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『サバからマグロが産まれる!?』(吉崎悟朗) [読書(サイエンス)]


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 こういう絶滅の危機に瀕した魚を何とか守りたいと考えています。言うまでもなく、川を守る、湖を守る、ダムを撤去するという方法がベストの解決策であり、多くの方に「生殖細胞などよりも、環境を守ることが重要じゃないですか」とよく言われます。そんなことは、こちらも百も承知です。いま、地球上には、そういった方法では間に合わずに絶滅してしまいそうな魚たちが多くいるのです。環境が元通りに戻るのを待っていたら絶滅してしまう魚が、世界中にたくさんいます。こういった状況において、これらの魚たちを守るために、何らかの“飛び道具”を使ってセーフティネットを張ることが重要だと考えています。
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単行本p.78


 マグロの生殖細胞をサバに移植すれば、無制限にマグロを産み続けるサバが作れるのではないか。絶滅危惧種となったマグロの個体数を増やすための驚くべき生命技術を、研究者が一般向けに解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2017年2月です。

 絶滅危惧種を救うための「バックアップ」として生殖細胞を冷凍保存しておき、環境が回復した後にそれらの生殖細胞を近縁種に移植して絶滅種を復活させる。夢のような生命技術ですが、実はすでに「ニジマスを産むヤマメ」の実現には成功しており、「マグロを産むサバ」の実現まであと一息、というから驚きです。

 さらにマグロの場合、「マグロを産むサバ」を作ってどんどん海に放流することで、マグロの個体数を回復させ、絶滅を防げるかも知れない、というのです。

 本書は、この技術がどのようにして開発されてきたのかを、研究の現場から分かりやすく解説するもの。全体は6つの章から構成されています。


「1 サバにマグロを産ませる!?」
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 最近では、近畿大学を中心に、独立行政法人水産総合研究センター(水総研)やいくつかの民間養殖場が人工的にクロマグロの種苗をつくる技術を開発していますが、そのために直径が50メートルくらい、場合によっては80メートルほどの巨大なイケスの中でマグロの親を養成しています。私たちは、このような正攻法で攻めるのではなく、もうちょっとゲリラ作戦を駆使することを考えました。すなわち、サバにマグロを産ませようという作戦です。
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単行本p.6

 今や絶滅危惧種となったマグロの現状と、養殖や増殖による個体数回復の試みについて概説し、「マグロを産むサバを作る」というアプローチの意義について解説します。


「2 どうやってサバにマグロを産ませるか」
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 マグロの仔魚から始原生殖細胞を採ってきて、これをサバに移植すれば、この始原生殖細胞はサバの卵巣や精巣の中で育まれて、オスの精巣ではマグロの精子を、そしてメスの卵巣ではマグロの卵をつくるのではないかと考えたのです。これが実現できれば、この代理親サバのオスとメスを交配すれば次世代にマグロが産まれてくるということが期待できます。
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単行本p.18

 マグロを産むサバを作るための具体的な方法と、その実現に向けた困難、それを乗り越えるための工夫について解説します。


「3 ヤマメがニジマスを産んだ!」
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 最初の実験で私たちは、ニジマスの始原生殖細胞をヤマメの小さな空っぽの卵巣・精巣に移植しようとしていたわけですが、細胞が自力で仔魚の体内を歩いて卵巣や精巣にまで辿り着けるのであれば、なにもそんなに難しい移植をしなくてもよいのではないか、ということになりました。(中略)これが、私たちの研究戦略のなかの最大のブレークスルーです。
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単行本p.35

 あまりに小さすぎて移植作業そのものが困難な生殖細胞。しかし、それが誘引物質にひかれてアメーバのように自力で体内を移動し勝手に卵巣や精巣に入り込むという現象を利用することで、ついに「ニジマスを産むヤマメ」の開発に成功するまでの研究過程を説明します。


「4 精巣から卵? 卵巣から精子?」
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 私たちはこの実験の成功後ただちにマグロを産ませるプロジェクトを進めることを考えました。しかし、ここでまた一つの問題が持ち上がってしまったのです。マグロの始原生殖細胞をもっているような孵化直後の仔魚を探すのは、実はすごくたいへんなのではないかという話になりました。(中略)そこで、より大きなサイズにまで育った魚から、同じような細胞を回収できないかと考えました。
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単行本p.53、54

 始原生殖細胞を手に入れることの困難さから、成魚から容易に採取できる精原細胞を使って同じことが出来ないかと試行錯誤してゆきます。ついに精原細胞や卵原細胞から自由に卵や精子を作り出せるように。それどころか精原細胞から卵、卵原細胞から精子を作り出すことすら可能に。「これはすごい、これは『ネイチャー』級だ。『ネイチャー』いけるよ」(単行本p.71)と叫ぶ著者。


「5 希少魚を救うために」
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 そこで私たちは、絶滅が危惧されている魚から、卵や精子のもとである始原生殖細胞や精原細胞、卵原細胞を採ってきて凍結するという作戦を考えました。(中略)これらの細胞を凍結保存しておけば、もし目的の魚が絶滅してしまっても、近縁種に凍結細胞を移植することで、宿主が成熟した際には凍結細胞に由来する卵や精子をつくるようになります。そこでこれらのメス宿主とオス宿主を交配すれば絶滅種を蘇らせることができるだろうと考えたわけです。
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単行本p.79

 そのサイズゆえに凍結保存が難しい魚類の卵。そこで、極小サイズで凍結保存が容易な生殖細胞を保存しておき、任意のタイミングで絶滅種を復活させる、という計画について解説します。


「6 20XX年、ついに●●がマグロを産んだ!」
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 私たちが考えている理想形は、移植用の幹細胞を試験管の中で無限に増やして、これらの培養細胞を宿主へと移植しようという作戦です。これが現実のものとなれば、生きたクロマグロはもはや必要ありません。試験管の中で増やした生殖幹細胞を、宿主仔魚に移植すれば、クロマグロをまったく使わずに、次世代にクロマグロがどんどん産まれてくるのです。このようなことが将来可能になるのではないかと考えています。現在、移植に使う生殖幹細胞を無限に増やす実験にニジマスを使って挑戦しているところです。
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単行本p.102

 いよいよ実用化が近づいた「マグロを産むサバ」の放流によるマグロ個体数回復計画。しかし、この方法でマグロの個体数を増やすためには、移植用のマグロの細胞を常に供給し続けなければならないという課題がある。マグロを使わずに無制限に「マグロを産むサバ」を作り出すための研究について解説します。