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『しらふで生きる 大酒飲みの決断』(町田康) [読書(随筆)]

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 ことに最初の三か月目くらいまでは、自分は禁酒しているのだ、自分は酒を絶った人間だ。自分は酒を飲まないということが強く意識せられ、自分の人生にはもはや楽しみはない。ただ索漠とした時間と空間が無意味に広がっているばかりだ、という思いに圧迫されて、アップアップしていた。
 そして反射的に、「こんなにも苦しい思いを和らげるためには酒を飲むしかない」と思い、「あ、そうだ、俺はその酒をやめているのだ」と思い出して絶望するということを七秒に四回宛繰り返していた。
(中略)
 そして日々を危機の感覚のなかで生きていた。その危機とは、「俺は酒を飲んでしまうのではないか」という恐怖であり、それは、「また酒を飲んでしまうダメ人間としての自分」を否応なしに認めざるを得ないという敗北感に直結する恐怖であったが、同時に、「こんな苦しい思いをして生きて、いったいなんの意味があるのか」という問いでもあり、それは脳内に響く、「いいぢやありませんか。今日酒を飲んだから明日死ぬという訳ぢやないんですから」という変なおばさんの声であった。
 ことにそのおばはんは執拗で、いくら黙れと言っても、その囁きをやめず、言うことを聞かないでいると、その熱い身体をぴったりと密着させてきて、それでも剛情にしていると、ついにはテイクダウンをとり、腕を決めて放さない。そのうえでなお「いいぢやありませんか」と言いつのってやめない。
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単行本p.166、167


 シリーズ“町田康を読む!”第68回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、自らの禁酒・断酒体験について語りまくる長編エッセイ。三十年間、一日も欠かさず酒を飲み続けてきた著者はいかにして酒を絶ったのか。単行本(幻冬舎)出版は2019年11月、Kindle版配信は2019年11月です。


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 酒毒によって全員がだるく、また背中に痛みなどあり、或いは微熱がうち続き、このまま飲み続けたら死ぬ。今晩くらいは酒をよそう、と思ってしまったとき、
「じゃあ、今晩飲まなければ死なないというのか。そんなことはない。人間はいずれ死ぬ。それを直視しないで、一晩、酒を抜く、なんていう小細工で誤魔化すのは人として許せない、卑怯な態度だ。私はそんな卑怯な態度はとらない。正々堂々、酒を飲む。楽しく飲む。楽しく飲んで楽しく死ぬ。それが真の大納言というものだ。節制などというのはそこらの愚かな中納言することだ。そんな奴は海老食って死ね」
 など考え飲み続けてきたのだ。ということはつまり私は筋金の入った大伴主義者ということ。だからいまさら、事故で死んだ考えが、「いやー、酒は飲みすぎると身体に悪いからね。やめた方がいいよ」などいったところでビクともするものではない。
 誰がやめるか、アホ。亜北。北アジア。そんなものねぇんだよ。と、酒飲みらしい連続しない思考で考えただろう、というか実際にそう考えてきた。
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単行本p.16


 酒を飲まずして人生に何の意味があるのか。「いずれ死ぬのに、節制など卑怯ではないか」と豪語、しないまでも心の中でつぶやくなど、していた作家。


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 まあ、それはそうとしてとにかく、昼間は飲まない、そして、仕事が終わるまでは飲まないという方針を打ち立てた私は、仕事はなるべく午前中に済ませる。午後四時以降は仕事をしない。などの運用上の工夫をしながら三十年間、一日も休まず酒を飲み続け、生きていればいろんなことがあるが自分の人生に概ね、満足し、このまま飲み続けて、まあ、あと二十年くらいしたら死ぬのだろう、と漠然と思っていた。ところが。
 ある日、大変化が起きた。(中略)どういうことかというと、ある日、具体的に申せば、平成二十七年の十二月末日、私は長い年月、これを愛し、飲み続けた酒をよそう、飲むのをやめようと思ってしまったのである。
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単行本p.9、10


 己の考えの胸倉をつかみ、ガンガン揺すぶって「酒をやめるのをやめると言え、言え言え言え」と責めたてた挙げ句、ついにこれを殺めてしまうなどしたものの、結局は禁酒・断酒の道を進むことに。


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 というかはっきり言おうか。私はいまだって酒を飲みたい。飲みたくてたまらない。けれども飲まないで我慢している。なぜなら気が狂っているから。
 つまり酒を絶つこと、というか自分がそんなおかしなことをしているということを認めたくなかったので、いままで意図的にこの言葉を使わないできたが、使ってしまおう、禁酒・断酒というのは常に自分のなかの正気と狂気のせめぎあいであって、飲みたい、という正気と飲まないという狂気の血みどろの闘いこそが禁酒・断酒なのである。
 つまり私はこの一年三か月の間ずっと闘い続けてきた。私は飲みたいという正気と闘い、また飲まないという狂気とも闘い続けてきたのだ。
 これを文学の業界では内面の葛藤と呼ぶ。
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単行本p.27


 では作家はどのようにして酒を絶つことに成功したのか。その方法を解説する長編エッセイです。「そもそもなぜ酒を飲むのか」「そもそも幸福とは何か」といったあたりから延々と語り続け、禁酒・断酒に至るまでのプロセスをほぼ200ページ費やして語る。


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 そしていま私には聞こえる。君たちの叫び聲が聞こえる。君たちはこんな風に叫んでいる。
「いつまでも前提の話をグダグダ話していないでさっさと酒のやめ方を教えろや、クソ野郎」と。
 ほほほ。短気なことだ。なんでそんなに早く知りたいの? 早く知って早く飲みに行きたいのではないのかね。
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単行本p.88





タグ:町田康
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