽の核融合のようすはニュートリノを使って観測すればよいという考えで始まった太陽ニュートリノ実験が、太陽ニュートリノ欠損を発見し、また陽子崩壊を探すためのバックグラウンドであったはずの大気ニュートリノは、μニュートリノ反応の数が予想とまったく合わないことを発見しました。
 これらの二つの予想されなかった実験データを地道に理解しようとして、最終的にニュートリノ振動が発見されました。ニュートリノ振動は理論的には予言されていた現象でしたが、発見されてみると、ニュートリノ混合が大きいということを知り、私たちに新たな問題をつきつけています。
――――
単行本p.239


 スーパーカミオカンデは具体的に何をどう観測することで、ニュートリノ振動を確認したのか。ノーベル物理学賞を受賞した著者が、ニュートリノ天文学について実験と観測を中心に解説してくれる一冊。単行本(平凡社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年12月です。

 スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ観測によって、ニュートリノ振動が実際に起きていることを確認した功績により2015年のノーベル物理学賞を受賞した著者。しかし、その受賞のもとになった観測がどのようなものだったのかは、例えばカミオカンデによる「超新星爆発の際に放射されたニュートリノを検知した」というのに比べると、いまひとつ分かりにくい印象があります。

 そこで本人がニュートリノ振動の確認に至る研究内容を、理論中心ではなく実験と観測に軸を置いて解説してくれるのが本書です。素粒子論の基礎から、反ニュートリノ振動まで、全体は11個の章から構成されています。


「第1章 ミクロの世界に分け入る」
――――
 量子という考え方は光の研究から生まれた、と書きました。それが原子の構造を理解するために再登場し、そしてこのとき以来今日に至るまで、量子力学は物理学の基礎になる理論です。
――――
単行本p.33

 まずは量子力学の基礎をおさらいします。


「第2章 素粒子の三つの世代」
――――
素粒子の種類が増えるにつれて科学者たちは、もっと根本的な物質の構成要素があるのではないかと考えるようになりました。一方、これらの素粒子をいくつかの性質に基づいて分類し、基本粒子を見極めようとする試みが、いくつも提案されました。このような試行錯誤が、今日の素粒子世界の理解につながっているのです。
――――
単行本p.44

 素粒子論の基礎を見てゆきます。ここでようやく本書の主役となるニュートリノが登場し、ニュートリノといっても複数の種類があることが示されます。ニュートリノ振動という現象を理解するための最初のポイントです。


「第3章 宇宙線とニュートリノ」
――――
 陽子崩壊を探すカミオカンデにとって、ニュートリノは邪魔者でしかありませんでした。どんなに測定器を地下深く設置しても避けられないバックグラウンドが、大気ニュートリノ反応なのです。
――――
単行本p.79

 宇宙線による大気中でのニュートリノ生成、すなわち大気ニュートリノについて解説すると共に、大統一理論検証のための陽子崩壊を観測するために作られたカミオカンデにとって、それは除去すべきノイズに過ぎなかったことが示されます。これまで理論中心に語ってきた内容が、ここからは実験観測が中心となります。


「第4章 太陽でつくられるニュートリノ」
――――
 カミオカンデはもともと、「大統一理論」で予言された陽子の崩壊を探すために、東京大学の小柴昌俊教授(当時)の発案のもと、岐阜県神岡町(現飛騨市神岡町)の鉱山の地下に設計・建設された実験装置でした。直径約16メートル、高さ16メートルの鉄製の水槽に、純水3000トンを蓄えた装置です。私も大学院学生としてこの装置の建設に参加し、研究者としてまたとない貴重な経験をしました。
――――
単行本p.93

 太陽から放射されているニュートリノ、太陽ニュートリノの観測をめざし大規模な改造を加えられたカミオカンデ。太陽ニュートリノの観測値が理論値に比べて大幅に少ないという「太陽ニュートリノ問題」への挑戦。大学院生としてカミオカンデ建設に関わった思い出を活き活きと語ります。


「第5章 超新星爆発とニュートリノ」
――――
 情報はすぐに神岡に伝えられ、データを東京に送って解析をすることになりました。当時は神岡には研究施設がなく、解析はすべて東京にあるコンピュータで行っていたのです。いまなら、たとえコンピュータが東京にあっても、ネットワークでデータを転送するのでしょうが、当時は磁気テープにデータを書き込み(といっても若い人は、磁気テープを知らないでしょう。いまのハードディスクやDVDに相当するものです)、それを宅配便で送りました。
 当時、フレデリック・ライネスを中心とした米国のIMBという陽子崩壊実験も、1982年から観測をしていました。もし宅配便で送ったために、競争相手に遅れをとるようなことになったら、とりかえしのつかないことでした。
――――
単行本p.115

 1987年2月。超新星1987Aの爆発により放射されたニュートリノをカミオカンデがとらえたかも知れない。すぐに観測データを磁気テープに書き込み、宅配便で東京へ。一週間で論文を書き上げ、郵便で投稿。しかし後から誤りに気づいて郵便を差し止め、修正して出し直し。ライバルとの、今からは想像が難しいようなじりじりした競争の様子が淡々と、しかし臨場感たっぷりに語られます。


「第6章 ニュートリノ質量の発見」
――――
 カミオカンデの場合、約10年観測をつづけたとはいうものの、観測されたニュートリノのデータは、地球の反対側から飛んでくるニュートリノが減っているという予想と矛盾はなかったのですが、たまたま観測されたニュートリノの数が少なかっただけかもしれないという、1%くらいの可能性を排除できなかったのです。
 たった1%であれば、もうニュートリノ振動が発見されたと言ってよいのではないか、と思われる方も多いと思います。しかし、新たな自然法則の証拠を探すような研究分野では、この程度の信頼性で安心して、その先のことを考えるのは危険だということを、研究者はよく知っています。
――――
単行本p.140

 ニュートリノ振動、ニュートリノに質量があることの証拠。それを確実に証明するためにはカミオカンデでは小さすぎるという課題。いよいよ動き出す太陽ニュートリノ天文台たるスーパーカミオカンデ。スーパーカミオカンデ建造から大気ニュートリノ振動の観測に至る経緯を語ります。本書の中核となるパートです。


「第7章 宇宙線生成の謎に迫る」
――――
 南極の氷を測定器に使う方法は、1990年代に試験的な実験がなされ、実験技術として大丈夫との結果を得た後に、2004年から本格的な建設が始まり、2011年に完成しました。
 実験装置は南極点の近くの深さ約3キロメートルにもなる氷河に、直径60センチメートル、深さ2450メートルの穴を86本開け、深さ1450メートルの地点にまで数珠つなぎにした球形の検出器(光電子増倍管)を埋め込み、その後またその穴を凍らせる、という手順で建設していきます。六角形の装置の大きさは全体で約1立方キロメートルになり、「アイス・キューブ」と名づけられました。
――――
単行本p.173

 高エネルギー宇宙ニュートリノの観測により、宇宙線の起源が探れるかも知れない。そのために「南極の氷そのものを巨大な検出器として使う」という大胆なアイデアが、アイス・キューブ実験として実現されます。アイス・キューブがとらえた高エネルギー宇宙ニュートリノ。「いままさに、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学が始まろうとしています」(単行本p.178)。


「第8章 太陽ニュートリノ問題の解決」
――――
 2002年に発表されたSNO実験の太陽ニュートリノの観測結果は、予想どおりとなりました。全ニュートリノ数の合計は理論の予想どおりでしたが、電子ニュートリノの数は理論の約3分の1でした。これまでの他の太陽ニュートリノ観測実験は、大ざっぱに言えば、電子ニュートリノだけに感度がある実験でした。したがって太陽ニュートリノが減っていることは分かっても、その原因は突き止められませんでした。この実験ではじめて、太陽ニュートリノ問題はニュートリノ振動の効果によって起こっていることが実証されたのです。
――――
単行本p.191

 スーパーカミオカンデによる太陽ニュートリノ観測、カナダのSNO実験、そしてカムランドによる反電子ニュートリノ測定。これら三つの精密実験により、ついに太陽ニュートリノ問題が解決に至った経緯が語られます。第6章と並んで本書の白眉となるパート。


「第9章 地球ニュートリノの観測」
――――
 イタリアのBorexino実験でも、地球ニュートリノが観測されました。これら二つの実験のデータから、ウランやトリウムの崩壊によって発生する熱は、地球全体で20兆ワットであることが分かりました。これはおおよそ、現在の地球の放射する熱の半分です。
――――
単行本p.210

 地球内部を高温に保ち続けている、放射性物質から発生する放射熱。ベータ崩壊の際に生まれる地球ニュートリノの観測により、その総量を測定する試みについて解説します。


「第10章 ニュートリノと素粒子と宇宙」
――――
このような背景があるため、ニュートリノの質量の発見は大きな興奮をもって受けとめられたのです。ニュートリノの質量と、それに関連する物理量(たとえば混合角など)は、私たちに大統一理論の世界の情報を運んできているのかもしれません。
 予想されていなかったニュートリノ間の大きな混合角は、きっとより深く大統一理論の世界を理解するための、何かのヒントになっているのでしょう。
――――
単行本p.216

 ついに明らかになったニュートリノ質量。しかしその値は意外なものだった。なぜそうなのか。その背後には、大統一理論の対象となる超高エネルギー世界の自然法則が隠されているのかも知れない。ビッグバン直後の宇宙に関する情報が得られると期待されるニュートリノ物理量についての研究を紹介します。


「第11章 これからのニュートリノ研究」
――――
その先の実験をどうすべきか、世界中で活発に議論されています。いまの議論の一つの中心は、ニュートリノ振動を非常に精密に測定して、ニュートリノのニュートリノ振動と反ニュートリノのニュートリノ振動にわずかなちがいがあるかどうかを確認しようというものです。
――――
単行本p.231

 ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊の観測。ニュートリノと反ニュートリノで振動に相違があるか、つまり対象性が破れているかの検証。そして「ハイパーカミオカンデ」構想。ニュートリノ研究における最先端の課題と展望を解説します。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『サバからマグロが産まれる!?』(吉崎悟朗) [読書(サイエンス)]


――――
 こういう絶滅の危機に瀕した魚を何とか守りたいと考えています。言うまでもなく、川を守る、湖を守る、ダムを撤去するという方法がベストの解決策であり、多くの方に「生殖細胞などよりも、環境を守ることが重要じゃないですか」とよく言われます。そんなことは、こちらも百も承知です。いま、地球上には、そういった方法では間に合わずに絶滅してしまいそうな魚たちが多くいるのです。環境が元通りに戻るのを待っていたら絶滅してしまう魚が、世界中にたくさんいます。こういった状況において、これらの魚たちを守るために、何らかの“飛び道具”を使ってセーフティネットを張ることが重要だと考えています。
――――
単行本p.78


 マグロの生殖細胞をサバに移植すれば、無制限にマグロを産み続けるサバが作れるのではないか。絶滅危惧種となったマグロの個体数を増やすための驚くべき生命技術を、研究者が一般向けに解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2017年2月です。

 絶滅危惧種を救うための「バックアップ」として生殖細胞を冷凍保存しておき、環境が回復した後にそれらの生殖細胞を近縁種に移植して絶滅種を復活させる。夢のような生命技術ですが、実はすでに「ニジマスを産むヤマメ」の実現には成功しており、「マグロを産むサバ」の実現まであと一息、というから驚きです。

 さらにマグロの場合、「マグロを産むサバ」を作ってどんどん海に放流することで、マグロの個体数を回復させ、絶滅を防げるかも知れない、というのです。

 本書は、この技術がどのようにして開発されてきたのかを、研究の現場から分かりやすく解説するもの。全体は6つの章から構成されています。


「1 サバにマグロを産ませる!?」
――――
 最近では、近畿大学を中心に、独立行政法人水産総合研究センター(水総研)やいくつかの民間養殖場が人工的にクロマグロの種苗をつくる技術を開発していますが、そのために直径が50メートルくらい、場合によっては80メートルほどの巨大なイケスの中でマグロの親を養成しています。私たちは、このような正攻法で攻めるのではなく、もうちょっとゲリラ作戦を駆使することを考えました。すなわち、サバにマグロを産ませようという作戦です。
――――
単行本p.6

 今や絶滅危惧種となったマグロの現状と、養殖や増殖による個体数回復の試みについて概説し、「マグロを産むサバを作る」というアプローチの意義について解説します。


「2 どうやってサバにマグロを産ませるか」
――――
 マグロの仔魚から始原生殖細胞を採ってきて、これをサバに移植すれば、この始原生殖細胞はサバの卵巣や精巣の中で育まれて、オスの精巣ではマグロの精子を、そしてメスの卵巣ではマグロの卵をつくるのではないかと考えたのです。これが実現できれば、この代理親サバのオスとメスを交配すれば次世代にマグロが産まれてくるということが期待できます。
――――
単行本p.18

 マグロを産むサバを作るための具体的な方法と、その実現に向けた困難、それを乗り越えるための工夫について解説します。


「3 ヤマメがニジマスを産んだ!」
――――
 最初の実験で私たちは、ニジマスの始原生殖細胞をヤマメの小さな空っぽの卵巣・精巣に移植しようとしていたわけですが、細胞が自力で仔魚の体内を歩いて卵巣や精巣にまで辿り着けるのであれば、なにもそんなに難しい移植をしなくてもよいのではないか、ということになりました。(中略)これが、私たちの研究戦略のなかの最大のブレークスルーです。
――――
単行本p.35

 あまりに小さすぎて移植作業そのものが困難な生殖細胞。しかし、それが誘引物質にひかれてアメーバのように自力で体内を移動し勝手に卵巣や精巣に入り込むという現象を利用することで、ついに「ニジマスを産むヤマメ」の開発に成功するまでの研究過程を説明します。


「4 精巣から卵? 卵巣から精子?」
――――
 私たちはこの実験の成功後ただちにマグロを産ませるプロジェクトを進めることを考えました。しかし、ここでまた一つの問題が持ち上がってしまったのです。マグロの始原生殖細胞をもっているような孵化直後の仔魚を探すのは、実はすごくたいへんなのではないかという話になりました。(中略)そこで、より大きなサイズにまで育った魚から、同じような細胞を回収できないかと考えました。
――――
単行本p.53、54

 始原生殖細胞を手に入れることの困難さから、成魚から容易に採取できる精原細胞を使って同じことが出来ないかと試行錯誤してゆきます。ついに精原細胞や卵原細胞から自由に卵や精子を作り出せるように。それどころか精原細胞から卵、卵原細胞から精子を作り出すことすら可能に。「これはすごい、これは『ネイチャー』級だ。『ネイチャー』いけるよ」(単行本p.71)と叫ぶ著者。


「5 希少魚を救うために」
――――
 そこで私たちは、絶滅が危惧されている魚から、卵や精子のもとである始原生殖細胞や精原細胞、卵原細胞を採ってきて凍結するという作戦を考えました。(中略)これらの細胞を凍結保存しておけば、もし目的の魚が絶滅してしまっても、近縁種に凍結細胞を移植することで、宿主が成熟した際には凍結細胞に由来する卵や精子をつくるようになります。そこでこれらのメス宿主とオス宿主を交配すれば絶滅種を蘇らせることができるだろうと考えたわけです。
――――
単行本p.79

 そのサイズゆえに凍結保存が難しい魚類の卵。そこで、極小サイズで凍結保存が容易な生殖細胞を保存しておき、任意のタイミングで絶滅種を復活させる、という計画について解説します。


「6 20XX年、ついに●●がマグロを産んだ!」
――――
 私たちが考えている理想形は、移植用の幹細胞を試験管の中で無限に増やして、これらの培養細胞を宿主へと移植しようという作戦です。これが現実のものとなれば、生きたクロマグロはもはや必要ありません。試験管の中で増やした生殖幹細胞を、宿主仔魚に移植すれば、クロマグロをまったく使わずに、次世代にクロマグロがどんどん産まれてくるのです。このようなことが将来可能になるのではないかと考えています。現在、移植に使う生殖幹細胞を無限に増やす実験にニジマスを使って挑戦しているところです。
――――
単行本p.102

 いよいよ実用化が近づいた「マグロを産むサバ」の放流によるマグロ個体数回復計画。しかし、この方法でマグロの個体数を増やすためには、移植用のマグロの細胞を常に供給し続けなければならないという課題がある。マグロを使わずに無制限に「マグロを産むサバ」を作り出すための研究について解説します。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: