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『醜聞の作法』(佐藤亜紀) [読書(小説・詩)]

 怪文書が噂を呼び、誹謗中傷が炎上を巻き起こす。革命前夜のフランスを舞台に繰り広げられる華麗なる情報戦の顛末を描いた書簡体小説です。単行本(講談社)出版は2010年12月。

 金持ちの最低オヤジと無理やり結婚させられそうな養女を救うために侯爵夫人がとった手段は、スキャンダルとゴシップだった。パリの街に怪文書を流して世間を炎上させ、この縁談、無理やり潰してしまいましょう。

 この陰謀に巻き込まれたのが、真面目で有能だがうだつのあがらない一人の弁護士。報酬に目がくらんだ彼は、せっせと怪文書を執筆するはめに。果たして侯爵夫人の目論見は成功するか。そして弁護士の運命やいかに。

 何しろ目茶苦茶に楽しい小説。佐藤亜紀さんの小説といえば、『ミノタウルス』のように鬼気せまる迫力で圧倒してくる重厚かつ端整な小説を連想するのですが、本作はユーモアとくすぐりで軽やかに引っ張ってくる作品です。実に読みやすく、親しみやすく、魅力的。

 陰謀の進行状況を知らせる手紙と、主役である弁護士が書いた怪文書(これが世間に「流出」したわけです)から構成された、いわゆる書簡体小説の形式をとっています。

 ゴシップに右往左往、振り回される人々の姿がユーモラスに書かれた「陰謀」パート、囚われた娘を救い出そうと奮闘する若者の冒険が描かれた「メロドラマ」パート、どちらも素晴らしく、とにかく先が知りたくてどんどんページをめくってしまいます。

 読んでいるうちに、だんだん小説内の現実と虚構の区別があやふやになり混乱してきますが、それもこの形式を採用した狙いでしょう。すれっからしの読者なら、ある種の叙述トリックやメタフィクショナルな仕掛けがあるのでは、などと疑うかも知れませんが、まあそんな野暮な疑念は棚上げにして、このとびっきり面白く痛快な物語を素直に楽しむべきだと思います。

 舞台は18世紀のフランスですが、現代日本のネット言説(特にツイッター上のそれ)をからかっているという面も強く、例えば

「足元がどんどん崩れて体が宙に浮いていれば、事実なんてものは今そこにあってももう見えもしなけりゃ確かめられもしない。それよりは囀ることですよ、囀ってさえずってそれで我を忘れられればいいんです。倒れる巨木に巣食ってる鳥が一斉に囀り出すみたいにね」(単行本p.172)

などとチクリと刺してきたり。

 というわけで、思いっきり楽しみながら読み進め、最後には卓越した文学的魔法にひっかかり感嘆する他はない、魅惑的な素晴らしい傑作。お勧めです。自分がいかに陳腐なメロドラマや低俗なゴシップや下世話な陰謀が大好きであるか、改めて自覚させられました。


タグ:佐藤亜紀
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