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『海に沈んだ町』(著:三崎亜記、写真:白石ちえこ) [読書(小説・詩)]

 三崎亜記さんの(オムニバス連作長篇『刻まれない明日』を除けば)『廃墟建築士』に続く第四短編集です。収録されているのは、2009年から 2010年にかけて「小説トリッパー」に掲載された8篇と書き下ろし1篇の計9篇。写真家、白石ちえこさんのノスタルジックなモノクロ写真とのコラボレーションが映えます。単行本(朝日新聞出版)は2011年1月。

 不条理な異変にみまわれた「町」を舞台に、そこで生きる人々の姿をときには叙情的に、ときにはコメディタッチで描く作品集です。

 冒頭の『遊園地の幽霊』は、とうの昔に撤去された遊園地が今もなお人々の夢の中に現れ、開園時刻を待ち続けているという話。『海に沈んだ町』は、いきなり海に沈んでしまった故郷の町を探す話。

 『団地船』は、団地がそのまま船となって航海し続けているという話。『四時八分』は、午前四時八分で時間が止まり、永遠に夜明けがこないまま、住民の大半が眠り続けている町の話。

 いずれも著者お得意の、過去に関する喪失感をテーマとした作品で、大森望さんいわく「喪失感の魔術師」(『逃げゆく物語の話』解説より)こと三崎亜記さんの面目躍如たるものがあります。

 続く二篇は、著者の作品中で「喪失感」と対になって表現されることの多い、人々の「絆」に焦点を当てた作品。

 『彼の影』は、あるとき見知らぬ男性と影が入れ替わってしまった女性の物語。自分の足元には今やその男性の影があり、彼の姿勢や行動を忠実に反映している。影を観察することで、彼の生活を垣間見るヒロイン。むろん彼の足元には彼女の影があり、やはり彼女の生活を反映しているはず。

 こうして互いに見知らぬ二人の間に、影を介してぼんやりとした「絆」が生まれる。だが、影の交換期間は終わりに近づきつつあった・・・。いい話です。

 一方、お役所によって割り振られ管理される「絆」をテーマとしたのが『ペア』。その絆を心の支えにして生きている主人公は、あるときふと疑問に思ってしまう。この絆は、はたして本物なのだろうか、と。他人とのつながり(例えばネット上の)にまつわる不安感がうまく表現されていると思います。

 最後の三篇は、世相に対する風刺の色合いが強い作品。

 『橋』は、町に出入りするための唯一の橋が事実上撤去されるというお役所の決定に動揺する住民の姿を通して、人生に関する不条理感、不安感を描いた作品。

 『巣箱』は、あちこちで勝手に増え続ける巣箱(ただし中は空っぽ)の駆除にやっきになる住民の姿を描いたブラックユーモア作品で、本書収録作のうち唯一ラストに大笑いのオチがあります。

 最後は書き下ろしの『ニュータウン』。高度経済成長期を象徴する「ニュータウン」も今や絶滅寸前、そこで最後に残ったニュータウンを保護しようという話。

 ニュータウンの生態系に手を加えずそのまま残す、ということで住民は外部から完全隔離され、電気製品もテレビ放映も何もかも高度経済成長期のまま生きることを強制されている。違反者は密かに抹殺。外来種(平成とか)の侵入による文化汚染を防ぎ、わが国の伝統たる高度経済成長期を守り抜くのだ。

 個人的に最も気に入った作品はこの『ニュータウン』で、馬鹿馬鹿しさ、切なさ、不条理感が見事にかみ合っており、しかもストーリー展開がうまい。自己目的化したお役所仕事の感じは、デビュー長篇『となり町戦争』や、傑作短篇『七階闘争』を思い出させてくれます。

 どの作品も完成度が高く、しかもショートショートと言ってもよいほどの短さなので、誰でも気楽に読めるでしょう。随所に挿入されている白石ちえこさんのモノクロ写真もイイ感じにノスタルジーやら何とも言えない不安感をかもし出してくれ、雰囲気抜群。三崎亜記さんの本をはじめて読もうというのであれば、今なら本書がイチオシです。


[収録作品]

『遊園地の幽霊』
『海に沈んだ町』
『団地船』
『四時八分』
『彼の影』
『ペア』
『橋』
『巣箱』
『ニュータウン』


タグ:三崎亜記
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