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『ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密』(広瀬友紀) [読書(教養)]

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 私たち大人が自力で思い出せない、「ことばを身につけた過程」、直接のぞいてみられない「頭の中のことばの知識のすがた」を、子どもたちの助けを借りて探ってみましょう。子どもたちはそうした知識をまさに試行錯誤しながら積み上げている最中です。大人の言うことを丸覚えにするのでなく、ことばの秩序を私たちが思うよりずっと論理的なやり方で見いだし、試し、整理していく――子どもたちが「ちいさい言語学者」と呼ばれるゆえんです。
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 いままさに試行錯誤しながら言葉を学んでいる最中の子どもたちの「言い間違い」や「変な言葉使い」を観察すると、すでに習得してしまった大人には逆に分からなくなってしまった日本語のロジックが見えてくる。子どもの言語習得から言葉について学ぶ一冊。単行本(岩波書店)出版は2017年3月です。


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日本語のネイティブだから、日本語だとそう言うのはあたりまえだから、かえってわかっていないことは実はたくさんあります。山ほどある中のほんの一例ですが、「おんな」と「こころ」という語をくっつけたら「おんなごころ」というふうに「こころ」にテンテンがつくのに、「おんなことば」だと「こ」にテンテンはつかない。言われなくても実際には言い間違えないけど、どういう理屈でそう決まっているのか考えたことがなかった、というのが普通だと思います。だけど私たちみんな、無意識にわかっているらしい(だから言い間違えることはない)。だけど…けれど…何をわかっているからなのかがわからない!
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 実際に話すときには言い間違えないのに、なぜそう言うのか説明しようとすると、いきなり「自分が何をわかっている(からこそ言い間違えない)のかがわからない!」となってしまう日本語の仕組みや構造を、子どもの言語習得過程におけるエラーを観察することで解き明かしてゆく本です。全体は七つの章から構成されています。


「第1章 字を知らないからわかること」
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 自分の身のまわりで、親、きょうだい、親戚や保育士さんや先生が話しているこのことばにはいろんな音があって、どんな特徴をもとに整理できるのか、音と音との関連を見いだせるのか、音の使われ方にはどんな決まりがあるのかという知識を、子どもは無意識のうちに脳内で一生懸命つくりあげます。そしてやがて、音と文字との関係についても知識の幅を広げていくのです。そのさい、歴史的な変遷の絡んだ日本語の特殊事情まで最初から了解済みなんてことはありません。なので、しばしば大人から見たら単純な間違いをすることもありますが、「「は」にテンテンつけたら何ていう?」と聞かれたときのさまざまな珍回答は、大人が見逃している、言語音の背後にある一貫したシステムや法則性について私たちにむしろ多くのことを教えてくれているのです。
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単行本p.11

「「た」にテンテンつけたら何ていう?」「だ」
「「さ」にテンテンつけたら何ていう?」「ざ」
 ここまでスラスラと答えられる子どもが、
「「は」にテンテンつけたら何ていう?」「…」
と聞かれた途端に混乱してしまうのはなぜか。

 音と文字の対応関係について学んでいる最中の子どもは、私たち大人が思うよりもずっと論理的に規則推論を行っていることを示します。


「第2章 「みんな」は何文字?」
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いろいろな言語の音の区切り方を比較する実験を多く行っていた大竹孝司さんたちの研究グループが、「タンシ(端子)」という発音を聴かせて、そのなかに tan という音があるかどうか答えさせるという課題を行いました。これには英語話者もフランス語話者も、そして日本語話者も、ちゃんとYESボタンを押して反応しました。しかし「タニシ」と発音した音声のなかに tan という音があるかを尋ねた場合は、日本語話者のほとんどはYESボタンを押さなかった一方、英語話者とフランス語話者は「タンシ」と聞いた場合と同様にYESと反応したと報告されています。
(中略)
 日本語の音のシステムを身につけたわれわれの耳と、そうでないシステムを持つ言語の話者の耳では、同じ音声でも異なった扱われ方をするのだ。そのことを今回「特殊拍」の取り扱いに関して紹介した3~4歳児のエピソードは裏づけてくれているようです。
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単行本p.26

 子どもが、言葉の区切りとして、「ん」という拍を独立した単位として扱わないのはどうしてか。音節や拍など、言葉のリズムに関する知見を示します。


「第3章 「これ食べたら死む?」 子どもは一般化の名人」
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 ところで「死む」「死まない」「死めば」はそもそもどうしておかしいのでしょう。「飲む」「飲まない」「飲めば」あるいは「読む」「読まない」「読めば」とは言うのに。
 大人が子どもに話しかけることばにもよく出てきそうな「飲む」「読む」は、マ行の音で展開する五段活用です。同様の動詞は他にもたくさんあって、「はさむ」「かむ」「つかむ」などなど、どれも同じように活用します。そしてご存じのように、マ行以外の五段活用も日本語にはさまざまありますが、ナ行の五段活用というのはじつは現代の日本語(少なくとも標準語)では「死ぬ」ただひとつなのです。(中略)子どもは、ふだん多く触れている、いわば規則を熟知しているマ行動詞の活用形を「死ぬ」というナ行動詞にもあてはめているのだと推測できます。
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単行本p.35、36

 多くの子どもが「死む」「死まない」と発音するのはなぜでしょうか。言葉を学ぶ際に生ずる「規則の過剰適用」という現象について解説します。


「第4章 ジブンデ!ミツケル!」
「第5章 ことばの意味をつきとめる」
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 子どもはどうやら、一般化できるルールを見いだすことにつながりそうな場合だけ、周囲から得られる情報を参考にしているようです。そのルールが、たとえ大人の文法としては間違っていても、当の子どもがそれでやっていけると思っている段階では、その反例となるような大人の正しい用法も、指導もスルー。ただし、新たな一般化規則が見いだせそうであれば、また大人のことばを参考にしてみたりする。そうして自分で試行錯誤を繰り返していく。
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単行本p.56

 子どもは大人の言葉使いを直接学んでいるのではなく、自分の中で一般化規則を作り上げてゆく上で必要な情報だけを取捨選択して取り込んでいる。言語学習のメカニズムに関する興味深い知見を明らかにします。


「第6章 子どもには通用しないのだ」
「第7章 ことばについて考える力」
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大人になるまでに、私たちは、相手の言うことを、表現そのものから得られる情報のほかに、自分をとりまく「状況」「文脈」も考慮にいれた総合的な判断のもとに解釈できるようになります。
(中略)
 ことばを情報伝達の手段として使うだけでなく、ことばそのものの形式・規則やその役割に関する無意識の知識への「気づき」を意識の上にとりあげる力、それを客観的に見つめ、時にはそれをいじって遊ぶことのできる能力。この力を育て、使うことにより、子どもたちのことばの旅はより豊かなものになっていきます。その能力は、母語の力を培うだけでなく、日本語以外の言語に触れたときにも、きっと大きな力になってくれることでしょう。
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単行本p.89、103

 言葉は「文字通り」とは限らず、状況や文脈によって意味が変わってくること。言葉そのものの形式や規則に気づき、それをいじって遊ぶ能力。子どもが言葉を学ぶだけでなく、言葉の使い方を学ぶ過程を見つめます。



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